奴隷の少女
少なくともこのまま放っていくわけにはいかないだろう。
クレアと相談し、わたしたちは近くの村からはじめて町に行くこと、それでも問題無いなら同行しても良いと伝えた。選択肢なんてあってないようなものだ。2人には是非同行して欲しいと言われガルディアの町へ向かうことになった。
少女は何も言わず、大きな赤い瞳でこちらをじっと見ていた。
手入れのされていない伸ばしっぱなしの深い青髪。笑えば可愛いと思われるその整った顔立ちは、表情を変えることが無かった。
背丈から見ると12歳前後だろうか。
他の2人と同様にシンプルな貫頭衣だが、この子だけ襤褸のようで継ぎ接ぎが目立ち、洗濯もされていないのか薄汚れていた。
それでも発育は良いのが分かる。そんじょそこらの大きさじゃない、小ぶりのメロンでも2つ入れているというのか。むむぅ。
馬車から降り、明るい場所に出たことで少女の服装は他の2人とデザイン自体が違うことに気付く。
「俺たちがガルディアの町に運ばれるときに、その娘も乗せられたんだ。御者とは、急ぎで運賃を払うから便乗させて欲しいと話してたな」
「ええ、他にもしゃべってたけどよく聞こえなかったわ。運が悪かったわね」
魔物避けの石柱がある街道に魔物があらわれること自体が稀なのだ。
安全な道とはいえ護衛もつけずに馬車を出すことも珍しいのではと思ったけれど、ソルジュプランテは街道沿いが驚くほど安全なので意外と多いらしい。
運が悪かったというのはあながち間違いでもないのだろう。
とりとめのないおしゃべりをしながら歩き始める。村から出たのがはじめてだというわたしに色々と教えてくれた。
クレアは無反応の少女が気になるのか、いつの間にか手をつないで歩いていた。
◇
町の門と壁が見えてきた。大きな濃灰色の石壁に囲われた町だ。
ガルディアの町は、隣国ヴァレコリーナ公国と戦争中に前哨基地として作られた砦に、戦後になってから徐々に人が住みつき町になったそうだ。
今ではそれもはるか昔の話。現在は隣国とも友好的な関係だそうで、そんなことを知っているのは歴史家と見習いの間に町のことについて勉強する兵士ぐらいらしい。
町には東西南北と4つの門があり、わたしたちが到着したのは南門。常に兵士が数人詰めており、人の出入りに目を光らせている。
今はわたしたち以外に誰もいないが、時期によっては出入りが多いのか窓口がいくつかあった。
「ようこそガルディアの町へ。窓口で身分証の提示か、名前と用件を伺っています」
どうすれば良いのか分からず立っていたら近くの兵士さんが駆け寄ってきて促がされた。
隣国からの入り口でもある町だからか兵士はしっかりと教育を施されているようだ。
「身分証の提示か、名前と用件をお願いします」
「わたしはミーナ。こっちはクレア。フェルド村から冒険者ギルドへ手紙の配達にきたんだけど」
「フェルド村というと村長さんかマルクさんのお使いですか? それと、そちらのお三方は?」
受付の兵士さんは父さんの名前を知っているようだ。最近よく往復してたから名前を覚えられたのかな?
奴隷の首輪をつけた3人。さすがに怪しいと思ったのだろう。
「ええ、そうです。そっちの3人は街道沿いで魔物に襲われてたから助けて一緒に来たんだけど、まずかった? 馬車と倒した魔物はそのままなんだけど」
「確認しますので、少々お待ちください」
書類を確認したり、兵士さんたちが中でやりとりしているのが見える。戦うイメージの多い兵士さんでもここでは事務仕事も多いのかもしれない。
「時間がかかりそうですので客室でお待ちください」
中から女性の兵士が出てきて奥の方にある客室に案内される。
絨毯が敷かれ、白みがかった石で出来たローテーブルの各辺に、それぞれ立派な革張りのソファーが置いてある客室だった。
……豪華過ぎない?
待たせるのは貴族や豪商が多いのだろうかと出されたお茶を楽しむ。市などで村にも入ってくる紅茶のようだ。
品質までは分からないけれど、この部屋の印象から悪いものではないのだろう。
「お、お姉ちゃん」
「待てって言われたんだから待てばいいのよ。窓口の人は父さんのこと知ってるみたいだったよ」
横に座ったクレアはどうしたらいいのか分からなくなって、そわそわしている。普通なら慣れないよね。わたしは役所でも銀行でも日本の生活で待たされ慣れてる。
奴隷の3人は別室で個別に話を聞くそうで、話を聞いたあとは同じ場所で待てということなのか1人ずつ客室へ入ってくる。
ちゃんと奴隷の分までお茶も出された。随分丁寧だねえ、と思ってたら2人もそわそわしていてちょっと笑いそうになってしまった。
最後に少女が戻ってきて、お茶を出されると「ありがとう」と呟くとカップを手に取り一口含む。相変わらず表情は変わらないが、その仕草はなんだか優雅に見えた。
◇
しばらくすると兵士さんが人を連れて戻ってきた。
一緒に入ってきた男性は髭をたくわえた中年男性で、兵士さんたちと同じ鎧だが肩の辺りに階級をあらわすバッチみたいなものがついている。
他の兵士より少しえらい人のようだ。
その後ろに頭にターバンを巻いた恰幅のいい男も入ってきた。
「お待たせしました。確認が終わりました。……隊長?」
「うむ」
隊長と呼ばれた男とターバンの男もソファーに座り、話し出した。
「南門から少しいった先で、ミーナさんの言われた通りウルフの亜種の死骸と馬車を発見した。妹さんとの2人に関しては町に入ってもらって構わないのだが、いくつか確認したいことがあるので少し良いだろうか」
「はい」
「ありがたい。まず先にウルフについてなのだが、珍しい亜種だったこともあり確保してきた。是非、冒険者ギルドに買い取って貰うか、少し安くなるが構わなければこちらで引き取りたい」
街道に魔物の死骸を転がしておくと、臭いなどで他の魔物が寄ってきてしまうこともあるため、持ち帰らないならば埋めるなり焼くなり処理する必要がある。
わたしは全く知らなかったので放置してきてしまったけれど、わたしの話を聞いた兵士さんたちが向かったそうだ。
それから血狼は亜種という扱いのようだ。ゲームでも元々滅多に見ない魔物だったし、もしかしたら全く知られていないのかもしれない。
素材を冒険者ギルドに持ち込んだ場合は冒険者ギルドの下位組織や、商人ギルドなどを通じて町の中の必要なところへ分配されるらしい。
門で引き取ってもらった場合でもあまり変わらないが、兵士さんたちに優遇されるぐらいだそうだ。
あの死体を持ち歩くのは嫌なのでここで引き取ってもらうことにした。
「次に奴隷についてだ。そちらの2人は引き取り先の商人がいたので来て貰った」
「奴隷商のトーマスと申します。よろしくお願いします」
ターバンの男、トーマスと名乗った奴隷商に丁寧にお辞儀される。
ターバンなんてはじめて見たのでちょっと気になる。服装もガラベイヤと呼ばれるイスラム風の服だった。
「ああ、これが気になりますか。これは私の故郷デシエルトで使われている帽子なのですよ」
ほっほっほと笑う商人。手馴れた感じから初対面の相手との会話のネタになるのでかぶってるのかもしれないね。
「そちらの2名については引き取り予定の奴隷でして、問題が無ければこちらでこのまま引き取ります。もちろん保護していただいた謝礼はしますよ」
と男女2名を指し示す。この2人は買い手まで決まっているらしい。顔を見合わせて喜んでいるように見えるので、悪い取引ではないのだろう。
クレアもいるし、下手に関わって嫌な気分にさせられるだけだったら面倒なので了承することにした。わたしは物語のチートキャラのように何でも出来るわけではない、わたしの手が届く範囲は狭いのだ。
「そして、そちらの少女なのですが『隷属の首輪』を調べても輸送元も先も無く、登録が消されておりましてですね」
『隷属の首輪』、奴隷につけられる首輪。主人に危害を加えたり、命令に背かなくするための魔法が組み込まれているらしい。首輪なんて名前だが、腕輪や足環の形状も存在する。
この首輪には魔力によって奴隷の履歴が残される。奴隷商の持つスキルを使えば奴隷の種類、どこの商会で売られ買われたのか、今の持ち主が誰なのかが全て分かるようになっているのが普通だそうだ。
「正直なところ分類が愛玩奴隷ということ以外は記録が消去されております」
奴隷には、借金がかさみすぎて返せなくなった者やなんらかの影響で生活が出来なくなった者が身売りする場合と犯罪者の実刑でなる者がいる。
更に奴隷は4種類に大別されているそうだ。
労働奴隷、知的奴隷、戦闘奴隷、そして愛玩奴隷。
労働奴隷は、単純な肉体労働に使われる。
商家、生産業、加工業、鉱山などで使われ男性が多い。女性は裁縫や子守、家事を任される。
知的奴隷は、頭脳派の労働に使われる。
書類整理を筆頭に事務の仕事が多い。能力が認められれば奴隷身分から解放され、それなりの地位に上がることもある。人並み以上の魔力や学、またはそれを補うほどの発想力が必要だ。
出世しやすく、頭の良い人間であれば奴隷からの解放も早かったりするらしい。
戦闘奴隷は、戦うことが求められる。
警護の仕事や冒険者に買われることもよく見られる。
スキルの存在により戦闘能力に関して男女差がほとんど無いこの世界では、女性の冒険者も多い。
女性の冒険者は旅をするなら同性の方が良いということも多く、男女共に売れやすいらしい。
愛玩奴隷は、夜伽相手ということで女性の方が需要がある。
労働奴隷よりも見目が良いこともあり、家事や事務が出来れば愛玩という名には反して従僕や家政婦として買われることも多い。
商品としての価値を上げるため、教育を行ってから販売する奴隷商もいるようだ。
「今回の場合、商会も個人も所持者がいないので発見者であるミーナ様のものとなります。手続きはこちらで行えますし、売っていただくという形で引き取っても良いのですがどうしますか? もし買い取らせていただけるのであれば見目も良いのでそれなりに出させていただきますよ」
商人が言う通り、この子はかなり可愛いと思うし掘り出し物なのかもしれない。トーマスはにこにこともみ手している。
……なかなかヘビーな選択肢が提示されてしまった気がする。