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宿屋 - 客室

 3階の部屋に入ると廊下のようになっていて、右手に風呂とトイレが並んでいた。ちゃんと別々の個室だ。廊下と部屋には灯りがついていて、壁の魔石でオンオフできるようになっている。


 廊下を抜けた部屋にはベッドが3つ、ベッドの横にサイドテーブルが置かれている。他にソファーとサイドボード、タンス、横長のテーブルなど一式の家具が備え付けられていた。宿泊客が自分で入れられるようにとティーセットも置かれている。窓際には1人掛けのソファーとテーブルがあり、外を見ながらのんびりすることも出来そうだ。

 いくつかのテーブルには小さな灯りの魔導機が置かれている。


 閉められていたカーテンを開けてみると西通りが見下ろせた。


 食事処レストランではゆっくり食事をしていたので、すでに陽が落ちていて、等間隔に設置された魔導機の街灯が輝いている。


 通りに面した宿屋や酒場の光も漏れているので、歩くのに困ることはなさそうだ。またガルディアの町では夜番の警備隊が定期的に巡回するらしい。女子供が1人で歩いていたら問答無用で拉致されるというようなことはなさそうで、思っていた以上に治安が良さそうである。

 もちろん警備隊が必要ということは危険が皆無というわけではない。通りを眺めていると、予定より遅れてしまったのか、帰宅しようとする人々は早足で急いでいるようにも見えた。


「満腹で眠いよ」

「クレア、寝る前にお風呂には入ってね」

「う、うん」

「眠そうですし、クレア様からどうぞ」


 時々休憩は入れたとはいえ、なんだかんだと町についてもほとんど歩きっぱなしだったから疲れたのだろう。

 眠そうにクレアが目を擦っていた。


 汗もかいているだろうし寝る前にお風呂に入れさせてしまおう。


「ひゃあ!」


 お風呂に入ったクレアの声が聞こえた。近くにいたリルファナがノックして扉をあける。


「クレア様、どうしました?」

「み、みずだった……」

「ああ、えっと、この魔石に魔力を流すと水が出て、魔石を捻って温度を調整するんですのよ」


 ――そういうのもあるのか。


「リルファナが詳しくて助かるよ。わたしたちは田舎者だから全然分からないことも多くてね」


 クレアにお風呂や備え付けの製品(アメニティ用品)の使い方を教えて戻ってきたリルファナに声をかける。聞いていたら、石鹸や歯ブラシなども備え付けになっているようだ。


「いえ、主の知らないことを教えるのも、わたくしの勤めだと思いますわ。……えっと、わたくしは貴族の出ですの。町にもよく遊びにいっていましたわ」

「知ってた」

「え!」


 おっと、声に出てしまった。


「なんか振舞いが優雅だし。……口調もね?」

「は! も、申し訳御座いません」

「いや、そっちが素でしょ。別に奴隷が欲しかったわけじゃないし、普通に接してくれた方が嬉しいよ」

「あ…………、わかりましたわ」


 土下座して無理に主人にしてくれと言ってしまった手前、後ろめたい気持ちもあるのかもしれないね。

 一部分(胸部)を除いて年下にしか見えない容姿だけど同い年なら奴隷よりも、友達として付き合って欲しいというのは主人側の我侭になってしまうのだろうか。


「手伝いとか仕事とかはしてもらうことになると思うし、率先して動いてくれるのは助かるけどね。あと無理に昔の話もしなくていいからね。聞いて欲しかったら聞くけど」

「はい、……いずれ機会があったら聞いていただきますわ」


 リルファナは何かの考えを固めたような、真剣な顔で頷く。過去を話すことに抵抗があるだけではないように感じた。


「じゃあ、改めてよろしくね!」

「出来る範囲で頑張りますわ!」


 お互い微笑みながら、なんとなくリルファナと握手していると、お風呂の扉が開いた音がした。こちらの部屋との扉は開けっ放しなので声が通る。


「リルファナちゃん、これどうやって使うの?」

「ふふ、早速、行ってきますわ」


 お風呂から出たクレアはドライヤーの使い方が分からなかったようだ。リルファナが丁寧に使い方を説明している。

 わたしもそれを聞きながら、村と違って『魔導機』の普及率も高いんだなと考えていた。それなりに良い宿屋だからというのもあるだろうけど、部屋内だけでもあちこちに魔導機が目に入らない方が珍しい。


 ミーナ様が先にどうぞ。と言われたのでリルファナより先にお風呂に入ることにした。


「冷たかったから目が覚めちゃったよ」


 部屋に戻ってきたクレアは外した髪飾りを自分のベッドの近くのサイドテーブルに置いていた。

 リルファナが魔導機のコンロで沸かしていたお湯で紅茶を入れているのを横目に見ながらお風呂へ移動した。



 浴室には浴槽と固定されたシャワーがあった。


 壁に、捻ると回転する魔石がついていて、左右にシンプルなデザインの火と水のマークが描かれている。リルファナが言っていた魔石とはこれのことだろう。

 捻った位置で温度を調整し、魔石に触れると魔力が流れしばらくの間、水やお湯が出るようになっているようだ。


 魔力を流すこと以外は日本の蛇口のつまみと変わらない仕組みのようだ。


 魔力を魔石に流すだけであるならさほど難しいことではない。魔石が魔力を引き出そうとするので感覚を掴んでしまえば子供でも出来ることだ。だが、魔力操作が上手いほど調整はしやすくなる。

 また属性にも多少は影響するようで、わたしは水の属性を持っているからか水量の操作をしやすく感じた。


 『セブクロ』では生まれながらにもつ属性という設定で、キャラクター作成時に属性を選択する。火、水、土、風の中から1つか2つ選び、1つだけ選んだ場合は特化型属性となる。

 キャラクターはほんの少しだけ選んだ属性の攻撃力を持っているが、スキルや装備補正などの方が圧倒的に大きかったため、ゲームのシステム上はキャラクターの特徴付け以外の意味はあまり無かった。

 それが、現実になると随分細かいところにまで影響を受けているように思う。


 この世界ではどのようになっているのだろう。クレアやリルファナの属性を調べる方法はあるのだろうか?


「ミーナ様、使い方は大丈夫ですの?」


 何度か使い方を確認していると、ノックの音とリルファナの声がした。


「クレアとの話を聞いてたから大丈夫そう」

「わかりましたわ」


 クレアに聞いたのか、わたしたちが村から出てきたということを思い出したのか、リルファナが確認に来てくれたようだ。


 これなら普通に使うことが出来そうだ。シャワーが固定式で動かせないのが不便だけど。



「さっぱりしたー」


 特に問題も起こらずお風呂から出ると、リルファナがぬるめに沸かしたお湯で紅茶を入れてくれる。貴族ならメイドが入れるのが普通だろうし、随分と手馴れているのは趣味かなにかだったのだろうか。

 クレアは完全に目が覚めてしまったようでまだ起きているようだった。


「リルファナの着替えはここに置いておくね」


 忘れる前に、昼間に買ったリルファナの寝巻きもリルファナのベッドの上に出しておく。フリルのついたワンピースタイプのパジャマだ。


 リルファナ用にマジックバッグがもう1つ欲しいな。と言っても高すぎて買えないし、明日は普通のバッグでも買っておこう。


 リルファナがお風呂に行った後、クレアと町の印象の話をしていると午後3の鐘がなった。


「やっと鐘の音にもちょっと慣れてきたよ」

「結構大きい音だよね」


 チャイムやサイレンの音を知っているわたしでもちょっとうるさいと思うぐらいの音量だ。知らずにはじめて聞いたらびっくりする人の方が多いだろう。


「お店で身体は拭かせて貰いましたけれど、髪もすっきりしましたわ」


 リルファナもお風呂から出てきた。

 ほこりっぽかった髪もすっきりして、ふりふりのパジャマのせいか可愛くなったように見えた。


 ……奴隷商が、奴隷を汚れたままにしておくのって商品価値が随分下がるんじゃなかろうか。大損してると思う。


「明日は町の観光予定だけど、行きたいところとかある?」

「あ、お姉ちゃん。私、魔術書を見たい!」

「本屋に置いてあるのかな?」

「読みたいだけなら図書館でも置いてあると思いますわ」

「買うかは値段次第かなあ」

「じゃあとりあえず本屋を探そうか」

「カード入れが欲しいから昼に冒険者のお姉さんから聞いた雑貨屋も」

「ミーナ様、時間があればでよろしいのですけれど、わたくし教会も伺いたいですの」


 クレアとリルファナのリクエストは雑貨屋、本屋、教会、本屋次第で図書館といったところか。リルファナのバッグは雑貨屋か冒険者ギルドで買うとして、時間があれば冒険者用の装備も見ておきたいな。

 リルファナとクレアの服も受け取りに行かないといけない。


 冒険者ギルドで聞いた雑貨屋は西通りで近いところにあるので、そこから回ることになった。教会と図書館はどこかで場所を聞く必要がある。


「ふわぁ……」


 他愛の無い会話をしているとクレアの欠伸が部屋に響いた。


「よし、今日は休もうか」

「うん、おやすみ。お姉ちゃん、リルファナちゃん」

「おやすみなさいませ」


 フェルド村からガルディアの町へ歩き、リルファナと出会ってと濃厚な1日だった。


 サイドテーブルにある灯りを消してベッドに入った。クレアは窓際、リルファナが扉側のベッドで、わたしが真ん中だ。



「お姉ちゃん、朝だよ!」

「ミーナ様。起きてくださいまし」

「あとごふん……」


 わたしも疲れていたようで、目をつぶったらすぐ眠ってしまった。まだ全然寝たりないよ。

 すでにカーテンを開けているようで、眩しい。わたしは布団を頭までかぶりなおした。これがわたしの鉄壁の布団陣(おふとんふぁらんくす)だ。


「お姉ちゃん、いつも朝はなかなか起きないんだよ」

「ふふ、こういうときの起こし方は知っていますわ」


 もぞもぞとリルファナが布団に入ってきたようだ。それぐらいではベッドと一体化しているわたしは起きないぞ!


「ふー」

「うひいいぃ」


 耳に息を吹きかけられた。鳥肌が立って飛び起きてしまった。ぐぬぬ。

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