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風の神の聖域

 槍を片手に、風の吹き抜ける谷底を歩く。

 周囲には草や苔が生えているものの、花をつける植物は見当たらない。


 徐々に谷底の道は、緩やかな上り坂となった。


 本能的に、ここは安全だと感じるので神様の聖域だろう。

 飛ばされた状況から考えて、風の神様の聖域である確率が1番高いかな。


 坂を上っていくと左右への視界が開けた。


 いつの間にか、谷の上まで歩いて来ていたようだ。

 坂は緩やかで、上りきるにはまだまだ時間がかかるはず。何か不思議な力がかかっている気がする。まあ、聖域なら気にすることでもないか。


 谷の上は、今までの物寂しい光景と違い、色とりどりの花が咲いていた。

 崖に挟まれた道は、風が強すぎて背丈の低い植物しか育たない環境なのだろう。


 目の前の土道を、真っ直ぐ進んだ先に大きな木が見えている。

 他に目印になりそうなものもないし、あそこまで行ってみよう。


 すぐに目的の大きな木へとたどり着いた。人が余裕で入れるほどの大きさがある。

 正面にある扉は、開けっ放しで中が見えていた。


 中央に、大きな長テーブル。椅子が並べられている。

 その奥には、上階へ続く螺旋階段。階段の下には、調理台やかまどが並び、小さなキッチンのようになっていた。


 テーブルの中央の席には、淡い緑色のドレスをまとったエルフの女性が座っている。

 全体的に華奢で儚ささえも感じる容姿。釣り目のためか、少し目付きが鋭い。


「やっと来たわね! 早くこっちに来なさいな」


 エルフの女性は大声でそう叫んだ。


 ……見かけの雰囲気と全く違う。



 木の中に入り、槍を邪魔にならないように横に立てかけて席に座る。


「あら、久しぶりに見たわね! なんか変な気がしたけどこれのせいだったのね」


 エルフの女性が、わたしが立てかけた槍を懐かしそうに見ていた。


「あれは、2000年前ぐらいだったかしらねえ」


 はるか昔、地方を脅かす魔物が出現したときに、立ち向かうという英雄の1人に渡した槍らしい。

 話を聞いていると、その英雄は転生者プレイヤーのようにも感じた。


 どちらにせよ、この槍が神槍というのは正しかったようだね。


 ということはこの女性は……。


「あの……、フィメリリータ様で良いのでしょうか……?」

「あ、自己紹介してなかったわね。そうよ、私はフィメリリータ。風の神と呼ばれているわね!」


 なんだか元気な人、いや、元気な神だな。見た目とは違うけど。


「そういえば、この槍、加護がないと触れてはいけないと書かれていたのですが」

「え? 付与された能力を完全に扱うことはできないけど、槍としては普通に扱えると思うわよ?」


 あの警告文はなんだったんだ……。


「まあ、そのおかげでここに辿り着いたのだから良いんじゃないかしら」


 フィメリリータ様は細かいことは気にしない性格のようだ。


「そうそう、これも出さないとね。どうぞ」


 フィメリリータ様が出してくれたのは、しゅわしゅわと音のするジュースと木の実だった。

 飲み物に口をつけると、口の中がぴりぴりとした。久しぶりの感覚だが、こちらの世界(ヴィルトアーリ)にも炭酸ジュースは存在しているのか。


 いつも通りに加護を貰った神様の属性に光り輝く。

 明るい光と暗い光、暖かい赤い光、清らかな青い光、そして力強い茶色い光。


「この感覚に驚く人が多いんだけど、やっぱり転生者は気にしないわねえ」

「炭酸飲料は、普通に出回ってますからね。あれ、わたしが転生者と知っているのですか?」

「ええ、私は他の神とも交流が多いからね! 最近、色々な聖域を荒らしているというミーナちゃんの名前はよく聞くわ!」


 いや、荒らしているわけではない。


「そして私のところで六大神コンプリートってわけね!」


 そういえば、これで6人の神様に出会ったことになる。

 もっと時間がかかるかと思っていたけれど早かったね。


「これも必要って話だったわよね」


 フィメリリータ様がわたしの頭に手を載せる。

 ふわっと爽やかな風を感じた。


 そして、またこちらの世界に来たときの、ミーナの話を思い出す。


「……女神様との約束に則り、ミーナは、あなたに身体をお返しします。これで、古代文明ヴィルティリアの念願が叶う日が来るのかしら。……それともし出会えたら、リルファナと仲良くね。あなたが無事に故郷へ辿り着けますように」


 故郷……?


 辿り着くということから、日本や東京という意味ではない気がする。セブクロで作ったキャラクターの故郷だろうか。

 でも、転生してきたこの世界はゲームの中で世界中をめぐったわたしにも、知らない場所だ。それにカルファブロ様も同じ世界ではないと断言していた。


「えっと、……大丈夫?」


 フィメリリータ様が、考え込んでいたわたしの顔を覗き込んできた。


「あ……、思い出した記憶の意味が分からなくて」

「うーん、相談なら乗るわよ? 私もまだ神になってから日が浅いからあまり力になれないかもしれないけど」


 さっきの話では、2000年前には神様だったはずなのだけど、神様にとってみればまだまだなんだ。


 聞いてくれるというのなら話してみようとも思った。

 わたしの蘇った記憶から本来のミーナの話をする。


「なるほどね。別の世界から来たのに、こちらの世界に故郷か……」


 フィメリリータ様が腕を組んで何か考え込んでいる。


「思い当たることはないわね!」


 フィメリリータ様はそう言ってお手上げといったポーズを取った。


「でも、理解するための知識や経験が足りていないってことかしらね?」


 知識や経験か。


 そういえばアグリコルトーレ様がヴィルティリア時代を調べろと言っていたが、後回しにしたままだ。

 関係あるかは分からないけど、妖精の女王であるティターナ様の聖域へも辿り着いていない。


 やることはたくさんあるね。


「それに、いきなり答えが転がり込んでくるなんてこともあるかもしれないわよ」

「な、なるほど」


 フィメリリータ様は、あっけらかんとした神様だなあ。


「ふふん。マイナーではあるけど私は賭け事の神様でもあるとも言われてるからね」


 考えていることが読まれている。

 賭け事の神様だから表情を読むのも上手いのだろう。


「いえ、ミーナちゃんが分かりやすいだけだと思うわよ?」


 ぐぬぬ。


 その後は、テーブルに出された果物を食べながら、フィメリリータ様の話を聞くことになった。

 フィメリリータ様は、他の神様とは違って自分からしゃべるのが好きなようだ。


「――それでね、ルソメルにヴィアジョルソが言ったのよ! ――」


 ヴィアジョルソ様は旅の神様だね。ルソメル様は商売の神様だったかな?


「――そういえばカルファブロが、テカフェと飲み会をしてたんだけど――」


 テカフェ様は……分からないな。あとで調べてみよう。


 フィメリリータ様はゴシップ話が好きなのだろうか。

 神様たちの話を聞いているうちに、神様同士の交友関係がほんのりと分かった。


 ……きっと役には立たないと思う。


「あら、もうこんな時間ね」


 なんだか親戚のおばさんの家に遊びにきたような感じだった……。


「そうそう、ミーナちゃんが考え出しちゃったから言い忘れてたけど、さっき強化バフ魔法の効率が上がる加護とか、おまけをつけておいたわよ!」

「えっと、ありがとうございます」

「それから今度は正規の入口から来て欲しいわね。まあ、ミーナちゃんが悪いわけじゃないけれど」


 やはり、神槍のせいで聖域に無理矢理つながったみたいだ。


「それから、その槍はミーナちゃんが使ってあげて。なんか気に入られたみたいだしね」

「え? それはどういう……」



 目の前で、クレアとリルファナが驚いた顔をしている。


「あれ、お姉ちゃん大丈夫なの?」

「ミーナ様、申し訳ございません。倒れないように立てかけたはずなのですが……」


 神殿跡に戻ってきたようで、右手に槍を持っている。

 正規の入口から入らなかったせいなのか、戻るときも唐突だったね。槍についても聞けなかったよ。


「まあ、フィメリリータ様に会えたから問題ないよ」

「ええっ?」


 わたしの返事にクレアが不思議そうな顔をした。


 たしかにリルファナは槍が倒れたとしても、誰もいない方へと倒れるように気にして槍を立てていたと思う。


 倒れたのは事故でも偶然でもないような気がする……。

 そう思って槍をまじまじと見ていると、槍の穂先がキラリと輝いたように見えた。

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