フェルド村
海凪とミーナの記憶が混じり合って定着するまで3日も寝込んでしまった。
熱と頭痛とだるさが続いていたのに、4日目の朝には何事も無かったかのように症状が消えていた。
ミーナの記憶も自分の記憶のように思い出せる。
しかし、海凪として育ったわたしには、この世界の知識はあるけど経験は無いという状態に近いと思う。
テレビや本で仕入れた知識というイメージだ。
普通ならありえないことなんだろうけど、思ったほど混乱せずに今の状況を自然と受け入れられた気がする。
……転生物とかのラノベもよく読んでたからかな?
急に元気になると、3日間ほとんど水しか取っていなかったお腹が、急激に飯を食えと主張しはじめた。
母さんが用意している朝ごはんの良い匂いがしてくると、いても立っても居られなくなりベッドから飛び起きて居間へと飛び出した。
この家はキッチン付きの居間、子供部屋、両親の部屋、物置にトイレと風呂、屋根裏もあるのだ。
海凪の知識と合わせて考えると農村にしては豪華過ぎる気もする。
ベッドや床も清潔だし、母さんの生活魔法の存在も影響しているのかもしれない。
そんなに遠くないとはいえ、近くの川から水をたくさん運んできて沸かすのは大変なので、風呂は時々しか使わなかった。
「お姉ちゃん、もう大丈夫なの?」
急に早起きしてきたわたしに驚きつつも、母さんはご飯を作ってくれた。
コメをスープに入れて煮込んだ『病み上がり用お粥モドキ』を食べていると、起きてきたクレアが心配そうにわたしの顔を覗き込む。
「うんうん。もう大丈夫!」
「ほらほら、食べながらしゃべるんじゃないの」
母さんはあきれた顔でクレアのご飯を用意している。収穫期だけあって旬の野菜が多い。
オレンジっぽい葉物野菜キャレアを敷いて、ピーノとポテトを炒めた物が乗っていた。
この世界の野菜って全く聞いたことが無い名前のものと、地球の名称と同じものが混ざってるのが不思議だ。
ちなみに、キャレアは少し硬めのレタス、ピーノは甘くないピーマン、ポテトはそのままじゃがいもに似ている。……わたしもお粥だけじゃなくて野菜が食べたい。
「ミーナは病み上がりなんだから、今日はあまりふらふらしてないで家にいなさいね」
「お姉ちゃんが風邪で寝込むなんて珍しいね。はじめて見たよ」
「そ、そんなことないでしょ!」
……確かにミーナに寝込んだ記憶はないけど! 母さんが自分のご飯も持って来ると、クレアと食べ始めた。
「そういえば父さんは?」
「ミーナが寝込んだ日に村長さんに呼ばれてね。町の方にお使いに行ってくるって出かけちゃったのよ。収穫もあるのに『任せた』の一言で出かけちゃうんだから」
まったく仕方ない人なんだから、と母さんは怒ったように言ってるけど、これは本気で怒ってるわけじゃなさそうな顔だね。
……ふう。
空腹のせいで何も考えず起きちゃって、家族として振舞えるか心配だったけど杞憂で済みそうだ。
正直なところ家族という実感は薄いけど、他人というほど嫌じゃないし、なんだか心地良さも感じる。
母さんの名前はジェッタ。父さんはマルク。妹のクレア。
……うーん、なんだかこの年になって家族が3人も増えるって不思議な感じ!
日本では兄3人だけだったから自分より下の兄弟が欲しかったし、選べるなら妹の方が欲しかったから大歓迎だよ。ウエルカムだよ。
朝食が済み、母さんとクレアは畑仕事に出て行った。
やはり作業に慣れている父さんがいないと収穫に時間がかかるみたい。
念のため、お昼までは寝ているようにと言われたわたしは素直にベッドに戻った。
少し記憶を整理しておきたいので丁度良い。
わたしが住んでいるこの村はフェルド村という名前で、畑の面積が広く、古くから大きな農村として知られている。
母さんが言うには耕作面積が大きいだけだった農村が、ここ15年でかなり発展したそうだ。
父さんが外からの知識を仕入れてくるのが大きかったらしい。
西に1日ほどの距離に大きな町があり、村の収穫期には商人がやってきて野菜を買い込み、町で仕入れた織物やちょっとした生活雑貨を売って帰っていく。
ここの野菜は出来が良く、町の高級店でも使われるらしい。みんなが町と言うので町の名前は聞いたことがない。
もっと大きな話、国とか大陸とかになるとミーナは知識を一切持っていなかった。
村から東へ行くと岩場になっていて、その先は海が広がっている。
ほとんどが断崖絶壁だけど、降りて行ける道が何箇所かあって、そこを抜けると小さな砂浜があった。
そこは村人が家族連れで遊びに行く場所となっている。
子供の足でも往復は難しくない距離だ。海岸付近の岩は塩が含まれている場所があり、加工して村の食用に使うこともある。
フェルド村の北と南は森になっているが、大きく違っている。
北側は魔物も少なく比較的安全で、ずっと向こうには山脈が見える。
南の森は、奥へ行けば行くほど魔物が多くなるらしい。
ずっと南まで抜けると国境だと聞いた。南の森を沿うように街道があるのでわざわざ危険な森を抜ける人はいないと思うけどね。
わたしの家は北側の森の近くに建っている。
村の中を2つの川が流れているが、家は飲料や生活用に指定されている川のすぐ近くでもあり、綺麗な水を汲むには便利な場所だ。
もう1つの川は洗濯や子供が遊ぶのに使われる。
実際には区画ごとにもっと細かい指定がされているが、病気が流行らないように、川自体を汚さない区域を作っておこうという物だ。
そのような理由から汲んだ水を川に戻すのでなければ、どこで汲んで何に使っても文句は言われない。
ミーナが知っていた地理は村とその周りの個人的に移動する範囲の知識だけだね。
農村の人々はほとんど村から出ずに一生を過ごすことになるので、そんなものなのかも。
村のほとんどが農家なので、畑を持っている家が多い。
育てる物には、これといって決まった作物はなく、各家ごとに好きな野菜や綿花などの植物を育てている。
この村は土の魔力が強い地域にあるらしく、気候があえばなんでも育つとのことだ。牧畜をメインにしている家もあれば、両方やってる家もあった。
気候は日本に近く四季がある。
といっても夏はそこまで暑くならず、冬も雪が降ることは滅多にない。
農家以外では、少数の家がパン屋や大工、細工屋などの職人仕事をしていた。数年前に雑貨屋も出来たはずだ。
小さいながら木造2階建ての教会もあり、町の教会を引退した神父様と、町から派遣された修道女が2名常駐している。教会は教師や医者の役割も担う。
フェルド村での生活はとてもゆったりだ。
太陽が顔を覗かせる頃には起きて朝ごはんを食べる。その後はお昼まで両親の手伝い。家の掃除や、裁縫、畑仕事の手伝いもする。
家は畑の面積はかなり広いが動物は飼っていない。
子供を毎日遅くまで、目いっぱい仕事をさせる必要はないとのことで、収穫期の忙しいときでもなければ午後はほとんど自由だった。
近所の子と遊んだりすることもあるし、時間があえば父さんから剣を教えてもらったり、母さんに生活魔法を教えてもらっていた。
地球の農業のように細かい作業が確立されているわけでもなく、種を撒いたら肥料と水をやって、後はその土地の魔力と天気次第。
そんな感じなのである。もちろん虫などの対策をしたりするから、本当に何もしないわけじゃないけれど。
そうそう、驚いたのは『魔導機』と呼ばれる生活道具の存在だ。
簡単に言えば家電みたいなもので、お風呂のお湯を沸かしたり、灯りに使う物だ。
わたしが知っているのは家で使うその2つぐらいだけど、魔石と魔力を持つ素材を組み合わせることで様々なことに使えるらしい。
動力源は『電池』と呼ばれる魔力を溜め込んだ石だ。
……やっぱり、ゲームの世界なのかなと思う。
なんとなく『セブクロ』に似ている気はするのだ。
けれど、ゲーム内で世界中をあちこち見て回るのが好きだったわたしの知識でも、フェルド村なんて名前の村は思い当たらない。
『魔導機』や『電池』なんて便利な物も全く知識にないので、絶対ここが『セブクロ』の世界だとは言えない。
「でも『セブクロ』だったらありえるんだよね」