霧の山脈 - 王都へ
フロアの安全を確認したあと、夕飯とシャワーを済ませる。
天井が高いので、テントを張る余裕もありそうだ。
夜は調理場の端の方にテントを張って休むことにした。
そのまま寝袋を出して寝ちゃっても大丈夫そうではあるけど、何もしないより囲った方がどことなく安心するからね。
「ちょっと図書館に寄ってから戻るよ、お姉ちゃん」
「クレア様とは、わたくしが一緒に行きますわ」
寝るまでの間、しばらくゲームで遊んでいたのだけど、クレアとリルファナは図書館に寄っていくことにしたらしい。
何か調べたいことが残っていたのかな?
先にマオさんとテントを張った調理場へ戻ることにした。
「そういえば、先ほどの迷宮ですが」
「ん?」
「記憶の迷宮だったのかもしれません。ゲームで見たような気がします」
マオさんがあげたのは、人間の記憶や想いを再現する迷宮のことだ。
セブクロでは珍しい存在だったが、クエストに絡んだ様々なストーリーが再現されるため、プレイヤーの記憶にも残りやすかったりもした。
「うーん。でもあの迷宮って、出現するためにはかなり強い感情が必要とかいう話だったような?」
「ふむ……。では違うのでしょうか……」
冷静に考えると、通常の作業をするロボットに感情があるのだろうかとも思ってしまう。
でも、歓迎してくれた図書館のロボットや、拾ってきたプレートを見る目など、人間と変わらない部分も多くあったようにも思えた。
「長い年月で彼らも変化した可能性はあるかな? そもそもゲームの設定は後付けかもしれないし」
「なるほど。それはあるかもしれませんね」
自分たちの部品の調達など古代の人たちに指示されていないだろうが、自分たちで考えて行っているみたいだし。
1万年近く稼働し続ければ何かしらの変化もあるのだろう。
そういえばカルファブロ様に、ゲームとこの世界は別物だと聞いていたんだ。
マオさんには教えていなかった気がするので、念のため伝えておこう。
「そうですね、気をつけます。……それと話は変わりますが、この遺跡の報告はどうします?」
「うーん……」
この遺跡の調査は依頼で来たわけではないので、冒険者ギルドへの報告は義務ではない。
入口は何故かわたししか動かせないようだけど、報告を聞いたら調査にやってくる人たちも増えるだろう。
その中には、わたしと同じように動かせる資格をもった人がいるかもしれない。その人たちがロボットたちを害する可能性もないとはいえない。
ロボットたちが生活しているこのフロアに、たくさんの冒険者が押し掛けるような事態にはなってほしくないな……。
「ええと、一応、冒険者ギルドにも機密扱いでの報告することが可能ですよ。もちろん情報が絶対に漏れないとは言い切れませんが」
「リスクがどの程度あるかかなあ……」
現状のままなら、ときどき入る調査隊がたまたま動かせない限りは、ほとんど人もこない。
ならば、このままでも良いような気がするんだよね。
報告しておくメリットとしては、最初に発見したのはわたしたちだという証拠ができることぐらいだろうか。
「マオさんは、チームに報告とかはしなくていいの?」
「チームでの調査活動ではないので、報告義務はないですね。ここにはチームメンバーが、必要とするものはなさそうですし……」
迷宮の探究者のメンバーは、それぞれに理由があって迷宮を探索している。
大抵の場合は知識の探求や、財宝を求める冒険心らしいのだが、ソーニャさんのように個人的な目的があって魔道具や古代の秘宝などを探しているメンバーもいるようだ。
それらのメンバー全員ではないが、このようなものがあったら連絡してほしいと共有されている情報もあるそうだ。
もちろん、その内容は外部へ出してはいけない情報になっているとのこと。
うーん……、ガルディアまで帰ってから、レダさんに相談してみるのはありかな?
わたしは王都のギルドマスターを知らないので判断がつかない。
「じゃあ、しばらく内緒で。ちょっとレダさんと相談してみるよ」
「分かりました」
マオさんと雑談していると、クレアとリルファナが戻ってきた。
本を1冊持っている。
「図書館で借りてきたよ、お姉ちゃん」
「あれ、会員証がいるんじゃなかったの?」
「特別に施設内から出さなければ1冊だけ良いよだって」
滅多に人がこないことから、それぐらいのサービスは構わないという判断だろうか。
――翌朝。
図書館に本を返してから、王都まで戻ることにした。
ロボットはプレートとリボンをつけていた。水処理施設のロボットが昨日のうちに配ったみたいだね。
「ゴリヨウ アリガトウゴザイマシタ。……アノ モシ ヨロシケレバ カミ ヲ ヨウイ シテイタダケルト タスカリマス」
「紙? 何かに使うの?」
「ハイ。オク ノ ソウチ デ セイホン ガ デキルノデスガ ザイリョウ ガ キレテイマシテ。データ ハ アルノデ ザイコ ヲ フヤソウカト オモイマス」
「また来るときで良ければ持ってくるよ。品質は分からないけど」
「カミ ナラ ナンデモ ダイジョウブ デス ノデ オネガイシマス。ナニ マツノハ ナレテイマスヨ。ハハハ」
なんか昨日よりもフレンドリーになったような?
やはり、ここのロボットたちは、ただの機械という存在ではなくなっているような気がする。
白に近い一色の紙なら何でも良いようなので、今度買ってこよう。
町門が使えるかの確認もしたいから、ちゃんと使えればあまり間を置かずに戻ってくるだろう。
そのまま遺跡を出発し、麓の村を経由して王都へと戻る途中。
「遺跡内にいるという4体目のロボットが見つかりませんでしたわ」
「リルファナちゃんでも見つからないなんて、どこにいたんだろうね?」
「そうですね、」
クレアの言う通り、あのフロアをぐるっと一周したが、リルファナの探知スキルに引っかからなかったようだ。
水処理施設で聞いた、ロボット用の通路というのも見つからなかったので、ロボットたちだけが使う部屋でもあるのだろうか。
◇
王都にたどり着く前に、午後1の鐘が王都の方から鳴り響いて来た。
「西区まで行って依頼の報告をしちゃおうか」
「うん!」
北門から出ている馬車で、風の区の冒険者ギルドまで行き、フォレストパンサーの討伐や採取依頼の報告を行う。
……うーん、王都で活動すると移動に時間がかかるのが面倒だなあ。
別の町で活動することで、ガルディアの良さも分かるということか。
報酬は小金貨1枚ぐらいだった。依頼がメインではなかったけど、あまり実入りの良い仕事じゃなかったね。
4等分して各自のギルドカードに入れて貰うことにする。
夕飯の材料を買いつつ、マオさんの家まで帰った。
「ふぅ、扉を見に行くだけのつもりだったのに、思ったより時間がかかっちゃったね」
「まさか、その先へ入ることになるとは思いませんでした。ええと、私は日が暮れる前にチームハウスの方に顔を出してきます」
マオさんはチームに王都へ戻ったと報告に行くようだ。
ソーニャさんたちが出かけてそろそろ2週間になる。近いうちに帰ってくるだろうからその確認もあるみたい。
ついでに、情報にあった西にある遺跡の位置を調べてきてくれることになった。
「さて、休憩したらご飯の準備かな」
「お茶を入れてきますわ!」
リルファナがお茶の準備をしてくれるようなので、夕飯の献立を考えながら少しゆっくりしよう。
……残っている栗も使ってしまいたいので、今日は栗ご飯にでもしようかな。