フェルド村 - 訪問客
大変お待たせしました。
翌朝。小屋の横で携帯炉を出して、朝からのこぎりの補充分を作る。
魔力を加減して負荷を少なくしても、やはり魔法剣を使い過ぎていくつか壊れてしまったのだ。
そもそも苦手な魔力操作の練習がてらだったから、壊れるとは思っていたけどね。
まだまだ家具を作る予定だし、どうせだから霊銀で1つか2つぐらい作っておこうか。
「お姉ちゃんが、また変なもの作ってる」
「魔木でも切るつもりですの?」
「自分で使うならこっちの方が楽だからね」
リルファナとクレアがやってきた。
魔木というのは魔力の多い場所といった特殊環境で育つ珍しい木だ。とてつもなく硬いので伐採しようと思うと、それなりの鉱石で作った道具と職人のスキルが必要になる。
「とりあえず作業ができるように、最低限必要な家具を作ってしまいますわ」
「机と椅子かな? 棚とか薬草を干せる場所も欲しいね、リルファナちゃん」
「大きい家具は任せるよ」
わたしが使うのはどちらかというと鍛冶場になるここなんだよね。
純度の高そうな宝石が手に入ったので魔法付与で試したいことがあるけど、これは母屋の自室でもやれることだ。
昼前まで作業をしてから家に戻ると、昼食を作っている母さんをネーヴァが手伝っていた。
卵かなにかをかき混ぜているようだ。
「ネーヴァちゃんは上手ね」
「うむ!」
「ミーナが小さい頃なんて、力任せに混ぜるから飛び散っちゃって酷いことになったのよ」
いつの話だ……。
「そうなのか! 今のミーナのご飯は美味しいぞ!」
「あら、ミーナ、戻ってたの」
普通に家に入って椅子に座っていたのに気付いていなかったようだ。
「うん。マオさんは?」
「まだ寝てるぞ!」
マオさんは王都の家でも早寝早起きだった。珍しい。
「おはようございます……」
と思っていたら、マオさんがやってきた。まだ寝ぼけ眼だ。
「おはよう」
「あのベッド、すごく快適ですね。なんだかいつもより身体が軽い気がします」
昨日はマオさんがリルファナの作った新しいベッドを使った。
木工スキルが高いと安眠効果や回復効果でも付くのだろうか。
◇
昼食後。
クレアはマオさんとネーヴァと3人でどこかへ出かけるようだ。
家を出る前に、教会がどうとか言っていたようなので案内でもするのかな。
「ミーナ様、こののこぎりだとすごく切りやすいですわ」
「でしょ? やっぱり霊銀製だよね」
「ええ。ただ、使いこなすにはDEXがそれなりに必要そうな気がしますが」
わたしが鍛冶をしている近くで、リルファナが木材から大きめの板へと加工している。
なんだかんだ言いつつも気になったのか、さきほど作った霊銀ののこぎりを使ってみたようだ。
「あのー……、こちらにミーナさんという方はいますか?」
家の方から裏手に回ってきた誰かに声をかけられた。
「わたしがミーナですけど、ええと?」
振り返って声の主を確認すると、フードのついたローブ姿に杖を持った少女だった。
ローブはまだ買ったばかりのようにも見えるが、手に持っている金属の飾りがついた杖はややくたびれた感じがする。
うーん、どこかで見たことがあるような気がする少女だ。
装備姿から冒険者のようだしギルドで見たことがあるだけかもしれない。
少なくとも知り合いではないはずだが、わざわざフェルド村まで来るとは何の用事だろうか。
「えっと、ステビアと申します。王都で冒険者をしています」
そう言ってフードを外してお辞儀した。
耳が尖っている。エルフだ。
「あ、思い出しましたわ。冒険者講座にいた方ですの」
「え? えーっと……冒険者講座ですか?。……そういえば、姉さんに言われて半年ぐらい前にガルディアで講習を受けましたが」
「あ、あなたは一番前に座っていたので、こちらのことは覚えていないかもしれませんわ」
盗賊系スキルの高いリルファナが言うなら間違えはないだろう。
それでなんとなく見覚えがあったのか。
王都で冒険者をしていると名乗ったので、講座を受けた後は王都へ移動したみたいだね。
「それで、どうしてこんな辺鄙な村まで?」
「あ、そうでした。ガルディアに立ち寄ったときに聞いたのですが、こちらで醤油や味噌の料理があると聞きまして……」
ステビアさんの話をまとめると、依頼で久しぶりにやってきたガルディアの料理店で和食を見かけ、食べてみたらとても美味しかったらしい。不躾ながらレシピを教えてもらえないか聞いたところ、フェルド村の方から流れてきたということが分かったとか。
そのままフェルド村まで来て家にたどり着き、母さんから裏で作業しているわたしに聞けと言われたようだ。
「あれだけのレシピです。普通なら秘匿するものなのも分かっているつもりです。でも、どうか教えてもらえないでしょうか」
「別にいいけど」
「そこをどうにか……。謝礼も言い値で用意しますので。……あれ?」
「特に隠してもいないし。レシピだけなら無料でいいよ」
ステビアさんは、あっさりOKと言われて少し困惑しているようだ。
「そもそも町の飲食店に出回っている時点で隠してはいませんわね」
町の人にレシピを教えたのはわたしじゃないけどね。
伝わること自体は別に気にしてないけど、どういう風にフェルド村から伝わったのかは気になるところ。
「た、たしかに。……ではこちらにお願いします!」
リルファナの言葉に納得し、ステビアさんが鞄から出したノートを受け取り、そこに書き込んでいくことになった。
「ええと、残りは屋内での組み立てですの。話の途中ですが、わたくしは失礼しますわ」
材料の準備ができたようで、リルファナは素材を小屋の中へ運びこみはじめた。
「とりあえず醤油は煮物なら大体なんでも作れるかな? 味噌はみそ汁から……。ええと、カレーも書いておこうか」
「カレーもあるのですか!?」
「売ってるスパイスを混ぜればなんとかできるよ。本場とは違うかもしれないけど」
「おおお、お願いします!」
そもそも、この世界にカレーの本場があるのかも知らないが。
「そうか、お肉の下味に使うこともできるのですね!」
レシピを書いていると、横から覗き込んでいるステビアさんのテンションがどんどん上がっていく。
料理の評判が良いのは聞いていたけど、そんなに気に入ったのかな。
「この辺は材料集めが難しいかもしれないけど……。無理しないようにね」
「はい! 姉さんたちが倒せる魔物までにしておきます」
冒険者なら魔物を倒したり、採取することもあるだろう。
一般人では材料を集める難易度がちょっと高い料理もサービスして書いておくか。
「こんぐらいかな?」
「ありがとうございます!」
薄いノートではあるが、大半を使って色々な料理のレシピを書いてしまった。
書いてるときのステビアさんの反応が面白かったので、ついね。
「あ、あと。その杖なんだけど」
「これですか?」
「飾りのところが、なんかおかしいから修理しようか?」
ステビアさんの持っている杖なのだが、どうも曲がっているのか凹んでいるのか見ていると違和感があるのだ。
わたしの鍛冶スキルならなおせることは見れば分かるので提案してみる。
「えっと。できるならお願いします。いくつか回ったのですが、どこの鍛冶屋でも上手くなおせないって言われてしまって……」
ステビアさんは、わたしが使っているカルファブロ様の炉を見ると納得したように杖を渡してきた。
簡易的ながらも神々しさみたいなものを感じたのかな。
「はい。綺麗になったよ」
適当にいじくって、しっくりくるように叩いたり曲げていく。
鍛冶スキル補正はすごい。
「すごいです! 今までよりも魔力の通りがよくなっています!」
「いえいえ」
ただの飾りなのかと思ってたけど、ちゃんと機能がある部位なんだね。
その後、ステビアさんは何度もお礼を言って帰っていった。
ステビアさんが帰るときに家の表側から誰かが覗き込んでいたのに気付いたけど、それがお姉さんだったのだろう。
「声だけ聞こえていましたが、随分と喜んでいましたわね」
リルファナが材料を取りに小屋から出てきた。
「うん。わざわざ村まで探しに来るぐらいだしね」
さて鍛冶も飽きたし、気になっていた魔法付与の実験をしてみようかな。
◇◇◇(ステビアの姉視点)
――その日の夜。ガルディアの宿屋にて。
今日は妹のステビアがどうしても料理のレシピが知りたいと、フェルド村まで出かけた。
フェルド村への道は危険もほぼないので、私とステビア以外のパーティメンバーはガルディアで休憩日とした。
「からかわれたのかと思ったけれど……。たしかに、ちゃんと読み方まで習っていたのね」
「う、うん。大丈夫だよ。それに杖もなおしてもらったし、悪い人じゃないよ」
王都の一部でも話題になるぐらい美味しい料理のレシピ。
商売の命綱とも言えるものだ。私たちの稼ぎから少し払ったぐらいでは教えてもらえないだろう。
……と思っていたのだが、無料であっさり教えてもらったと聞いたときはびっくりした。
そして書いてもらったというレシピを見て言葉を失った。
なにせ、そのレシピが古代語で書かれていたのだ。
今はほとんど残っていない言語でいつの時代の言語かも分からないことから、専門家もあまりいない。
かなり珍しい言語だということを、たまたま私は知っていた。
私は邪魔にならないように遠くからちらっとしか見ていなかったのだが、これをスラスラと書いていたのはまだ若い綺麗な女性だった。
ステビアの話では、王都の職人がなおせなかったステビアの壊れた杖。
それを、あっさりと修理できる腕を持った鍛冶師でもあるようだ。もちろん王都にいる全ての職人に頼んだわけでもないけれど、平均的な能力は優に上回っていると思う。
その上で冒険者でもあるらしい。
ガルディアの講座を受けていたことしか分からないので、興味本位で受けただけか、冒険者をすぐにやめてしまった可能性もあるが。
ステビアはいくつかのレシピを再現することで、レシピを読めることを証明した。
もちろん、本当にレシピ通りに作ったのかは分からない。まあ、今まで食べたことのない美味しい夕飯が出てきた時点で私だけじゃなく他のメンバーも納得することにした。
「……これって古代語じゃなくて日本語だよね……? よく考えたらおかしいのに気付いてなかったよ……」
書いてもらったというレシピのページを見ながら、ステビアが何か呟いたが、よく聞こえなかった。
つい口に出てしまっただけで、私に話しかけたわけではないのだろう。
「……姉さん、悪いんだけどもう一回、村まで会いに行っても良いかな?」
「依頼の期限があるから明日には王都へ出発しないといけないわね」
「そっか……。また会えるかな」
「縁があれば会えるでしょう」
「うん」
気弱なステビアがこれほど他人に興味を持つのも珍しい。
最初の構想ではクレアが村に残り、ステビア(名前はなかったけど)が加入予定でした。