服屋
右にはクレア。左には拾った奴隷の少女。
――両手に花!
わたしが男だったらきっと大喜びだ。
「私はクレア。名前、まだ聞いてないよね?」
「リルファナと申します」
どうしようかなと現実逃避をしていたらクレアが名前を聞きだしてくれた。グッジョブ。
「ミーナだよ。よろしくね、リルファナちゃん」
「ミーナ様、引き取っていただきありがとうございました。ミーナ様、クレア様、よろしくお願いします」
「様なんてつけなくていいよ!」
綺麗にお辞儀するリルファナに対してクレアが真っ赤になってわたわたしている。あまり見ない光景で面白い。
わたしも様付けはいらないけど、立場的にもすぐ変えろというのは難しいだろう。
「とりあえず服屋でも探そっか。リルファナをその服のまま連れ歩きたいとは思わないし」
「あの、……いえ、ありがとうございます。でも、ミーナ様の用事は大丈夫なのでしょうか?」
「いいよいいよ。そこまで急ぎじゃないし」
薄汚れた襤褸のままなのは流石に可愛そうだ。履いている靴もずっと使っているのか、安物なのかは分からないが縫い目が千切れそうな状態である。遊び用なのか美味いもんでも食って来いという意味なのか、父さんからかなり多めにお金を貰ってるので換金前でも服ぐらいなら余裕で足りるだろう。
◇
ガルディアの町は東西が長い楕円形にぐるりと石壁で囲われた町だ。
町の北門から南門へ、西門から東門へと道が真っ直ぐ引かれ、十字に区切られている。
十字の中心は町の中心と重なる位置は中央広場と言われ、中央に噴水とベンチが設置されており、町の住民の憩いの広場となっていた。
これらの道幅は広く取られていて歩道と馬車用の道路の間には露店を開くスペースもある。露店としてよく使われているスペースは中央広場に近い部分が大半になるが、新年祭などの祭事には町の端から端まで露店がずらりと並ぶこともあるそうだ。
この十字の中央通りを基準に北西区、北東区、南西区、南東区と分かれている。
道が交差する中央付近には冒険者ギルド、商人ギルド、役場などのメジャーな施設と、一般的な商店が立ち並んでいるようだ。
戦時中の砦があったのは、わたしたちが入ってきた門とは反対側である北東区の北部。
今ではこの地を治めるハウリング伯爵の住む領主の館が建っている。その周囲にはそれを補佐する貴族たちの館もあり、小さな貴族街とも言えるだろう。高級品や嗜好品を取り扱う商店もこの区画に多い。
他の3地区は、似たような区画構造で大通り付近が商業区、商業区を囲むように職人たちの職場兼住宅になっている工業区、町の外縁部が住宅区となっている。
店を見ながら中央通りを真っ直ぐ進む。
南門の付近は薬屋や雑貨屋、武器屋、防具屋といった冒険者向けの店が多く立ち並び、中央へ進んでいくと服屋、靴屋、本屋といった生活用品の店や医者などが増える。
中央広場の近くはパン屋、軽食屋、喫茶店、レストランなどの飲食店や宿屋とうつりかわっていく。
そのような多少の傾向はあるものの、多種多様に列を成す商店と、そこを楽しそうに歩き回るたくさんの人々は久しぶりに日本の町並を思わせた。
商店のほとんどがガラス張りを採用していることも主な原因かもしれない。
日本のように大きく透明な一枚ガラスではないが、小さな通常サイズのガラスを複数枚組み合わせて店内の商品を見せるようなレイアウトにしている店も多かった。
ずっと村にいたわたしにとって3階を超える高い建物が整然と並んでいるのは都会的とすら思ってしまった。
日本の東京なんて数十階という建造物がこれでもかというほど並んでいて、見慣れた景色だったのにね。
カンカンカンと町に鐘の音が響いた。一拍置いてカーンと1度の鐘がなる。町の中央付近で鳴っているのだろうか、随分と響く大音量だ。
「何の音……?」
「クレア様、午後1の鐘ですわ」
「ああ、父さんから聞いたことあるよ!」
「この鐘でおやつにする方も多いですわね」
クレアは知っているらしい。もちろん、わたしは知らない。
さっきまでリルファナは丁寧語でしゃべっていたけど、こっちが素なのかな?
リルファナが言うには先ほどの鐘の音は定時を知らせるものらしい。1日のうちに日付の変わる深夜を除き7回鳴るそうだ。
3時間ごとに鳴って深夜0時だけは鳴らないということだろう。
この時間に自由に町を歩いている人は冒険者が多い。
ほとんどの冒険者は革製の軽装鎧に剣や槍を身に着けている。人間に混じって軽装鎧に弓を背負った耳の長いエルフや無骨な手斧を吊るした小柄だがガッシリとしたドワーフ、もふもふの獣耳の獣人らしき姿もちらほら見えた。
隙の無い身のこなしに使い込んだような傷のある鎧と武器を帯びる者、買ったばかりなのかぴかぴかの金属鎧をまとって嬉しそうに歩いているグループもいる。
――これぞファンタジー世界!
と満喫していると、防御力あるの(?)と思わせる肌色の面積の方が明らかに多いビキニアーマーを着たお姉さんが歩いていることもあった。
ああいう鎧はスタイルがよくないと着れないと思う。
と、ちょっとずれた感想を抱きながら歩いていると服屋を見つけた。
歩いていると時折、ちらちらと視線を感じる。田舎から出てきたおのぼりさんに見えるんだろうか。奴隷を連れているからかもしれない。
「ここにしよう!」
外から見ると女性物の服を中心に、靴なども含めて幅広く取り扱っていそうな店だった。
入り口付近の値札も高くはなさそうだ。とりあえず何着か買うには適していると思えた。マジックバッグもあるし、リルファナの服をまとめて買ってしまおう。
リルファナの襤褸を軽くはたいて埃をはらってから店に入った。
「いらっしゃいませー」
ドアを開けるとちりんちりんと耳触りの良い鈴の音が響く。すぐに店員が対応に出てきた。
出てきた店員は尖った耳を持つ、小柄な女性のエルフだった。
かわいらしいエプロンをつけているが、ふわふわと若干眠たそうな顔をしている。
所狭しと商品が並べられているが、今は他の客はいないようだ。
「この子の服を何着か欲しいのだけど、普段着と寝巻きになるものと、下着と歩きやすい靴もお願いします」
「かしこまりー。少々お待ちをー」
エルフの店員はわたしとリルファナを交互に見つめ、にこりと微笑んだあとにリルファナの手を引いて試着室、……ではなく店の奥へ連れて行ってしまった。
眠たげな顔からこれから何か狩りにでもいくのかと思わせる、しゃきりと引き締った顔になっていたので任せてしまっても大丈夫そうだ。
「父さんにお金貰ってるから、わたしたちも気に入った服があったら買おっか」
「うん!」
クレアと一緒に商品を見ながら待つことにした。
品揃えは豊富のようで、トップスだけでもカットソー、ブラウス、Yシャツ、チュニックなどが並んでいる。
これからは肌寒くなるのでニットなどの暖かい素材を使ったものが多いようだ。
縫い目を見ると何かしらの機械か『魔導機』を使って縫っていることは分かるが、手作業で作ってるのか店のこだわりなのか全く同じ服は置いていない。
「お姉ちゃん、どういう服が良いんだろう」
クレアは数が多すぎたのか困惑している。村では母さんが縫った服を着るか、市で買うぐらいでこれだけの数から自分で選ぶことが無いからね。
わたしも日本ではおしゃれに力を入れてたわけじゃないけど、無難そうなものを選んでみるかな?
「この辺とこの辺がいいかな」
白いシャツにベージュのカーディガン、ボトムスはデニム……無いので似たようなパンツスタイル。上だけチュニックもありかな?
クレアなら可愛い系でも似合いそうだ。黒のボーダー入りの白シャツに黒のフレアスカート。面白くはないけど単純にワンピースもありだと思う。
ばっさばっさと思うがままに組み合わせてクレアの前のハンガーラックに乗せていく。
クレアの赤毛にあう色とかもあるかな。どさどさと積み上げる。
秋だからやはり赤やオレンジの暖色系だろうか。山積みになってきた。
「お姉ちゃん、もういいよ!」
久々のショッピングにわたしも少しはテンションが上がっていたらしい。
ふと気付いたら試着するだけでも大変な量になっていた。
「……えっと、この中から気に入ったのを選べばいいんじゃないかな!」
「う、うん」
なんとなくどんな感じで組み合わせれば良いかは伝わったようで、クレアはとりあえず山になった服の中から選ぶことにしたようだ。
試着室は店の外からは見えないように奥まった場所に2つ設置されていた。日本でもよくある形式の鏡がありカーテンで仕切られている試着室だ。試着室の前には手ごろなアクセサリーが置いてあり、ついで買いを狙っているような販売戦略も垣間見える。
――鏡か。
村だと川の揺れる水面や窓に映る自分の姿を見るぐらいだけど、はっきり映る鏡だとまた違った発見もあるものだ。
美人だとは思うのだけど、やっぱりゲームのキャラそっくりだなというイメージが強く、いまだにこの自分の姿に慣れない。
鏡などに映っていないときに自分の姿を思い浮かべれば、顔を洗うときや歯を磨くときに毎日見ていた海凪の姿しか頭に浮かばないのだ。
「ど、どうかな?」
「カーキのチュニックにネイビーのスキニーパンツもいいね」
ゆるめのふわっとしたトップスに、細いシルエットのボトムスの組み合わせだ。
初めてのお洒落に少し照れながら着替えるクレアに、うむうむと手を組んで納得したように頷く。傍から見たらおっさんの仕草である。
リルファナも店員も帰ってこないのでクレアのファッションショーで遊んでいた。可愛い妹を着飾るのは楽しい。
「お待たせしましたー。あら、いいですね! いいですねー」
リルファナを連れた店員が帰ってくると、クレアを見て褒め始める。いいですねーを連呼しながらエプロンのポケットからメモを取り出して何か描きはじめた。
「み、みーなさま……」
後ろにいた当のリルファナは茹蛸のように真っ赤な顔でもじもじしている。
時間がかかったと思ったら風呂にでも入れてくれたのだろうか、肌の汚れは落ちているし、髪のほこりっぽさも取れて綺麗になっている。
――問題は服だ。
え、えっとメイド服?
リルファナの大きな胸を強調するように胸元まで開いており、エプロンをイメージしたふりふりのスカートも太ももまで見えるほどのミニサイズである。上下分かれているようでへそだしだ。
よく見たらこのチョーカー、首輪っぽいデザインだよ!
これをメイド服だと言ったら笑うか怒るかの二択じゃないだろうか。
少なくとも連れてる人間の品性が疑われるのは間違いない。
腕輪にしている『隷属の首輪』は宝石の色でどの種類の奴隷か分かるようになっているらしいので、気付いた店員がわざわざ着せてきたのかもしれない。
この店の商品の豊富さと方向性に驚くよ!
「さ、さすがに、これは……、は、はずかしいですわ……」
と、まっすぐ顔を見れないのか下を向いているリルファナは、ぎゅっと手を握って「で、でも、みーなさまのためなら……」とか言い出したので急いで店員に注文をつけなおすことにした。リルファナが何かに目覚めてしまってはいけない。
「あの……、普通の服でお願いします」
「あらー? 分かりましたー」
クレアの服装を見て、一生懸命何かメモしていたエルフの店員は何か間違えたようだと気付いたのか、眠そうな顔と声になるとリルファナを連れていった。
あの店員は服のことになると活動的になるようだ。
クレアは店員とわたしが陰になっていたためリルファナの服装は見えなかったようで、何があったのかと首をかしげていた。
ブクマ、評価、誤字報告ありがとうございます!
※鐘の数字を3倍すると地球時間とほぼ同じ時間になります(午後2の鐘 => 午後6時)