霧の山脈 - ヴィルティリア時代の遺跡『上層』
エレベータを降りて、静かに右の扉へと近付く。
このフロアにも照明は設置されているので灯りには困らない。
ガラス張りの扉を開いて通路へと出ると、左手に2つ部屋が並んでいるが扉はないようだ。
通路を直進した正面は、同じガラスの扉が閉まっているのが見えた。
「手前の部屋にいるようですが、動いていないので見てきますわ」
リルファナが小声で言い、3人で頷く。
リルファナがそっと部屋の入口に近付いて、中を覗き込む。
そのまま、こちらに手招きした。その表情から魔物ではないようだ。
「管理用のロボットのようですわ」
わたしも横から部屋を覗き込む。
バケツをひっくり返したような形のロボットが見えた。
背の高さはわたしの腰ぐらい。足はキャタピラで、左右に出ている細いフレームが腕の役割をはたしているようだ。奥に設置されている機械を操作している。
しばらくすると機械の操作が済んだようで、両手で鉢を持ったロボットがこちらへと振り向いた。
レンズが2つ並んでいて愛嬌のある顔のように見える。
カタカタとキャラピタの駆動音を響かせてこちらへと近付いてきた。
「トオリマス。チュウイ シテクダサイ。トオリマス」
戦闘になるかと緊張したものの、ロボットは機械的な音声を流しながら、隣の部屋へと入っていった。
「あれはなんですの……?」
「花のお世話をしてるみたいだね、リルファナちゃん」
「部屋の環境を整備してるロボットかな?」
フロアの入口にあった植物が生き生きとしていたのは、いまだに管理されているからだったようだ。
しかし、あのようなロボットはセブクロでは見たことがない。誰かがひっそりと作り出していた可能性もあるが……。
機械系という意味では、機械人という種族がいるけど、今のロボットは全く違うものだと思う。
隣の部屋を覗き込むと、床にプランター、その反対側には鉢を並べた棚があった。
ロボットは鉢を棚に置くと、ジョウロを使って水遣りをし始める。
「決められた作業をするだけなのかな?」
「こちらに反応しないようですね」
離れるとロボットが動くときに音声による警告をしないので、人がいることには気付いているようだ。
しかし、色々と話しかけても返事はしなかった。
ロボットは入口の広間へ移動して、花を見回っている。
……ガラスの扉は器用に開けていた。
「他の場所を調べましょうか」
「そうだね」
このロボットはずっとここで働いているのだと思う。
歴史的にも貴重な機械だろうけど、敵対しているわけでもないロボットをどうこうするつもりはない。
ロボットからは、何も情報を得られそうにないので移動することにした。
◇
通路を進み、ガラス製の扉を開けると少し広い部屋に出た。
エレベータを降りた場所と同じように植物が多く、ここもロボットが整備しているのだろう。
長椅子などがたくさん置かれていることから、緑豊かな休憩所といったところか。
すぐ左に同じ扉があり通路がのびている。
「見た目通り休憩スペースのようですわね」
ざっと調べたが何もなかったので左手の通路を進むことにした。
「広いね、リルファナちゃん」
クレアの言う通り、ちょっとした体育館ぐらいの大きさの部屋に出た。
色は変わらないが床には、滑りにくい加工がされているようだ。
急に立ち止まったり、進路を変えるときにキュッキュッと音がなった。ちょっと懐かしい。
「ええ。あそこにボールが転がっていますわ」
すぐ近くに、いくつかバスケットボールぐらいのサイズの球が転がっている。
白いラインで四角く区切られたスペースが多いことからもスポーツ施設か。
「あれは、……バスケットゴールでしょうか」
マオさんが上を指さすと頭上にカゴのようなものが取り付けられていた。
たまたま同じような競技があったのか、古代文明時代に転生した転生者が広げたのかもしれない。
知っているからそう見えるだけで、実は全く違う競技の可能性もあるけどね。
材質や形が違うけれど、マットや跳び箱といった運動器具、水道まで置いてあった。
布や木がボロボロになっていて、触れると壊してしまいそうだけど……。
「水はまだ出ますね」
水道の蛇口からはまったく濁っていない綺麗な水が出てきた。
「綺麗な水だね」
何もしていないのに綺麗な水が出てくるということに、クレアが不思議そうな顔で眺めながら呟いた。
「はい。1万年以上経つのにまだ生きている施設のようですね。すごい発見です」
マオさんがクレアに頷いた。
「シャワールームもありましたわ。お湯も出ますわ!」
横の小部屋を調べていたリルファナが戻ってくるとそう言った。
運動後に汗を流すためのシャワールームまで併設されているようだ。
「これ……? うわ!」
クレアがつまみを回すと、シャワーから勢いよくお湯が出てくる。
現代のものとシャワーの形式が違ったので、自分の方を向いていることに気付かなかったようだ。クレアが思いっきりお湯をかぶってしまった。
「うう……、『乾燥』」
クレアはすぐに生活魔法で服を乾かす。
ちょっと濡れたぐらいなら、タオルもいらないし風邪をひく心配もないね。
「えっと……」
マオさんが、タオルを出そうとしていたが手を止めた。
……やはり普通の冒険者が、探索中にちょっとしたことで生活魔法を使うことはないようだ。
クレアの魔力量がどの程度なのか、はっきりと確認したことがないけど、最近のクレアはちょっとしたことでも生活魔法で済ませてしまうことが多い。
わたしやリルファナと比較すると少ないだけで、普通の人がもつ魔力量の平均よりはかなり高く、余裕があるのだろう。
「うーん。何もなさそうだね」
「そうですわね。娯楽施設ということですし、情報などが残っている可能性は低そうですわ」
ざっと確認を終えて、次の部屋に移動することにした。
この部屋の真ん中に左手へ進む通路と、入口の正面には奥へ進む通路がある。
どちらもガラス製の窓で目印などはない。
「入ってきた方に近い通路は、エレベータのところから前に進んだ方向と一緒かな?」
「そうですわね。階の真ん中の部屋なのかもしれませんわ」
「どっちに何があるかも分からないし、近い方から行こうか」
左手の扉をあけて先へ進むと、再び大きな部屋に出た。
中央付近にはテーブルや椅子、部屋の外周にはカウンターと調理用の道具を置けそうな棚が据え付けられている。
商業施設のフードコートのようだ。
「フードコートみたいですね。そのようなものがあったという記録はなかったと思いますが……」
「食堂かな? お姉ちゃん」
「そうだね。カウンターが多いから、好きなものを作ってもらうか、自分たちで作る必要があったのかな」
わたしと同じことを思ったのだろう、マオさんが呟いた。
フードコートは、1ヶ所に色々な店が入るという仕組みで、そもそも飲食店が複数ないと成り立たないシステムだ。
同じ人が料理するなら、調理場は1ヶ所にまとめた方が良い。
どちらかというと野営地などと同じで、調理自体を空いた調理場で行うというセルフサービス方式だったのではないかと思う。
「なるほど」
そう言うとマオさんも納得したようだ。
「さすがに何も残っていませんわ」
「食材は腐るから、移転するって決まったなら片付けるよね」
この部屋は今まで以上に何も残っていない。ざっと見ただけで移動することにした。
通路はエレベータの広間に戻ると思われる左手側と正面にあった。
エレベータに戻っても仕方ないので、正面の通路を進む。
「なんだか暗いですね」
「照明が弱くなっていますわ」
「壊れてるのかな? リルファナちゃん」
通路の途中から徐々に照明が暗くなっている。
暗いとはいえ、完全に消えているわけでもないし、ランタンを出す必要はなさそうだ。