プレガーレ湖北西の遺跡へ
鍛冶師の少女、カエデさんと出会った翌日。
今は、夕飯を食べ終わってお風呂なども済ませた時間だ。
「この時間に出発するのは初めてですわね」
「上手くいったら、魔力を使っちゃうからね」
「今日は遺跡で休むだけだよね。お姉ちゃん」
昼間のうちに、遺跡の探索準備や、コボルトの集落に持っていくお土産の調達を済ませてある。
町門が使えるかどうかの実験も兼ねて、探索した遺跡へテレポートしてみることにしたのだ。
クレアの魔力消費が大きそうだったので、魔力回復のために遺跡で1泊してから出発することに決めた。
それに、そこから西へ向かえば、少しだが距離も短縮できると思う。
「照明や火の消し忘れなどもないし、忘れ物もなさそうです」
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
マオさんが家の中を確認し、出発することにした。
もし、上手くいかず、合流できなかった場合の流れも打ち合わせてある。
「『帰還』!」
◇
見覚えのある部屋。
クレア、リルファナ、マオさんも紫色の魔法門から出てくることを確認する。
無事、4人とも遺跡へと移動できたようだ。
「クレア、魔力は大丈夫?」
「うん! 少し魔法を改造したから大丈夫。消耗した分も減らした分以外は変わってないと思うよ、お姉ちゃん」
距離などで消費量が変わるとクレアだけ失敗するかもしれないと思ったのだけど、その辺りは杞憂だったようだ。
……いや、その前に気になることを言わなかったか?
「……改造?」
「なんだか無駄な魔力の流れが多かったから、削ったんだよ」
「クレア様、どうやりましたの?」
クレアが理論を説明していたが、わたしにはよく分からなかった。
貴族時代に魔法の理論を勉強しているリルファナが、クレアの説明を聞いて感心していたので理屈はあっているのだろう。
「そうなんですか。私は魔力を扱う技はなんとなく使ってました」
「マオさんも、お姉ちゃんと一緒だね」
なんと、わたし以外にも妄想力で魔力を扱える人がいた。
理屈で魔法を使うクレアやリルファナに対して、わたしやマオさんが使うスキルの魔力操作はほとんど勘で行っているようなものである。
そう考えると、転生者が直感で使っている魔法やスキルは、この世界の理屈では無駄が多いのだろうか。
そういえば、前に見つけた古い魔道具も、無駄な魔力を使っていると言っていたね。
転生者の使う魔法の元をたどると、セブクロで使われていた魔法なんだろうけど、今の時代から見ると古代魔法みたいな扱いなのかもしれない。
「ココ ハ トショカン デス。オシズカ ニ オネガイ シマス。ナニカ アリマシタラ ゴシツモン ヲ ドウゾ」
図書館にやってくると、前と同じようにロボットが迎えてくれた。
言葉は同じだが、前よりも嬉しそうにアームを動かしているので、わたしたちが戻ってきたことを理解しているように感じる。
「紙を持ってきたよ」
「オオ アリガトウゴザイマス」
「これぐらいだけど、足りるかな?」
欲しい量を聞いていなかったので、300枚ほど買ってきた。
「10サツ カラ 15サツ ブン グライニ ナリソウデス」
「まだいるなら、今度また持ってくるよ。次はいつになるか分からないけど」
「ソウデスネ。イツデモ モッテキテ モラエルト タスカリマス」
帰還が使えるなら、ここにはちょくちょく顔を出すことになるだろう。
もっと紙がいるか聞いてみるとロボットが答えた。
「ねえ、ロボットさん、作った本はすぐに読めるの?」
「イエ。コノ カミ ヲ モトニ ツクリナオス ノデ スコシ ジカン ガ カカリマス」
「そうなんだ」
持ってきた紙をそのまま使って印刷するわけではないようなので、すぐに本が並ぶわけではないそうだ。
そういえば、持ってくる紙はどんなものでも良いと言ってたし、紙をリサイクルする機械もあるのだろう。
「ニシュウカンゴ グライ ニ ナラブ ト オモイマス」
「うーん、村に帰るようだから、次はいつ来れるかなあ?」
クレアが考え込んでいる。
「ガルディアから王都に行くときも、ここを経由した方が早いからすぐ来るかもしれないかな?」
「そっか!」
ガルディアから王都まで歩くと数日かかってしまうが、ここからなら王都まで歩いて1日で着く。
もちろん、ガルディアから王都の間でこなす依頼を受けたりすれば、街道を歩くことになるだろうけどね。
◇
今回もこの階層の中央にある部屋で、テントを張って休むことにした。
この部屋は調理場になっているので、火を起こしても大丈夫な場所が複数設置されている。
前回使った場所に多少汚れが残っていたはずなのだけど、新品のようにピカピカになっていた。
「ロボットたちが小まめに掃除もしているようですわね」
「すぐに使えるのでありがたいです」
寝るにはまだ少し早い。お湯を沸かしてお茶を入れる。
「お姉ちゃん、ゲームしてきてもいい?」
「うん。ええと……」
「わたくしも一緒に遊んできますわ。図書館で用事があったのを忘れていましたので、そちらから行きましょう」
ほぼ安全とはいえ、クレア1人で行動させるのは気が引ける。
わたしが一緒に行こうか考えていたら、リルファナが引き受けてくれた。
「あ! そうだったね、リルファナちゃん」
どうやら、この前作っていたロボットのぬいぐるみをプレゼントするつもりだったみたい。
「あまり遅くならないようにね」
「はーい」
クレアとリルファナなら言わなくても大丈夫だろうけどと、2人を見送る。
「ミーナさん、依頼を先にこなしながら遺跡に向かうということで良いんでしたっけ」
「うん、カエデさんのお姉さんと会う約束もあるし、期限のある依頼は先に済ませたいかな」
消耗品の補充のために寄った冒険者ギルドで、依頼を1つだけ受けてきている。
プレガーレ湖の北部や西部の一部が浸水し足場が悪くなるこの時期に、わざわざ足を伸ばすような冒険者はあまりいないので、結構な数の依頼が残っていた。
ギルドとしても、1つだけでも受けてもらえると助かると言うので、簡単に終わりそうなものを選んだ。
それ以外には受注処理していないものの、依頼内容のメモはある。道中に採取や討伐できれば、帰ったときにまだ手付かずで残っていればまとめて報告しても良いかな。
「この橋を渡った向こう側から沼地のようになるようです。コボルトの集落はここです」
「ふむふむ」
出発前にも確認しているが、やることがないので地図を広げてマオさんと再確認しておく。
プレガーレ湖の北部を流れる川を渡った先から徐々に道が悪くなり、湖の西側に近いほどぬかるんでいるようだ。
「一応、遺跡方面へは石で道が敷かれているそうです。遺跡は北部と西部の中間ですから、西側に近寄らなければそこまで時間をとられるということはないでしょう」
「魔物も少ないんだよね」
「はい、この時期は南部や高地へ移動する魔物や動物が多いようですね。ただ沼地でも活動できる生物は残っていますし、この時期だけ出現する魔物もいるようですよ」
「ん? この時期だけ出てくるの?」
普段はどこにいるんだろう?
状況に合わせて出現する魔物を変更すれば良いゲームとは違う。雨期以外でもどこかで生活していると思うのだけど。
「地中で冬眠しているとか、霧の山脈に存在する地底湖に潜んでいるとか、魔物にもよりますが色々な説があるようですね」
「そうなんだ」
書店で売っていた魔物図鑑にも、雨期後のプレガーレ湖周辺の魔物についてはほとんど掲載されていない。
転生者がいた時代なら調査した人もいそうだが、昔とは環境が変わったのか、記録自体が消失したのだろうか。
◇
――翌朝。
「村を通らずに、南西に進みますの?」
「うん、古い街道にぶつかるはずだし、その方が早いかな」
「分かりましたわ」
目的の遺跡は、この遺跡を出てまっすぐ西だ。
しかし、途中でプレガーレ湖に注ぐ川が北から南へと流れているので、どちらにしろ、麓の村から西へ走る街道の橋を渡る必要がある。
そのため、リルファナは村を通って、そのまま街道に出るつもりだったのだろう。
村に寄らないとしばらく森の中を通ることになるからね。
しかし、森の中を歩いてもさほど長い距離でもないし、リルファナの探知能力があれば真っ直ぐ進んでも大丈夫だろう。
「こちらですわね。それでは、出発ですわ!」
地図を確認し、リルファナが歩き出した。
さて、これから向かう遺跡は、移転先である本部と呼ばれていた遺跡なのだろうか。
コボルトの集落に立ち寄るのも楽しみだね。