王都にて - ヒヒイロカネの加工
マオさんの家に戻ると、マオさんの方が先に帰っていた。
「おかえりなさい」
「マオさん、ただいま!」
「ただいま。とりあえず夕飯作っちゃうね」
買ってきた食材で夕飯の準備だ。
「はい、お姉ちゃん」
クレアが、マジックバッグから買ってきた材料を出してテーブルに並べてくれた。
「わたくしが切りますわ!」
リルファナが、鶏肉を小さめに切り分ける。
そのあと、深めのフライパンに油をたっぷり入れたあと、片栗粉をつけた鶏肉を揚げていく。
クレアたちが作ってくれそうなので、わたしが手を出す必要もなさそうだ。
わたしは別の鍋に片栗粉としょうゆ、砂糖などを入れて煮込む。
「今日は唐揚げですね」
「うん。でもこれをかけるんだよ」
「おお、良い匂いがします」
クレアたちの手伝いをしていたマオさんが、わたしが何を作っているのか気になったのか鍋を見にきた。
わたしが煮込んでいたのは甘酢あん。
これを唐揚げにかけて食べるのだ。
出来上がった料理をテーブルに並べ、夕飯となった。
「北西の遺跡の周辺ですが、この時期は山から流れてくる水が多く、湖の西側に川ができます。その川が氾濫し沼地のようになる場所もあるようです。歩いていくなら湖の北を大きく回っていった方が良さそうです」
「ふむふむ」
「それと、遺跡のある洞窟の地図も確認しました。洞窟も遺跡も探索済みですが、あまり部屋数はないようなので、確認だけならすぐに終わるでしょう。もちろん、前のように隠し扉や通路がある可能性もありますが……」
夕飯を食べながら、マオさんはチームハウスで仕入れてきた情報を教えてくれた。
「コボルトの集落っていうのは?」
「洞窟の入口にあるようです。どうやら、その辺りはこの時期でも浸水しない地域のようでした。コボルトたちは、通りがかった冒険者と商売することもあるようですので、通るだけなら問題はないと思います」
「売れそうなものを持っていくのも手かな?」
「そうですね。コボルト族の持っている物と交換できるかもしれません」
セブクロでは、コボルト族とは日用品や雑貨品の売買ができる。
ただ、お金をあまり使わない集落では物々交換しかできないこともあった。
コボルトたちは、冒険者からたくさん食料や娯楽品を貰えるからという理由で、色々なものを集めているという設定だったはず。
ゲーム中で調べていた人たちがいたが、冒険者が1ヶ月以上ほとんど立ち寄らない地域のコボルトたちは、あまり交換品を集めなくなったという検証結果もあった。
そんなコボルトたちだが、たまにレア素材を持っていたりすることもある。
行く先の集落のコボルトがレア素材を持っているとは限らないけれど、せっかくなので交換できそうなものは持っていきたいところだね。
もちろん、この世界のコボルトが、ゲームのときと同じ習性を持っているとは限らない。
でも、マジックバッグに入れてしまえば重さなどはほとんどないのだから、保存食とかお酒、コボルトが使いそうな雑貨品を多めに持っていってみよう。
マオさんの集めてきてくれた情報も考えて、プレガーレ湖を北回りで遺跡へ向かうことに決めた。
北側はこの時期でなくても川が流れているので、ちゃんと整備されている。ぬかるみも少ないだろうという考えだ。
「ヒヒイロカネの加工もあるから、あと2日は休みでいいかな? 何かあればもう何日か延ばすってことで」
「分かりました」
――翌日。
ブコウさんに作った刀の確認と、自分たちの武器を作るために再びアルフォスさんのチームハウスを訪れた。
マオさんも含めた4人で来たけど、3人で待っているだけでは暇だろうし、買物にでも出かけてくるように提案してある。
今日はミレルさんとジーナさんが中庭にいた。
「ブコウは、刀の性能を確認してくるって出かけちゃったわよ」
「そうですか。大丈夫かな」
ブコウさんは、いきなり実戦で使うつもりのようだ。
「ん。予備の刀もあるし、コアゼとアルフォスが付いていったから大丈夫。日が暮れる前には帰ってくると思う」
待っている間に、自分の武器を作ってしまおうか。
貰ったヒヒイロカネの分量を考えると片手剣と、リルファナ用の短刀は作れると思う。
どうせならクレアにも何か作りたいけど、後衛職だから金属装備はほとんど使わないんだよね。
「それなら、薄い板にしていただければ、ローブに仕込めますわ!」
「じゃあ、作っておくよ」
リルファナと相談したところ、裁縫スキルで強化素材として使えるようだ。
ちなみに、マオさんの装備は使い勝手の良いゲーム時代のものなので、ヒヒイロカネの装備は不要とのことだ。
「ん。じゃあ、クレアとリルファナはちょっと付き合う」
「うん!」
その後、クレアとリルファナは、ミレルさんと出かけて行った。
コアゼさんが言っていたように、ファンシーショップ巡りだろうか。
「わたしはしばらく鍛冶をしていますね」
「ええ、中にいるから用事があったら呼んでちょうだい」
ジーナさんは、そう言って家の中に入っていった。
◇
昨日、ブコウさんに作ったように緋色に輝く刀身の片手剣ができあがった。
なんだか、昨日よりも魔力の消費が大きいし、時間がかかった気がする。
出来上がったヒヒイロカネの片手剣を確認していると、横から声をかけられた。
「ちょっとだけ持ってみても良いかしら?」
「えっと。……はい、どうぞ」
いつの間にか、家に戻っていたジーナさんが近くまで来ていたようだ。
集中していたからか気付かなかった。
最終確認が終わってから、片手剣をジーナさんに手渡した。
「すごいわね」
ジーナさんは、何度か軽く剣を振って納得したように呟くと、片手剣を返してきた。
どうやら、単純にヒヒイロカネの剣を持ってみたかっただけみたいだ。
「ヒヒイロカネって加工するのが難しいらしいわよ。王都でも加工できる鍛冶師を探すのは大変なのよ」
「ほとんどこの炉のおかげですけどね」
「魔道具を使っているといっても、これだけの技術があるなら、鍛冶ギルド辺りから勧誘もありそうね」
「それはそれで面倒なことになりそうな……」
冒険者ギルドに個人で武器を卸しても問題ないかは確認したけど、鍛冶ギルドについては全く考えてなかったな。
念のため、受け取った剣をもう1度確認しておく。
……刀身が緋色なので明らかに目立つ。
人の多いところで振り回せないな、と思いながら鞘にしまった。
霊銀のときもそうだったけど、もうちょっと地味な色にできないものか……。
「ギルドに入るかどうかは本人次第だから、あまり気にしなくても良いんじゃないかしら。商売するつもりなら、ギルドには入っておいた方が良いと思うけれどね」
「商売かあ……」
「ミーナちゃんなら料理でもやっていけそうよね」
冒険者を引退するなら、鍛冶師よりは調理師になりたいかな?
まあ、冒険者を辞めるつもりは特にないんだけど。
「そういえば、ディゴさんを見てないですけど、どこか出かけてるんですか?」
「ディゴは休みでも王都内をふらふらしていることも多いのよね。情報収集も兼ねているみたいだけど、どこに行ってるかまでは聞いていないから知らないわ」
シーフギルドみたいなものでもあるのかな?
セブクロでも存在していたし、こんなに大きな町ならあってもおかしくないと思う。
わたしはシーフギルドと関わったことがないので、具体的に何をしているギルドなのかは知らないんだけどね。
「そうそう、そろそろお昼だから出てきたのよ。休憩にして何か食べましょう」
「もうそんな時間だったんですね」
ミレルさんたちはしばらく帰ってこないだろうということで、ジーナさんとお昼になった。
――昼食後。
リルファナ用の短刀と、防具強化用の金属板を作った。
思っていたよりも、ヒヒイロカネが多かったみたいで少し余ってしまった。
そのうち何かに使えるかもしれないし、このまま残しておこう。
クレアたちが帰ってくるまで、ガルディアの冒険者ギルドに卸す鉄装備を追加で作って時間を潰すことにした。
「ただいま!」
午後1の鐘が鳴った頃にクレアたちが帰ってきた。
「はい、お姉ちゃん。お土産!」
クレアがマジックバッグから大きな缶の箱を2つ取り出す。
「光の区は、色々なお菓子が売っていましたわ」
リルファナが蓋を開けると、犬の顔の形をしたクッキーが姿を現した。
もう1つの箱は、煎餅や小さい饅頭などの和菓子の詰め合わせのようだ。
饅頭なんてあったんだね。
王都には、まだまだ知らないものがたくさん売っている気がする……。
前回はぬいぐるみも買ってきていたけど、今回は食べ物だけにしたらしい。
「光の区って貴族街まで行ってきたの?」
「ん。貴族相手の店だから良い品も多い。ちょっと高いけど」
ミレルさんが頷いた。
娯楽品のようなものだろうし、貴族にも人気なのかな?
王都の貴族街や、そこにある店には、貴族ではない平民でも入ることができる。
あまりにみすぼらしい恰好をしていると巡回中の兵士に声をかけられることもあるようだけどね。
ソルジュプランテは身分制度のある社会ではあるものの、かなり緩いんだよね。
暗殺とか大丈夫なんだろうかと少し心配にもなる。
その辺は、昔の転生者の影響もあるのだろうか。
「リルファナ、短刀が完成したから確認してみて」
「わかりましたわ!」
リルファナは、ヒヒイロカネの刀が仕上がっていることを確認するとサッと服の中にしまった。
相変わらず、どこに装備したのかさっぱり分からない。これは永遠の謎だろう。