聖者と悪魔
昨夜はクレアが1人で寝る順番らしい。もう1つベッドが出来るまで交代するってことかな?
……朝になると窒息しそうになっているのはどうにかならないものか。
というかクレアは何も言ってなかったけど、わたしだけ? リルファナの抱き枕に丁度良い大きさとか?
その日、クレアは魔術の本を読むと家にいることにしたようだ。昨日、シスターに勉強方法を相談するために冒険者のギルドカードも持っていったそうで、攻撃魔法の勉強も少しずつ始めたいらしい。
ギルドカード、村では融通を利かせるのに万能だな。
リルファナは、昨日の続きでメイド服を改造すると張り切っていた。
わたしは、秘密基地近くで氷針を黙々と撃ち続けた。
同じ物ばかり的にするとぼろぼろになってしまうので、ちょこちょこと対象をかえて撃っていると、突然、撃ちだされる氷柱の数が4つに増えた。
「おお、上がった!」
減らすことも出来るのかな? と使用時の魔力を減らすと3つでも撃ち出せることが分かった。
こうなると使えるスキルをとりあえず100回ずつ撃って1つでも多くレベル2にしておくべきかなあ……。
魔法戦士は膨大な魔法が使える分、先を考えると頭が痛くなる。
今、使える魔法は4属性の基本攻撃魔法である、火球、氷針、石弾、風刃。
他のゲームと比べて、セブクロの珍しいところは、これらの攻撃魔法はずっと使い続けていくことだ。威力はINTとスキルレベルに影響して増加していくし、上位魔法は範囲型や追尾型といった魔力消費が多く、別の特徴を持つ魔法になる。なので、魔力消費の少なく単体に撃つことが出来る基本魔法を使用する機会は多いのだ。
対して近接型の攻撃スキルは、純粋に上位互換のスキルも多く、手持ちの中で一番威力の高いスキルを使ったほうがスタミナの効率が良いとされていた。
他に使える魔法は血狼と戦ったときに使った加速、筋力強化、旋回の3つ。昨日、検証のために使い続けた土壁と瞬間的に相手の視界を奪う魔法、閃光だけだ。
セブクロでは最上級職になるためにはレベル80以上必要だったことが影響しているのか、現時点で使える魔法はかなり少なく、回復魔法に分類されているものは一切使えない。
ふと辺りを見回すと、木や地面が酷い有様だった。
氷針の影響で木の皮がめくれていたり、傷が付いている。平らだった地面も凸凹が出来たり、氷が溶けてぐちゃぐちゃになっている場所もある。これぐらいなら木が枯れたりはしないと思うけれど、ちょっとやりすぎたかな……。
対象範囲が狭い氷針ですら、連発すると周囲への影響が大きいので攻撃魔法のレベル上げは少し考える必要がありそうだ。
剣術の練習がてら加速と筋力強化のレベル上げをするのが良いかなあ。
「お姉ちゃん、何してるの?」
がさがさと音がしたと思ったら、クレアとリルファナがやってきた。秘密基地に近く、そこまで来れば丸見えである。
2人は休憩がてらわたしが何しているのか様子を見に来たようで、クレアは杖を持ち、リルファナは短刀を腰にさげていた。
「ちょ、ちょっと魔法の練習をね」
「それでこんなになる?」
クレアのジト目は久しぶりである。ううう。
「ミーナ様はやはり魔法戦士……?」
リルファナがうつむいて何か呟いていたけれど、聞き取れなかった。
「まあ、いいけど。お姉ちゃんは魔法で何か試してたんでしょ? 何か分かったなら教えて欲しいんだけど」
さすがクレア、わたしが何をしているか何となく察しているようだ。
「んー、その辺に適当に魔法を撃ってるだけでも魔法が強くなるかって検証してたんだけどね。見ての通りだから森の中で攻撃魔法はやりにくいかなって」
「そうなんだ。火魔法の練習をしたかったんだけど……」
「生きてる木だから燃えにくいだろうけど、万が一燃えるとだからやめておいたほうが良いかな。火魔法以外はダメなの?」
「シスターに見てもらったんだけど、私は火属性が得意なんだって! 最初は得意な属性から始めたほうが覚えやすいって言われたんだ」
自分の属性を調べる方法があるってことかな?
「うーん、危ないから攻撃魔法については父さんに相談してからかな」
「むう」
「クレアは生活魔法か癒しをどんどん使って魔力を増やしていくのが良いと思うよ。100回ぐらいずつを目安に頑張ってみて」
「ええ、そんなに使うの?」
「わたしのこれは1000回以上撃ってるよ?」
「そうなんだ……。がんばってみる!」
クレアは魔法を100回使うことに驚いていたけれど、ぼろぼろになった付近を指差してわたしの撃った回数を教えると納得した。
「リルファナも魔法は使えそうなんだよね?」
「え、ええ。少し特殊かもしれませんが……」
「1回見ておきたいかな」
「分かりましたわ」
リルファナは無手で構えると、呪文を詠唱した。
「石弾」
「風刃」
2つの詠唱の声が重なって聞こえた。近くの木に石の礫が着弾し、同時に風の刃が幹を切り刻んだ。
――二重詠唱。
これは特殊タイプの最上級職、トリックスターの固有特技である『聖者と悪魔』の効果に似ている気がした。というよりセブクロのスキルを踏襲しているなら二重詠唱が出来る職業は他に無い。
現実になって別の職業や二重詠唱が可能になるスキルが追加されているという可能性もあるけれど。
特殊タイプとは、最上級職から更に派生する職業で、本来の最上級職の能力を少し引き継ぎつつ、新たな職業になるという細かい部分まで考えるとちょっと分かりにくいシステムだ。
行動の選択肢は増えるけれど、特殊性が強く、弱点も追加されるため、必ずしも強くなるわけではない。セブクロでは最上級職のまま止める人の方が多いぐらいだったはず。
トリックスターの弱点は、固有技能である『聖者と悪魔』の効果によって攻撃魔法や一部の魔法は必ず相反する魔法と同時に撃たないといけないという制限がかかることだったかな?
1度の詠唱で手数が2倍になるが、消費魔力も2倍になるし、ほとんどの敵に対しては弱点と耐性の属性を同時に放つようなものなので片方はあまり効果的にダメージを与えられない。そう、ダメージは2倍になるわけではないのだ。また、属性を吸収する魔物相手だと回復量の方が多くなってしまい弱点属性の魔法自体を撃てないという事態になることもある。
トリックスターは相性の悪い相手にはとことん苦手というタイプの職業なので、基本的にソロや少数パーティを好む知り合いばかりのわたしの周りにはいなかった。そのせいで、あまりトリックスターの詳細は覚えていない。
「ちゃんと撃てましたわ!」
「……今の何?」
喜んでいるリルファナの横でクレアがぽかんとしていた。
リルファナが言うには、貴族でいた頃に魔法の勉強をしていたときは一切魔法が撃てなかったらしい。しばらく練習しても1度も成功しなかったので、魔法の素質無しと判断され、魔法の勉強は無くなったのだそうだ。多分、教師が1属性しか撃たせなかったから失敗扱いで不発になっていたんだろう。
これは、帰ったらトリックスターの詳細も覚えているだけ書き出しておく必要があるなあ。
ちょっと早かったが、色々とまとめたいことも増えたのでクレアとリルファナが帰るタイミングで一緒に家に戻った。
自分への強化魔法なら何処で使っても良いだろうし。
リルファナは、裁縫に戻ると言って居間に残った。
我が家は玄関を入るとかまど付きの居間になっていて、ここで食事をしたり、一家団欒の場所となっている。
また、裁縫や木工などの作業も出来るようにテーブルや道具が置いてあった。
「お姉ちゃん、それって何書いてるの? また暗号?」
「うんー、内緒」
わたしが日本語で書いているセブクロメモに詳細を追記していたら、ベッドの上で本を読んでいたはずのクレアが覗き込んでいた。
前に覗き込まれたときに、何とか読んでやると考えていたみたいだけれど、さすがにひらがな、カタカナ、漢字と使う日本語は読めないだろう。文字の種類が多すぎて法則性すら思いつくのに時間がかかると思う。
わたしが日本語を使う理由は、隠すためだけではなく、書きなれているからというのもある。こちらの言語で書こうとすると、本来のミーナの記憶から文字を引っ張り出して書く必要があるので、少し時間がかかるのだ。日本語なら五十音の表を横に置いておき、それを見ながら文字を書かないといけないという感じだろうか。
こちらの言語を読むときはスラスラ読めるので困らないんだけどね。
しばらく日本語のメモを眺めていたクレアは「やっぱり分からないや」と諦めたようで読書に戻っていった。