麓の村
ボリュームたっぷりのお弁当で昼食を済ませたあと、麓の村まで歩く。
「美味しかったね、リルファナちゃん」
「ええ、お肉もたっぷりでしたわ」
量を心配していた割に、2人ともしっかり食べきっていた。
街道を歩き続け、木の柵に囲われた村が見えてくる。
入口には、見張り用の物見やぐらも備えている。
やぐらの上で見張っている人がこちらに気付いたが、特に何か言われるようなこともなく村に入ることができた。
「あれは念のため、魔物が寄ってこないか見張りをしているそうですよ」
魔物除けの石柱もあるので村まで近寄ってくることは珍しいが、それでも森から魔物が顔を出すことがあるらしい。
それに石柱の効果があまりない変異種もいるようだ。数回しか目撃されていないらしいけどね。
歩いて来た街道は、幅もそのままに村の中心を通っている。
これは街道の方が先にあり、その横に建物や木の柵を拡張していったからだろう。
「宿は村の入口付近にも数軒ありますが、村の奥側の方がたくさんありますよ。宿屋を使わないパーティのために、野営場所も決められています」
霧の山脈を探索する冒険者が多いため、少しでも山に近い村の奥の方に宿が多いらしい。
宿代をケチって野営する冒険者もいるため、村のあちこちにテントを張られないよう、野営するための場所が設けられているそうだ。
通りには冒険者向けの保存食や、消耗品を売っている店もあった。
ちょっとした破損ぐらいなら、装備品の修理を請け負っている鍛冶場もあるようだ。
「山脈や迷宮の調査で、村に長期滞在する人も多いのでお店も多いですね。王都まで帰る必要もないぐらいです」
「そうなんだ」
「さすがにギルドはありませんけどね」
到着するまでは『村』というぐらいだから、ちょっとした宿屋があるぐらいかと思っていた。
実際に見てみると村とは思えないぐらい、冒険者向けのサービスが豊富だ。
しかし、村の中で見るものはないようなので、少し休憩したら森へ入ってみることにした。
マオさんに聞いてみると、この世界で活動を始めた頃、この辺りの討伐依頼を受けていたらしく、魔物の出現場所や、採取場所を大雑把には知っているようだ。
「宿は取っておきませんの?」
「うーん、依頼の状況次第では野営になるかもしれないし、村に戻ってからで良いかな?」
「はい、宿屋がいっぱいになることは滅多にないので大丈夫だと思いますよ」
わたしの言葉にマオさんが頷いた。
もし宿屋がとれなくても、村の中の野営地を使わせてもらえば良いだろう。
◇
王都の北東にある森といっても、フェルド村やガルディア東の森ともつながっている。
周囲を見回すと見慣れない木もあるけど、木々の間隔や歩きやすさなどに大きな違いはなさそうだ。
「お姉ちゃん、あの木はなんだろう?」
クレアが言う木は、見慣れない木のうちの1つだ。
枝には栗のようにトゲトゲのある実がたくさんなっていた。
わたしの食材鑑定によれば栗と同じで中身が食べられる。
「栗ですね。あまりこの辺りの人は食べないようですが、中身は茹でて食べられますよ」
「そうなんだ!」
マオさんが答えた。
よく見ると木の下にもたくさん転がっている。
見た目だけでなく、栗そのものだったか。
クレアがこちらに何か言いたげな目線を送ってきた。
……なんだろう?
「……採る?」
「うん!」
栗と聞いた時点で味が分かるので、わたしは興味がなくなってしまったが、食べられると聞いたクレアは気になったのだろう。
栗と同じなら塩を入れて茹でるだけだし、食べれば美味しいので取っていこうか。
「お姉ちゃん、どうやって採ろう?」
「栗は拾うものですわ。熟して食べごろになると落ちてきますの」
「そうなんだ!」
リルファナは栗拾いをしたことがあるのかな?
冒険者用の厚手の靴なら、栗のイガぐらいなら余裕で通さない。解体などに使う手袋も同様だ。
両足ではさむように踏んでイガを広げて、中身だけ拾い上げていく。
「ところで、栗ってこの時期なの?」
「気にしていませんでしたが、そうですね。この辺りは1年中、落ちていますが……」
栗といえば秋だが、今は夏前半といったところ。日本に比べ涼しい気候でもあるが、栗を拾うには違和感がある。
わたしが知っている日本の栗とは違うものなのかもしれない。
もしかしたら味も違うかもと思うと、食べてみたくなった。
歩きながら栗を拾ってマジックバッグに放り込んでいく。
「ええと、これだけあれば十分だよ」
「なんだか拾い始めると黙々と拾ってしまいますね……」
しばらくして、そろそろ良いかと確認したら、マジックバッグに入れた栗の数が3桁を超えていた。びっくりだよ。
「あ、あそこに薬草が生えていますわ」
「ほんとだ!」
リルファナとクレアが薬草の採取を始めた。
栗拾いが終わったと思ったら、今度は薬草集めだ。2人とも元気だね。
「ええと、この薬草は根が傷つかないように周りから堀り出すんだよ、マオさん」
「これで良いんですか?」
「うん!」
クレアが実際に根の周囲を掘り起こし、根が切れないよう慎重に薬草を引き抜く。
「薬草によって違うので、葉だけちぎることもありますわ。そうすればすぐに新しい葉が生えてきますの」
「ふむふむ」
クレアやリルファナに集め方を聞きながら、マオさんも採取を手伝ってくれた。
わたしの横で、明らかに手際よくクレアとリルファナが採取していく。
わたしは細かい作業があまり得意じゃないけど、この差は製薬や錬金術スキルの効果もあると思う。多分。
◇
更に東へと進むと、背も高く、幹の太い木が増えてきた。
「この辺りからフォレストパンサーが出現します。木の上で待ち伏せして、飛びかかってくることがあるので注意してください。リルファナさんがいるので問題はないと思いますが」
「木の上から奇襲してきますの?」
「はい。と言っても、フォレストパンサーが待ち伏せに使う木はすぐ分かりますよ。例えば……、あれですね」
マオさんが周囲を見回して、1つの大木を指さした。
「ええと、あの木にはいませんわね」
潜伏系の魔物だと、リルファナの探知スキルにかからない可能性もある。
念のため、何か潜んでいないかよく調べてから木に近付く。
「うーん、他の木と何が違うのか分かりませんわ」
「どう違うのかな?」
リルファナとクレアが、頭上の枝を見上げながら呟いた。
「ああ、分かった。こっちだね」
幹を見ると爪痕がたくさんついている。爪のある動物が、よく上り下りしている痕跡だ。
点々と樹皮がめくれて、ささくれだったようになっているので、知っていれば遠くからでも気付くだろう。
「そうです。幹を見ればすぐ分かります」
フォレストパンサーは迷彩柄のヒョウのような外見だ。
大きさはウルフぐらいかな。重さもそれなりにあるので、上ったり待ち伏せできる幹や枝の大きさというのがあるみたい。
セブクロのフォレストパンサーは、素早く動き回ってこちらの攻撃を避けながら攻撃してくる魔物だ。
後衛系でゲームを始めたプレイヤーは苦戦したという思い出があるようだった。
前衛で始めたわたしには、少し強くなったウルフといった印象しかないけど……。
「あの木の上に何かいますわ」
しばらく歩き回っているとリルファナが木の上に何かいるのを見つけた。
傷ついた太い幹。
きっと、フォレストパンサーだろう。
「どうする? お姉ちゃん」
「うーん」
「あまり強くはないので、奇襲されることが分かっていれば反撃できますよ」
この辺りで稼いでいたマオさんから見れば、大して強い相手ではないのかな。
どうやるのか、マオさんに見せてもらうのが良さそうか。
「分かりました」
そう伝えると、マオさんは上を気にしていないかのように木に近寄っていく。
枝の真下まで歩いていくと、頭上から迷彩柄のヒョウがマオさんの首筋を狙って飛びかかった。
「反撃」
フォレストパンサーの牙を紙一重で躱し、鼻筋に掌底を叩きつけた。
叩き落されたフォレストパンサーはすぐに態勢を立て直し、身を低くしてマオさんに再度飛びかかっていく。
「幻惑の歩調」
フォレストパンサーの突進する軌道から、マオさんがスッと横へずれたように見えた。
武術系や踊り子といった軽装の前衛職が持つ回避スキルだ。
横を通り過ぎていこうとするフォレストパンサーの首筋に手刀を落とす。
びしっという響くような音がして、フォレストパンサーは地面へと落下した。
どうやら、気絶しているようだ。
「こんな感じですね」
「マオさん、すごい!」
褒めるクレアの瞳が輝いている。
あれはリルファナなら似たようなことができるかもしれないけど、わたしには真似できないな……。