家族との思い出
夢を見た。家族との記憶。
……でもそれは現実の家族ではなく、夢の中で眠る前のファンタジーな世界での家族だった。
最初に覚えているのは、わたしがまだ自分では動けないほど小さかったときの記憶だ。
普通なら覚えているわけはない、ありえない記憶。
わたしは母親に抱かれたまま泣いていた。
暗い雨の降る森の中で、わたしと母以外に誰もいない。
母は木にもたれかかり、血色の無い青い顔をしていた。
怪我をしているんだと悟った。今までに見たことの無い母の顔にびっくりして泣き止む。
「ごめんね、ごめんね。ここまでみたいミーナ……」
母の綺麗な水色の髪も整った美人顔も雨と泥で汚れ、エメラルド色の瞳でわたしをじっと見ながら、謝り続けていた。
雨のせいで分からなかったけれど、きっと母も泣いていたのだろう。泣き止んだわたしの頭を撫でてくれた。
少しだけほっとして眠くなった。
それがわたしの本当の母の最期の記憶。なぜかそれだけは忘れずに覚えていた。
◇
その次に浮かぶのは6歳の誕生日。
「誕生日おめでとうミーナ。今日はご馳走だぞ!」
「ふふ、今日はいっぱい食べていいのよ」
紺の髪の父さんがそう言って、赤毛の母さんが大きなパンケーキを持って来た。
母さんと父さんに祝われて、たまにしか食べられない砂糖やフルーツを使ったパンケーキをたくさん食べさせてくれた。
この頃は知らなかったけど、村では滅多に食べられない高価な物だったらしい。
元冒険者の父さんが祝い事などがあると当時のコネを使って用意してくれていたのだ。
クレアと一緒に黙々とパンケーキを食べてわたしもクレアもご機嫌だ。
それを見ながらパンケーキを少しずつ、つついていた父さんと母さんも笑顔だった。
昔の記憶は誰にも言わずに黙っていた。なぜか分からないけど、そうした方が良い気がしたのだ。
でもそれは、わたしの頭にずっと残り続けていて、ふと思い浮かぶことがあるので気になっていた。
特に誕生日の近付いた肌寒いこの時期はよく思い出すのだ。
誕生「日」と言っているが、普段の生活で日付を数えることがあまり無いこの世界では、単に季節で分けているだけだ。
誕生日を家族や仲間で祝うような場合は、もう少し細かく分けることもあり、わたしの誕生日は冬の終わり頃ということになっている。
ちなみにクレアの誕生日は秋の中頃。
「そうだ父さん、わたしに剣術をおしえて!」
子供心の思いつきで、父さんにねだったのだけど、あまり良い顔はしなかった。
母さんはやっぱりねといった顔をしていた。
わたしは父さんの冒険者時代の話をよく聞いていたから、いずれは冒険者になりたいって言い出すって思ってたんだろうな。
「ミーナはどうして剣術を教えて欲しいのかな?」
「強くなりたいの」
父さんは少し真面目な顔で聞いてきたから素直に答える。
「どうしてミーナは強くなりたいんだい?」
「今度は守りたいから。……ダメ?」
「ミーナ……」
昔の記憶が脳裏をよぎったせいで変なことを言ってしまったかもしれない。
父さんと母さんがびっくりして目を見開いた。母さんが少し泣きそうな顔で私の名前を呼んだ。
「……分かった。下手に我流で覚えるよりは良いだろう。練習用の木剣も必要だから、少し先になってしまうけど良いね?」
「うん」
「この話はおしまい。今日はミーナの誕生日なんだ、もっと食べなさい」
父さんも母さんもそれ以上は言及してこなかったけれど、父さんは納得してくれたようだ。
母さんはよしよしとわたしの頭を撫でてくれた。
それからしばらくして、父さんはわたしに剣術を教えてくれるようになった。
最初は基礎練習の体力作り。木剣が届いてからは剣の持ち方、姿勢、振り方。
単なる剣の使い方だけでなく、魔物と相対したときなどの心得なども含めてだ。
母さんもわたしに魔法を教えてくれた。といっても村人の母さんが使えるのは基本的な生活魔法だけだ。
生活魔法は火打ち石が無くても火を起せる発火の魔法、身体や装備の汚れを落とし洗浄する魔法などを指す。
村や町で生活するだけなら、わざわざ魔力を使って魔法を行使するぐらいなら、道具を使えば良い。
そのため、村人が生活魔法を1つでも使えるというのはすごいことだそうだ。
母さんは父さんと結婚後、たびたび2人で出かけていたので出先で使えるようにと必死で覚えたらしい。
愛の力がすごいのは異世界も同じってことだね。
父さんも母さんも別にスパルタではないし、急いで強くならなければならないことでも無かったから、1日の練習は短時間だったし休憩時間も長くとっていた。
父さんと母さんには仕事もあるのだから仕方ないことだ。
それでもわたしの学習能力が高かったらしく、11歳の頃には村周辺の弱い魔物なら木剣を使えば一人で倒せるようになっていた。
これは村の自警団見習いと同じぐらいの強さだった。
相変わらず木剣なのは未成年に金属製の武器を与えてはいけないという村の決まりらしい。
子供が面白半分で自警団の親の剣を振り回して怪我をしたことがあり、それ以来作られたルールだと聞いた。
木剣自体は身長にあわせて数回重くて長い物に取り替えている。取り替えた直後はバランスが変わって使いにくかった。
両親と姉がそんなことをしてればクレアも気になるのは当たり前で、最初は一緒に剣術の練習をしていたが、クレアには剣術の才能は無かったようだ。
それでも遊びのように基礎的な練習は一緒にやっていたので体力はついたと思う。
魔法はわたしより、クレアの方が早く覚えていたので、魔法の才能がありそうだった。
後から聞いた話では、この村に属性魔法が使える魔術師がいればと悔やむぐらいの才能だったらしい。
それ以外の生活については普通といっても差し支えないだろう。
元冒険者であった父さんは畑仕事をしつつも、外部の知識や強さがあるので村で頼られていた。
母さんは普段は家事全般をしていて、父さんが忙しいときの畑の手伝いが主な仕事だった。ありていに言ってしまえば主婦である。
父さんも母さんも子供は遊ぶのも仕事といって、ある程度の手伝いと剣術や魔法の稽古以外は自由に遊ばせてくれた。
◇
12歳になると、剣術だけでなく読み書きや簡単な計算も覚えさせられた。
冒険者になるなら必要なことだと思ったのだろう。
直接は言われなかったけど、後から考えるとこの時にはわたしが冒険者になりたいと言い出したら、それを了承するつもりだったのだと思う。
勉強は、1つ下のクレアの方が覚えが早かった。ちょっと悔しい。
クレアとの仲も良好だった。たまには喧嘩もするけれど、次の日にはけろりと仲直りしていた。
しばらくすると父さんに剣術はもうこれ以上は教えることは無いと言われ、あとは基礎練習を繰り返すように言われた。
元冒険者と言えど、母に惚れて結婚し、早々に村に留まることにした父さんの剣術の腕はさほど高くなかったのかもしれないね。
時々、村に来る行商人に不思議な話を聞いたり、村の同い年ぐらいの子と遊んだりと、村民の至って普通で平穏な生活を送っていた。
ミーナの記憶を見ていると、不思議なことがある。
剣術を習ったり勉強したりしているけれど、何がしたいとか、何になりたいとか将来の希望のようなものが見えないのである。
分かるのは、ほとんどが映像を見ているかのような記憶だけだ。その映像の時にどんな気持ちだったのかは分からないことが多い。
あくまでもミーナの今までの記憶だけが定着し、例外的に気持ちを強く持ったときだけが記憶の一部として残っているのだろう。
身体を使わせて貰ってる以上、少しぐらい恩返ししても良いと思うのだけどな。
そもそも本来のミーナはどこに行ってしまったのだろう。
わたしが奪ってしまった。地球のわたしと入れ替わった。そもそも海凪の記憶を思い出しただけのミーナである。
いくつか思いつくけど、検証も出来ない。
地球のわたしと入れ替わっていたとしたら、戸棚の奥にこっそりと隠してあるあのグッズは見ないでいただきたい。
……無理か。