王都にて - 休息と調査と
帰宅後、リルファナと食事の準備をしているとクレアがやってきた。
「お姉ちゃん、明日もお休み?」
「うん。何日か休んだらそろそろ村に戻る準備をしないとかな」
現在は8月の中旬に入ったところだ。
もう1つの遺跡の探索へ行ってから村へ帰ることにしても、日数的には大丈夫だとは思う。けれど、あまりギリギリの日程にしたくない。
まだまだ王都に滞在するだけなら余裕はあるから、数日で済む依頼なら王都で受けるのもありだけどね。
「クレアは調べものは済んだの?」
「うーん、それがなかなか見つからなくて」
「クレア様は何の本を探していましたの?」
リルファナが聞く。
「魔術の本と、ヴィルティリア時代についての本。それと、昔の英雄の本だよ。リルファナちゃん」
「魔術と古代文明の本は前から調べていましたわね。英雄の本もですの?」
クレアが英雄の本を探しているというのは初めて聞いた。
「うん! あのね……」
クレアが読んでいた小説の中に、英雄が活躍するものがあったらしい。
その中で気になるものがあったようで、フィクションである小説でなくちゃんとした歴史書を探しているようだ。
「なるほど。英雄については前に少し調べたけど、歴史書の中で少し掲載されてるぐらいだったかな?」
英雄についての本。
前にガルディアや土の区の図書館で調べて以来だ。
王都には図書館が複数あるし、他の図書館でも探してみるのもありかもしれない。
土の区の図書館が一番ありそうということだったので、空振りに終わる可能性も高そうだけどね。
「時間はあるし明日から何日か、まだ行ってない図書館に行ってみようか」
「うん!」
図書館に行くことは決まったが、急ぐことでもない。
ゆっくり起きてからでいいということで、少し遅めまでボードゲームなどで遊んでから就寝した。
――翌朝。
カエデさんを誘った方のチャットに着信があったので開いてみる。
『カエデ:姉さん、朝ご飯できた?』
『アヤメ:できてるけど、隣の部屋なんだからチャットで聞かないで起きてきなさい』
早速、有効活用しているようで何より……なのかな。
「これは返事しなくて良さそうですね」
マオさんがチャットを見て呟いた。
昨日の夕食後、マオさんもチャンネルに誘ってある。
尚、クレアにも工房で知り合った冒険者の人を誘えたので別チャンネルを作ったとは伝えてある。
チャットを確認している素振りをしているのに、自分の方には何もないと気になるかもしれないからね。
◇
――数日後。
この数日、4人で王都内の図書館をいくつか回った。
ずっと図書館に缶詰になっていたわけでもなく、屋台で買い食いしつつのんびりと散歩したり、夏服を買ったりもしたりしたけどね。
今は図書館からの帰り道。
途中でマオさんが、チームハウスに寄るということでのんびり歩いている。
「魔法の本はいっぱいあったね」
「うん! でも英雄に関する本はほとんどなかったね」
基本的な魔法書や、中級レベルの魔法の扱いについての本はそれなりに置いてあった。
ただし、上級以上の攻撃魔法の書かれたものはなかったので、危険な魔法が書かれた本は誰でも閲覧できる場所には置いていないのだろう。
英雄についての本は、何冊かそれっぽいものはあったのだが、転生者かどうかが分からないものが多かった。
『活躍した』とだけ書かれていても分からないよね。
「お姉ちゃん。そういえば、読んだ本の中に初対面の相手に英雄視されている人たちがいたって記述があったよ?」
「え?」
「理由は分からないらしいけど、お姉ちゃんも同じ理由でコボルトさんたちに間違われたのかもしれないね!」
「そ、そうなんだ……」
それは明らかに昔の転生者だろう。
クレアに聞いてみたものの、それらの英雄についてはそれ以外の記述がほとんどなく、別の話にうつってしまったらしい。
そのような事実があるとクレアが知ってくれれば、今後も相手の勘違いで通せるようになるかな。……なるといいな。
「ヴィルティリア文明の本もあまり見当たりませんでしたわね」
リルファナが話を変える。
古代文明については、2000年前ぐらいまでの文明についての資料は多かった。
その頃はバルダート文明、ディブロ文明、ヴァザカレード文明と呼ばれる3つの大きな文明が栄えたようだ。
ただ、それより昔へ遡ろうとすると記述が少なかったり、曖昧だったり、どの文明を指しているのか分からないものばかりだった。
ちなみに、ヴァザカレード文明の遺跡は、前にアルフォスさんたちと探索した遺跡だ。
尚、これらの文明の名前はセブクロでは聞いたことがない。
ゲームとは全く違う時代なのか、わたしたちのいるこの大陸がゲーム上では存在していないのか……。
とりあえず、ゲームの情報から推測することはできないことが確定した。
「何故、これ以上古い文明の情報が少ないのでしょうね」
「うーん……。情報が残らないほどの速度で滅びてしまったとか、この3文明が上書きしてしまうぐらい大きかったとか……」
「文字を使っていなかったという可能性もありますわね」
ヴィルティリア時代の遺跡のように、内部へ入ることができないまま未発見の遺跡もありそうだね。
科学技術が進んだ地球でも、文字がなかったためほとんど記録が残っておらず謎ばかりの文明や、滅びた理由がはっきりしないという古代文明も存在している。
遺失した魔法や、危険な魔物が存在するヴィルトアーリでは、調査の進めにくさも増すのでそもそも調べる人がほとんどいない可能性すらあるだろう。
「マオさんは解呪関係の本はどうだった?」
「ええと、副作用というものはなさそうということしか分かりませんでした。リルファナさんの作るポーションですからね、作り方を間違えるということはないでしょうし……」
リルファナのポーションは製薬スキルで作っている。
渡した薬自体が違う薬だったとか、そもそもポーション類ですらなかったということはないだろう。
「おや?」
マオさんの所属する迷宮の探究者のチームハウス付近まで来たときだった。
馬車がチームハウスの方へと曲がっていくのが見えた。
「あそこで曲がるなんて珍しいね」
「チームの関係者かもしれません」
王都は大きな都市なので、お金持ちがタクシーのように馬車を使うこともある。
馬車が通るだけなら特に気になるものでもないのだが、曲がった先が珍しかった。
マオさんのチームハウスは、大通りから1つ入った道にある。
ただし、道幅の都合でその先へ抜けるのが面倒になっているため、馬車が入ることはあまりないのだ。
馬車を追うようにマオさんのチームハウスへと向かう。
「ザッカリーとドウランです!」
馬車はチームハウスの前に停車していて、軽装姿の男性が降りるところだった。
マオさんと同じグループで活動しているザッカリーさんだ。よく見るとドウランさんも門の前に立っている。
ソーニャさんと一緒にフォーレンに向かった2人。ということは、ソーニャさんも一緒に帰っているだろう。
マオさんが急いで馬車へと走っていった。
随分とソーニャさんのことを気にしていたので、思わず走り出してしまったのだろう。
ザッカリーさんに続くように、小柄な女性がザッカリーさんに手を借りるように馬車を降りた。
「ソーニャ!」
「え?」
小柄な女性、ソーニャさんもマオさんに気付いた。
遠目だがソーニャさんの顔色も良さそうだし、佇まいにも変化は見られない。
一般的な服装で鎧などは身に着けていないようだけど、フォーレンから乗合馬車で帰ってきたのなら不思議でもない。
「お帰りなさい」
ソーニャさんの変化を探したまま黙っているマオさんに追いつき、声をかけた。
「あ、ミーナさんたちも一緒だったんですね」
「はい。薬は効いたと聞きましたけど」
「ええ、しっかりと効きました。やはり呪いだったようです」
「解呪後に何か問題があったとも聞きましたが……」
「え? ああ」
マオさんも変化が見つけられないようだし、直接聞くことにする。
ソーニャさんが答えようとする前に、横から声がした。
「背ですわ!」
「ん?」
「背が! 伸びていますの!」
リルファナはそう言うと、ソーニャさんの横に並んだ。
そういえば、ソーニャさんの背丈はリルファナより少しだけ低かったな。
そう思い出しながら確認する。
……前とは逆転して、リルファナの方が拳ひとつ分ぐらい低くなっていた。
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