プレガーレ湖北西の遺跡 - パラサイトシェル
鎧のように赤黒い甲殻をまとったシルバーファング。
その瞳は何も映さず、生者の輝きを失っていた。
「あの状態では、もう退治するしかありません」
「筋力強化付与、防御値強化付与」
戦闘態勢に入ると、クレアがすぐに強化魔法を詠唱する。手慣れたものだ。
「パラサイトシェルに憑かれているということは、通常のシルバーファングよりも強敵ですわ!」
寄生する殻。小さなザリガニのような見た目をしている。
他の生物の餌などにこっそりと混ざることで口から生物に入り込み、徐々に身体の制御を奪ってしまう恐ろしい虫でもある。
パラサイトシェルに寄生され身体の制御を奪われた魔物は、どんな生物であれ単独で活動しだす。
その後、死亡するまであちこちを放浪し、死亡した後も朽ち果てるまで動き続ける。
どういう理屈かは分からないが、寄生された生物は寄生前よりもレベルが10ぐらい上がるという特徴もあったはずだ。
「『白虎の構え』」
マオさんから一瞬、緑色の輝きが現れて消えた。
素早いシルバーファングが相手なので、速度重視である白虎の構えを使うことにしたようだ。
「加速、火剣」
相手の属性が分からないし、とりあえず魔法剣を適当な属性で使っておく。
もし相手が火属性の耐性を持っていたとしても、魔法剣を使わないよりはダメージが大きくなるので使っておいた方が良い。
クレアとわたしが強化魔法で準備している間に、リルファナとマオさんがシルバーファングに向かって走っていく。
それに呼応するかのように、甲殻を纏ったシルバーファングがすっと立ち上がり、前傾姿勢をとる。2人を迎え撃つつもりだ。
リルファナとマオさんが前衛にいる間は、わたしはクレアを守れる範囲にいるように作戦として決めている。
シルバーファングの素早い動きで、前線を抜かれるとクレアが危険かもしれないからだ。
「甲殻の部分が硬いですわ」
「シルバーファングの身体を攻撃しても、ほとんど意味がないですね」
シルバーファングも、さすがにリルファナやマオさんの攻撃を避けきれない。
しかし、シルバーファングは全く怯むことなく、体勢を立て直し攻撃を繰り返してくる。
シルバーファングの死体を、パラサイトシェルが無理矢理動かしているだけだ。
まとっている鎧が攻撃されても、痛みなど感じないということだろう。
倒すにはパラサイトシェル自身にダメージを与えるか、シルバーファングの身体が動けなくなるまで攻撃する必要がありそうだ。
「今ですわ!」
「『風脚崩し』」
リルファナが短剣を投擲して隙ができたところに、マオさんがシルバーファングの脚を蹴り飛ばした。
あれは、ダメージを与えながら対象の速度を落とす弱体化スキルだったはずだ。
マオさんに蹴り飛ばされたシルバーファングは低い声をあげながら少し下がった。
唸り声と共にシルバーファングの魔力が前方へと放たれる。
マオさんが上体を横へそらすように飛翔物を躱す。
「風属性ですか」
「『風刃』ですわ!」
シルバーファングが唸ると、今度は魔力を纏った。加速系の魔法を使ったか。
すぐさま、後ろ足をばねのようにして力を溜めて、一気に跳び上がる。
高い天井なのにシルバーファングは軽々と天井付近まで跳びはねた。
天井に当たる直前、横の柱へと着地するように足を乗せ、蹴り出す。三角跳びだ。
「っ! ミーナ様、そっちに行きますわ!」
シルバーファングはリルファナとマオさんを無視し、こっちへと跳んできた。
何もしてこないわたしとクレアの方が脅威が少ないと見て先に倒そうと思ったのだろうか。
素早い魔物だが、そのぐらいの動きをすることは計算のうちだ。
わたしは慌てず霊銀の剣を構えた。
よく見て斬り上げれば、落ちてくる相手の重量も利用できるだろう。
クレアは空中からの風刃を警戒して、防護盾を展開できるようにしているはずだ。
「ここだ!」
シルバーファングが跳びかかってくるタイミングで剣を振った。
カウンターを決めてくることぐらい見抜いていたとばかりに、シルバーファングは更に魔法を唱えた。
刀身が、ガツンと硬いものに当たり、刀身の動きが鈍る。
「土魔法だよ、お姉ちゃん!」
シルバーファングは強引に、自身と剣の間に土の塊を作り出していた。
自分で作りだした土の塊を足場に更に前へとステップ。
あれ? さっき風魔法を使ったから、このシルバーファングは風属性かと思っていたんだけど。
シルバーファングの属性ってランダムだけど1つとは限らない……?
霊銀の剣を引いて構えなおす。
シルバーファングがわたしの頭上を越えた。
目の前の、足場にした土塊が時間経過で消えていく。
「旋回」
クレアの方へは行かせない!
180度ターンすると、シルバーファングの尻尾が見えた。
「防護盾!」
クレアが飛びかかられまいと防護盾を発動させた。
防護盾は基本的に遠隔攻撃を防ぐ魔法だ。直接攻撃されるような、近接攻撃にはほとんど効果がない。
回転の遠心力も利用して、前に出ながら剣を横へ薙ぐ。
当たった!
しかし、シルバーファングの勢いを完全に止めることができない。
「『風遁』」
その直後、シルバーファングの横っ腹、放り投げられた木札が割れ、突風が吹き付けた。
リルファナの忍術だ。
シルバーファングもここまでは考えていなかったらしい。
空中で耐性を崩しながらも、わたしの斜め前と着地した。
「斬撃!」
クレアに駆け寄りながら一閃。
シルバーファングは、軽く飛び退って避けた。
これで、クレアからは少し距離ができた。間に入り込んで剣を構えなおす。
「『紅蓮脚』!」
追いついて来たマオさんが、炎を纏った蹴り技を見舞う。
「火球」
「氷針」
リルファナが連続で魔法を放った。
シルバーファングは、リルファナとマオさんの攻撃を、前へ後ろへと躱していく。
「爆発」
クレアがシルバーファングの後方へと、範囲魔法を撃った。
シルバーファングは爆発を回避するために、ひらりと前方へと跳ぶ。
ここだ!
「斬撃!」
シルバーファングが着地したのはわたしのやや前方。
こちらを向くように頭を伏せて着地した。
いや、させられた。
マオさんのスキルと、リルファナとクレアの攻撃魔法は当てるために撃っていたのではない。
シルバーファングを誘導するために撃っていたのだ。
やや前方へ走りながら、首輪のような甲殻のついた首へ狙いをつけて霊銀の剣を振り下ろした。
炎を纏った刀身が、焦げ付いた臭いと共にシルバーファングの首を切り裂く。
さすがに、神経まで断ち切られては動けないようだ。
どさっと倒れて痙攣したあと、シルバーファングの動きが完全に止まった。
「あの硬さの殻を余裕で一刀両断ですか」
「魔法剣は強いですわ!」
マオさんとリルファナが駆け寄ってきた。
「ええと、パラサイトシェルはどうすればいいんだろう?」
シルバーファングの身体は倒したが、寄生している本体を倒せたかは分からない。
パラサイトシェルが出てくるまで待つのだろうか……。パラサイトシェルを探すために、切り刻むのも何だか後ろめたい。
「燃やしてしまうのが早いですが、証拠が残りませんね」
シルバーファングの討伐という依頼を受けているため、討伐した証拠が必要だ。
燃やす前に牙を剥いで持っていけばシルバーファングの討伐証明はできる。
しかし、パラサイトシェルが寄生していたという証拠にはならない。
別に報酬の上乗せが欲しいというわけではないが、依頼に対してはできる限り事実を報告するべきだと思う。
冒険者ギルド側の情報を統合したときに、黙っていることで大事なことを見逃す可能性もある。
「お姉ちゃん、この殻も剥がして持っていけば良いんじゃないの?」
「あ……、そっか」
簡単にクレアが解答を導き出してくれた。
◇
シルバーファングの牙や爪と、パラサイトシェルの作り出した甲殻を剥がす。
残りの素材にならない部位は燃やした。
もちろん、途中でパラサイトシェルが逃げないようにしっかりと見張りながら。
見張ってなくてもシルバーファングから出たら、リルファナが何かいると知覚できるだろうけど。
部屋に入る前に、リルファナが気配が薄いと言っていたのも、シルバーファングの中にいたパラサイトシェルを認識していたからだろうからね。
「そんな魔物もいるんだ!」
「はい。元々あまり見ない魔物ですけどね」
クレアは、マオさんからパラサイトシェルの話を聞いている。
こんなところで出くわすとも思っていなかったので、クレアはシルバーファングの変種か何かだと思っていたみたいだ。
「でも、もし人間に寄生したりしたら怖いね……」
「ああ、それは大丈夫ですよ」
パラサイトシェルは、すごい大きな生物や、一定以上の知性を有する生物には寄生することはできない。
身体や脳の大きさ、神経の複雑さが影響しているのではないかと思う。
こんな名前の魔物だが、寄生せずに群れで生活していることも多く、セブクロでは寄生していない状態で出現することもある。
当たり前ではあるが、寄生していない状態だと全く脅威とならない弱さだ。
ちなみに、寄生された生物が覆う独特な甲殻から、シェルという名が付いたらしい。
「そういえば風と土属性の魔法を使ったけど、複数属性持ちなのかな?」
「シルバーファング自身が2属性持っていることはないはずですわ」
リルファナも知らないようだ。
「ただ、パラサイトシェルが土属性の魔法を使えるとしたら、両方使えても不思議はないですわね」
「なるほど」
セブクロで出現するパラサイトシェルは魔法を使ってきたのだろうか。
さすがに、ゲーム中で気にする必要がないほど弱い魔物の詳細までは覚えていない。
少し休憩した後、部屋の中を調べる。
クレアが言うには、床や壁、天井などにも薄っすらと魔力を帯びた場所があるそうだ。
どうやら、この辺りは魔力が豊富な土か鉱石が多いことは分かった。
シルバーファングが生きていれば、食料として丁度良い場所だったのかもしれないね。
パラサイトシェルが寄生していても、生前の習性が完全には抜けないのだろう。
「えーと、村に戻って報告してからまた来ようか」
このまま遺跡を調べるつもりだったけど、前のように隠し部屋でもあって、その先が広いと数日出てこないかもしれない。
シルバーファングと戦いにいったのに、広くもないと思われている洞窟から1日以上出てこないとなると、コボルトたちが心配するだろう。
集落は洞窟の前だから、報告に戻るぐらい大した手間でもない。
「たしかに、そうですわね」
「では戻りましょうか」
「うん!」