ロウ・ルサリィ(大)
大きなロウ・ルサリィとの戦闘準備をはじめる。
実態のない相手と戦うのは初めてなので、しっかり準備をしておこう。
「筋力強化付与、防御値強化付与、風防護」
「加速、火剣」
クレアが強化魔法と、風の耐性魔法を4人にかけた。
わたしは、風属性に強い火属性の魔法剣を唱える。
「『青龍の構え』」
マオさんの周囲が一瞬青く輝いた。
セブクロでの『構え』は武道家が常に発動しているスキルで、それぞれ対応したステータスが上昇したり、固有の能力を持っている。
青龍の構えは、INTが上がり、属性ダメージの強化だ。
ちなみに、常に自動で発動し続けるゲームとは違い、この世界では維持しようと意識しなければ、何の構えも発動していない状態になるらしい。
ゲーム中、マオさんは上級職の格闘家だったそうなので、最上級職である『拳聖』に転職すると、無意識に発動し続けることができるようになるかもしれないけどね。
わたしは、いつもの霊銀の剣だけでなく盾も持つことにした。
精霊種は魔法が得意だし、攻撃魔法が飛んでくるだろう。
4人での戦い方だけど、マオさんは攻撃役となるのは確定。
わたしが盾役を兼ねて前衛3人で囲い、クレアが後方から支援する。または、リルファナが盾役でわたしとクレアが後方から支援するの2択だろう。
今回の敵はロウ・ルサリィが1体、対象が大きいので3人が前に出ても十分戦える。
前衛3人で戦うことを選んだ。
「いくよ!」
わたしはロウ・ルサリィ目掛けて走り出す。
セブクロでは、魔物がどの相手を攻撃対象にするかというのは敵対値という数値によって決まる。
最初に近付いたり攻撃した相手は敵対値を稼ぎやすい。
この世界で、敵対値のシステムがどのぐらい影響するのかは分からないけど、やらないよりは良いだろう。
今まで戦ってきた魔物から考えても、全く敵対値に関係なく動くということはなかったからね。
少し遅れてマオさんとリルファナが追いかけてくる。
風が巻き起こり、色が変わったように見えるところからが本体だろう。
その風の球体を目掛けて斬りつけた。
「うわ」
魔力体だからだろうか、斬ったときの手ごたえが変だ。
ほとんど抵抗のないゼリーを斬ったような、少しだけ引っかかる感じ。
斬りつけられたロウ・ルサリィは、ぶるっと震えると距離を取った。
浮かび上がられると困るところだったが、後方に下がっただけだ。これ以上は飛べないのかな?
逃げられても困るので、距離を詰める。
キィンという高い音と共に、風の刃が飛んできた。
ほとんど目視できないが、直観で盾を構えて受け流す。
魔力も感じたし、風刃だったのかもしれない。
しかし、こんなよく分からないものを受け流せるなんて、魔法戦士の戦闘能力には感謝しかないよ。
「『火遁』ですわ」
わたしとロウ・ルサリィを挟むように、後ろへ回ったリルファナが木札を投げつけた。
ロウ・ルサリィの中まで放り込まれた木札が、大きく燃え上がる。
精霊は痛みを感じることもないのか、炎に包まれながらもロウ・ルサリィは平然と浮いていた。
しかし、多少は動きにくくなるようだ。移動速度が少しだけゆっくりになっている。
火遁によって燃え上がった火は、風の精霊の中を巡回する空気によりどんどん燃え盛っていく。
なかなか火が消えず、近付くと火傷しそうだ。
火の持続ダメージを与える延焼状態だと思うのだけど、近付けないしどうすれば良いんだろう。
リルファナをちらっと見ると、リルファナも難しい顔をしている。
「考えてませんでしたわー!」
……リルファナもここまで火が残ると思わなかったようだ。
ゲームならスキルで発動させた相手の状態異常が、こちらのデメリットになることはないからね。
「『水龍波』」
わたしの横で構えたマオさんが、握った拳から龍の形をした水塊を放った。
水龍はロウ・ルサリィに吸い込まれ、シューシューという大きな音と水蒸気を出しながら火が消えていく。
「マオ様、ありがとうございます。このスキルは使いにくそうですわ……」
火属性が弱点ではあるはずなんだけど、風の精霊とは相性が悪そうだね。
「少し小さくなった?」
「たしかに」
風でロウ・ルサリィにまとわりついた水蒸気が吹き散らからされる。
なんだか最初より、一回り小さくなったような気がした。
「水の鎧」
わたしとマオさん、リルファナが水の薄い膜によって覆われる。どういう原理かは分からないが、もちろん息はできるし、動きを阻害されることはない。
クレアが火の対策に強化魔法をかけてくれたようだ。
炎防護ではないのは意味があるのだろうか。後で聞いてみても良いだろう。
「よし、この調子で少しずつ削っていこう」
「はい!」
ロウ・ルサリィが小さくなったというなら、手ごたえは分かりにくいがダメージは通っているのだろう。
ロウ・ルサリィは風刃や、自身の風を使って周囲の石などを巻き上げて攻撃してくる。
それを盾でうまく弾きながら隙を伺う。
ゆらゆらと地面を滑るように移動するロウ・ルサリィ。
距離を保つように追いかけ、炎をまとった剣で攻撃を加えていく。
「『紅蓮脚』!」
マオさんは、拳による殴打技だけでなく、蹴技も使いながら飛び回るように攻める。
回避を兼ねて相手の死角に移動しながら戦うのが、本来の戦い方なのだろう。
ドラゴンスカルのときの、味方を守りながらの防戦一方だった様子とは全く違った。
戦闘開始からどれぐらい経っただろうか。
少しずつロウ・ルサリィが小さくなっていくが、まだまだ動きは止まらない。
しかし、ロウ・ルサリィの反撃も少なくなってきたように思えた。
「水柱!」
クレアが2メートルほどの水の流れる柱を生み出す魔法を唱えた。
ロウ・ルサリィの周囲にいくつかの水柱が立ち上がる。
水柱は足止め系の魔法の1つ。視界が通り、風や炎を遮る効果が大きいことが特徴だ。
持続時間は長くても数分といったところだが、風の塊であるロウ・ルサリィの動きを止めるには十分。
「火炎斬!」
「風断ち!」
わたしのスキルにあわせて、リルファナが追撃する。
風を断つほどの速さの攻撃という説明のスキルなのだけど、その名前からかこの世界では風そのものに対する特攻効果があるようだ。
ロウ・ルサリィが怯むように動きを止めた。
「紅蓮脚」
そこへマオさんの蹴り技が叩き込まれる。
ロウ・ルサリィがさらに小さくなった。もうバスケットボールぐらいの大きさだ。
「トドメ!」
炎をまとった刀身に更に熱を与え、火炎斬の一撃を加える。
ふるふると震えたロウ・ルサリィは、姿の維持ができなくなったのだろう。
音もなく破裂してかき消えた。
ロウ・ルサリィの消えた場所に、大きな薄緑色に輝く結晶が残っている。これが依頼に出ていた結晶だろう。なんだかすごく大きいけど……。
「強かったですわ」
「うん、思った以上だったね」
大きなロウ・ルサリィは、わたしやリルファナ、マオさんの攻撃を長時間、耐え続けていた。
物理攻撃に対して耐性を持っていたとか、色々と考えてもレベル100以上あったんじゃないだろうかという気もする。
最初にロウ・ルサリィのいた辺りを見回すと、この周囲は他の場所とは石の色が違うことが分かった。
一般的な灰色ではなく、赤茶けたレンガのような色味だ。
「土石ってこういう色だっけ」
「あ、そうだよ。お姉ちゃん」
クレアが杖で強めに叩くと、石が粉々になった。
簡単に粉々になるのは土石の特徴である。
「では、集めてしまいましょう」
リルファナが道具を取り出した。
適当に砕いて集めていく。
土石は粉々にして混ぜて使うことで、レンガなどが頑丈になるらしい。
そんな使い方なので、集めるときに粉々になっても構わないのだ。
「もう暗くなっちゃいそうだね、お姉ちゃん」
「うん、急いで野営地まで戻ろう」
「そうですね。完全に陽が落ちてしまうと、方向が分かりにくくなります」
わたしの言葉にマオさんが頷く。
依頼の提出に必要分ぐらいは土石を集め終わったが、空ももう暗くなり始めていた。
簡単には崩れそうにない岩も多いし、この辺りで野営するという選択肢もある。
しかし、ロウ・ルサリィがいた場所でもあるし、戻れるなら戻った方が良いだろう。
湖の神殿跡まで急いで戻ることにした。