迷宮跡地
軽い休憩後、レダさんに連れられて遺跡へと入った。
地下へとつながる階段。
屋根も崩落しつつあるためか、雨水で泥や種なども流れ入りこんだのだろう。草や苔も多く育っているようだ。
「こんなところに何かあるのか?」
「ネーヴァちゃん、転ばないようにね」
「うむ」
階段を下りながら、物珍しそうにきょろきょろと辺りを見ていたネーヴァにクレアが声をかけた。
テントに1人で留守番させられるのを嫌がったネーヴァも付いて来たのだ。
暗くなってきたため、途中でランタンを灯す。
「地下で何か見つかったんですか?」
「そうさね。この小さな遺跡があること自体は、ギルドでも昔から把握していたさね」
階段を下りながら、そう聞くとレダさんが答えた。
この遺跡は地下に2部屋しかない小さな遺跡だそうだ。
迷宮がここに出現しなければ、再び調べるようなこともなかったとも。
「迷宮の消滅が想定以上に早かったこともあって、念のために調べに来たさね。そこでだ……」
レダさんはガルディアの冒険者を連れて、念には念を入れて2日ほどかけて調べることにした。
最初は情報通り、特に何もなさそうという結論になりそうだったらしい。
しかし、帰るかという段階になって、なんらかの偶然か、たまたま隠し通路を発見できたとのことだ。
「それがここさね」
階段を下りると、右に部屋が2つある狭い通路だった。
この世界では光が必要ない植物も多いのか、暗闇でも育つ植物が多い。ほのかに明るく光るシダのような植物や光苔が生えている。
レダさんは部屋と部屋の間ぐらい、左側の壁を指す。
「あれ? この彫刻は……」
ヴィルティリア時代の遺跡で見かける精霊の印。道中と同じように苔に覆われているものの、薄っすらとだが確認できる。
わたしが触れると起動する彫刻だ。
しかし、いつもと違い、その刻まれた印には魔力を感じない。
「つい最近、封印自体が壊れたように見えますわ」
リルファナが調べて結論付けた。
どうやら封印が機能しなくなっているらしい。
「ああ、この先はまだ綺麗な通路だったさね。ええと……、こことここだったかねえ」
レダさんがわたしたちにも分かるように壁の何か所かに触れると、ゴゴゴという音と共に壁が開いた。
「助っ人を連れてきたさね」
レダさんが開いた通路へと入り、奥へと声をかける。
先はずっと奥まで続く広い通路のようになっていた。今まで封印されていたせいか、小綺麗な床。
通路の角で、4人の冒険者が座り込んで休憩していた。
「おう。思ったより早かったな。あれ、……クレアの姉ちゃん?」
そこにいたのは、わたしに気付いて立ったまま固まっているスティーブだった。
◇
スティーブの話を聞くと、スティーブたちのパーティが、調査の護衛依頼を受けたらしい。
スティーブたちは、前にここにあった迷宮で出会ったときと同じ男女2人ずつの4人のままだった。
あのときはお試しで組んでいると言っていたが、そのまま正式にパーティとして活動しているそうだ。
更に、ランクとしてはまだ駆け出しではあるものの、堅実に依頼をこなしているパーティとして評価されはじめているとか。
「この通路の先、左手と突き当たりの2部屋ある。左手の部屋には魔物がいるんだ。奥に扉も見えてるけど、俺たちだと倒し切れなくて……」
スティーブから、この先がどうなっているか聞く。
魔物か……。それでタイミングよく帰ってきたわたしたちを呼んだってことかな。
「んー……」
チラリとレダさんの方を見たら、微妙な顔をしているので違うようだ。
「それと、突き当りの方はでっかい魔道具みたいなのが置いてあったけど、そっちはさっぱりだな。町から詳しい人を呼ぶしかないんじゃないか?」
「それは見てみるしかなさそうだね。左手の部屋の魔物はどんな?」
「最初は石かレンガでできた蟹みたいなやつだったな。倒しても倒してもどんどん新手が出てくるんだ。それと部屋から出てくることはないみたいだな」
新しく出現する魔物は形が変わることがあるらしい。
蟹や狼といった動物であることが多いようだけど、稀に人型になることもあるとか。
「んー、ゴーレムの類かな?」
「聞いた感じではそうですわね。どんどん出てくるというのは見てみないと分かりませんが……」
……魔物は部屋から出てこないか。
「魔物が部屋から出てこないなら、外から攻撃したらどうだろう」
「その場合は例外的に部屋から出てきます。更に手前の通路まで下がると、魔物も戻ってしまいます」
スティーブの後ろで座っていたローブ姿の女の子が答えた。脇に杖が置かれているので魔術師のようだ。
L字型に部屋が配置されてるから、死角になってしまい魔物が下がってしまうと攻撃できなくなる。
それに、強い装備もスキルもないスティーブたちでは、矢や魔力がもたないか。
いざという時には簡単に逃げられるし、戦闘の練習には丁度良いということで、部屋の見張りを兼ねながらもたまに戦っているそうだ。
一通り、スティーブたちから話を聞いたあと、とりあえず奥の部屋を見に行くことにした。
「って、おい。遺跡の中まで連れてきちゃダメだろう」
後ろで黙って座っていた少年。今、気付いたかのように声をかけてきた。
少年の後ろの壁には、短めの槍が立てかけてある。
「ん?」
少年の目線の先を追うと、ネーヴァがいた。
「我は大丈夫だぞ!」
「いやいや、何があるか分からないんだ」
「この先は魔物もいるしな」
少年にスティーブも同意する。
「むむぅ……」
ネーヴァが口を尖らせた。
古竜であるネーヴァなら大丈夫なのだけど、この姿では説得しにくい。
「ミーナちゃんたちもいるし、魔物と戦うわけじゃないさね。あんたたちはそこで休んでていいさね」
それだけ言って、レダさんはさっさと奥の部屋と歩いていく。
ギルドマスターであるレダさんにそう言われてしまうと何も言えないようで、それ以上は少年も何も言わなかった。
スティーブも納得はしてなさそうだが壁際へと座り、レダさんに付いていけとばかりに手を振る。
レダさんを追いかけて奥の部屋に入る前に、左の部屋を覗き込むと部屋の真ん中辺りに蟹の形をした石像が見えた。
想像していたよりも大きく、ゲームでは見覚えがない。
彫像かストーンゴーレムの亜種かな。
「これが見せたかったさね。ケレベルから前の遺跡でもいじっていたと聞いたし、ミーナちゃんたちなら分かるんじゃないかね?」
部屋に入るとレダさんが魔道具を指さした。
ケレベルさんというと、前の遺跡調査のときに合流した魔道具の研究家さんだね。
「それか、ネーヴァちゃんならどんなものか分かるかなと思ったけど、あたしだけじゃ連れてくるのが難しかったさね」
スティーブたちが言うことも間違いではないからね。
ネーヴァが、見た目通りの普通の女の子ならだけど。
「お姉ちゃん、これって……」
「まあ!」
大きな四角形のテーブルの上にパネルようなものが据え付けられている。
パネルは静かにゆっくりと点滅しているようで、文章が表示されているのが見えた。
今までにも何度か見たことのある、ヴィルティリア時代のコンピュータだ。
「ほう。まだ動いてるものもあるのだな」
ネーヴァが呟く。
点滅している文章には『システムの再起動を行います。管理者権限で操作を続けてください』と書かれていた。