装備購入
中央広場の近く、喫茶店に入った。
頼んだのはハチミツとバターのシンプルなホットケーキだ。ふわふわの生地が美味しかった。
喫茶店で休憩を取ったあとは、冒険者ギルド3階で装備を見ることにする。
セブクロでの装備は、ありふれたという意味のコモン、魔法付与されたマジック、希少なレア、固有装備のユニーク、一式型という意味のセットという順にレアリティが設定されていた。
マジック以上のレアリティは何かしらの補正効果がついており、レアリティが高くなるほど付属される数や効果はより強力になっていく。
マジックとレアは単純にランダムで補正効果が付与されている装備だ。レアの方が複数の効果が付きやすい。
ユニークはその装備ごとに決められた一定の法則で補正効果が付与される。
例として、2本の対になった短剣で『炎と氷の双剣』というユニーク装備があったが、この場合は炎と氷の属性付与と追加ダメージが必ず付くといった具合だ。
セットとは決められたシリーズごとに、複数の装備を揃えることで補正効果が付与される。
例えば『魔女の呼び声』シリーズ装備は帽子、ローブ、靴、指輪と4種類ある魔術師向けの装備だ。どれでも良いから2つ揃えると詠唱速度アップ、3つ揃えると消費魔力軽減、4つ揃えると更に詠唱速度アップとなっていた。
もちろん個別にステータス補正や固有の能力もあり、そちらもランダムなのでより良い物を狙って揃えていく必要がある。
セブクロではレベル60ぐらいからは、ほぼレア装備以上で固めることになる。
尚、魔法付与の効果は上記のレアリティとは別に補正効果を付与することが出来る能力だ。付与出来る回数は装備の取得時にランダムで決められるので、より強力な装備を集めるのはとても大変なのだ。
ガルディアの町の中央通りを歩いているときに、武器や防具を扱う店もいくつかあったので確認したが、マジック級ですら滅多に置かれていなかった。これでは何処で買っても性能には大差ないだろう。
確かにセブクロでも、最初期を除けばドロップ品やダンジョンの宝箱、プレイヤーが生産した装備を購入することで、新たな装備を入手することが多くなる。その結果、NPCの店を使うことはあまりない。
だが、NPCの店にはマジック級の装備を売っていたし、この世界にも職人がいるのでステータス補正がかかったマジック級の装備だって作れると思う。少ない数だが取り扱いはあるわけだし。
そもそも現実味が強くなってしまった以上、その辺にいる魔物から武器や防具が落ちるというのも考えにくいので、NPCから購入したいところなのだが……。
うーん、王都とかまで行かないと売っていないのだろうか。
修理するために鍛冶スキルもあげていたから、序盤の装備ぐらいなら素材と施設があれば自分でも作れるけど、ゲーム時代と違ってNPCの鍛冶屋の施設で勝手に作るなんて出来ないし、ちょっと手間なんだよね。
プレイヤーのための生産施設である、素材を売るNPCと各施設が揃った職人ギルドも多分無くなってしまっているだろうし、困ったな。
……まあ、悩んでも仕方ないか。
今は、村での戦闘練習のためにコモン級の装備を揃えておくことにしよう。
冒険者ギルドの3階に上がると、武器や鎧、手甲、ブーツなどが並べられていた。3階は1フロア全て店になっているようだ。
武器を見てみると、駆け出し向けという名目なので高級品は扱っていないが、剣、槍、斧、爪、鈍器、弓、弩、杖などほぼ一通りの武器が揃っている。剣も、短剣、片手剣、両手剣だけでなく曲刀まであった。
……流石に上級職が使うことの多い刀は無い。短刀は聖王国のアンテナショップに買いに行こう。醤油も欲しいしね。
冒険者ギルドは駆け出し向けの店だけあって、鑑定結果を表す札がついていた。
ほとんどが武器種と生産者の名前、生産者やギルドからのアドバイス的なメモだけだが、コモン級ながらステータス補正がついている装備もあるようだ。
「各自で使えそうな装備を探すことにしようか」
「うん」
「はいですわ!」
わたしは魔法戦士が基準になっていると思うので、どの武器でも使えるはず。木剣で剣術の練習をしていたこともあるし、あるのか分からないけど専用装備のことも考えるとメインウェポンは片手剣で良いだろう。
サブに短剣を持つとすると両方とも斬撃武器になる。いざというときは魔法剣でごり押しすれば良いけど、使うたびに武器が破損してしまうことを考えると、もう1種ぐらい使えるようになっておくと便利かな。
試しに槍や斧を持ってみたけど、予想していたよりも振り回すには重そうだ。
「お姉ちゃん、魔術師って杖と鈍器ってどっちがいいの?」
「攻撃魔法も使うなら魔力強化のある杖かな」
「長い杖と短い杖の違いは?」
「両手杖は魔力操作がしやすくなるのと棒術を覚えれば棍みたい近接戦闘にも使えて、短杖は片手が空くから盾が持てるかな」
クレアは魔術師を目指したいみたいだね。
質問にはゲーム知識でなんとなく教えてみる。あってるか分からないけど!
「うーん、もうちょっと考えてみる」
そう言って杖がかけてあるラックに戻っていった。
話に出た鈍器を持ってみたけど、これも重くて使える気がしない。弓を持ってみると使える気がする。
魔法戦士の能力がセブクロと違うのだろうか。
上級職の魔法戦士になるにはレベル80以上必要なので、その辺りが影響している可能性もあるかな?
「ミーナ様、弩と太矢、短刀とは別に短剣を何本か買いたいのですけど」
「お金はこっちで出すから持ってきていいよ」
「分かりましたわ」
追加の近接武器は保留にして、使えそうなショートボウと矢を買って練習しようかな。
「お姉ちゃん、両手杖にするよ!」
クレアは両手杖にするらしい。気に入ったものを1本持って来たようだ。
先端がうねっている木製の、「魔術師が最初に持つ杖はこれ!ランキング」1位に輝きそうなシンプルなものだった。そんなランキング無いとは思うけど。
「防具も揃えておこうか。靴は必須かな」
セブクロの世界ではステータスによる装備制限があった。
STRが足らないと金属鎧を着ることが出来なかったりといった具合だ。
職業による装備制限は無かったが、必要なステータス補正などの関係から、大体その職業のイメージ通りのキャラクターに落ち着くようになっていた。
一部のコアゲーマーは金属鎧を着た近接特化魔術師や、レア衣服やローブを使った回避型盾役なども遊んでいたようだが、ネタキャラの域は出ていなかった。
現実になったこの世界での冒険者にとって一番大事な防具は靴だと思っている。
常に長時間歩き回るので頑丈な方が好ましいし、戦闘中の立ち回りで破損し隙を作ってしまうのは絶対避けなければならない。
足場の悪い場所を歩くことを考えれば、ヒールの無い脛まで守れる長めのブーツが良いだろう。
クレアの鎧は動きやすさを重視した魔術師向けのものを選んだ。
頑丈な布を使ったローブ風の鎧で、胸当ての部分だけは薄い革を使っている。鎧自体に厚みも無く上からローブも羽織れるので衣服と軽鎧の中間ぐらいという印象だろうか。
中に綿を詰めた布製の帽子もいろいろな種類があった。
無いよりはマシぐらいだけど頭への衝撃を多少は緩和してくれるし、日射病予防にもなるだろう。
クレアは試着室を借りて、選んだ装備を身に着けていた。
魔女風のとんがり帽子、両手杖、簡易的な鎧に短めのローブを羽織り、革のブーツを履いている。
クレアがその場でくるりと回転すると、スカート状の裾がひらりと舞う。
――魔術師っぽい!
村娘からジョブチェンジしたみたいだよ。
「どうかな?」
「かっこいいね! サイズが大丈夫そうなら、これにしようか」
「うん!」
わたしはアルフォスさんたちに貰った防具があるので、買うとしたら帽子か兜ぐらいかな?
そういえば片手剣を使うなら盾という選択肢もあった。小さい円盾を買っておくか。
盾には握りがついているだけのセンターグリップの物と、ベルトなどで腕に固定する物がある。付属しているメモ書きによると初心者にはセンターグリップの方が良いらしい。ベルトで固定した状態で下手に受けてしまうと腕を傷めやすいのと、邪魔になったときに外しにくいからだろう。
「ミーナ様、選んできましたわ」
リルファナは弩と太矢を数十本、いくつかの種類の短剣を10本ほど持って来た。やや小ぶりの短剣は投げナイフ代わりにでもするのだろうか。
指の動きの邪魔になりにくい指貫のグローブや編み上げの黒いロングブーツと、補修用の頑丈な糸や革も含まれている。
「昔から冒険者になるなら……と考えていたこともありましたの」
随分と準備が良いと思ったらそういうことらしい。アクティブ系お嬢様だったのかしら。
「おや、新規の冒険者かな?」
会計を済ませようとしたら話しかけられた。装備をフルセットで購入するなど、つい最近、冒険者登録をした人ぐらいなのだろう。
「はい。とりあえず用意だけしておこうかと」
「なるほどね。じゃあこれおまけしておくよ」
おまけとは羊皮紙3枚のようだ。
購入した消耗品と一緒に木の繊維を編んだ袋に入れてくれたとき、羊皮紙に1行だけ文字がかかれていたのが見えた。
「鑑定紙ですわね」
「お、使い方は分かるかね?」
「ええ、小さい頃に一度使ったことがありますの」
隣のカウンターで何か小物を追加で購入していたリルファナが顔を出した。後でリルファナに教えてもらえば大丈夫そうだ。
2階の店で買い忘れていたリルファナ用の水袋や東通りの店で醤油と短刀を購入した。
大きさの都合で入らないもの以外は全てマジックバッグに入れた。買い忘れたものは、冒険者として活動しはじめたときに買い足すことにすれば良いだろう。
聖王国のアンテナショップから外に出る頃にはうっすらと空が赤くなりはじめていた。今日の夕焼けは何だかやけに真っ赤に見える。
午後2の鐘が鳴るのもそろそろだろう。
「今日はどこで夕飯食べようか?」
「お姉ちゃん、昨日のメニューで気になるのがまだあるんだけど」
「じゃあ、昨日のレストランでいいかな」
「わたくしはどこでも大丈夫ですわ」
長くなった影と一緒に3人で宿屋に戻ることにした。
もう少し町にいるか、フェルド村に帰るかの相談もしないといけない。
とりあえず、今日は鶏肉のトマトソース煮込みにしようと新たな決意を固めた。