プレガーレ湖 - 依頼報告
たくさん置いてあった指輪をマジックバッグにしまい、隠し部屋から外に出ると自動的に扉が閉じた。
「思ったより時間がかかっちゃったから、帰りは近道してみようか」
「近道ですの?」
「南東に向かって歩けば、道を通るより早いかなって。どこかで街道にぶつかるだろうし」
律儀に道を歩いていくと、真っ直ぐ南へ行ってから、直角に東へ曲がることになるので遠回りしていると思うんだよね。
起伏の激しい土地というわけでもないし、真っ直ぐ帰ることもできるだろう。
「お姉ちゃん、あそこの切り株にオニヤンマがとまってるよ」
「弓を使うね」
出発してすぐにオニヤンマを発見し、昨日と同じように弓矢で倒した。
「ロウ・ルサリィもいますね」
マオさんの指さした先に、バスケットボールサイズのロウ・ルサリィがふわふわと浮いている。
「小さいですわ!」
「あれぐらいが、よく見かけるサイズだと思いますよ」
戦ってみると、火剣を使って数回攻撃しただけで倒せてしまった。
ロウ・ルサリィが霧散した場所には、小さな結晶が残っている。
「あの大きいの、すごく強かったんだね、お姉ちゃん」
「そうだね。もしかしてこの辺りのボスだったのかな……」
農園が見えてくる頃には魔物も見なくなり、陽が落ちる前には王都に到着した。
やはり街道を使うと、プレガーレ湖まで時間がかかるようだ。
どうせ通り道だ。西門近くの冒険者ギルドで報告をしてからマオさんの家に帰ることにした。
◇
ギルドに入り、報告用の窓口に向かう。報告用のカウンターは1つ1つが広く取られていた。
このギルドでは、依頼の報告と素材の買取は同じカウンターで行うようなので、集めてきた依頼品を置きやすくするためだろう。
空いている窓口に入ると、受付のお姉さんと、買取係だと思われるおじさんがいた。
受付のお姉さんは、ひとつひとつの作業を確認しながら丁寧に行っている。まだ受付の業務に慣れていない感じだ。
「ええと、全部まとめて置けそうにないですね」
広いカウンターではあるが、さすがに4件の依頼分の素材をまとめて置くには狭そうだ。
半分ずつ処理するということで、まずは採取依頼の麦穂と土石を置く。
多く採取してきて余った分は、依頼とは別に買い取ってもらうか、素材のまま返却してもらえるようだ。
ほとんどの冒険者は生産スキルのノウハウをもっていない。素材で受け取っても意味がなく、買取希望になるそうだけどね。
「おう、十分だな」
「では残りをどうぞ」
おじさんが依頼の内容と、持ってきた素材をざっと確認し、奥の部屋へと運んで行った。
「オニヤンマの羽か。随分と綺麗に獲ったもんだ」
次の素材を出すと、おじさんは素材を調べながら、ほうと感心するように羽を鑑定している。
「んで、これは……なんだ?」
「ロウ・ルサリィの討伐依頼ですから、ロウ・ルサリィの結晶ですね」
「それは分かってるんだが……、たしかに特徴はあってる。けど、大きくねえか?」
「ええ、明らかに大きいですね。初めて見ましたよ」
ロウ・ルサリィの結晶を見て、2人で不思議そうな顔をしている。
「あの、これは本当にロウ・ルサリィを倒してきたのでしょうか?」
「はい。ちょっと大きかったけど……」
「たしかに、結晶の大きさはロウ・ルサリィの大きさで決まるが……。いや、待てよ」
おじさんがカウンターの後ろにある棚から本を取り出した。
「もしかしてだが……、これか?」
パラパラと目的のページを開いてわたしたちに見せる。
そこには大きなロウ・ルサリィが描かれていた。
大きさが分かるように人の絵も並べてあり、ほとんど人間と同じサイズだ。
「そうです、これぐらいの大きさでした」
「ふむ……」
「え、これって? ……え?」
受付のお姉さんが、描かれた絵を見て混乱している。
どうやら、この本は魔物図鑑のようだ。
1ページに1体の魔物が掲載されていて、ページの上部に魔物の名前が書かれている。
おじさんの開いたページの魔物は、ロウ・ルサリィではなく『風の王』と書いてあるのが見えた。
やっぱり固有種かなにかだったみたい。
「ほら、しっかりしろ。駆け出しの多い支部とはいえギルドの受付だろう」
「あ、はい。失礼しました……」
おじさんがバシッと肩を叩くと、お姉さんが正気を取り戻す。
説明によるとあの大きなロウ・ルサリィは、この周辺では有名な魔物だったようだ。
ロウ・ルサリィと比較すると圧倒的な耐久力。A級冒険者を集めて討伐しても、数日もすれば再び出現してしまうという。
手を出さなければ襲ってくるわけでもないので、この辺りの駆け出し冒険者は見かけたら近付かずに逃げろと教わるらしい。
セブクロのフィールドに出現する固有種と同じような扱いだ。
「ええと、迷宮の探究者のマオさんはB級ですが、皆さんはC級でしたよね。そんなパーティで、こんな大物を倒せたんですか? いえ、証拠はここにあるんですけど……。あっ、『ガルディアの町の救済依頼の協力者』」
お姉さんが何やらまくしたてながら、慌ただしくギルドカードを確認すると、やっと裏書に気付いたようだ。
前にレダさんに書き込んでもらった裏書って、自動的に必ず表示されるものではないんだね。
「ああ、本部で一時期話題になってたな。ガルディアじゃ物足らなくなって王都に来るかもしれないって」
「あー! もう半年以上前の話ですよ。そもそも、支部勤務じゃ関係ないだろうと忘れてました……。こんな若い子たちだったなんて」
わたしたちの知らないところで、意外と噂は広がっているようだ。
ガルディアと王都は近いし、蜘蛛の女王も王都方面から逃げてきたという話だったね。
レダさんが王都のギルドに伝えたときに話題になったのだろう。
駆け出し冒険者に助けられたと聞いた職員たちは、退役した軍人や兵士、または町に出てきた腕利きの狩人が、たまたま冒険者登録したタイミングだったのではないかと思ったみたい。
「それで、依頼の方は……」
「うーん。通常の結晶は良いのですが、この大きな結晶は受け付けられませんね」
「だろうなあ……」
おじさんが腕を組んで頷いた。
「あれ、でもロウ・ルサリィの結晶であることには変わりませんよね?」
「依頼人がこれを扱えるかは分からんからな。それにいくら上位の素材を持ってきても、報酬が上乗せされる保証もない。もったいないと思うぞ」
依頼者の技術的な問題もあるということのようだ。
たまたま見かけて倒しただけなので、お金の方は気にしてなかったんだけどね。
「もし、ギルドで買い取って欲しい場合も、火の区の本部へ行ってもらえますか? こちらで預かるよりその方が早いと思いますので」
「分かりました。とりあえず普通の結晶1つだけでお願いします」
結晶の依頼は、最低1つ以上持ってくれば良いという依頼内容なので、帰りに倒して手に入れた1つを渡して報告することにした。
普通のロウ・ルサリィの結晶もとってきておいて良かったよ。
買取係のおじさんは、自分の仕事は終わりだなと提出した素材を持って奥の部屋へ入っていった。
大きなロウ・ルサリィの結晶はマジックバッグに戻す。
これはどうしようかな。売っても良いけど、しばらく倉庫の肥やしかな?
報酬は、依頼4件分で1人当たり、小金貨1枚ぐらいになった。
マオさんもいるし、生活費の方も余裕があるので多く取る必要もない。4等分にしてギルドカードに入れてもらう。
今回は依頼とは別の採取もしてこなかったし、いつもより少ないね。
それでも節約すれば2週間はのんびり過ごせるお金になる。冒険者は上手くやればかなり稼げる職業だ。
「お疲れ様でした。他になにかありますか?」
お金を受け取り、受付のお姉さんから問われる。
基本的には特になにもなしで解散となる流れなのだけど、今回は報告がある。
「あ、そうそう。野営地に使われている神殿に地下があったんですけど……」
「え? 『失われた地下室』を見つけたのですか!?」
受付のお姉さんが興奮したように声を上げた。
「『失われた地下室』というものかは分からないですが……」
神殿の地下室への入り方を説明する。
「本当に……あったんですね」
どうやら、お姉さんの言う『失われた地下室』というものだったらしい。
200年ほど前、神殿の地下室の入口が閉じてしまい、入り方が分からなくなっていたそうだ。
地下室があるという記録は残っていたが、誰も入口を見つけられなかったとか。
入口を開放したままにするための魔力がなくなって閉じちゃったのかな?
「こちらは確認のために調査を送りますね。確認が出来次第、報酬をお支払いできると思います!」
調査に数日かかるので、5日ぐらいしたら来てくれということだった。
もし先にガルディアへ帰るようなら、ガルディアのギルドから受け取ることもできるそうだ。
ちなみに神槍を見せるのは、騒ぎになるのも嫌なので黙っておくことにした。
遺跡で拾ったものは、拾った冒険者のものとなるし、依頼や人命に関わることでもなければ言う必要もない。
同時に見つけた指輪は1つ取り出して確認して貰ったが、昔の英雄たちが持っていたものに似ているということぐらいしか分からなかった。
どうやら色々と調べても、これといった特徴がない指輪のようだ。
また英雄たちが身に着けていたということから、レプリカも多いらしい。
この指輪は、置かれていた状況から本物だと思う。
なんとなく見覚えはあるので、持っていればそのうち使い道を思い出すかもしれない。
◇
よし、これでギルドでの用事はなくなったね。
新しい発見に嬉しそうな表情のお姉さんに見送られてギルドを出る。
「ミーナさんたちは、依頼を終わらせた後どうしてます?」
「2日ぐらい休みにして、次の依頼を受けることが多いかな?」
「次の依頼を受けるのが早いですね。……いえ、これだけ簡単にこなせるならそんなものかもしれませんね」
最近はゆっくり依頼を受けることも少ないので、王都周辺の依頼をもっとこなしてみたい気もする。
しかし今度こそ、忘れないうちにヴィルティリア時代について調べておきたいので、どうしようかなといったところだね。
「お姉ちゃん、槍のことは報告しなくて良かったの?」
「うーん、かなりレアなものだから何となく黙ってたんだけど」
「でも、石板が残っているから、槍があったのはすぐ分かるんじゃない?」
「あ……」
何もなかったと口裏を合わせておくか、聞かれたら素直に答えるしかないか。