プレガーレ湖北西の遺跡 - 円形の部屋
コボルトの集落に戻り、さきほど見送ってくれた見張りのコボルトに討伐が無事に済んだと伝え、村長の家に戻った。
「おや、ミーナ殿。忘れ物ですかな?」
長は庭の片隅で盆栽のような鉢植えに水をやっていた。
「いえ、シルバーファングの討伐が終わったので、一旦報告に戻ってきました」
「なんと、こんなに早く。……では、詳しくは中で聞きましょう」
最初に来たときにも通された客間へと案内される。
出されたお茶を飲みながら、シルバーファングはパラサイトシェルに寄生されていたことを伝えた。
「ふむふむ。これがパラサイトシェルの甲殻ですか」
どうやら、長さんはパラサイトシェルについては知らないようだった。
前に買った魔物図鑑にも掲載されていないし、この辺りで見ることはない魔物なのだろう。
「ミーナ殿とリルファナ殿が言うのなら本当なのでしょうな」
わたしは『鋼の尻尾』との友好度はカンストしている。
長の言い方から、リルファナもカンストかその手前ぐらいまでは上がっているのだろう。
あっさりとわたしたちの話を信じてくれたようだ。
「そうですな。集落の近くに、別のパラサイトシェルがいるということはないのですな?」
「絶対とは言えませんが、パラサイトシェルの習性から、シルバーファングがこの辺りに生息していないというのなら、パラサイトシェルに寄生された生物が複数いる可能性も小さいと思います」
パラサイトシェルに寄生された生物は単独で行動するようになるので、このシルバーファングはたまたまコボルトの集落の近くまで来てしまったのだろう。
「そうですな。シルバーファングは山向こうにいるという噂ぐらいですじゃ」
危険は、ほぼないだろうと聞いて長は安心したようだ。
「うむむ、しかし報酬の方はどうしますかな」
「ええと、別に前の契約のままでいいです。そこまで手こずったというわけでもないですし……」
増額はさっさと断った。
コボルトの集落としては発展しているけど、冒険者に払うための現金はそんなにないと思う。
「おお、それは助かりますじゃ。流石、えいゆ……、ミーナ殿ですじゃ」
長も少しほっとしたようだ。
何か言いかけた気がするけど、気にしないことにしよう。
わたしたちが洞窟の遺跡を調査している間に、依頼完了の手紙を用意してくれることになった。
後から依頼扱いの報告となるため手続きが面倒になるそうだが、長に証人として王都のギルドに付いてきてもらうわけにもいかない。
その辺りについては王都のギルドの仕事だそうで、後で集落まで確認に来るだろうということだ。
◇
長の家で少し休憩したあと、洞窟まで戻ってきた。
「では、真っ直ぐ行きますわ」
シルバーファングのいた最初の部屋は無視して先へと進む。
少し歩くと、右へ曲がる通路が見えた。
リルファナが、一度立ち止まって、しゃがみこんで地面を確認している。
「足跡などは特になさそうですわね。最近、ここまで入ってきた人や動物はいないと思いますわ」
「リルファナさん、正面の道は行き止まりでしたっけ?」
「ええ、下りの坂道があって、その途中で落石か何かで埋まっているはずですわ」
ないとは思うが、情報が古くて通れるようになっているかもしれない。
先に正面の通路を確認しに行くことにした。
下り道にさしかかると、すぐ先で岩が崩れている。
情報通りだったね。
「自然に崩落したものではないような気もしますわね……」
「誰かが故意に崩したってこと?」
「ええ、かなり古いですが、強力な魔法かスキルで周囲を破壊したようにも見えますわ」
リルファナの探索スキルでは、そのような直感が働くらしい。
「私にはそこまで分かりません。崩れてから少なくとも100年ぐらいは経っていそうということぐらいですね」
マオさんには、そこまでは分からないみたい。
ちなみに、わたしが見た印象は、随分古くに壊れたんだなぐらいだよ……。
「戻って右の道を調べようか」
「ええ、そうしましょう」
◇
丁字路まで戻り、左へ曲がる。
うん、反対側から来たのだから左へ進むのだ。
やや狭い通路をしばらく歩くと、シルバーファングがいたのと同じような大きな部屋に出た。
石柱がいくつもあり、部屋の奥には霧の山脈の洞窟でも見かけたヴィルティリア文明時代の遺跡の壁が見えている。
「ここが遺跡ですね。右手に回り込むと中に入ることもできますが、一部屋しかないそうです」
ゆっくりと遺跡の壁まで近付くと、ドーム状に覆われた極一部だけが見えているようにも感じた。
マオさんの言った入口から中に入ると、洞窟の壁よりも少し奥へと広がっていて、円形の部屋となっている。
天井は、わたしがジャンプすれば手がぎりぎり届きそうといったところで高くない。
材質の特性なのだろうか、ランタンの明かりで部屋の中は十分見通せる。
「これは絵かな?」
「魔物か何かでしょうか」
「大きな猫のようにも見えますわね」
真っ直ぐに横向きの溝の走る壁面、その上に何か描かれていた跡が残っていた。
染料か何かを使って描いたようで、薄っすらと残っている程度だが、子供の落書きのようにしか見えない。
生物だと思うぐらいで、何か描いてあるのかもさっぱりだ。
「あれ? この染料、何百年も残るものじゃないよ、リルファナちゃん」
染料も取り扱う錬金術を学び始めたクレアが不思議な顔をする。
「そうなると、この絵自体は後から描かれたものかもしれませんわね」
「そっか!」
どうやら、ヴィルテリア文明のものではなさそうだ。
絵については、ヴィルティリア文明の調査には関係ないと見て良いかな。
狭い部屋だけど、絵以外にも何かあるかもしれない。
あまり離れすぎないようにして、みんなで部屋の中を調べていく。
「あら? これって……」
「お姉ちゃん、こっちこっち」
リルファナが何かを見つけたようだ。
クレアが呼ぶので行ってみると、部屋の側面辺りの壁に見覚えのある彫刻の模様があった。
無属性の薄っすらとした魔力を感じ取れる。
ガルディア東の遺跡で見かけた、妖精の魔法陣と同じだ。
「わたくしは魔力を感じとれませんわね。前と同じですわ」
「私もです」
リルファナとマオさんは何も感じないらしい。
「クレアはどう?」
当時よりも、賢者としての能力に目覚め始めているクレアにはどう見えるだろうか。
「うーん……。なんとなく魔力があるように見えるかな? でもかなり集中してないと気付かないかも……」
じっと見ていたクレアが返事をした。
前は違和感がある程度だったはずなので、クレアの能力も強化されているようだね。
そっと触れてみると、少しだけ魔力を持っていかれた感覚があった。
前と同じなら扉が開くはずだ。
「何も起きませんわね」
「他にもあるのかな?」
……しばらく待ってみたが音や振動もなく、何も起こらなかった。
これがスイッチだとしたら、1つだけではなく他の場所にも同じ彫刻があるかもしれない。
部屋の中を一通り確認していく。
壁だけでなく、床や天井も見たが妖精が関係しそうな彫刻はこの1つだけのようだ。
「見つからないね、お姉ちゃん」
「うーん……。ドウランならば『こういうときは視野を広げましょう』と言いそうな気がします。外側も見てみましょうか」
「そうだね」
部屋中を調べたものの、何もなさそうだと困っていたら、マオさんが閃いた。
閃いたというよりも、ドウランさんの言葉を思い出したのだろうか?
どっちにしろ打つ手もないので、素直に外も調べてみよう。
4人でドーム状の部屋から外にでる。
部屋の中と比較すると、なんとなく暗くなったように感じた。やはり、この材質は光を反射しやすくて明るく感じるのだろう。
外側から遺跡の壁を見ていくと、こちら側は絵が描かれていることはなく、一定の間隔で縦横に真っ直ぐな溝があるのみのようだ。
この溝はデザインというより、建材を重ねた跡のようにも見える。
「ん? これかな」
「こちらにはなさそうでした。ここだけのようですね」
ランタンを持って壁を見ていると、小さく彫られた魔法陣を1つ発見。
魔法陣に触れる前に他にもないかと手分けして探したが、他には見つからなかった。
この位置は、部屋の中にあった魔法陣と壁をはさんだ場所だ。
「じゃあ、早速」
魔法陣に魔力を流す。
というか、触れると勝手に持っていかれるのだけど。
ガコンッ! という大きな音と共に、部屋の中から大きな重いものが動く音がした。