フェルド村 - 8月末
父さんとマオさん、ネーヴァと一緒にフェルド村に帰ってきた。
「お前ら、歩くペースがかなり速いが大丈夫なのか?」
「いつも通りだよ、お父さん」
「平気だぞ!」
「そうか……。クレアも体力ついたな」
途中でお昼休憩も取ったし、父さんがいたので普段よりは少しゆっくり気味だったのだけど、これでも普通より速いようだ。
能力の高い転生者、神様から加護を貰ったクレア、古龍であるネーヴァと、そこまで気にする必要がないこともあるか。
「良い村ですね」
「何もないけどね」
初めてフェルド村にやってきたマオさんに、ちょっとした案内をしながら家へ向かう。
村の様子はいつも通りであまり変わらない。
夏野菜の収穫期だからか、あちこちの畑には野菜がなっているのが見えた。
……なんだかいつもより実が大きく、量も明らかに多いような。
「父さん」
「ああ、この前クレアが肥料を置いていっただろう?」
「近所に配ったの?」
「試しに収穫前の野菜に少し使っただけで家だけ収穫量がかなり増えたからな……」
周りの家から問い詰められて配ったということか。
「念のため、配る前に町で調べてもらったんだが、どうやら魔力を含んだ特殊な肥料だとか」
「そうなんだ」
クレアが作っていた肥料、適当に貝殻を砕いただけに見えたけど、セブクロに存在する肥料と同じ効果が出たようだ。
ただ、これだけ豊作だと畑の土に含まれた養分を一気に使ってしまったような気がする。
次はあまり実がならないなんてことになるかもしれない。
「これだけ効果があると、あまり繰り返し使わない方が良いのかな?」
「町での鑑定結果では、あまり気にしなくて良いらしいぞ。一応、小さく実験用の区画を使って試してみるつもりだがな」
「それなら、もっと作ろうか? お父さん」
「ああ、そうしてもらえると助かる」
「うん! 任せて!」
セブクロの肥料の効果は、生産速度や生産量の増加や、環境への耐性が付くといったものだった。
ゲーム上でデメリットがなかったものでも、ここではそこまで都合が良いものなのかは分からない。ちゃんと確認した方が良いだろう。
そんな話をしていると家が見えてきた。
「あー……」
「ここが家だよ。マオさん」
父さんが何か言いかけたような気がしたが、クレアがマオさんを案内して家に入っていってしまった。
「おかえり。新しい友達かい?」
「うん!」
「マオです。よろしくお願いします」
マオさんが、お茶を飲んでいた母さんに挨拶する。
「我も一緒だぞ!」
「おやおや。ネーヴァちゃんも来たんだね」
「うむ!」
「じゃあ、茶菓子の準備もしないとね」
いつも通りクレアとリルファナが手伝いはじめた。
「父さん?」
「ああ、ちょっと来い」
入口の前で何か言いたそうにしている父さんに話しかける。
そのまま父さんについていくと、家の裏手へ向かうようだ。
「どうだ」
この前帰ってきたときは、携帯炉を出して鍛冶をしていただけの開けた場所。
そこに小屋ができていた。
「いつの間に……」
「お前ら帰ってくると毎回部屋で何か作業してるだろう。ちゃんとした場所がある方がいいかと思ってな」
小屋の横側は広い屋根がつけてあり、携帯炉が出せるようにしてくれたみたい。
扉を開けると、大きな一部屋になっていた。家具は何も置いてない。
携帯炉の出せそうな広い屋根側は壁のみだが、他の面にはしっかり窓がつけてある。
「ありがとう、父さん!」
「おう。まあ村からの肥料のお礼みたいなもんだからな。家具は残った木材で作るかな」
リルファナも暇なときに木工を上げていたから、そろそろ家具も作れそうな気がする。
「ミーナ様、お義父様、お茶が入りましたわ。ええと、この小屋は……?」
ちょうど、リルファナが呼びに来た。
「家具ですの? さほど凝ったものでなければ作れると思いますわ」
「凝ったものっていうのは?」
「複雑な隠し収納ができるとか、彫刻入りとかですわね」
「いらないよね」
何を作るか、考えながら家に戻った。
◇
いつも通りに調味料やスパイス、母さんへ買ってきた服といったお土産を渡す。
「あらあら、ありがとうね」
適当に椅子を持ってきて、お茶を一服。
お茶請けはクレープみたいなスイーツ。薄く作った小麦の生地に、果物やジャムを入れて巻いている。
家で今まで食べたことがないので、誰かから作り方を聞いたのだろうか。
「甘くてうまいぞ!」
「商人さんから教えてもらったんだよ」
村に醤油を卸しに来ている商人さんから聞いたようで、聖王国ではクレープはよく食べられているおやつらしい。
「マオさんとはパーティを組んだの?」
「ううん。マオさんもお休みだから一緒に来たんだ」
「ええ、『迷宮の探究者』に所属しています」
「ほぉ。あそこの前リーダーには世話になったことがあるな」
父さんは知っていたみたい。王都での有名チームだし当たり前か。
「ミーナさんたちには迷宮で危ないところを助けられまして」
「ん、シーカーが苦戦する魔物でもいたのか? まあ、ミーナたちなら共闘ぐらいはできるか」
「ドラゴンスカルですね。クレアさんは負傷したメンバーの回復に専念していただいたので、ミーナさんとリルファナさん2人で倒してましたね」
「ん?」
「ドラゴンスカルです」
「お、おう……」
何と戦ったのか分からなかったと解釈したマオさんが繰り返すと、父さんが「またやったのか」という目でこちらを見た。
いや、少なくともドラゴンスカルは人助けのためだよ。
「その後は最近まで王都にいたんだ」
「ああ、レダがしばらく出かけてるって言ってたな」
父さんは出かけたときに、町でレダさんから聞いたらしい。
「ミーナさんが、北の遺跡の『開かずの扉』を開けてしまいましたね」
「……あの扉が開いたのか。で、どうやって開けるんだ?」
王都で冒険者をしていた父さんも噂のあった扉となると気になるようだ。
「入口が開くかは、魔力で判断してるっぽいかな?」
「ミーナの魔力は昔の王女と似ているのだ」
「誰でも開けられるわけじゃなかったのか」
お茶が熱くてふーふーと冷ましながら飲んでいるネーヴァが補足した。
「コボルトの集落にも行きましたわ」
「可愛かった! お姉ちゃんが英雄殿って言われてた!」
「あー、あいつらか。たまに勘違いすることがあるらしいんだよな」
勘違いというのは、転生者のセブクロ内での友好度の影響だろう。
たまに勘違いされることがあると知られている程度には転生者がいるんだろうか。それとも実は本当に勘違いしてるだけなんだろうか……。
「そういえば、このチャットっていうのはお父さんかお母さんは使えないのかな? お姉ちゃん」
「誘えないから無理っぽい。魔力不足かな」
簡単に連絡が取れるなら楽になるしと、試してみたがチャットのシステムの反応がなかった。
「そんなに便利なものもあるのねえ」
「使えれば良かったんだがなあ」
「えっと、まだギルドに報告してないこともあるからこの辺りのことは内緒だよ」
「……分かった」
父さんが真剣な顔で頷いた。
「どうせ内緒にするなら、もう1個あるんだけど……」
「……なんだ?」
「王都、というか王都の北の遺跡にならすぐに転移できるようになったかも?」
まだ町門からかなり離れて試したことがないので疑問形だ。
「距離とかはまだ検証してないけれど」
「そうだな。それは王都にいったら、すぐにギルドに報告しとけ。他の冒険者に見つかると厄介だからな」
「使う条件が厳しいから、装置自体を動かせないと思うよ」
「それでも、先に報告した方がメリットがでかい。書状も書いておくから持ってけ」
「えっと、レダさんに書いてもらうつもりだから大丈夫だよ」
「一応、俺が書いた分ももってけ。その方が後始末が楽になると思う」
父さんって王都のギルドにも顔が利くんだ。
◇
しばらくのんびりしていて気付いた。
今回のゲストはマオさんとネーヴァの2人。どう考えても部屋のベッドが足らない。
まだ小屋に何もないし、布団を敷いて川の字でもいいか。
「残っている木材がありましたし、試しにベッドを作ってみますわ」
「なら工具は近くに置いてあるから、使ってくれ」
「ついでに必要な家具の分も集めておきましょう」
小屋の横に置いてある木材から、使えそうなものを探すことにした。
「この辺りは色々と使えそうですね」
「確かに、綺麗な板状にしてあるので加工が楽そうですわ」
手伝うと立候補してきたマオさんと3人で積まれた木材の山を調べていく。
他のことに利用できそうなものなどは、ちゃんと分別されて積まれていたので、簡単に見つかった。
とりあえずベッド以外に必須な机や椅子の材料もサイズを考えつつ、分けて置いておく。
「のこぎりもいくつかありますね」
「とりあえずベッド用の木材の切断箇所に目印をつけていきますわ」
リルファナが墨と糸を使って目汁をつけていく。
「切るのはステータス補正でなんとかなるね」
大工仕事どころかDIYなんてしたことないのだけど、真っ直ぐ綺麗に切断できた。
リルファナの方が上手いところを見ると、木工スキルやDEXの補正がかかっているのだろう。
「ミーナ様、切るのが早いですの」
「んー?」
のこぎりに風剣使うと早く切れることに気付いたのだ。
負荷をあまりかけないように魔力を調整することで、魔力操作の練習にもなるような気がする。
「のこぎりが壊れません?」
「鉄ならいっぱいあるし、折れたら折れたで後で鍛冶で作っておけばいいかなって」
「まあ、ミーナさんが良いならいいですけど……」
数が減ってなければ怒られることはないと思うんだけど、気にすることかな?
「お姉ちゃん、部屋に置ける場所作ったよ」
「作ったぞ!」
「うん、ありがとう」
ベッドが完成する頃に、部屋に新しいベッドを置くスペースを作っていたクレアとネーヴァもやってきた。
「ちょっと小さかったかもしれませんの」
「シングルベッドとしたら十分な大きさだよ」
リルファナは、シンプルながらしっかりしたベッドを組み上げた。
まだ空っぽだが、ベッドの下に引出しを入れられるようにしてある。
軽く飛び乗ったり、少し揺らしたぐらいなら壊れないかと確認。
大丈夫そうだったので、部屋に運び込む。
マットレスと布団は予備があるので、設置したベッドに敷けば完成だ。
「お前ら、家具の店でもやっていけるんじゃないか?」
数時間でベッドを作ってきたせいか、父さんが飽きれていた。