冒険者登録
次に連れられてきたリルファナは普通の格好だった。
シンプルなYシャツを胸が強調されないようにゆったり気味にして着ている。紺色のスカートもすらっとしたシンプルなものだ。
ゆったり気味の衣服でもスタイルをよく見せるために、腰の部分を紐で縛ることでXラインにしているようだ。
こういうのでいいんだよ。
さっきのは何だったんだ。
「紐よりベルトが良いんじゃない?」
「今、革が高くなってるんですよー。冒険者ギルドに仕入れが無いみたいでしてー」
革なら牛などの動物からもとることも出来る。
ガルディアの町は、フェルド村の野菜のように付近の別の村から動物も仕入れているが、主目的は食肉である。
動物の革だけでは町全体を賄うには少なすぎるし、その村で使われる分も含まれているからだ。
この世界では布や革といった素材は魔物から取るのが常識である。あくまでも人間が狩れる魔物は生活に必要な素材なのだ。
人間が逞しいというべきか、魔物にとって世知辛いというべきか悩むところである。
町への革の供給は冒険者ギルドが冒険者が討伐した魔物を買い取り、それを加工して商人ギルドに卸されるのが一般的である。ウルフを筆頭に毛皮をもつ魔物は多いので、ここまで供給が少なくなるのは珍しいらしい。
だが、現時点では危機的状況というわけでもないので冒険者ギルドも商業ギルドも特に気にしていないようだ。
南の森のウルフなら高く売れるかもしれないとは思うけど、まだしばらくは冒険者として活動しないし、わたしには関係無いかな?
「なら厚めの布で作るのはどう?」
「なるほどー! ちょっと考えてみますー」
わたしの代案に、エルフの店員の目がきらりと光るとエプロンからメモ帳を取り出して何やら描きだした。
「あ、でもあまり時間がかかると町から出ちゃってるかも……」
「明日には作っておきますよー」
買う服の調整もしてもらう必要があるだろうし、まとめて受け取ればいいか。
◇
「ありがとうございましたー」
襤褸は処分してもらって、サイズの調整をしなくても大丈夫な服をリルファナに着てもらうことにした。
クレアも試着中に気に入ったように見えたものを買ってあげることにしてサイズの調整を頼んだ。リルファナの服は今着ているものと今日必要になりそうなもの以外は全て明日受け取ることにした。受け取った物はマジックバッグに放り込む。
「ミーナ様、あんなにたくさん、ありがとうございます」
「お姉ちゃんはいいの?」
「防具つけてると試着が面倒だったからね。明日寄ったときに見ようかな?」
父さんに貰ったお金があるとはいえ、たくさん買うと値段が心配だったのもあるので遠慮したというのもあるけど。支払いは全部で大銀貨3枚だった。エルフの店員が「色々と刺激された」と言って値引きしてくれた。
リルファナを風呂にも入れてくれたみたいだし、変わった店員だけど良い店で良かった。
作業用ということでリルファナのメイド服も買っておいた。
さっきのえっちぃのじゃなくてクラシカルな普通のやつね!
しかし、この世界は随分アンバランスな気がする。
ネットゲームにはよくあることかもしれないが、一見ファンタジー世界なのに魔導機や縫製などを見ると技術面がかなり進んでいるように感じるのだ。
もしかしたらわたしと同じような転生者がどこかで開発しているのかもしれず、会うことも出来るのではという期待も少しだけある。
まあ、そうでなかったとしても単純に生活しやすいのでわたしは助かってる。
代わりに転生物の鉄板である石鹸やマヨネーズで稼ぐのは難しいかもしれない。元々作り方なんてラノベ知識ぐらいしか無いけど。
「次は冒険者ギルドに行こう」
「うん」
「かしこまりました」
◇
冒険者ギルドは中央広場に面した一角にあった。
木製の大きな扉を開くと、正面奥にカウンターがいくつかと、手前のスペースにはちょっとした相談が出来るようにテーブルと椅子が並んでいる。
ラノベなんかでは変な低級冒険者に絡まれるのがよくある話だ。わたしは少し緊張しながらカウンターに向かった。
カウンターには7歳ぐらいに見える少女が座っていた。
「フェルド村からの配達なんだけど」
「あいよ! マルクさんの代理かい?」
手紙をカウンターに出すと可愛らしい声とは裏腹に少女らしくない返事だった。冒険者ギルドの受付をしてるぐらいなのだ、きっと見た目通りの歳ではないのだろう。
しかし、門でも名前が知られてたけど父さんは町で何してるんだろうね。
受付の少女はさらさらと紙に何かを書き付けるとカウンターに置く。
「受領書だよ。フェルド村のマルクさんか村長さんに渡しておくれ」
「は、はい。あと3人の冒険者登録をしたいんですけど」
「ほう!」
見定めるかのように少女はわたしたちを眺める。リルファナに声をかけた。
「冒険者ギルドの規約では12歳以上から登録可能だけど、そっちの子は大丈夫かな?」
「わ、わたくし、もうじき15歳ですわ」
「「えっ!?」」
わたしとクレアが同時に驚いた。12歳ぐらいだと思ってたよ……。
「ミーナ様もクレア様も酷いですの……」
冒険者になるのは簡単だ。
申請書に名前と年齢を書いて提出し、犯罪者かどうかのチェックが行われるだけらしい。
文字が書けない場合はカウンターで代筆してもらうのが一般的だ。わたしたちは3人とも文字の読み書きは出来るので問題は無い。
素になると出るお嬢様口調からもリルファナは育ちが良さそうな印象なので、貴族を相手にする商家や、もしかしたら貴族の娘だったのだろうか。
「じゃあ順番にこれに手を乗せておくれ」
受付の少女が厚めの布を出して、その上に水色がかった透明な水晶玉をカウンターに置いた。
リルファナが手を乗せると水晶が光り輝いて、すぐにおさまった。
順番にクレアとわたしも同じ現象が起きる。さほど変わらなかったけど、クレアは少しだけ鈍い光だったようにも感じたかな?
「3人とも随分と綺麗な光だねえ。魔力を見る道具なんだが、光が強いほど冒険者としての素質を持ってると言われてんだ。ちなみに犯罪者だと赤か黒く光るから、あんたたちは大丈夫ってことだね」
こういう魔道具って、厳密にはどういう判定してるのか気になるのはわたしだけだろうか。
少女は水晶玉をしまうと、銀色の薄いカードを取り出した。角の部分に小さな円形の穴があいている。別売りだけど鎖を通す穴らしい。
「このカードが冒険者の証だ。これに魔力を流して登録完了さ。魔力操作が出来ないなら血を一滴垂らしても良いよ。登録したら念のため名前とランクを確認しておくれ」
わたしがカードに魔力を流すと、銀色のカードは水色と緑色で風が流れるような模様が入った。
名前に「ミーナ」、ランクに「E」と表示され、カードの右下には交差する剣と杖、背景に翼のマークが入っている。これは冒険者ギルドの入り口にもかかっている紋章で、カードの登録先も表しているようだ。
クレアも同様に魔力を流した。銀色のカードがうっすらと金色に変わっている。昔、父さんに見せてもらったカードは赤茶けた色だったな。
「無くしたり、壊したりした場合は再発行に大銀貨1枚貰うことになってるから大事にするんだよ。それと参加は強制じゃないが神々の日には2階で新人冒険者に講義を開いてんだ。先輩冒険者と一緒に活動を始めるのでなければ、出来るだけ聞いて欲しい。余計なトラブルや無駄死にはしてほしくないからね」
「今回は父さんに登録だけって言われてるから、活動をはじめる前に聞きに来るよ」
「そうかい。冒険者ギルドで3年間使われない場合も失効して再発行になるから気をつけるんだよ」
「分かりました」
リルファナがカードを見ながら首をひねっている。
「どうかしたかい?」
「ミーナ様やクレア様のように色が変わりませんの」
リルファナの出したカードは銀色のままだった。名前やランクは表示されている。
「ほう。流した魔力の属性に応じて色が変わる仕組みなのさ。お前さんは無属性が適性なのかもしれないね」
「そうなんですのね!」
リルファナは再度、魔力を流すと青色に変わった。そのまま緑や赤、茶色にかえて銀に戻す。
「魔力を流せと言われただけだったので無意識に無属性を流してたようですわ」
「その歳で完璧な魔力操作とは……」
「魔力操作は小さい頃から得意でしたのよ!」
リルファナはえっへんと自慢げに胸を張る。せっかくその凶器が目立たない服装にしたんだから、強調しないで頂きたい。
冒険者のカードは魔力を流したときに滲んだ属性の色に染まる。冒険や訓練による成長で色が変わることもあるらしいし、何色になってても問題無いそうだ。
リルファナは「ミーナ様とクレア様といっしょにしておきますわー」と言って、ニコニコと金色がかったベースに水色と緑色の綺麗なラインを入れていた。魔力操作が出来るとデザインも自由なのか。
……あれ、リルファナさんチート持ち?
「なかなか器用だ。B級ぐらいになると好きにあれこれ飾ってるヤツも多いが、登録後に好き勝手にしてるのははじめて見るよ」
受付の少女がそれを見ながら補足した。チートってほどではなさそう?
「あ、そうだ。宿屋の場所を知りたいのと、遺跡で拾った物の換金はどこですれば?」
「宿屋か。そうだね、ギルドを出たら大通りを西門へ向かって左手に見える最初の宿屋を女性には薦めてる。他の宿より少し高めだけれども全部屋に風呂付きさ。換金の方は魔物の素材、取り出すと周りが汚れるような物、階段を上がれないぐらいでかい物も含めて横の建物だ。マジックアイテムや骨董品はここの2階で受け付けてるよ」
「ありがとう。行ってみます」
「おう。遅れたが、冒険者ギルドは新しい冒険者を歓迎する!」
少女は右手を握り、水平にした腕を曲げると左肩に触れそうなぐらいの位置で停止した。手馴れた動きなのか、様になっていた。
冒険者の挨拶なのかな?
「これはガルディアの冒険者ギルドの挨拶さ。全然流行らないし覚えとかなくていいけどね」
少女がニヤリと笑って説明してくれた。流行らなかったんだ……。