醤油
「美味しかったね」
「ええ、この町はどのお店でも美味しいですわね」
カフェで会計するときに、ついでに教会の場所を聞いた。小さい教会は各区画にあるけれど、一番大きな教会は南東の区画にあるそうだ。時間もあるので行ってみても良いかなと思う。
「そうそう、村で戦闘の練習もしたいからクレアとリルファナの装備も揃えておきたいんだよね」
「冒険者ギルドで買うのがいいのかな?」
「うーん、南東の教会に行くついでに通り道の装備屋をざっと見てから買う場所を決めようか」
「うん!」
「リルファナも何か気になったものがあったら教えてね」
「はいですわ」
父さんから貰ったお金もまだかなり残っている。もしかしたら装備を揃えることまで想定していたのかもしれない。小遣いを好きに使ったからといって怒るタイプではないので気にしなくていいか。もちろん無駄遣いをするわけでもないし。
東通りを抜けて、東門手前の環状の道を通ることにした。
……相変わらず歩いていると振り返られたり、ちらちらと見られることが多いのは何だろう?
若い女性が奴隷を連れ歩いているから違和感があるのかと思っていたのだけど、店で今の服に着替えてからは袖に隠れてリルファナの隷属の首輪は簡単には見えないと思うのだけどな。
環状の道は、楕円形になっている町の外縁の住宅区を一周する道で、中央通りほど混んでいるわけではないが、住民がよく使う道でもある。すぐに町を抜けたい馬車が通れるようにと広めに整えられている。
教会や孤児院、公園などの住民に使われる施設が多く並んでいて、夜間の警邏もあるし、街灯も設置されているので中央通りと同じぐらい治安が良い。住人向けの飲食店などもあり、中央通りの店より安く食べられるとガルディアの町を拠点にする冒険者も使っている。
北東区の一部は貴族が住む区画になっている影響か、東通りには高級店や嗜好品の店が多く立ち並ぶ。目玉の飛び出る額の服屋などもあるが、有名な職人がひとつひとつ手がける最高品質である。一見さんお断りや、ドレスコードが必要な店もありそうだ。
遠方の国から仕入れた珍品を扱う店もあった。奴隷商のトーマスさんが言っていた国、デシエルト産の絨毯や香水、オイルの取り扱い店、隣国のヴァレコリーナ産の魔導機や人参のような野菜などを商う店だ。滋養強壮に、となっていたので高麗人参みたいなものだろうか。
……要はアンテナショップかな?
「聖王国?」
「ええと、ソルジュプランテから西にあるデシエルトから、更に西へ越えた先にある宗教国家と聞いていますわ」
「随分遠くの国から仕入れてるんだね」
聖王国シンティルーチェ。聖職者の数が多い国で、宣教の旅をする過程で冒険者になるものも多い。
この世界の宗教は六大神を祀っている多神教がほとんど全てを占めている。この宗教には名前すらついていないほど主流だ。国の形を成さない小さな集落や、辺境の村などは小さな神に祈っていることもあるが、これらの神は、六大神の下位についている神様であることが多く、宗教間の争いが起こることはほぼない。
例外として、深淵の魔神や、吸血鬼王などの不死者を奉るのは赦されていない。その信者のほとんどが破滅主義者であり、被害が大きくなるというのが主教の言い分であり、間違いでもなかった。
神のご加護というのが目に見えて存在する世界なので、神様の存在自体を否定する人はほぼいない。「ほぼ」というのは、いないわけでもないということだ。ご都合主義者というのはどんなところにもいるものである。
この辺りはセブクロの設定と同じだ。
「おや?」
「醤油ですわね」
「ショーユ? リルファナちゃん知ってるの?」
「調味料の一種ですわ、クレア様。色々と使い道はあるのですけど、煮物などに使うと美味しいですの」
店の入り口に差し掛かると、香ばしさのある懐かしい匂いが漂ってきた。
蒸かしたコメを潰して餅状にする。平らに伸ばし乾燥後、醤油をつけて焼いた菓子を売っていた。簡単に言えば煎餅である。
店に入らずとも、出窓から買えるようになっているらしく、冒険者らしき軽鎧を着た男性が煎餅を買っていた。焼ける醤油の匂いに釣られたのかもしれない。
貴族は他国の食品を食べる機会も多いようで、リルファナは醤油を知っているようだ。聖王国なのに醤油、大抵は遠い東の国とか島国にあるようなものじゃないのかという気もするが、和食を扱っているというならば他の商品も気になるところである。
「少し見ていこうか」
「はいですわ!」
リルファナが乗り気だ。和食が好きだったのかな?
「なんだか腐った臭いがするよ、お姉ちゃん」
「酢だね。酸っぱい臭いだけど腐ってるわけじゃないよ」
店内に入ると醤油以外にも酢やコメから作った酒も並んでいたが食品は少なかった。味噌は無いのか。
酢の匂いに慣れないらしく、クレアは顔をしかめていた。酢漬けや酢飯は作っても食べてくれそうにないかな?
他には聖書、木製や銀製のロザリオ、聖職者向けの装備品などもある、この辺りは聖王国という名前らしい。
それと、どういう訳か提灯やら木彫りの熊やらと土産物がいくつかあった。
……聖王国がよく分からない。
「あら、これは……」
リルファナが見ているのは短刀だった。随分と熱心に見ている。
短刀は侍や忍者、一部の盗賊系の職業が使う装備だが、前衛なら刃渡りの長い太刀を使うことが多い。
刀系の武器は『首切り』という効果がついているものがあり、稀に自分よりレベルが20以上低い魔物を一撃で倒す即死効果がついているものがあった。
セブクロでの短刀は『首切り』効果が付いているものが少なく、あまり使われることがない不人気の武器だった。太刀はその性能と見た目からか人気だったんだけどね。
この世界では『首切り』は装備効果でなく、武器を扱う技術で行うものになっていそうな気もするけれど、補正ぐらいは付くかな?
「使えそう?」
「ええ、これはなかなかの業物ですこと」
「じゃあこの店はキープだね」
リルファナが使えそうだというなら買っておくのもありだろう。醤油も欲しいし帰りに寄ることにする。
一旦店を出て、教会方向へと歩き出した。
◇
いくつか店を見ながら教会へと辿り着く。東通りはあれこれと楽しめたが、環状の道は住宅区となるので小さい飲食店ぐらいしか見当たらなかった。教会はというと、レンガ造りの尖ったアーチが目立っている。これはゴシック建築だろう。
教会は入り口が2箇所あり、片方は併設された孤児院への直通口となっているようだ。庭の面積も広く取られているようで子供たちが遊ぶ声が聞こえている。
「リルファナ、教会での作法とか、しなくちゃいけないことってある?」
「ええと、基本的に聖堂への出入りは自由ですが、出入り禁止の時は扉が閉じられているか札が出ていますの。聖堂に設置された席でお祈りするのが普通ですが、祭壇前や後ろの列でも構いませんわ。これといって作法はありませんが、静かにするのはマナーだと存じますわ」
「あまり気にしなくて良さそうだね。行こうか」
日本の神社やお寺は知らないと分からない複雑な作法みたいなものがたくさんあるけれど、この世界は随分アバウトなようだ。
教会の扉をくぐると大きなホールがあった。左右の扉は孤児院や食堂、修道士の自室へ繋がるのだろう。正面が聖堂のようで扉は開け広げられている。
聖堂に入ると、正面には光の女神と闇の神の像が、その周囲に火、水、土、風の神の像が祀られていた。人が多く入ることもあるのだろうか、たくさんの椅子が並んでいた。たまたまなのか、時間帯なのかは分からないけど、今はわたしたち以外には誰もいない。
――テレネータ様そっくりだね。
実際に会ったことのある人からの情報も取り入れられて造られているのだと思う。彫刻なので流石に神々しさを感じることはないけれど。
他の神様も同じようにそっくりに造られているのならば、テレネータ様以外は水と風の神様が女神のようだ。
水の神様は耳がヒレのようになっている、包容力のある柔らかい顔つきで優しそうな印象だ。風の神様はスレンダーなエルフでちょっときつそうな目付きをしている。
男性神はそれぞれ差が大きく、闇の神様は若いイケメンで耳が少し尖っているのでハーフエルフかな? 火の神様は立派な髭をたくわえたドワーフだ。
土の神様はとにかく大きくてごついけれど、セブクロの世界では見たこと無いように思う。何の種族だろう?
神像には名札のようなものはついていないので名前までは分からない。
わたしたちは神像の前の一番近い席についてお祈りをした。
リルファナの付き添いで来たから特に祈ることを考えていなかった。
うーん、テレネータ様の紅茶は美味しかったな。祈りじゃないな、これ!
あとは、ええと……。
――なにか面白いチート能力をください!