プレガーレ湖北部 - コボルトの集落、滞在中
案内された客室にはベッドが4つと、談話のできそうな大きなテーブル、ソファが置いてあった。
人間やもっと大柄な種族が泊ることもあるのだろう、わたしたちでも余裕のある大きさのベッドやソファだ。
テーブルとは別に書き物用の机も置いてあり、ガルディアの平均的な宿屋と大差ない気がする。
「思ってたよりも良い部屋だね」
「ええ、遊牧民が使うような小さな家が並んでいるかと思っていましたわ」
「コボルトの中には、王都で基礎を学んだ大工もいるらしいですよ」
セブクロでは、コボルト族は木と布でできたような今にも崩れそうな家や、大きな仕切りで分けただけの洞窟に住んでいた。
こちらの世界では、ゲームの設定以上に人間との交流をもっているみたいだし、ゲームとは違う部分も多いみたい。
まあ、ここに来るまでのほとんどの家は1部屋か2部屋ほどだったし、コボルトの背丈が低いからか、小さい家が多かったけどね。
「ねえ、お姉ちゃん。長さんからも英雄って言われてなかった? マオさんもかな?」
長の『2人』という単語からわたしとマオさんだと思ったらしい。
この辺りで冒険者として活動しているマオさんと、隣国から来たリルファナを比較したらそうなるか。
「うーん、……誰かと勘違いしてるんじゃないかな? ここに来たのもコボルトたちと会うのも初めてだし」
「そうだよね?」
クレアも納得できなそうな顔であるものの、理屈は正しいので頷いた。
「ほら、ティネスさんもわたしが誰かと似てるって言ってたし、その人がコボルトたちと何かあったかもしれないよね」
「うーん?」
ふと思い出して、勘違い説を補強する。
ティネスさんが勘違いしていたのは、本来のミーナの母親である貴族だと思うけどね。
「とりあえず、先にシルバーファングの話をまとめてしましょう。長さんとは、あとでちゃんと話してきますわ」
「うん!」
うーん、今後もセブクロで友好度が高かった種族やグループと会ったときに誤魔化す方法を考えないといけないな……。
テーブルに集まり、リルファナからシルバーファングの情報を教えてもらう。
リルファナによると、シルバーファングはセブクロでは狼系のユニークモンスターの1匹とのこと。
「銀色の毛並みに、青い瞳。普通の狼に比べるとかなり大きく、魔法も使いますわ」
「属性は?」
「個体差がありますが、風か水であることが多いですの。もちろん土や火の可能性もあるようなので、どの属性か分かるまでは気をつけないといけませんわ」
火蟻と水蟻のように、同種で各属性の魔物がいるというのはよくある。
しかし、属性が固定されていない魔物というのは珍しいね。
「その狼は強いの? リルファナちゃん」
「使う魔法にもよりますがドラゴンスカルより強いということはありませんわね」
前に戦ったドラゴンスカルだが、レベルは低めで60ちょっとだと思う。
それより低いということは50ぐらいかな?
確かに、わたしたちなら比較的簡単に討伐できそうだ。
「それと狼らしく動きが素早いので、そこは注意が必要ですわね」
「ふむふむ」
シルファーファング、セブクロではレベル50ぐらいのユニークモンスターの1匹。
基本的には狼系の上位種、魔法を使うが属性はランダムなので出会ってみないと分からない。
住み着いたのは最近で、西の霧の枝を超えてきた可能性が高い。
怪我をしていたことから、事故にあったか、競争相手に負けてソルジュプランテまで逃げてきた。
雑食であるものの土や鉱石を主食とし、洞窟内で生活できる。火を使うことはないだろうから、暗視も持っていそうだね。
そんな感じだろうか。
「そうですわね」
「戦闘時の陣形などはどうします?」
「洞窟内と、念のため外で遭遇した場合も考えておこうか」
◇
いくつか戦闘のシミュレーションを行っていると、外からたくさんの声が聞こえてきた。
長の声でコボルトたちが集まってきたようだけど、予想外に賑わっているような……。
「声を掛けたところ、英雄殿の顔が見たくて、集落のほとんどの者が集まったようですじゃ」
外に出ると長が声をかけてきた。
家の前には、コボルトたちが隙間なくぎゅうぎゅうになるほど集まっている。
近くのコボルトたちは大きな袋や財布のようなものを持っている。
対して、遠巻きに見ているコボルトたちは、見に来ただけなのか何も持っていないようだ。
「テーブルを用意しましたので、こちらをご利用くだされ」
玄関の横に、いくつかの長テーブルがくっつけて置かれていた。
護衛や見張りという役割なのだろう、兵士のコボルトさんたちがテーブルの横に立っている。
「じゃあ、テーブルに持ってきたものを並べるので、欲しいものがあったら買い取ってもらうか、物々交換ということで」
「分かりました。何か持ってきた者は整列するように!」
わたしが言うと、兵士さんがすぐに整列してくれる。
遠巻きに見ていたコボルトたちは、それぐらいならと家に何か取りに帰るコボルトたちもいるようだ。
なんだか騒がしいと見に来て、今趣旨を理解したというコボルトもいそうだけど。
コボルトたちとの交流をメインと考えていたので、金額はあまり気にしないことにした。
王都で適当に買ってきた雑貨や保存食がほとんどで、高価な物は買ってきていないこともあるけど。
「王都の石鹸はよく落ちるのよね、助かるわー」
「このおもちゃと交換したいな」
「農具はあるかね?」
「ええと、クシ、2本買いたいです」
「冒険者が使う保存食もあるのかい。食べてみるかねえ」
「握手してください!」
「これと、沼苺と交換で。王都だとそこそこの値段だよな?」
「カードゲーム!」
2時間ほど経った頃。王都で買ってきた雑貨類がなくなり、コボルトたちは帰っていった。
明らかに集落にいるコボルトたちより多かった気がする。2回、3回と列に並んだコボルトも多かったんじゃないだろうか……。
「やっと終わった……」
「ほほ。お疲れ様でした。この時期、集落の外は沼ばかりで娯楽もありませんからな。皆、暇だったんでしょう」
クレアとマオさんも疲れた顔をしている。
「もふもふでしたわー」
「リルファナちゃん、まだまだ元気だね……」
リルファナは、子供のコボルトたちに囲まれて喜んでいた。
どこかの飲食店辺りでバイトでもしていたことあるんだろうか。
「少ししたら夕飯を運びますので、客室で休んでいてくだされ」
「分かりました」
「それでは、わたくしは長様と、少し話してから戻りますわ」
英雄呼びについては、リルファナが説得してくれるようだ。
お言葉に甘えて先に戻っていよう。
◇
部屋に戻り、先ほどの売上を確認してみる。
お金で交換した物は、ほぼ原価で売っていたので、ほんの少しだけ黒字といったところ。
ほとんどのコボルトが現金で購入していった。ここのコボルトたちは思ったよりも、お金を持っているみたいだね。
物々交換した物は、コボルトたちが採ってきた作物や果物が多い。
それと、近場で取れたという鉱石や木材を並べる。
生産に使えるかもしれないので交換オーケーにしたら、職人さんたちが余っているものを持ってきてくれた。
「お姉ちゃん、これ……」
「うん……」
「これだけあるなら、ここまでまっすぐに来て良かったですね」
テーブルに沼苺の山ができていた。
コボルトたちにとってもメジャーな食べ物だったらしい。
採ってくる必要なかったよ……。