王都にて - 土の区
木々の生えた蛇行する坂道を上る。
「なんだか思ったよりも距離がありますわね」
「ぐねぐねしてるから遠いね、リルファナちゃん」
木に囲まれていて先の方が見えないことも、距離が遠く感じる原因の1つだろう。
「もう少しかな?」
丘の上にたどり着くと、一気に視界が開けた。
暖かい日差しと、奥に輝く建物がある。
いや、建物の屋根が太陽光を反射しているようだ。
「神社ですわ!」
白く塗られた土塀に囲まれた敷地、入口には鳥居、参道を進んだ先には拝殿が見える。
どうやら、輝いていたのは銅板葺きの屋根のようだ。
鳥居から拝殿までの道の脇には、一定の間隔でベンチが並べられている。
ここまで来た人が休めるように置いているのだろうけど、今は境内に誰も見当たらない。
「拝殿もあるようですし、お参りしていきましょう」
「リルファナちゃん、お参りってどうやるの?」
「絶対守らなければならないというルールはありませんが、作法をお教えしますわ!」
まずは、鳥居をくぐる前に一礼。
「真ん中は神様が通る道なので、左右に寄って歩くのが一般的ですわ」
「そうなんだ!」
手や口を清めるための、手水舎はないようだ。
きっと、綺麗な水を町中の丘の上まで引っ張ってくるのが難しかったのだろう。
拝殿に進むと、賽銭箱と鈴があった。
もちろん、鈴には紐がつながっていて、目の前に垂らしてある。
ここも転生者が造ったんじゃないだろうか……。
「一礼して鈴を鳴らしたら、ここにお金を入れますの。小銅貨で構いませんわ」
それを聞いたクレアが小銅貨を1枚賽銭箱に入れる。
「リルファナちゃん、入れたよ!」
「2回礼をして、2回柏手を打ちます。そのあとお祈りして、最後に礼をして終わりですわ」
言葉だけでは分かりにくいので、リルファナが実践すると、クレアが真似をしていた。
「宗派や地域によって違うこともありますが、これが基本ですの」
「うん! ありがとう、リルファナちゃん!」
わたしもお賽銭を入れて、お祈りしておこう。
……ええと、最初に1回お辞儀だっけ?
「お姉ちゃん、2回だよ!」
「2回だったっけ……」
わたしは、あまりこだわらない派なんだよ。
「あっちにも建物があるよ、お姉ちゃん」
参拝したあと、どうしようかと辺りを見回していると、クレアが拝殿の奥に小さな建物を見つけた。
うーん……、入口も閉まっているようだし、御神体を置く本殿かな?
この世界では神様も顕現するので、御神体というものがあるかは分からない。
と言っても、教会でも神像を設置していたりもするし、その可能性が高いだろう。
「うふふ、若いのにお寺に詳しいのねぇ」
クレアに推測を話していると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、箒を持った巫女服の女性が立っている。
コアゼさんが着ていた冒険者向けのような頑丈なものではない。防御効果のない仕事着だ。
巫女さんは長い黒髪にスレンダーな体形、耳が尖っているのでエルフだと分かる。
「ええと……?」
「あら? つい、冒険者さんが住宅地まで来るなんて珍しいと思って、声をかけちゃったわ」
土の区を歩いてきて分かったけど、これといって冒険者が使いそうな店などもない住宅街。
そんな中にあるお寺だから、近所の人ぐらいしか来ないのだろう。
「ゆっくりしていってね」
エルフの巫女さんは、そう言って端の方まで移動してから石畳に箒をかけはじめた。
なんだかマイペースな人のようだ。
巫女さんを見て、クレアとリルファナが不思議そうな顔をしている。
しかし、すぐに気にしないことにしたらしい。何かないかと、あちこち見回し始めた。
「お姉ちゃん、あっちに行ってみようよ!」
「なんだか展望台のようになっているようですわ」
「はいはい」
クレアに引っ張られるように移動すると、土の区一帯が一望できる場所があった。
「こっちにもベンチがあるね」
「お弁当を買ってくれば良かったね、お姉ちゃん」
「うん。そうすれば良かったよ」
しばらく町を眺めながら日向ぼっこしていると、お腹が空いて来た。
ふと見上げると、太陽が真上にある。
そろそろお昼の時間だ。
「よし、お昼でも食べに行こうか!」
「うん!」
帰る途中、まだいるかなと探してみたが、巫女さんの姿は見えなかった。
昼食の時間だし、家屋にしている建物もあるので、そちらに入ったのだろう。
「さっきの巫女さんいなくなっちゃったね」
「不思議な方でしたわね」
「そうだった?」
「ええ、近付かれるまで気配が全くありませんでしたわ」
確かに、わたしも神社に入るときには、付近に誰もいないことを確認している。
でも、巫女さんだったから、建物の裏手の掃除でもしていたのだろうと思っていた。
「リルファナちゃんも? 私も魔力が全く見えなかったよ」
「一般の人ならそういうこともあるんじゃない?」
「うーん……、ほとんど魔力を持ってない人なら、ないってことが分かるよ? あの人はそもそも魔力が見えなかったよ、お姉ちゃん」
「むむむ」
人をコップ、魔力を水としたら、コップに水が入っていないことは分かるという感じなのかな?
まあ、2人が不思議そうに巫女さんを見ていた理由は分かった。
若そうに見えたけど、実は冒険者上がりの実力者とかだったのかもしれない。
◇
お寺を出て坂道を下り、お昼を食べられそうな店を探す。
しかし、住宅地だからだろうけど、全く食事処が見当たらない。
このまま大通りまで出ないと店も見つからないかもしれないかな。
とりあえず、店のありそうな大通りの方へ向かっていく。
「お姉ちゃん、なんだかいい匂いがする!」
「ミーナ様、クレア様、こちらからですわ」
独特な匂い。意識してみると、少しツンとするスパイスの香りが混じっている。
どうやら、歩いている道の1つ向こう側の区画から香ってくるようだ。
そしてこの香りは……。
「カレー屋さんですわ!」
「ここにしようか」
食欲をそそられる香りは、まさにカレーだ。
ミレルさんたちに、カレーを振る舞ったときに初めて見たようなので、王都にカレー屋さんがあるとは思っていなかった。
空きっ腹で、こんな香りがしたら無視なんてできないね。
お昼時だけあり、店内の8割ほどの席が埋まっていた。
客層を見た感じでは、ご近所さんの溜まり場といった店のようだ。
「いらっしゃいませー。こちらにどうぞー」
素朴なエプロンをしたウェイトレスさんが空いた席に案内してくれた。
メニューなどは見当たらない。
「注文はどうしますかー?」
「ええと、初めて来たのでメニューが分からないのですけど」
「お昼は、カリーにお米か薄焼きパンの2種類だけなんです。あんな感じですね」
ウェイトレスさんは近くで食べている人のテーブルを指さした。
お米はカレーライス、薄焼きパンはナンが付いているようだ。
このお店ではカレーではなく、カリーと言うらしい。
「わたしはお米かな」
「わたくしは薄焼きパンでお願いしますわ」
「私もパンにする!」
「はーい。少々お待ちくださいー」
ウェイトレスさんが厨房に戻っていった。
待っている間も周囲から良い香りが漂ってくる。
……早く来ないかな?
「ごゆっくりどうぞー」
そう思っていたら、10分もしないうちに注文した料理が並べられる。
「お姉ちゃんが作ってた料理に似てるね!」
「ええ、でもこちらの方がサラサラしていますわ」
和風ではなく、サラッとした特徴のあるネパール風といった感じだ。
「辛いけど美味しいね、リルファナちゃん」
「パンももっちりしていて、美味しいですわ」
クレアとリルファナが早速食べ始めた。
なかなか美味しそうだ。
……わたしも、ナンにすれば良かったかな?
そう思い、ご飯とカレーをスプーンにすくう。
お米を観察すると、この辺りで普通に使われているものと違い、細長い粒状のお米だ。
「おお……」
サラッとしたカレーに、硬めに炊いたお米がマッチしていた。
このカレーを調理スキルで表したら、上位クラスの人が作っている気がする。
この味は、急がずにゆっくりと堪能していこう。
「美味しかったね、お姉ちゃん」
「うんうん。また来よう」
「夜は別のメニューもやっているそうですわ!」
カレー屋さんを出て、どうせなのでこの辺りを散策していくことに決める。
カレーライスに使われていた、さっぱりとしたお米が欲しかったので、カレー屋さんで販売店を聞いておいた。
快く教えてくれたので、それも買っていこう。土の区の大通りにあるお米屋さんに置いてあるそうだ。
「色々と買えましたわ」
「リルファナちゃん、何作るの? 新しいぬいぐるみ?」
「ええ、何にしましょう」
「うーん……。あ、ロボットさんのぬいぐるみとかどうかな?」
「それも可愛いくなりそうですわね」
商店街があったので、夕飯の材料を買った。
リルファナやクレアは、手芸用品を扱う店で布や糸、綿などを買っていたみたい。
あれこれと買い物を済ませたあと、アルフォスさんたちのチームハウスへと向かった。
ブコウさんの用事はなんだろうね。