フェルド村へ
フェルド村への帰還
むぐぐ、なんだか息苦しい……。
寝ている間にリルファナに抱きしめられていた。
ぴったりと豊かな胸部に埋まっていたせいで息が出来なかったよ。あれは凶器で間違いない。
リルファナを起こさないようにそっとベッドから抜け出すと、外は明るくなりはじめていた。
まだ少し早い時間なのでクレアも起きていないようだ。
「ミーナ様、おはようございます」
お風呂に備え付けの洗面台で顔を洗っていたら、リルファナが起きてきた。
「おはよう。まだ少し早いから寝ててもいいよ?」
「いえ、いつもこのぐらいには起きていますので。……あの、昨夜はありがとう」
「ふふふ、わたしはお姉ちゃんだからね。つらい時はどんと来い!」
「え、ええ」
気恥ずかしくて、あえてドヤ顔で答えたらリルファナが呆気に取られている。
その後、軽く微笑んだところを見ると少しは気分が晴れたようだ。
クレアがまだ寝ていたので騒がしくならないように町で買った物の整理をしていた。
リルファナが持ちっぱなしだったり、部屋に出しっぱなしにしていた本をマジックバッグに入れていく。
リルファナのリュックサックから鑑定紙が落ちた。
なんだか難しい顔でリルファナが拾って、リュックに詰めていた。
鑑定したらすぐ廃棄するものらしいので、早く処分したいってことかな?
元々貴族だったからというわけではないのだろうけど、清潔好きというか几帳面なリルファナには気になるのかもしれない。村に帰ったらすぐ燃やそう。
ある程度片付けが終わってのんびりしていると、クレアも目が覚めたようだ。
「お、お姉ちゃんがもう起きてる……」
「必要があれば起きるよ。町に来る日も早起きだったじゃん!」
「……町に行くから興奮して寝れなかっただけじゃ」
遠足前の子供か! 否定はしないけど。しないけど!
「今日は村に帰るから私も装備をつけていくよ」
「そうだね、クレアも装備の扱いに慣れた方が良いね。わたしも最初は微妙に歩きにくかったりしたし」
「また魔物がいるかもしれないもん」
「あんなことは滅多にないと思うけれど、まあいざというときに何も無いよりいいか。朝ごはんのときに服にこぼして汚さないようにね」
「それについてはお姉ちゃんの方が心配じゃ」
「むぅ、クレアのローブと違ってわたしは鎧だから拭けば落ちるし」
「……お姉ちゃん、汚すことは前提なの?」
くすくすとリルファナが笑っていた。
――とりあえず、もう大丈夫そうかな。
◇
リルファナはメイド服に着替えていた。
そういえば普段着は可愛さ重視でスカート系ばっかり買ってしまったから、野外には向かなかったな。
ちなみに泥まみれになったスカートは乾いていなかったので、そのままマジックバッグに入れた。時間が止まったりといった便利機能はないが、マジックバッグに入れてしまえば他の入っている物に汚れがうつるといった影響もないのは確認済みだ。
購入したメイド服は、黒に近い暗い灰色をベースとして白色のフリルやエプロンがつけられた服でスカートの裾は膝丈ぐらいのものだ。
現代の日本にあるようなコスプレ用のようなものでなく、しっかりとした厚めの生地で作業服として作られているので、動きの邪魔にはなりにくいはずだし、汚れても問題無い。
靴は冒険者ギルドで買った、メイド服と似たような色の黒の編み上げのロングブーツを履いていた。
グローブも購入したけど、リルファナは鎧は買ってないんだよね。何か考えがあるみたいだから必要ないらしい。
「リルファナちゃん、こっち座って」
部屋に化粧台は無いけれど、机の上に鏡が置いてあった。
クレアはその前にある椅子にリルファナを座らせる。
クレアは耳の上で髪をまとめて黄色いリボンで結んだ。ささっともう逆側も同じことをしてツインテールにしていた。
「思ってた通り、可愛い!」
「あ、ありがとうございます。クレア様」
よく一回で左右のバランスを綺麗にまとめられるもんだなと眺めていた。
……女子力の差?
「そういえばお昼はどうしようかな」
「お姉ちゃん、午前3の鐘が鳴るまでならあそこでお弁当を売ってるみたいだよ」
クレアは窓の外、中央広場の方を指差している。
そういえば、いつも店が開く午前3の鐘が鳴ってから宿屋を出ていたな。
「じゃあ町を出る前に寄ってみようか」
宿屋の食事処で朝食をすませて水袋に水を入れてもらった。
日本と違い、この世界での水は無料ではない。小銅貨を数枚払えば宿屋や飲食店、冒険者ギルドで手持ちの水袋に入れてもらえるサービスがある。
どうしても無料で欲しいならば、自分で井戸や川から汲めば良い。
けれど、町中では色々な決まりがあるので、住宅地で勝手に井戸を使うと知らずに問題を起こしてしまう可能性もある。
マジックバッグのおかげで荷物は重くない。3階に戻るのも面倒なので食事の時に全て持って来ていた。
フロントで鍵を返して3日間お世話になった宿屋を発つ。
◇
中央広場の噴水の周りには屋台がいくつか出ていた。朝、町を出る商人や冒険者を狙った弁当屋のようだ。
近くの飲食店が朝だけ弁当を売っていることも多いらしい。
ほとんどの屋台が、サンドイッチのようなパンに具材を挟んだものだった。
メインで変化球が出せないため、おかずの方で勝負している店が多いようでミートボールや卵焼きなど店ごとに様々なおかずが添えてある。
ご飯物はあまり無いようだ、傷みやすいからかもしれない。
屋台を見ていると、俵型でごまをふったおにぎりを詰めた弁当を見つけた。たくわんも付いている。
なんとなく顔に見覚えがあると思ったら、確か聖王国のアンテナショップの店員さんだ。やはり和風文化のある町なんだろうか。1度行ってみたい。
クレアとリルファナには好きな弁当を買って良いよと銀貨を渡してある。
わたしは、このお弁当にしようと購入した。
「あら、この間のお客様。これからも、どうぞご贔屓に」
向こうもわたしを覚えていたようだ。
リルファナが言うには、わたしの髪色が珍しいというのでそのせいかもしれない。
ファンタジー世界なので遺伝とかも関係なく何色でもあるのかと思っていたけれど、そうでもないらしい。
基本的には遺伝で似た色になるが、違う髪色になることも珍しいわけではないぐらいだそうだ。
具体的には子供の髪色を見て父親が嫁を疑って問い詰めるほどではないぐらいには知られているとのこと……。分かるような、分からないような?
髪色に多いのは栗毛の茶系、赤系、金系。地域や種族によっては黒や白色。もちろん加齢による白髪もある。
青系統は貴族に多いが、普通は濃い色で水色やわたしのようにそれより薄い色というのは少なくともリルファナは見たことがないと言われた。
待ち合わせに指定しておいた南通り側に向かうと、既に2人ともお弁当を購入したようで待っていた。
手ぶらだがクレアのマジックバッグにでも入れたのだろう。
徒歩で町から出るときは、門での報告はいらない。
わたしは血狼の売却費を貰わないといけないので窓口に寄っていく。
「大銀貨9枚、小銀貨2枚となります。現金でよろしいですか?」
「はい」
冒険者カードを見せるとすぐに調べてくれた。思っていたよりも良い値段になったようだ。どうやら革が不足しているので少し色をつけてくれたらしい。
リルファナの服や装備品の購入で結構使ってしまったので、このお金は現金で受け取って父さんに返す方に足しておくことにした。
クレアとリルファナのために定期的に休憩を入れることを忘れないようにしないとね。
◇
3人でのんびり歩いていた。丁字路まではもう少しといったところだろうか。
前から馬に乗り金属鎧を着た3人組がゆっくりと向かってきた。町でも見た暗い灰色の鎧なので領地の騎士だろう。
「お嬢さん方は冒険者のようだが3人か?」
どう対応すれば良いのか分からなかったので、道の端に退いていたのだけれど話しかけられた。
「はい、フェルド村に帰るところです」
「ふむ、そうか。数日前にこの道にウルフの亜種が出たので注意するようにな」
「ありがとうございます」
わたしが倒したやつっぽいけど、わざわざ説明するのも面倒だしスルーした。
「最近は森の方も騒がしいとの情報が入っている。フェルド村だと森に入った方が近道だが、今は危険かもしれない。我々に冒険者への強制力は無いが、出来れば魔物避けの石柱がある道を行きなさい」
「はい、元々そうするつもりだったので大丈夫です」
「うむ、では気をつけてな」
騎士たちは、ビシッと敬礼すると去っていった。
街道での声掛けもしているんだね。確かに治安が良いはずだ。
そうか、森を突っ切ってしまえば早いのか。まあ、今回は騎士たちの忠告通りやめておこう。
来たときと同じように丁字路で1度休憩する。
2人ともまだ余裕そうな顔をしているし、お昼にはちょっと早いので、ここは軽めに休憩して次の休憩を長めに取ることにした。
「あら、おにぎりのお弁当も売っていたのですね」
「お姉ちゃんもリルファナちゃんもコメを使ったお弁当なんだ。パンだけじゃなかったんだね」
次の魔除けの石柱に辿り着き、お昼休憩だ。
その方が面白いというクレアの案で、各自で買った弁当はお昼まで内緒ということにしていた。
クレアは野菜多めのサンドイッチのお弁当にしたようだ。果物が添え物として入っている。
リルファナはご飯を詰めたお弁当だった。そのタイプも売ってたのか……。
ご飯の上にそぼろだと思われるひき肉がのっていて、おかずにもハンバーグのようなものがどんっと入っている。
ハンバーガーも気に入ってたし、リルファナは肉好きだな。