プレガーレ湖 - 北部
道中、フォレストパンサーを見つけたので退治。
それ以外には何も起こらず、無事に森を抜けることができた。
森を抜けたすぐ前には、東西へと延びる街道が目に入る。
この道を東へ行くと、麓の村のすぐ近くに出るはずだ。
街道を東から西へと見渡すと、点々と魔物除けの石柱が設置されていることも分かった。
冒険者以外には、あまり使われない街道らしいが、整備はしているようだね。
「ここを西に行けば、川と橋が見えるはずです」
「そこから先は足場が悪いんだっけ?」
「そうですね。橋を渡ったからといって、すぐにガラッと変わるということはないと思いますが……」
遺跡までは2日ほどかかる予定だ。
ぬかるんだ足場の悪い場所でテントを張るのは骨が折れる。橋の前後で1泊するのが良いだろうか。
そう思いながら、街道を西へ進む。
冒険者の通る街道という割には、誰ともすれ違わない。
「全く人がいませんわね」
「そうだね、リルファナちゃん」
プレガーレ湖の西部や北部の依頼を受ける冒険者が少ないと聞いていたが、ここまで出会わないものなのだろうか。
王都のギルドに、あれだけいた冒険者たちはどこで依頼をこなしているんだろう?
街道を歩き続けると大きな川と、それにかかる石橋が見えた。
「ここで休めるようになっているようですわね」
石橋の少し手前、大きな岩でぐるりと囲われた場所。
簡易的な屋根のついた建物もある。
「キャンプ地だね、お姉ちゃん」
「少し早いですが、今日はここで休みますか?」
「そうだね。川を渡ったあとがどうなってるか分からないし、少し早く出ればコボルトの集落までは1日で着けると思うから、ここで休んでいこう」
陽が落ちはじめるまでは、まだ鐘1つ分ぐらいはある時間だ。
しかし、橋の手前にキャンプ地があるということは、この先にはしばらくないということだろう。
この時期は、沼のようになってしまう地形なら、ここが最後のキャンプ地だという可能性だってある。
明日の朝、いつもより早めに出ることにして、今日はここで休むことにした。
◇
――翌朝。
薄暗い時間のうちから起き出し、朝食をすませて出発。
「随分と古い橋ですわ」
「はるか昔からここにあるそうで、ソルジュプランテでもいつできたのか把握してないそうですよ」
一切飾り気のない、どっしりとした橋を渡る。
歩き始めて分かったが、石の角が所々で欠けていた。歩くぐらいなら問題ないけど、足元を見ないで駆け抜けたら躓くかもしれない。
「マオさん、それって崩れたりしないよね?」
「国の方で耐久性のチェックはしているそうですから、壊れそうになったら建て替えるつもりなのでしょう」
クレアの問いにマオさんが答える。
どうやら、今回の遺跡探索についても色々と調べてきてくれているようだ。
「お姉ちゃん、木が違うね」
「うん、細い木が増えたね」
歩いているうちに、周囲の木にも変化がでてきた。
森や街道沿いに生えていた木よりも、細い木が多く生えている。
それでいて背は高く、葉は小さい。別種の木には、木の半ばまで垂れ下がるように葉がついているものもあるようだ。
「水で流されないような木が残っているのかな?」
細い木の方が、抵抗が少なく水に押し流されにくいのだろう。
「水に強いので、桶などに使うことが多い木ですわね。年月が経てば太くなるものもあるので、そのような木なら風呂桶なども作れるかもしれません」
「そうなんだ! 何て言う木なの? リルファナちゃん」
「……ええと、名前は分かりませんわ」
「ええっ!」
……あれは多分、木工スキルの直観だね。
わたしの、見ただけで食べられる物か、どう調理すれば良いかなどが分かる調理スキルの効果と同じような効果だろう。
「お姉ちゃん、依頼の品は沼苺だっけ?」
「うん。水気の多い場所にできるイチゴらしいよ」
「王都の店では、生の沼苺はこの時期にしか見ませんね」
沼苺は、湿地帯に出来る種類のイチゴだ。
赤というよりは紫に近い色だが、形や食べ方は普通のイチゴと同様。ちなみに、セブクロでは見覚えがない。
「沼苺、王都の薬屋で見かけたような気がしますわ」
「乾燥させて薬として使うようですね。改善しない疲労感などに効くと聞きました」
……それって糖質の不足を補うためのサプリみたいなものじゃないだろうか。
「魔物除けの石柱はこっちの方まであるんだね」
あまり使われない街道の割には、ずっと魔物除けの石柱が続いている。
「はい。今回のように遺跡へ続くものもあるので、はるか昔から使われているようです」
これから向かうのは、はるか昔のヴィルティリア時代の遺跡になるが、そこへも繋がっているということか。
とすると、ヴィルティリア文明の時代から使われていたかもしれないってことでもある。
「誰が造ったんだろうね?」
「その辺りの詳細は全く伝わっていないので、研究している学者たちも悩んでいるようですよ」
うーん、そこまで分からないと、神様たちがこっそりと配置したという可能性もあるのかな?
「お姉ちゃん、水たまりが増えてきたよ」
「ほんとだ」
周囲を見回すと、所々に大きな水たまりができている。
街道沿いは、少しでも水捌けの良い場所を選んで作ってあるみたい。
「もっと進むと街道も浸水していることがあるようです。注意しながら進みましょう」
「分かりましたわ」
植物も、どんどん水気の多い沼地に適応したものへと変化していく。
森で見られた木はほとんどなくなり、橋を渡ってから見かけた細い木や、枝が絡み合うような低木なども増えた。
「あそこに沼苺の木があるようですの」
リルファナが指さす方向には、大きな水たまりが見えた。その周囲に腰ぐらいの高さの木が狭い間隔でたくさん生えている。
よく見ると、少ない葉と並んで青色の実がなっているようにも見えた。
街道から少し離れた場所だが、足場も思ったほど悪くなさそうだ。
ここで集めてしまえば、依頼も終わるし楽になるだろう。
「ただ……、木の周囲に何かがいるようですわね」
「魔物かな? リルファナちゃん」
「木の向こう側かな? 何かがごそごそ動いているようにも見えるけど、よく分からないね」
遠くから見ているだけでは依頼も進まない。警戒しながら近付く。
「うわ」
石の敷かれた街道から一歩外に出ると、地面が波打つように凹んだ。
見た目では分からなかったので、余計にびっくりした。
「下の層が水気で緩んでいるのでしょうか」
「なんか不思議な感覚なんだけど……」
水を入れた頑丈な革袋の上に立っているような、変な感覚だ。
「この辺りは大丈夫ですわね」
少し先へ進んだリルファナが、足元の地面をトントンと踏みつけて確かめている。
「これは見た目じゃ分からないから、思ったより歩きにくそうだね」
「慣れると面白いよ、お姉ちゃん」
クレアが揺れる地面に立って、ぐらぐらとしている。
重心をかけるとそちら側に軽く揺れるようだ。
これは、冒険者が来たがらないわけだ……。
踏み込んだ瞬間、地面に力が吸収されてしまっては思ったように動けない。全ての場所がそうなるわけではないことで余計に戦闘しにくくなる。
こんな躓きそうなまま魔物に近寄るのは危険だ。
不思議な地面の感覚に慣らしてから、沼苺の茂みへと近寄る。
「クマですわ」
距離をとって茂みの裏側を覗き込んだリルファナが、小声で伝えてきた。
「クマ……だね、リルファナちゃん」
わたしも見てみると、小型の黒いクマが2頭いる。
観察していると、小熊なのだろうか2頭はじゃれながら、のんきにイチゴを1つずつ摘まんでは食べている。
「あれは……、スワンプベアですね。普段は山の中腹辺りで生活していますが、この時期だけ山から下りてくるそうです」
少なくとも前にいる2頭のクマは、凶暴そうには見えない。
上手く追い払うなりすれば採取ぐらいはできるかな?
「魔物除けの石柱」の字が途中から変わっていることに気付きました。(避け → 除け)
どっちに統一しようか考えているので、決まってから修正します。
2021/06/08追記
上記の修正は、2部が書き終わってから他の修正点とまとめて修正する予定です。