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狼と兎と

 ――翌日。


「出来ましたわー!」


 メイド服を戦闘用に仕立て直していたリルファナが、出来たばかりのメイド服を着て部屋にやってきた。


 うん、見事な戦闘服に……なって……るの?


 リルファナの技術力が高いのか、ぱっと見た感じではどこが変わったのかさっぱり分からなかった。


「動きを阻害しないように意識して作りましたが、防御力は随分高いと思いますわ」


 見た目では分からないが、触れてみると首や心臓などの急所部分に加工した金属板や革を入れているようだ。

 これだけ器用ならちょっとした布製の防具ならリルファナに作って貰えるのではないだろうか。


「お姉ちゃん、今日は予定が無いから私も何かしたいんだけど」

「んー、南の森でウルフでも倒してみる? 剣術の練習で1人でもよく行ってるし、村から近いところなら大丈夫だと思うけど」


 町から帰って以来、クレアは棒術の練習もしている。素質もあるようで数日でそれなりに様になっていた。

 木剣で軽く打ち合ったりもしてみたが、ウルフぐらいなら戦えるんじゃないかなと思う。リルファナの護身術も見ておきたいし、倒せるならレベル上げにもなるはずだ。


「うん、行ってみたい!」

「では準備してきますわ」



「3人とも気をつけるのよ」


 母さんにも南の森で修練してくると伝えてから家を出た。


 南の森は魔物が多いため、村の周囲は柵で囲ってある。入り口になっている場所には自警団が2人立っていた。


 見張りをしろとは言われているが、それ以上は何も聞いていないそうで特に止められるといったことは無かった。

 一応、日が高いうちに戻るようにとは言われたけれど。


 それと、わたし達が冒険者登録してきたことも自警団では知れ渡っていた。

 娯楽の少ない村ではちょっと変わったことがあるとすぐ広がるってやつかな。


 ……違った、単に武器持ってても問題無いって意味で自警団でお達しがあったらしい。


 森に入り、振り返っても村が見えなくなるまで歩いてきた。ウルフならこのぐらいの浅い場所でもいるはずだ。


「ミーナ様、あちらに何匹かいますわ」

「リルファナはウルフの位置が分かるの?」

「何かがいるというのがなんとなくですが……気配がありますわ」


 トリックスターにそんな能力あったかな?

 引継いだ最上級職の関係? ……でも冒険者でもなく、町を歩き回った経験があるぐらいのリルファナが最上級職になんてなれないよね。まあ、それを言ったらトリックスターであること自体も怪しいんだけど。


 どうせ森の中をウルフ探してうろうろするようなので、リルファナの意見に従ってみよう。


 少し進むとリルファナの言う通り、ウルフが2匹いた。巣穴にしているのか、いくつかの崩れた石が合わさった場所にウルフが1匹入り込めるぐらいの隙間が空いている。奥行きはほとんど無いようで、中にウルフがいないことは外からでも確認出来た。

 巣穴の前にいるウルフはどちらも眠っているようだ。耳が動いているところを見ていると熟睡というわけでもなさそうだけど。


「右をリルファナ、左をクレアが戦ってみて。1人で倒せないと思ったらすぐ下がってね」


 小さな声で指示を出すと2人は頷いた。


 クレアはぎゅっと杖を握り、リルファナは短刀を引き抜く。

 わたしも剣を抜いて、周囲の警戒と2人の手助けにすぐ入れるように準備した。


 先に動いたのはリルファナ。足音も葉の擦れる音すらも無く忍び寄り、右手に伏せていたウルフの首を飛ばした。


 ――はや!


 正直、ほとんど見えなかった。


 それに続いてクレアが左手のウルフに真っ直ぐ頭から打ち付ける。それをウルフはバク転するようにかわした。そのまま威嚇するように唸ると、円を描くように左に走り出す。


 クレアは冷静に、ウルフを正面に捉えるように身体の向きを調整していく。


 両者はじりじりと距離を詰めていくが、途中で痺れを切らしたウルフが、喉へと飛び掛ってきた。


 クレアは杖の先を短めに持つとウルフに向かっての一突き。ウルフの喉元に杖の先がめり込む。


 逆手に持ち替えると、喉を突かれ勢いの止まったウルフへ目掛け、くるりと杖を回転させ遠心力を乗せた力でなぎ払った。立ち上がろうとしたウルフは胴体を思い切りなぎ払われ、「ぎゃん!」と鳴きながら吹き飛んで動かなくなった。


「ふぅ」


 残心というやつだろうか、クレアは息を吐きながら、注意深くくるりと杖を持ち直している。


「倒せたよ、お姉ちゃん!」

「お疲れ様でした、クレア様」


 リルファナは何も無かったかのようにわたしの横に立っていた。短刀もすでに納刀している。


「2人ともウルフなら余裕そうだね」

「解体した方が良いですわよね?」

「うん、町は革不足らしいし、すぐ近くに川があるから、そこまで運んで解体しよう」


 マジックバッグは持って来ているが、死体のままでは大きすぎて入れることは出来ない。小分けに解体すれば全部入るだろう。


 クレアもリルファナも魔物の解体は初めてだと思う。

 わたしも剣術の稽古でウルフを倒したときに父さんに少し習ったぐらいだけど、一応やり方は知っている。


 ウルフを川に運んで、洗いながら解体の仕方を教えた。

 南の森を流れている川は、村より下流なので汚れを気にする必要はないはずだ。


「うーん、難しいね。お姉ちゃん」

「わたしも慣れてないから、教え方が下手なのもあるかも」


 クレアもリルファナも解体すること自体には拒否感のようなものは無いみたい。

 わたしは最初は吐きそうになるほど嫌だったんだけどなあ。この世界(ヴィルトアーリ)の子供はたくましいのかもしれない。


「出来ましたわ」


 ステータスの影響なのか知らないけれど、リルファナは器用過ぎると思う。わたしのつたない説明を聞いて綺麗に解体してしまった。

 そして、わたしより上手くクレアに教えてる。今後はリルファナ先生に頼ることにしよう……。


 血の臭いで他のウルフが寄ってくるかと思ったのだけど、何も来なかった。

 父さんと来たときは、1度見つけて倒せば、後は解体してれば血の臭いに誘われて勝手にウルフの方から寄ってきたんだけどな。


 解体した素材はマジックバッグにしまう。

 3人で南の森の浅い部分でウルフを探し、歩き回っていた。


「全然いないね、お姉ちゃん」

「うん、前に来たときはもっといたんだけど。今日は終わりにして帰ろうか」

「待ってくださいまし。何かが1匹、近寄って来ています」


 リルファナの警告に武器を構える。


 茂みが揺れてがさがさと音がする。そこから現れたのはウルフよりも一回り小さいぐらいの兎だった。身体に比べ耳が異様に長く、長い牙は口からはみ出ている。真っ赤な瞳から放たれる眼光は鋭く、ただならぬ殺意を感じる。


「兎?」

「クレア、離れて!」


 兎は後ろ足を揃えて地面に叩きつけた。スタンピングと呼ばれる警告をあらわす行動だ。


 叩きつけた後ろ足を曲げ、一番近くにいたクレアの方を向いて屈みこむような体勢になる。


 ――跳ねる。


 通常の兎は天敵から逃げるために長い後ろ足に力を溜めて跳ねる。その瞬発力で一気に駆け抜けていく。


 こいつは違う、敵を殺すために跳ねるのだ。


 殺人兎キラーラピットと呼ばれる魔物だ。セブクロではレベル25程度。どこぞの兎のように即死攻撃をしてくるわけではないが、今のクレアが相手にするには危ない。


 出会い頭に出される、中距離から繰り出される跳ね攻撃、低レベルでは致命的な攻撃になる。


 クレアがわたしの警告を聞き、わたしの後ろへ下がろうとした。


 ――間に合わない!


「させませんわ!」


 リルファナがどこからか取り出した短剣を殺人兎キラーラビットに向かって投げつけた。


 殺人兎キラーラビットは、跳ねるために溜めた力を解放し、ぴょんと小さく跳ねて短剣を避ける。


氷針ギャッチ・アーゴ!」


 その隙を狙って、わたしは4本になった氷針ギャッチ・アーゴを撃ち込んだ。それも殺人兎キラーラビットは見事に躱す。


 そこまでは計算済み。わざと誘い込むように一箇所だけ安全地帯を作ったのだ。


 無詠唱の加速アツェレを乗せた速度で走りこんで顔面から斬り飛ばした。


「なんで殺人兎キラーラビットが……」

殺人兎キラーラビットですの……?」


 わたしとリルファナは同時に呟いた。


 リルファナは殺人兎キラーラビットを知っているようだ、名前や見た目だけでなく動きもだ。明らかに短剣の投擲は一撃目の跳ねてくる攻撃を止めるために投げたものだ。


 強さも今日はじめて戦ったという感じもしないし、鑑定紙を使ったときにレベルぐらいは聞いておくべきだったかな。今更だと聞き辛い。


 リルファナはすすっと動いて地面に刺さっていた短剣を回収している。どこにしまうのかと見ていたら、腰の辺りに仕込んでいたようだ。出し入れしているところを直接見ていないと、どこに入っているのかさっぱり分からない。


「お姉ちゃん、この魔物は?」


 一瞬で倒してしまったので、クレアは特に危機感を覚えなかったようだ。物言わぬむくろになった兎をつついていた。


殺人兎キラーラビットと呼ばれる魔物だけど、南の森にいるとは聞いたことが無いよ」

「ふぅん。……ん? 目撃されたことが1度もないってこと?」

「そうだね。これは解体せずに持って帰って知らせたほうが良いかも」


 大きいとはいえ、持ち帰ることは出来るサイズだ。

 顔面から斬った切り口がちょっとばかり大きいから、血が転々と残りそうだな……。


「念のためと思って、汚れても良いずた袋は持って来たよ」


 クレアが布製の袋を出した。ナイスだ。


 袋に殺人兎キラーラビットを入れて、3人で一層警戒しながら村に戻った。


 道中、クレアには分からない魔物が出たら、すぐにわたしかリルファナの後ろに下がるように念を押した。わたしが回復魔法を使えないから、クレアに何かあると回復出来ないんだよね。



「ミーナか。早めに戻れとは言ったが、思った以上に早かったな」


 村に戻るとさきほどいた自警団の2人は暇そうに森を見張っていた。

 まだ成人して数年の若者と、ナイスミドルぐらいのおじさんだ。村の自警団は基本的にベテランと若手で組ませるようにしているらしい。


 名前は若手団員がレリオ、ベテラン団員がカゼラだったはず。


 村の顔見知りではあるけれど、わたしがこの世界(ヴィルトアーリ)に来てから、自分の能力やこの世界(ヴィルトアーリ)のことを知ることを優先していて挨拶ぐらいしかしなかったこともあり、名前と顔が一致しないことがある。

 レリオは歳が近いこともあり、小さい頃は一緒に遊んでいた仲でもあった。


「これがいたから報告したほうが良いと思って」


 どさっとレリオの前にずた袋を置いた。


「獲物か? この早さで戻るぐらいじゃ、ウルフか森林熊フォレストベアぐらいしかいないだろ?」


 ずた袋を置かれたレリオが、袋を開く。むわっと血臭が漂った。


「んん? なんだこいつ」


 知らないのかな? レリオは殺人兎キラーラビットを取り出した。


「でけえ兎か?」

「おい、ちょっと見せろ!」


 もう1人のカゼラさんは知っているようだ。カゼラさんの前に置けば良かった。


殺人兎キラーラビットだと……? 北の森の奥の方にいるやつじゃなかったか?」

「そうなんだ。初めて見かけたから持って来たんだけど」

「というか、よく倒せたな。怪我は無いのか?」

「見ての通り3人とも大丈夫だよ」

「ならいいが。自警団なら無理に戦わずに騎士か冒険者に任せる魔物だぞ。おい、詰め所に行って何人か呼んで来い」


 後半はレリオにかけた声だ。


 いやいや、騎士に任せるって……、初手の一撃は強いとはいえ、避けて数人で囲っちゃえばそこまで強い相手でも無いはずなんだけど。

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