雨の日
天が号泣しているかのように、大粒の水滴が地上に降りそそぐ。
石造りの道には、まだらな水模様が出来ていき、天が描きだす絵画のようでもあった。
要は雨である。土砂降りである。
そういえば小さい頃に、夕焼けが真っ赤だったり、異常な赤色のときは明日は雨とか友達が言ってたな。
どの程度信用出来るかは知らないけど。
「どうする、お姉ちゃん?」
「うーん……、もう1泊してこうか」
昨日の夕食後、冒険者になればいつでも見て回れるしということで、村に帰ることにしたのだけど……。
大雨の中を何時間も歩くのは辛い。素直に1泊増やして町でのんびりしていこうと決めた。
宿屋の食事処は昼も営業している、雨が止むまで宿にいよう。
カーテンを開けて窓の外を見ていたら、ほとんどの人は外套を雨除けにしていることが分かった。傘をさしている人もたまに見られるので使う人はいるようだ。雑貨屋では傘を見なかった気がするので、どこかのアンテナショップで取り扱っているのだろうか。
朝食は昨日とほぼ同じスクランブルエッグ、ベーコン、パンというメニューだったが、パンは昨日無かった黒パンがあったり、ベーコンも肉の種類が違うようだった。
連泊する人向けに何種類かのメニューがあるのかもしれないね。
朝食後の部屋に戻るときにフロントの受付で1泊延長し、支払いを済ませておいた。
◇
宿屋に篭もってやることも特に無く、3人でだらだらとおしゃべりしていた。
「そういえば、昨日頂いた鑑定紙でも試してみましょうか?」
「リルファナちゃん、あれって何?」
「使った人の……、そうですね『強さ』とでも言うのでしょうか、それを測ることが出来ますの。あまり詳しい内容ではありませんけれども」
お、もしかしたらステータスが分かるチャンスかも!
「紙に魔力を流すと文字が浮き出てきますわ。ですが、基本的には自分にしか見えないのでご注意くださいまし」
「自分にしか見えないの……?」
「ええ、他人に見られると変な印象や先入観を植え付けてしまったり、レアスキルを持っていると邪な考えを持たれる場合もありますので、最近の鑑定紙はそうなっているそうですわ。クレア様も、信用出来る人以外には能力を言ってはいけませんわ」
「うん、分かった」
「鑑定紙を読むことが出来ないのは奴隷でも一緒ですわ。主人の命令で無理やり言わせることも可能ですけれどね」
リルファナはわたしの方を向いて、そう付け加えた。
「リルファナの好きにしてくれればいいよ。リルファナなら伝えた方が良いことは言ってくれるでしょ?」
「え、ええ、もちろんですわ」
リルファナの頬が赤くなって微笑んだ。
……今のに照れる要素があったかな?
鑑定紙を使って分かるのは基本ステータスと一部の称号やスキルだけのようだ。
生活魔法や基本的な攻撃スキルも出ないので、ほとんどの冒険者は基本ステータス以外は何も表示されない。
鑑定紙は手軽に買うことが出来るので、ランクがあがったときや、1年ごとなどに定期的に確認する冒険者も多いらしい。
3人でそれぞれ鑑定紙を持って魔力を流すと、鑑定紙とだけ書かれた羊皮紙に文字が浮き出てくる。
LV:21、STR:A、AGI:C、INT:A、VIT:B、DEX:D、LUK:B
思っていた通り、セブクロの最大値よりレベルは下がっているが、実戦経験が少ない割にはレベルが高い。訓練などでも経験値が得られるということかもしれない。
またDEXとLUKというステータスが追加されているようだ。
これだけだと良いのか悪いのか分からないな。
「わたくしが前回調べたのは10歳の誕生日ですの。その時に聞いた説明では、能力値はEからSの6段階評価となっていますわ。成人になったばかりですと、LUKを除いてほとんどがD評価、1つぐらいはC評価のものがあるというのが平均的だそうですわ。わたくしは見たことありませんが、将来性のあるものは稀に赤字で表記されるとも聞きましたの」
わたしのステータスは平均よりは圧倒的に高いのか。
除外されたLUKについては高い方が良いのは当たり前だけど、ある程度変動するらしい。占いのアルゴリズムみたいなものなのかな。
クレアの紙を見せてもらったけれど、肝心な数字や評価は見えなかった。INTの文字だけは赤くなっている。クレアの将来は攻撃魔法と回復魔法を使いこなす賢者が良さそうだ。
「称号や特殊技能などを持っていると、その下に表示されるそうですわ」
……何か色々と書いてあるんだけど。
――テレネータの加護、ステラーティオの加護。
神様に会ったから加護を授かったということかな。
――魔法戦士の才能。固有技能:魔法剣。調理師の才能。魔法付与の才能。
思っていた通り、ゲームの能力を引き継いでいるのだろう。メインの職業と生産スキルを引き継いでいる。
――還りしもの。
これは転生者称号かな。
セブクロでも初期称号に『還りしもの』という称号があった。
メインストーリーを進めると分かるのだけど、プレイヤーキャラクターは事件や事故に巻き込まれて1度死亡していて、今までの活躍が認められて神様の力で復活したって話だったはず。サンドボックスを謳っているだけあって、いくつかのルートがあるみたいでそれによってメインストーリーですら細かい部分は違ってくるけど大筋は一緒になっていた。
詳細についてはメインストーリーの続きが実装されるのを待っている状態だったから分からないんだけどね。
「私はINTがC、LUKがBだったよ。テレネータ様の加護もあるみたい」
「わたくしはAGIがA、DEXがBでしたわ。光の女神テレネータ様と風の女神フィメリリータ様のご加護もありました」
「え、リルファナちゃんすごい!」
「鑑定紙を使ってから護身術の稽古にも全力を尽くすようになったからかもしれませんわね」
わたしもAが2つあるから、なんとも言えないけど、そんな簡単にAになるものなのかな? 神様の加護を貰ってるからその影響とか?
わたしのステータスはセブクロの能力を引き継いでるからだよね。
「お姉ちゃんは?」
「STRとINTがAだったよ」
「えええ!」
「あの、……ミーナ様はどういう稽古をしてらして?」
「父さんに剣術を教えてもらったぐらいなんだけどね」
「でも、あのすごい技を使えるならそれぐらいの強さが必要ってことなのかな?」
「すごい技ですの?」
「あ!」
リルファナが「それ気になりますわ!」と眼を輝かせたことで、クレアがしまったという顔をした。うっかり口を滑らせたようだ。
まあ、リルファナは一緒に冒険者として活動するのだから教えておく必要もあったので問題無いけど。
「剣に魔力を流して属性を付与するんだよ」
「…………魔法剣…………ですの?」
「リルファナは知ってるの?」
「え、えっと、武術書か歴史書か何かに載っているのをちらっと見ただけですわ」
リルファナはわたわたと両手を振って詳しいことは知らないと否定する。何か隠していそうな態度にその本の内容がとても気になった。
まとめると、わたしは前衛も後衛も可能な魔法戦士。クレアは将来有望な魔術師。リルファナは遠隔攻撃と盗賊タイプに向いているステータスということだ。
冒険者としては、3人で何とかやっていけそうなバランスでほっとした。
◇
まだお昼には早いし、雨は降り続いている。
鑑定紙の話もすることがなくなったので、マジックバッグに入れる。本当は確認したらバラバラに破くか燃やしてしまうのが普通らしいが、宿の部屋で火を扱うわけにもいかない。村に戻ったら処分しよう。
「昨日買った本でも少し読んでみようか」
部屋から出れないときの時間潰しといえばゲームや本である。丁度昨日買った本があるじゃないかということでテーブルの上に出す。
クレアは昨日買った魔術の本を開いていた。
なんとなく手に取った『野草の図鑑』を開いていたら、リルファナも気になったのか覗き込んで来た。
「薬草の本ですの?」
「ソルジュプランテ周辺に生えている草や木の図鑑かな? 木はおまけぐらいだけど、草は薬にも毒にもならないものまで載ってるよ」
「わたくしはソルジュプランテの出身ではありませんが、全然見たことのない薬草もありますわね」
「リルファナはこの近くの出身なの?」
「……隣のヴァレコリーナ公国出身ですわ。ガルディアの町を見る限り、治安も活気もこちらの国の方が良さそうですわね」
リルファナは隣国から連れてこられたのか。そういえば馬車は南門へ向かっていたのだから、少なくとも隣国を経由しているはずで分かりきったことでもあった。
冒険者になっても、嫌なことを思い出すかもしれないからしばらくは近寄らない方が良いかな?
それ以上は触れないようにリルファナと図鑑を眺めていた。
クレアは魔術操作の練習をしているようで、時々難しい顔をして唸っている。
午前4の鐘の音が響くころには雨があがっていた。