プレガーレ湖北西の遺跡 - 王都へ
洞窟を出ると夕焼けが広がっていた。
探索……というよりもノートを写すのに時間がかかってしまったね。
コボルトの集落に戻り、冒険者ギルドに提出する依頼内容を書いてもらった手紙を受け取りに長の家に向かう。
「おお、お帰りなさい。随分と丁寧に探索してきましたのう」
家のお手伝いさんに通された部屋で、長は机に紙を広げ書き物をしていた。
机の脇の方に封をした封筒が置いてある。探索している間に手紙を書いておいてくれると言っていたので、あの封筒がギルドに出す報告書だろう。
洞窟内は落石をどかそうとでもしない限り、2部屋しかない。
戻るまで半日もかけたら、壁や床までなめるように調査してきたようにも思うか。
「隠し部屋を見つけました。調査しましたが、中は安全だと思います」
「おお、洞窟内には不思議な空間もありましたからのぅ……。何かあるのではとは思っておりましたが」
管理室や装置を使いに来る可能性もあるし、ここは正直に報告しておいた方が良いだろう。
中の安全性と、調査に入ったとしてもわたしたち以外には開けられないだろうことは伝えておく。
「えいゆ……、ミーナ殿が言うなら大丈夫なのでしょう」
うん、友好度が高いと話が早い。
「確認などは、しなくて構いませんの?」
「今まで問題が起こったこともありませんからのう」
リルファナの質問に長が頷きながら答えた。
それもそうか。
長か代表の兵隊さんぐらいは遺跡内を案内する必要があるかもと思っていたけど、その必要はなさそうだね。
中には古い文明の装置があったので、また確認に来るかもしれないということも伝えておく。
「分かりましたですじゃ。それと、ギルドへの報告書はこちらですじゃ」
「ありがとうございます」
思っていた通り、机の脇にあった手紙をわたしたちにさしだした。
長から手紙を受け取る。
「今日はもう遅いですし、是非泊っていってくだされ」
「えっと……」
「夕飯の準備もしておりますのでな。急ぎでなければ是非」
王都北の遺跡まで『帰還』してしまえば今からでも帰れるけど、そう言われてしまうと断る理由もないね。
◇
――翌日。
昼過ぎには王都へと戻ってきた。
「帰りは楽だね」
「町門のおかげだね、お姉ちゃん」
コボルトの集落を出て、見送りが見えなくなるまで歩いたあと、帰還で時間短縮。
門を使ったあと、すぐ動くのはクレアが大丈夫か心配だったのだけど、改造したという帰還のおかげか、大きな戦闘でもしなければ大丈夫と言っていた。
最初は魔力の使い過ぎで青い顔をしていたぐらいだ。改造によって必要な魔力を2割以上はカットしていそうだね。
「王都に戻ったことだけ報告してきますね」
冒険者ギルドへ沼苺の依頼とパラサイトシェルの報告へ行く前に、迷宮の探究者のチームハウスに寄っていくことにした。
水の区の門から王都へ入ったので、マオさんのチームハウスは通り道だからね。
チームハウスには入らず、しばらく外で待っているとマオさんが戻ってきた。
「ええと、フォーレンにいるソーニャたちから連絡がありまして、そろそろ帰ってくるとのことです」
「思ったよりは早かったのかな?」
「そうですね。ただ、今月いっぱいは自由行動のままですが……」
マオさんの表情が少し硬い気がする。
「何かあったの?」
「いえ、復帰後はしばらく軽い迷宮にしか潜らないかもしれないと言われまして……」
薬を飲んだソーニャさんに何かあったような感じらしいが、帰ってから説明すると言われたままのようだ。
むしろ、王都にいるチームのメンバーもよく分かっていないみたい。
「解呪の薬に副作用はないはずですが……」
リルファナも首を傾げた。
「うーん、ソーニャさんが重要なことを隠す気はしないし、大丈夫じゃないかな?」
「そうですわね」
「そうですね。問題が起きたらすぐに報告するように、とよく言っていますし」
あれこれと考えていても悪い方向へと考えてしまうものだ。
もうすぐ帰ってくるならそのときに聞けば良いだろう。
◇
パラサイトシェルの報告もあるので、本店と呼ばれている火の区のギルドへ行くことにした。
大きな扉をくぐり、まずは買取カウンターに向かう。
沼苺の採取依頼だと伝え、何事もなく報告が完了した。
依頼の最低数よりは少し多めに、ギルドに提出したけど、沼苺はまだまだ残っている。
ジャムでも作ろうかと思っていたのだけど、クレープやケーキを作ってみるのも良いかもしれない。
窓口には、中年ぐらいだと思われる女性の受付が座っていた。
「コボルトの集落で依頼扱いの仕事を受けたのでお願いします」
「はいはい。コボルトの野良依頼を受けるなんて珍しいね」
「え、そうなのですか?」
「ああ、彼らは警戒心が高いから、通りがかりの冒険者にわざわざ依頼するのは珍しいんだよ」
「なるほど……」
ちょっと怪訝な表情になってしまったのだろうか、慌て気味に説明してくれた。
どちらかというと、普通の冒険者が行くとあまり相手にされないということに対してびっくりしただけなのだけど……。
友好度マックスのわたしとリルファナがいたから、友好度が低いマオさんやクレアも受け入れてくれていたようだね。
「では、確認しますね」
封を開いて手紙を読み始める。
しばらく読んだところで、なんだか難しそうな顔になってきた。
「ええと、ちょっと私では対応できない内容なので、こちらにどうぞ」
やっぱり、報酬だけ貰って帰るというわけにはいかないか……。
◇
冒険者ギルド2階にある小さめの会議室に通された。
粗野な見た目ながら質の良い家具が置かれているので、このような場合の応接室も兼ねているのかもしれない。
「しばらくお待ちください」
と言って受付の女性は部屋を出ていった。
「お姉ちゃん、ギルドマスターに相談しに行ったのかな?」
「その可能性は高そう」
「王都のギルドですと、とりあえず副ギルドマスターに話が行くかもしれません」
マオさんが言うには、王都のような大きな都市ではギルドマスターが1人で全ての問題に対処するのは難しいそうだ。
基本的には何かあったときは、複数人いる副ギルドマスターや管理職の人たちが解決にあたるらしい。
「コボルトの長さんが手紙にどう書いたかにもよりますけどね」
大事だと思われれば、そこからギルドマスターへ連絡となる可能性もあるみたいだ……。
「待たせたな」
しばらく待っていると男性が部屋へ入ってきた。
見た目では、40歳ぐらいだろうか。
ランニング用の袖のないシャツとパンツといった感じのラフな格好。腕周りの筋肉を見れば鍛えているのが一目で分かった。
手には受付に渡した手紙と資料を持っている。
「彼は副ギルドマスターです」
マオさんがそっと教えてくれた。
「おお、パラサイトシェルを知ってるなんてどんな奴かと思ったが、マオじゃねえか。コボルトたちが騙されてるってわけじゃなさそうだ」
ギルド側では、コボルトたちが騙されている可能性もあると見たのか。
そういえば手紙だけで、証拠になりそうなドロップ品は出していなかった。
「あんな可愛い種族を騙すわけありませんわ!」
「う、うん!」
リルファナとクレアが抗議した。
「まあ、騙すにしては報酬もしょぼいし、俺個人としてはあまり疑ってなかったんだけどな……」
そう言いながら、副ギルドマスターは勢いよく空いている椅子に座った。
「ええと、証拠として回収してきたシルバーファングの牙と、パラサイトシェルの甲殻です」
マジックバッグから取り出して机に並べる。
「ちょっと待ってな。これだったか……?」
そう言いながら副ギルドマスターは、自分でもってきた資料から1枚の用紙を取り出すと、パラサイトシェルの甲殻を確認しはじめた。
「うむ。パラサイトシェルだな」
一通り、確認すると副ギルドマスターは頷いた。
手持ちの別の小さな用紙に名前を書き入れて、こちらに渡してきた。
「ほら。これを窓口に持っていけば依頼完了だ」
「え?」
最初は疑ってたにしては早いけどいいのかな?
「いやあ、パラサイトシェルを見たことあるやつが俺しかいないからって任せられてもなあ」
「普段は新人の訓練相手ですもんね」
「まあな! まあ、迷宮の探究者所属のマオもいるし、問題ないだろう」
マオさんが口をはさむと、副ギルドマスターが頷いた。マオさんとは知り合いみたいだ。
「私も最初は副ギルドマスターに訓練させられました」
「そうなんだ」
「教えがいのない生徒だったがな。無名の新人に冷や汗をかかされるとは……」
副ギルドマスターが嫌そうな顔で答える。
マオさんのレベルなら新人向けの訓練なんて必要なかっただろうからね。
「さて、俺も訓練の準備があるし、これで終わりな! もしギルドの訓練に興味があれば、いつでも訓練所に顔出してくれや」
副ギルドマスターは用事は終わったとばかりに、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「なんだか、副ギルドマスターという雰囲気の人ではありませんでしたわね」
「どちらかというと、あの方は荒事専門ですからね」
荒事専門。王都付近で凶悪な魔物がでたとか、ギルドにとっても迷惑となる冒険者がいるなんてときの対処に当たるらしい。
副ギルドマスターという肩書がないと、命令を聞いてもらえなかったり、言い逃れしようとする者もいるのだろう。
「さっさと済ませてくれたから、むしろ助かったよ」
「それもそうですね。他の人だともっと色々と聞かれたと思います」
窓口で依頼完了の処理をしてもらい、冒険者ギルドを出る。
「とりあえずお昼にして、今日はゆっくりしようか」
「うん!」
もう1つの西の遺跡も気になるけれど、ソーニャさんたちが近いうちに帰ってくるならまた今度かな。
とりあえず、明日はカエデさんのところへ顔を出しにいこう。
カエデさんのお姉さんが帰ってなくても、カエデさんをチャットに誘っておけば連絡が楽になるだろうからね。