霧の山脈 - ヴィルティリア時代の遺跡『下層』
エレベータで最初の階層へ戻れることを確認したあと、地下を調査することにした。
戻るときはエレベータを誰でも動かせる。
しかし、地下へ下りてくるときはリルファナだけでなく、クレアの魔法ではエレベータが動かないことも発見。
「なんでだろう?」
「魔力を確認しているみたいだけど、お姉ちゃんの魔力だけ反応する理由は分からないね」
ネーヴァがわたしの魔力を別人と勘違いして追ってきたように、魔力にも指紋のように個人差があることは識者の間では知られている。
それを判別した結果、わたしの魔力だけは許可されてしまうようだ。
その理由は分からないが、当時の登録者と一致しているのだろうか。指紋ほど一致率が低いとは限らないからね。
まあ、ずっと気にしていても仕方ないし、気にせず調査をしよう。
◇
エレベータを下りた通路、左右には部屋が連なっている。
部屋の大きさはそれぞれ違うが、ほとんどの部屋が10人も入ったら座る場所がなくなってしまうといったところ。
全ての部屋に共通しているのは、通路からも部屋の中が見えるようにガラス窓が付いていることと、中にテーブルや椅子が設置されていることだ。
いくつかのテーブルの上には錆びた工具や小さな箱が置かれているのも見えた。
工具などが残っているものが多い部屋を調べてみることにする。
「扉には鍵をかけるような構造はありませんわね。牢屋ではないようですわ」
「とすると、何かの作業部屋だったのでしょうか」
リルファナの調査結果を聞いて、マオさんが答えた。
「箱の中にも道具が入ってるよ。お姉ちゃん。あと、1つだけ魔石が入ってたよ」
クレアが置かれていた箱を空けていたが、工具箱のようだった。
周囲に工具が散らばっていると、すぐ近くの箱には中身が入っていないことが多いので、ずぼらな人が出しっぱなしにしていたのだろう。
1つだけ、小指の先ぐらいの魔石が入っていたようでクレアが取り出した。
「見たことない石だね、お姉ちゃん」
「ヴィルティリア時代の魔石ですね。石に小さな装飾が入っていることが多いのが特徴ですが、ほとんど売っていることはありませんね」
マオさんがクレアの魔石を確認してくれた。
魔石の見た目は時代によって異なっている。素材にする原石や加工法が異なるためだ。
しかし、魔石の価値は含まれている魔力量で決めるというルールがあるので金額は大したものではないだろう。
なぜそのようなルールがあるかというと、どの時代のものでも使用用途で考えれば同じ性能であること。
それと、現在では失われてしまった技術の産物なので、骨董品や収集品のような使い方をされたくないからだと思う。
マオさんが言うには、ヴィルティリア時代の魔石は薄い色付きの透き通った水晶で、端の方には模様が施されていることが多いそうだ。
実際にクレアが見つけたものは薄い青色の水晶だった。
マオさんの言う通り端の方にだけ波模様が付いている。
「需要が急増した時のものなのか簡素な物があったり、身分によって使う魔石を分けていた文明もあるようですよ」
「そうなんだ!」
マオさんの説明にクレアが感心している。
一流のチームで調査しているだけあって、マオさんの実地調査の知識は豊富だ。
「何か作っていたようですが、残っていないようですわ」
「突然滅びたというわけでもなければ片付けちゃうだろうからね。意外と古代の秘宝とか作ってた場所だったりして」
ヴィルティリア文明の技術はかなり発展していたようだし、ないとは言えないよね。
どこかに製造品が残っていたりしないかな?
「マオさん、この道具ってなんだろう?」
「これは……。はんだごてでしょうか」
クレアが取り出したのは、マオさんも知らない工具のようだ。
カバーされた持ち手に、先端の尖った棒状のパーツが取り付けられている。
コンセントはついていないけど、はんだごての形状だ。
「魔石と一緒に入ってたんなら、魔石で動く工具じゃないかな?」
「私の知っている工具と同じものなら、金属部分が熱くなるので注意してください」
「う、うん」
クレアは、わたしの言葉を聞いて工具に魔石を近付けようとしたが、マオさんの注意を聞いた途端に慌てて箱に戻した。
「危険なものなら、そんな簡単には動かないとは思いますけどね」
それを見て微笑んだマオさんが、工具を調べている。
結果、分かったことは、魔力で動く工具ということだ。
握りこんで魔力を流すと熱を発する。適当にマジックバッグに入っていた木板に押し付けたら焼けたので、はんだごてで当たっていたらしい。
「お姉ちゃん、これって持ち帰ったら売れるかな?」
「このような工具は見たことはありませんが、あまり使い道がなさそうですね」
「火傷の危険がありますから、適当に売却するわけにもいきませんわ」
この世界に存在する機械は、人力か魔力で動くものしかないはずなのだけど。
もしかして昔の文明では電気も使っていたのだろうか。
「どうしたの? お姉ちゃん」
「うーん、どうやって使ってたのかなって考えてたんだけど、分からないね」
はんだごてという存在を知っているせいで、電気工作と結び付けてしまった。
単に熱を使って、装飾などの加工に利用していたのかも。
そう考えると、この工具は彫金スキルで使えるかもしれない。いくつか持って帰ろう。
「持ち帰りますの?」
「うん、使い道が思いついたから試してみようかと思って」
長く放置されていたせいだろうけど、半分以上が魔力を流しても動作しなかった。
「使えそうなのはこれだけですね」
「ほとんど壊れていましたわね」
近くの部屋からも集めてみたが、ちゃんと動いたのは3つだけ。全てマジックバッグにしまった。
――数時間後。
ヴィルティリアの時代の建物は、部屋をたくさん並べる設計なのだろうか。
前に調査した遺跡と同じで、通路にはずっと部屋が続いている。
「部屋が多いですわね」
「そろそろ突き当りだけどね」
「きっと左右の通路にも部屋が並んでいるのですわ……」
罠の確認で精神的な疲労も大きいのだろう。リルファナが珍しく投げやりに答えた。
「クレア、夕飯までどれぐらい?」
「そろそろ夕飯の準備を始める頃かな」
クレアの腹時計によると、もう夕方といったところか。
開かずの扉を見たら村まで戻るつもりだったけど、今日は遺跡内で野営になりそうだね。
「どこかの部屋で食事と仮眠も取ろうか」
「そうですね。長時間、単調な作業をしていると、思った以上に疲れていますし」
「お姉ちゃん、あそこに目印があるよ」
丁字路の手前、最後の部屋は調理ができる炎の印があった。
お昼に使った場所とは印の形が少し違う。部屋が作られた年代にズレがあるのかもしれない。
くたびれているリルファナのために、肉を使った料理を何か作ろうか。
◇
――翌朝。
「あら? どちらも通路ではありませんでしたわ」
丁字路に見えていた突き当りは、入ってみると小さな円形の広間のような構造になっていた。
左右には扉があり、右側は小さな倉庫。用具入れにでも使っていたのだろう。ほとんど持ち出されているみたいだけど、少しだけ工具や掃除道具などが残っている。
左側は大部屋。
いくつかの机の塊ごとに、間仕切りで隔てられていてオフィスのように見える。
「お姉ちゃん、前の遺跡みたいのがある!」
リルファナが罠の有無を調べたあと、何か残っていないかと手分けして探していたらクレアが何か見つけたみたい。
「ほら、これ!」
「ディスプレイですかね……?」
マオさんは見たことがないようだが、前の遺跡にもあったタッチパネルが並んでいた。
当時のコンピュータのようなものなのだろうね。
触れてみると、色々なタイトルがついたリストが表示された。
動力源が生きているようだ。
「『生産は順調』『故障?』『休憩』『修理が完了したらしいが』『研究所の移転』……」
長く使われていなかった影響か、ほとんどのタイトルが文字化けのようになっていた。
読めるタイトルを読み上げてみるが、日記かなにかのタイトルだろうか。
試しに1つ押してみた。
内容が表示される画面へと遷移する。
「『故障?』、昇降機の調子が悪いのは、技術班が変な魔術回路を組み込んだからだそうだ。なんで魔術障壁なんか仕込んだんだ? あいつらは天才だが、たまに常人には理解できないことをやる。ついでにあの扉みたいなデザインも直してくれると良いんだが。M」
本当にただの日記だね。これ……。
「あの障壁って、製作者の気まぐれだったんですね……」
「長年、調査する人たちを悩ませたものの答えがこれだよ」
「まさに、どうでもいい情報ですわ……」
リストに戻り、他も押してみる。
「『休憩』、風邪気味なので大事を取って今日は休みます。S ← お大事に。L」
1人の日記ではなく、チームで使う連絡などにも使われていたようだ。
最後の文字はアルファベットではなく見たことない文字だが、わたしにはアルファベットとして認識されている。メンバーの頭文字かなにかだろう。
わたしたちには全く関係ないものもあるようだが、これは全部確認しておきたい。
この場所のことや、当時の人たちがどんなことをしていたか推測できる材料になるかもしれないからね。
今年は大晦日で最後の投稿となります。
ブクマ、評価など応援ありがとうございます。
よいお年を。