プレガーレ湖の神殿 - 地下倉庫
棚や箱といった収納家具の並ぶ倉庫の中を奥へと進む。
この倉庫が使われなくなるときに、ほとんどの物は持ち出されているようで空っぽの棚ばかりだ。
農具や工具といったものは残されているけど、錆びているものも多く、持って帰りたいと思えるものはない。
倉庫の1番奥まで来ると、何もないだだっ広い空間となっていた。
「ここだけ広いね、リルファナちゃん」
「ええ、何か大きな荷物が置いてあった、という感じでもないですわね」
リルファナが床を調べていたけど、少なくとも重量のあるものが置いてあった感じではないようだ。
「倉庫の奥に大きなものを置いたら、棚につっかえて持ち出しにくいし、不便だと思いますよ」
マオさんが答える。確かにそうだね。
でも、倉庫の1番奥だけ空けておく意味ってあるかな?
うーん……。持ち出す必要のないもの、ここで使う装置や魔道具が置いてあった。
もしくは、何らかの作業をするためのスペースとして空いている、といったところだろうか。
「マオさん、持ち出すだけなら、マジックバッグにしまっちゃったんじゃないかな?」
「あ、そうですね……」
ああ、そうか。この世界では、収納アイテムさえ持っていれば道中の狭さは関係ないのか。
古い遺跡だから、一般の人でもマジックバッグを持っていた時代だったりしたかもしれないし。
「ミーナ様、ここに何かありますわ」
辺りの床を調べ終わって、壁の調査にうつったリルファナが何か見つけたようだ。
「んー? 紋章に似ているけど、ちょっと違うね」
「魔力的には何も感じないよ、リルファナちゃん」
リルファナの指し示した場所は、入口からは右手にある壁、奥の壁から2メートルほど、床からは1メートルほどの高さだ。
さきほどの風の紋章に似た印がついているのだけど、クレアが見ても魔力的な違和感はないみたい。
「何かの仕掛けや目印のようにも感じるのですが……」
「うーん、手がかり不足かな? 他の場所も調べてみよう」
4人で周辺の床や壁を調べる。するとすぐに、同じ印が壁に4ヶ所ほどあるのが見つかった。
リルファナが最初に見つけた場所から何歩か歩いたところに1つ。それらの丁度反対側の壁に1つずつ。奥側の壁、真ん中よりは右側に1つ。
「手前側にはありませんでしたね」
倉庫全体をできる限り調べたが、マオさんの言う通り、棚の置いていない部屋の奥側にしかこの印はついていなかった。
「こういうギミックは、基本は左右対称だけど……」
「1つだけずれた位置にありますわね。とすると、この印が怪しいですわ」
リルファナがビシッと印を指さした。
たしかに、奥の壁にある1つだけずれている印。これが怪しいということになる。
他がダミーでこれだけが本物というのが可能性もあるかな。
「この印にも何も感じないよ。リルファナちゃん」
「でも、何かありそうな気はするのですわ!」
リルファナが躍起になって印を調べているが、何もなさそうだね。
「怪しいだけで、ただの装飾の印なのでしょうか。左右対称にするのを忘れていたとか、外れてしまったということもありえそうですが……」
マオさんが呟くが、リルファナが何かありそうと言っているのが気になる。
多分、探索スキルの影響だと思うので、実際にこの周辺に何か隠されたもの自体はありそうだ。
印を外すことができるのかは分からないけど、そもそも壁に埋め込むように付いている。外れてしまっても、へこんだ跡が残っているだろう。
「クレア、この辺りにも何も感じない?」
付け忘れたのではなく、わざと左右対称にならないように付けなかったんじゃないだろうかと閃く。
本来なら印があるだろうという場所をクレアに見てもらうことにした。
「あ! さっきと同じ、魔力が入りそうな仕掛けがあるよ、お姉ちゃん」
「やっぱり!」
「うーん……、でもさっきよりすごく少なそう」
魔力の入る量が少ないようだ。仕掛けに使用する魔力量自体が少ないからだろうか。
「とりあえず魔力を込めてみよう」
さきほどと同じように魔力を込める。
ブブーッ! というブザーのような音が辺りに響いた。
「ハズレですの?」
リルファナが言うように、クイズ番組などで間違えたときの効果音に似ている。
「ハズレなの? リルファナちゃん」
「いえ、分かりませんがなんとなくそういうイメージがありますの……」
「そうなんだ」
セブクロでは似たようなネタアイテムがあったものの、この世界でハズレを表す音があるかは不明だ。
念のため、周囲に変化がないか調べてみたが、何も見つからなった。音が鳴るだけの仕掛けだから、消費魔力が少なかったに違いない。
昔の転生者が、面白半分で作った仕掛けという可能性もありそうだ……。
「あの、左右対称ではなく、単純に向かい側なのではないでしょうか」
クレアに頼んでしらみつぶしに探してみるしかないかと思い始めたところ、マオさんが言った。
「向かい側……、入口の右手か」
印の位置を壁側から何歩ぐらいか測っておいてから、棚の間を入口まで戻る。
「あ、ここにも何かあるよ、お姉ちゃん」
マオさんの考えが当たっていたようだ。反対側の壁にも魔力を込めることができる場所があった。
早速、魔力を注ぎ込む。
地下室が開いたときと同じ、ガコンッという音がして、扉のように壁面が後ろに開いた。
「小さな部屋のようですわ」
隠し部屋の中に、更に隠し部屋があるなんて厳重だね。
リルファナを先頭に進むとすぐに小さな部屋へと突き当たった。
さっきまでの空っぽの倉庫とは違って、正面には武器を持った彫像が設置されている。
彫像の持つ武器は槍。
曲線を多用した優雅な装飾が施されていて風の魔力も感じる。神秘的で、なんとなく気になって視線が吸い込まれてしまう。
「何か書いてありますわ」
「古代語だね、リルファナちゃん。お姉ちゃん読める?」
「ん?」
古代語だからってどんな言語でも読めるわけじゃない。というか日本語しか読めないんだけど……。
そう思いながら、彫像に付けられたプレートを見る。
プレートに書かれた文字は日本語だった。
「ええと、『風神の槍。風の神より賜りし神槍。加護なき者、触れるに値せず。注意されたし』」
風の神様の加護がないと持てないということだろうか。
わたしとクレアは、風の神の加護は持っていない。
「たしか、リルファナは風の加護を持ってたっけ?」
「ええ、フィメリリータ様に会っていますわ! 取ってみますの」
リルファナが、彫像の持つ槍にツンツンと触れる。
ダメージを受けたり、反発するなんてこともないようだ。ぎゅっと握って彫像から取り外した。
「……ちょっと重いですが、持つことはできそうですの。でも、振り回すのは難しそうですわ」
忍者職やトリックスターは長柄武器を使えなかったと思うので、そのせいかな?
リルファナは倒れないように、しっかりと槍を壁に立てかけた。
クレアも気になるようで、立てかけられた槍をじっと見ている。
槍には神聖さしか感じないけど、プレートの注意書きを考えると触れない方が良さそうなんだよね。
小部屋の左右にはテーブル。その上には箱がいくつか置いてある。
これらの箱も綺麗な装飾が施されているが、槍のような神秘性は感じないので職人の手によるものだろう。
「こちらは注意書きなどはないようですね」
「ええ、罠もないようですわ」
開けてみると灰色の石がついた指輪がたくさん入っていた。
「これは、なんでしょう? みんな同じ指輪のようですね」
「魔道具みたいだよ、マオさん」
「帰ってから鑑定かな」
なんとなく、セブクロで見覚えがある指輪なのだけど……。
リルファナも、考え込んでいるので知ってはいるようだ。
ただ、2人ともなんだったか覚えていないし、そこまで有用ではないアイテムなのかもしれない。
「おっと」
「お、お姉ちゃん!?」
突然、リルファナが立てかけた槍が倒れてきたので受け止めた。あまり重さを感じないな。
と思っていたら、クレアが驚いた顔で呼びかけてくる。
あ、触れちゃマズイんだったっけ……。
◇
視界が暗転すると、わたしは風が吹き抜ける谷のような場所にいた。
後ろの方は左右の崖が狭くなっていて、そちらへ進むのは大変そうに見える。前に進むしかないようだ。
ちなみに槍は片手に持ったまま。
最初は槍に仕掛けられたトラップかと思ったが、周囲には神聖な魔力が満ちている。
神様に呼ばれたときの、聖域の雰囲気に近い印象だ。
周囲にクレアやリルファナ、マオさんもいないので、わたしだけが呼ばれたのだろうか。
加護ももたずに槍に触れたと神様に怒られないと良いのだけど……。