情報交換ネットワーク
妖精がどこに案内してくれるのか分からない。
入口にかかっていた鍵を取ってから、妖精についていくと、すぐ右の扉へと向かった。
廊下の突き当り、鍵のかかっていた扉だ。
「あれー? しまってるー!」
「鍵は多分これだと思うよ」
「あけてー」
「はいはい」
妖精なら一旦、魔法次元に戻れば壁ぐらい通り抜けられると思うけど、案内役だからそういうことはしないようだ。
鍵穴に鍵を差し込み捻る。簡単に鍵が開いた。
ドアノブを捻り、扉を開く。
扉が開いた一瞬、中から風が吹き出して、廊下へと広がっていくような感覚があった。
しかし、鎧の柔らかい布地部分や髪などが一切動いていないので、風ではない。
「ん? なんだろう?」
「魔力だよ、お姉ちゃん。部屋の中の魔力が大きすぎて、開いた扉から外に出ていったみたい」
唐突に魔力が吹き付けたせいか、クレアが二の腕辺りをさすっている。
気圧差で外に空気が逃げたみたいな話だろうか?
部屋に入ると、目の前には大きなスペースが広がっていた。
天井も高く、10メートル近くはありそう。
目の前には丸いテーブルと椅子。ケーブルがつながったパネルが設置されている。
ケーブルを追っていくと部屋の奥へと続いていて、黒くて四角い機械がいくつも設置された棚があった。
近くまで行けば見上げるほどだろうと思わせる数の機械が棚に並べてある。
「あれが『情報交換ネットワーク』の機械ですの?」
「すごい大きいね、リルファナちゃん」
クレアとリルファナが目を見開いて驚いている。
うーん……、大きなタワー型パソコンの本体がたくさん並んでいるようにも見える。
たくさんの情報を処理するための装置だと思えば、パソコンと似たようなものだろうけどね。
そういえばノートにも『複数の機械に並列処理させているようだ』とか書いてあったっけ。
「こっちだよー!」
部屋を見回している間に、先に部屋の奥へと飛んでいった妖精は、本体だと思われる一番大きな装置の前でこちらを呼んでくる。
近付いてよく見ると、真四角だと思っていた装置は足元に近い場所に小さな窪みがある形だった。
「ここに魔力を流すんだよ!」
妖精は一度そこに自身の魔力を流し、こちらを向いて自信満々に言う。
そして、さっさとやれとばかりにこちらを見ている。
「はいはい」
妖精に案内させてまで罠にはめるような仕掛けということはないだろう。
妖精が魔力を流した場所、窪みの辺りにわたしも魔力を流す。
ロックが外れたような、キンッという甲高い音がして、蓋のように開いた。
小さな金庫になっているようだ。
「水晶?」
中には透明な水晶が中央に浮いている。
「えーと、案内はここまでだよー!」
「そっか、ありがとうね」
どこからともなく分厚い本を取り出して確認したあと、妖精が薄っすらと消えていった。
案内には、これが何なのかという具体的な説明までは入っていないようだ。
「まあ、でも……」
「前に遺跡で見たやつに似てるね、お姉ちゃん」
クレアに言われてしまった。
ガルディア東で見つかった避難所として造られた遺跡。そこで見つけた魔力を溜めておく石とそっくりだ。
あそこの装置はパネルから魔力を供給する仕組みだったけど、ここには水晶しか見当たらない。
水晶に軽く触れてみると、やはり魔力を勝手に引き抜かれていく。
こっちは直接魔力を供給するタイプのようだ。
「ふむ、魔力切れかもしれないというのは解決できそうですね」
「チャットが使えますわ! でも何故、昔は見つけられなかったのでしょう?」
「そうだね。簡単に見つかったけど……」
英雄の時代に、管理室の仕掛けに気付ける賢者が全くいなかったとは思えない。
魔法戦士でないと妖精と仲良くなれず、呼び出せなかった可能性もあるのかな?
それでも、妖精使いという妖精に関係する職業もあったし、魔法戦士がいくら不人気とはいえ全くいなかったとも思えないけど……。
もうちょっとヴィルティリア時代の情報が残っている遺跡が見つかると良いんだけどね。
◇
リルファナの作ったポーションで魔力を回復しながら、装置に魔力を供給していく。
「これでいっぱいかな?」
ポーション3つ目の中ほどで、装置に魔力をもっていかれることがなくなった。
前の遺跡ではかなりの数のポーションを使ったけど、あの装置ってどれだけ魔力を使うものだったんだろうね。
「ミーナさん、こちらの画面に何か映りました」
わたしが装置に魔力供給する間、クレアとマオさんが座っていた入口のテーブル。
その上に置かれたパネルに文字列が表示されていた。
『再起動中......』
パネル前の席に座ってしばらく待つ。
『再接続を開始......』
『暫定管理者:ストラトス様との接続が確立できませんでした』
『副管理者:ぽりにゃん様との接続が確立できませんでした』
『副管理者:雷光のハッシュ様との接続が確立できませんでした』
『再登録を行いますか?』
ああ、後半は明らかに転生者っぽい名前だ……。
脳内で自動的に翻訳された「はい」と書かれた場所に触れる。
少し魔力を持っていかれた。
『登録中......』
『登録完了』
『管理者:ミーナ様』
登録せずとも名前を認識している。魔力で何かチェックしたのかな?
画面が変わると『お知らせ』『新規登録』『登録者一覧』『グループ管理』『設定』といった選択肢が表示された。
「終わったの? お姉ちゃん」
クレアは文字が読めないが、表示形式が変化したので気になって声をかけてきた。
「とりあえず動くようになったみたい。登録もここからできるっぽいかな?」
「やってみますわ!」
横から覗いていたリルファナが新規登録を押した。
『登録完了』
『一般:リルファナ様』
「登録できたみたいですわ」
わたしのときと違い、一瞬で登録できた。
「ここを押せば良いの?」
クレアがリルファナに倣って新規登録を押した。
「うっ?」
わたしやリルファナと違い、クレアの魔力がクレアとパネルの間を何度か往復するのが見えた。
『登録なし......』
『新規登録:名前を入力してください』
パネルの表示が、キーボードのような配列へと変化した。
転生者と違って登録する名前を決められるようだね。
翻訳の効果は文字を打ち込むときにも使えるようだ。何となくこう打ち込めば良いと分かるので、クレアと打ち込んで確定。
『一般:クレア様』
「登録できたみたい」
表示を見てクレアに伝える。
「やった! でも魔力がほとんどなくなっちゃったよ……」
「あら、ではこちらをどうぞ。クレア様」
「ありがとう、リルファナちゃん」
リルファナがクレアにポーションを渡していた。
この世界の人だと、新規登録には膨大な魔力が必要となるようだ。
魔力量を上げるため、毎日魔法を使っていたクレアでも魔力が空っぽになってしまうのでは、ほとんどの人が登録できそうにないね。
「私も登録できました」
マオさんも登録を済ませる。
もちろん名前は自動登録された。
「それで、どうやって使うの? お姉ちゃん」
「ええと、この機能を使いたいと思いながらチャットって唱えるか、頭の中で考えれば良いみたい。正確には言葉は何でも良いみたいだけど」
そう言いながらチャットを使いたいと頭に思い浮かべると、目の前に半透明のウィンドウが表示された。
ウィンドウには3つの四角形。
右側は縦長の四角。一番上の行にミーナとだけ、日本語で表示されている。
左側に大きな四角があるが空白、その下にも空白の小さな四角がある。
管理室で一度読んでいるからどんな感じかは分かっていたけど、実際に動くとちょっと感動する。
パソコンなどで使われているチャットソフトと同じように使えるはずだ。
「窓は出ますが、自分の名前しかありませんね」
「わたくしもですわ」
「うん……」
3人とも戸惑っている。
他の人のチャットウィンドウは見えていないが、反応からちゃんと出せているみたい。
クレアも名前が表示されているのは分かるそうなので、このチャット機能は自分の分かる言語で表示されるようだ。
「ええと、ちょっと設定しちゃうね」
パネルから『グループ管理』を選ぶ。
次の画面の選択肢で『グループの追加』を選び、4人の名前にチェックを入れた。
「あ! お姉ちゃんとリルファナちゃんとマオさんの名前がでてきたよ」
「下側の四角にグループ1と表示されていますわね」
会話を共有するためのグループを作れたようだ。
「下のグループ1を押しながら会話したい内容を思い浮かべれば良いみたいだよ」
グループ1を押しながら、『テスト』と思い浮かべた。
『テスト』
『こうかな?』
『テストですわ』
『テスト』
「ええ? ……なんで3人とも同じ内容になるの?」
「た、たまたまですわ」
「そうですね、書くことが思いつかなかったので……」
特に書くことなく、辺り障りのないことを書こうとすると、こうなるよね。
「チャットを消すときは、こう」
チャットのウィンドウを押したまま横へ投げるように動かすと消すことができる。
単に脳内で消そうと思ったり、意識から外れたりしても自動的に消えるみたいだけどね。
「何か作業に集中しているときとか、就寝中、戦闘中は開くことができないらしいよ」
「ふむふむ」
実際のチャットより不便なところも多い。
ノートに書かれていた内容で必要そうなところを説明しておく。
「あと、『お知らせ』があるから確認しておくね」
パネルに表示された『お知らせ』という項目はノートになかった。
何らかの理由でノートにまとめた人が知らなかっただけかもしれないが、チェックしておくべきだろう。
『一部の機能に不具合あり。想定される問題』
『各機能の保存領域の減少』
『通信の遅延』
『その他、一部の機能が制限されている可能性があります』
保存領域の減少は、登録者数やグループ数、残せる文章量が減るということだろう。
これについては、あまりに少ないということがなければ気にしなくても良さそうだね。
それと通信に遅延が発生するみたい。
こちらの方が気になるね。どの程度になりそうか、あとで確認しておく必要がありそうだ。
制限については、曖昧すぎて何が起きているかわからない。
不具合のせいで何かあるかもしれないといった程度の表示のような気もする。
『修復には以下の素材が必要です』
修復も装置が自動で行ってくれるようだが、特定の素材を持ってくる必要があるみたい。
リストにはレア鉱石や魔石の名前が並んでいるが、セブクロではやや高レベル向けの難易度の高い素材だ。この世界では見たことがない人の方が多いだろう。
「売っているのは見たことありませんわね」
「いくつかの素材はチームハウスにあったかもしれません。必要ならリーダーと交渉できると思いますよ」
マオさんに頼めばいくつかは売ってもらえるかもしれない。
すぐ必要になるか分からないし、とりあえずメモだけとっておこう。もし必要になるなら、残りは自力で集めるしかないかな。
ついでに登録者一覧から、リルファナとマオさんを副管理者として登録しておいた。
副管理者は、使える機能がいくつか増える程度のようだけど、わたし以外にも増やしておいた方が良いだろう。
ちなみに、クレアは一般から変更することができなかった。
権限の変更は転生者のみなのか、別の条件がいるのだろう。
「それと……」
パネルを操作し、『設定』から遠隔操作を可能にしておく。
こうしておくと、管理者であるわたしなら、ここまで来なくても新規登録やグループ管理などができるらしい。
転生者や登録してもらいたい人に会うたびに、ここまで一緒に来ていたら面倒だからね。
◇
コボルトの集落で休んでから、一気にここまで来てしまったので昼食を食べ忘れていた。
すぐに食べられるもので少し遅い昼食を済またあと、装置のある部屋と管理室をもう1度調べておくことにした。
「いくつか動いていない機械がありますね」
「ええ、動いている機械は微かに音がしていますが、無音のものがありますわ」
不具合はそれらの装置のせいだろう。
「この部屋に魔力があった理由がなんとなく分かったよ、お姉ちゃん」
「んー?」
テーブルで管理室のノートや役立ちそうな資料を、メモに写しているとクレアがやってきた。
「ここって龍脈がぶつかる場所なんだよ」
「ふむ……」
龍脈とは、大地の中で魔力が大きく流れる場所のことを指す。
通信に使われた魔力は長距離を移動する必要があるため、効率よく魔力を使うためにそのような場所に作られたのだろう。
「そうなんだ! たしかにその方が良さそう」
クレアは賢者の能力で、大きな魔力の流れがぶつかっていることから龍脈ではないかと考えたようだ。
ただ、ここに『情報交換ネットワーク』を設置した理由までは思いつかなかったらしい。
「よし、戻ろうか」
「うん!」
「はいですわ」
英雄たちの推測や集めた情報があったので、それらもメモに追加。
いくつか面白そうなものもあったし、これもあとで整理しておかないとね。
部屋の鍵や入口の仕掛けを元に戻し、コボルトの集落へ引き返すことにした。