プレガーレ湖北部 - 沼苺
「向こうの方まで、イチゴの木みたいだね」
スワンプベアや周囲を観察すると、沼苺があちこちに群生していることに気付いた。
少し離れた別の茂みならば、2匹のスワンプベアとは離れた場所で採取できそうだ。
「無理に争う必要もないし、少し離れた場所で採取しようか」
「分かりましたわ」
スワンプベアたちの視界に入らないように、少し遠回りで別の沼苺の茂みへと近寄る。
「この辺りなら大丈夫ですの。念のため近付いてこないか警戒しておきますわ」
沼苺の茂みをいくつか挟んだ辺りで、リルファナがもう大丈夫だと立ち止まった。
「たくさんあるね、お姉ちゃん」
「うん。美味しいのかな?」
「町では加工することの方が多いようですが、冒険者の間では生でもよく食べられているそうですよ」
木には紫がかった実がなっている。形状はほぼイチゴ。
ただし、水を含んでパンパンに膨れたような形状である。水気の多い場所にできるからだろうか。
正直なところ、日本の赤いイチゴと比較してしまうと、色のせいであまり美味しそうには見えない。
「なんだか、ぶよぶよしていますわ」
「腐ってるみたいだね、リルファナちゃん」
確かに、1つ手に取ってみると、熟しきった果物のような感触だった。
わたしの調理スキルによれば、このまま食べられるので、このような果物なのだろう。
依頼で持ち帰るには十分なほど、たくさん生えているし、1つぐらい食べてみるか。
……弾力がある。だが、しっかりと果実の甘味も感じるし味はイチゴだ。
イチゴ味のグミがあったら、こんな味になりそうな気もする。
「ミーナ様、どうですの?」
「美味しくなかった? お姉ちゃん」
予想外の食感に、考え込んでいたら不味そうに見えたのだろうか。
「思ってた食感と違ったけど、不味くはないよ?」
リルファナとクレアは自分たちでも試してみようか、顔を突き合わせて悩んでいる。
「ええと、皮をむいたほうが食べやすいと思いますよ」
横からマオさんからアドバイスがでてきた。
それを聞いたリルファナとクレアは、言われた通り沼苺の皮をむいてから一口。
「あら、美味しいですわ」
「うん!」
わたしも真似をして食べてみる。
おお、さっき感じたグミのような弾力がなくなって、イチゴとほぼ同じ食感だ。
味はイチゴなので、これこそ完璧なイチゴである。
……しかし、先に言って欲しかった。
「いえ、いきなり食べるとは思わなかったので……」
ぐぬぬ。
「これで1週間以上も大丈夫なんだね、お姉ちゃん」
「水気も多いし、すぐ腐っちゃいそうなのにね」
沼苺は、皮をむかないまま保存しておけば、1週間ぐらいは鮮度を保てる。
冷蔵用のマジックバッグなら、もっと長持ちするだろうということで、遺跡の探索よりも先に採取することにしたのだ。
4人で黙々と沼苺を採取していく。
多く採ればジャムとかにもできそうと言ったら、リルファナとクレアがはりきって集めていた。
町の外で手軽に食べられる甘味は意外と少ないからね。
「あら? スワンプベアが近づいてきますわ」
多少は距離をとったとはいえ、クマたちがこちらに気付いたようだ。
「おかしいですね。自分たちから人に近寄るような動物ではなかったと思いますが……」
スワンプベアは雑食ではあるものの、基本的には草食に近い。
また、狩りをするとしてもネズミやウサギなどの小さな生物を狙うらしい。
まあ、クマたちに場所がバレているなら茂みの裏に隠れている意味もない。
そっと顔を出すと、2匹のクマがびくっとして立ち止まった。
「あれ? わたしたちに気付いてたわけじゃないのかな……」
2匹のクマは顔を見合わせて、悩んでいる。
さっきのイチゴを食べるか悩んでいたリルファナとクレアとそっくりだと思ってしまった。
「どうかしましたか?」
気になったマオさんが茂みから顔を出すと、2匹のクマが少しほっとしたように、こちらに歩いて来た。
わたしと反応が全然違う。
なんだか、見知った顔を見つけたかのような反応だった。
「むむむ? マオさん、クマに友達でもいるの?」
「いえ、いませんけど」
この世界ならそんなこともあるかもしれないと思ったけど、そうではなかったようだ。
「……そういえばゲームでは、『熊の友』という称号をもっていたような」
わたしにだけ聞こえる声で、マオさんがこっそりと教えてくれた。
あー、すっかり忘れていたけど、種族の友好度みたいなものは、ゲームの進行度から引き継いでいる可能性があるんだったな。
「それってかなりレアな称号だったような?」
「序盤のうちに進めないと、なかなか取りにくい称号でしたっけ。私は、たまたまソロで遊んでいるうちに取得してしまいましたが……」
取り方までは詳しくは知らないけど、クマ関係のクエストをこなしていくと手に入る称号だったはずだ。
クマ以外にも鳥や犬、蛇といった動物にも友という称号があったけど、友達系の称号はどれも運や厳しい条件が必要でなかなか手に入らなかった。
セブクロでは、その系統の動物から好かれやすくなるというだけで、コレクション的な意味しかもっていなかった。魔物には全く意味がなかったから余計にね。
「多分だけど、そのせいかな? わたしが妖精と友好度が高いのもセブクロの影響っぽいし」
「ふむ。なら襲われることはありませんか」
「マオさんなら、不意打されても返り討ちにできそうだけどね」
「そうですね」
マオさんが姿を現すように、ゆっくりと茂みから外に出た。
◇
マオさんが左右を2匹のクマにもみくちゃにされている。
「落ち着いて欲しいのですが……」
どうも、思ったよりもクマたちに好かれているようだった。
マオさんは困った顔をしているが、クマは構わず左右から、ぺろぺろと頬をなめている。
……セブクロの称号パワー、恐ろしい。
「どういうことですの?」
「クマさん!」
リルファナは混乱しているが、クレアは羨ましそうにマオさんを見ていた。
「熊の友らしいよ」
「……なるほど。レア称号ですわね」
称号の通称でリルファナは分かったようだ。
マオさんが解放されるまで、しばらくかかるのだった。
◇
クマたちの乱入で、採取に思ったよりも時間がかかってしまった。
マオさんが2匹のクマに、クレアが触っても良いか聞くと、クマたちはクレアとも遊びはじめたのも原因だろう。
その後、クマたちの仲間が来るまでしばらく遊んでいた。
他のクマたちはマオさんを気にしながらも、あまり近寄ろうとしなかったので、戻ってこない2匹のクマを呼びに来たんだろうね。
「もふもふだった!」
「沼地でも活動しやすいように、撥水性の高い毛のようですね」
あれだけ、じゃれあっていたら泥だらけになるんじゃないかと思ったけど、クマたちは思いのほか綺麗だったようだ。
クレアもマオさんも、さほど防具が汚れていない。
「街道に戻って、そのままコボルトの集落へ向かおう」
「日暮れまでには辿り着きたいですわね」
街道を先へ歩けば歩くほど、乾いた地面の面積が減っていく状態。
街道の石畳にも、大きく泥水につかっている場所も出てきた。
こんな状態の場所で野営するのは面倒だし、少し遅くなってでも今日中にコボルトの集落にたどり着きたいところだ。