霧の山脈 - 遺跡へ
村の北口を出て歩くと、街道はそのまま山脈の洞窟の中へと続いていた。
自然に空いた洞窟ではなく、人工的に掘り出されて造られたようだ。
入口には、わたしたちの3倍はある大きな扉が据え付けられている。
向かって右側の扉だけは、開きっぱなしになっていた。開け閉めできないわけではないが、面倒なので常に開け放たれているそうだ。
扉の両脇の山肌には、扉に合わせたサイズの竜の像が彫られている。
本物の竜を見ながら作ったのかと思わせるリアリティのある石像で、出入りする者を監視するように扉の入口を見つめていた。
「この入口から遺跡なのかな?」
「はい。でもこの辺りはヴィルティリア時代に作られたものなのか、後の時代に作られたものなのかは学者の間でも議論されているそうです」
いつの間にか、マオさんはチームハウスで遺跡の情報を集めておいてくれたみたい。
いくつかのメモを持っていた。
「マオさん、ランタンはいる?」
「いえ、古代の秘宝の照明が設置されているので大丈夫です。ずっと奥まで潜る場合、3階の途中から照明が壊れてしまっていて暗い場所もありますね」
霧の枝ではランタンが不要だった経験から、念のためクレアが聞くと、マオさんが答えた。
この洞窟では、魔道具ではなく古代の秘宝で照明が完備されているらしい。
古代の秘宝がある。
それだけで、古代の人たちが住んでいた場所だということが分かる。
尚、この洞窟は、霧の山脈を上るための主要な道の1つとのことだ。
東西に大きく広がる山脈だ。出入口が1つということはない。
この近くにも外回りの登山道など、他にも使われている道があるようだ。
一気に上の方に行きたい冒険者たちにとっては、外を上がった方が近道なのだろう。
とはいえ、ほとんどの冒険者は、使用者が多く天気の影響を受けない、この洞窟に入る道を利用するそうだ。
「2階ぐらいまでは脇道に逸れなければ分かりやすい道ですが、その先に進むとごちゃごちゃと迷路のような道が続いています。霧の山脈は魔力が安定していないようで、新しい迷宮がすぐ近くに出現することもあるので注意が必要です」
マオさんはこの世界に来てからしばらく、この周囲を探索していたのでそこそこ詳しいようだ。
「では行きましょう」
マオさんに促され、開け放たれた扉から洞窟の中に入る。
そこは、石畳の広いフロアとなっていた。天井はかなり高く、光を放っている。
光は太陽光に似た暖かさを持っていて、広さと相まって洞窟の中でも息苦しさを感じないほどだ。
むしろ、太陽光との違いが分からない。もしかしたらどうにかして太陽光を取り入れているのかもしれない。
見回すと1辺が5メートルはあるだろう大きな石柱が、同じ間隔で立っているのが見えた。
「広いね、お姉ちゃん」
「すごいですわ!」
柱や床には精密な装飾が施され、ドワーフたちが作り上げた地下都市と言っても信じてしまうだろう。
このような場所が、王都のすぐ近くにあったなんて驚きだ。
奥だけでなく、右も左も見える範囲はずっと先まで広間が続いている。
1階は出入りする冒険者同士ですれ違うことが多いんじゃないかと思っていた。
けれど、この広さだと入口付近で出会わない限りは、中で人と顔を合わせることはあまりなさそうだ。
「とりあえず部屋の右端まで移動して、通路が見えたらその先です」
「了解」
全てではないが大きな石柱には、文字だか記号だかが彫られているものがある。
どうやら、乗り物や映画館の席のように、この印が広間全体から見た石柱のある位置を示しているようだ。
「慣れてくると大体の位置は、石柱の目印を見ると分かるようになりますよ」
マオさんが言うには、今入ってきた出入口は左右の端から丁度中心にあるのだそうだ。
霧の山脈1階の全体的な構造は、左右に複数の通路がある縦長の大きな広間。
広間の真ん中辺りには上階へつながる階段がある。左右の通路の先はほとんどが小部屋が並ぶ細い通路か、大部屋になっているが、入り組んだ先には階段があったりすることもあるらしい。
「3階まではほとんど調査済みで、ギルドで地図も売ってますよ」
マオさんがちらりと地図を見せてくれた。
迷宮の地図の売り上げは報告者や冒険者ギルドの稼ぎにもなる。地図を写すのはマナー違反なので見るだけだ。
今回、わたしたちが目指すヴィルティリア時代の遺跡は、入口から右手側にある最初の通路を進むだけ。
「1階の広間に魔物がでることはありません。通路や2階から先は、迷宮と同じように再出現することがあります。そうそう、魔物だけでなく、宝箱が出現することもあるそうですよ」
「すごいね!」
クレアがマオさんの話に返事をすると、マオさんが先行し歩き出した。
霧の山脈は魔力が強い土地だ。
ただの洞窟ではなく、マップ固定の迷宮と見た方が良さそうだね。
石柱が立ち並ぶ広間を進んでいくと、柱と柱の間が壁になっている場所もあった。
「こんなに広い空間だけど、何もないね。お姉ちゃん」
「うん。でも所々に石壁が残っているから、区分けはされていたんだと思う。もしかしたら、居住区か市場みたいな場所だったのかもしれないね」
祭壇などを石で作り、周囲の建物を木や土で作っていると、長い年月で風化し石で作った遺跡の部分だけが残ることがある。
後世の人間から見ると、何故こんなところに遺跡だけがあるのだろうとなってしまうのだ。
……地球でもそのような発見があった遺跡があるはず。
ここは洞窟の中だから、外に建てているより建物も傷みにくいだろう。
それでも残骸すらも、無くなってしまうだけの年月が過ぎたのかもしれない。
「そうなんだ!」
「そんなこともあるのですわね」
説明すると、クレアとリルファナが納得したように頷いた。
壁沿いに進んでいくと、広間は綺麗な四角形というわけではなく、山肌に沿って壁が作られていることが分かった。
そのため、少しずつだが内側へ湾曲している。
洞窟に入ってから、1時間は経ったような気がするのだけど、行けども行けども壁にたどり着かない。
「ええと、そろそろ辿り着きますよ」
マオさんに聞くと、柱の記号を確認してそう言った。
「そろそろお昼だよ。お姉ちゃん、マオさん」
「うーん。火も使えないし携帯食しかないけど」
村ではお弁当は売っていなかった。
明るいので忘れそうになるが、洞窟内なので火を起こすわけにもいかない。
「通路に入った先にある休憩所なら火を使えますが、どうしますか?」
「え?」
広い洞窟だけあって排気口のような場所があちこちにあるらしい。
その付近なら火を使っても問題ないそうだ。そのような場所を冒険者たちは『休憩所』と呼ぶみたい。
「なるほど。じゃあそこまで行ってからお昼にしようか」
携帯食とはいえ、そのまま齧るよりも温めたり、野菜や調味料を加えた方が美味しくなる。
ここで無理に食べる必要もないからね。
◇
正面の壁が見えてきた。
「あそこに通路がありますわ」
「ほんとだ!」
リルファナが指をさす方向を見ると、広間から伸びる通路が見えた。
通路自体もかなり広く、5人ぐらいなら並んで歩けるだろうと思う広さがある。
「そこに休憩所があります」
通路に入った左側に休憩所への入口があった。
丁度ドア1枚分ぐらいの大きさにくりぬかれた入口だ。入り口部分の厚さからも、実際にドアがあったのかもしれない。
中は小さな部屋で、かまどのようになった場所があった。
壁には炎の印が彫られている。
すぐ横の壁にも、印が彫られた場所がある。こっちは水の印かな。
どちらもプレガーレ湖にあったような神の紋章ではなく、単純な目印のような形だ。
「この印のある壁の辺りなら、火を起こしても大丈夫です。他に水道のような設備も通してあったようなのですが、ここのものは動きません」
元々から煮炊き用に作られた場所なのだろう。
なんだか、はるか昔の給湯室のようだ。
「とりあえず何か作るね」
「うん!」
◇
簡単に作った昼食を済ませ、さらに奥へと進む。
「あれ? この辺りから床が違うね」
「はい。なので入口辺りは後の文明が付け足したのではないかと言われているようです。反対意見では、単純に装飾が必要な場所と、必要のない場所で分けているだけではないかという感じですね」
今までは石畳の延長のような、細やかな模様の入った床が続いていた。
しかし、この先は何も模様の入っていない石床だ。
「前に探索した遺跡と同じような床ですわ」
リルファナが言うのは、ガルディアの東の森でわたしたちが見つけた遺跡のことだ。
あそこはヴィルティリア時代の遺跡だという証拠もあった。
同じ様式の建物なら、この先もヴィルティリア時代の遺跡である可能性は非常に高いことになる。
冒険者の出入りが多い場所なのであまり期待できないけれど、もしかしたら、前の遺跡と同じようにコンピュータのような機械が残っているかもしれない。
「とりあえず進んでみよう」
「ええ、そうしましょう」