プレガーレ湖 - 依頼
麦穂に隠れる位置に立ち、マジックバッグから出したM字型の短弓を構える。
この短弓には氷の矢という能力が付与されている。
前に試してみたところ、この弓を使って射た矢が氷属性を持つという弓だった。
矢は先端の矢尻が鉄製で、矢柄が木製、矢羽根は鳥の羽を使ったもの。羽の色はあまり統一感がないが、茶系か白が多い。
ガルディア周辺で一般的に使われている矢で、冒険者ギルドで何本かまとめて購入した。
ちなみに、セブクロには矢そのものに属性が付いたものもある。
この世界に来てから見たことはないが、ゲームと同じなら弓に属性を付与する能力があっても、矢の属性が優先されることになるはずだ。
岩の上のオニヤンマは羽を休めているようで、全く動く気配がない。
蟻などと同じように、ややデフォルメされたような形状ではあるが、その様子を見ていると大きいだけのトンボにしか見えないね。
焦らず、ゆっくりと弦につがえた矢を引く。
20メートルぐらい離れたオニヤンマの胴体に狙いをつけた。
弓矢から放った矢は、真っ直ぐ飛ぶわけではなく、重力に引かれて下へと落ちる。
その軌道を計算しながら射る必要がある。
呼吸を整え、矢を放つ。
冷気をまとった金属部分が、白い筋を残して飛んでいった。
狙い通り、綺麗な放物線を描いて、矢はオニヤンマの胴体に命中。
「当たりましたわ!」
わたしの射た矢だけで倒すには不十分なダメージだったようで、オニヤンマはその場で羽をばたつかせている。
しかし、飛べるほどの力もなかったのか、すぐに動かなくなった。
「ふぅ、なんとか当たったね」
「完璧でしたね。回収に行きましょう」
リルファナが傷をつけないようにオニヤンマの羽を回収した。
「矢が岩に刺さっていますの」
「すごいね、お姉ちゃん!」
オニヤンマが飛ばなかったのは、岩に縫い留められてしまったからのようだ。
岩に刺さっている矢を見て3人が驚いている。わたしも驚いたよ……。
練習でも的から外れた矢が岩に刺さることはなかった。たまたま、クリティカルでも出たのだろう。
「羽はどれぐらい必要だったっけ?」
「2匹分でしたが、多少傷が付くことが前提でしたので、これだけでも大丈夫そうですわ」
「じゃあ、見かけたら狩るぐらいで良いかな」
とりあえず2つの依頼が終わった。
残りは、ロウ・ルサリィの討伐と土石の採取だ。
「ロウ・ルサリィはクレアなら魔力で探せるかもしれないかな?」
「お姉ちゃん、風の麦穂も風の魔力が強いから、分かるかは場所によるかも」
「そっか、でも風の魔力があったら教えてね」
「うん!」
調べたときは、ロウ・ルサリィは風の通りやすい岩の間や、周囲に風を遮るものがない場所に出現しやすいと書いてあった。
でも、この辺りの土地勘もないし、条件を満たす場所をすぐには見つけられそうにもないね。
「土石は、どのような場所にあるのでしょう?」
「ええと、土石は砕くと粉になる石で、乾いた場所でよく見つかるって書いてあったよ。マオさん」
「ふむふむ。採取依頼はお役に立てなくてすみません」
マオさんの質問にクレアが答えた。
どうやら、マオさんが採取依頼を受けたのは、ほぼランクを上げるためだけだそうだ。
各ランクで1回ずつしか採取依頼は受けていないということになる。生産スキルの知識もなく、1人でも戦いやすい前衛職なので討伐依頼の方が簡単でお金も稼ぎやすかったのだろう。
「乾いた場所にあるのに、湖の周辺で見つかるのですね」
「そうですわね。神殿に残っている風の加護が関係しているのかもしれませんわ」
「なるほど」
そう考えると、水場が近いのに採取できるという珍しい場所なのかもしれない。
「岩場とか地面が乾いた場所を探せば良さそうかな?」
湿気の多い湖から少し離れて探してみることに決める。
ロウ・ルサリィの出現しやすい場所と条件もかぶりそうだね。
◇
プレガーレ湖周辺には、冒険者が使う小さな道があちこちへと伸びていた。
しかし、魔物が出るため、ほとんどの道が常に整備されているわけではない。長く使われない道は草木や風に運ばれた砂などによって、自然の中へと還ってしまうこともあるようだ。
「この道はよく使われるので埋もれることもなく、ずっと残っているそうですよ」
今歩いている道は、湖を大回りで1周できる道だ。
プレガーレ湖からは少し離れているので地面の起伏や、背の高い草花や木に隠れてしまう湖は、たまに見えるぐらいだけど。
図書館にあったプレガーレ湖周辺の地図にも、掲載されている道でもある。
目的の場所へ行くために、ここを通る冒険者が多く主要な道となっているのだろう。
もしかしたら、プレガーレ湖周辺の活動のために、王都の冒険者がたまに整備している数少ない道なのかもしれない。
陽が落ちる前には野営地に戻りたいので、遠くへ行きすぎないように歩く。
「この辺りで採取できる素材って、依頼に出されるぐらいには王都で使われるんだよね。もっとちゃんと道を整備すれば良いのに」
「たしかにそうですね」
王都から湖まで、たった1日の距離だ。
なのに、西門付近の果樹園が広がっていた場所と比べると、急激に自然が広がる地形へと変化してしまっている。
魔物除けの石柱がないだけで、ここまで変わるものだろうかという気もした。
少し考えてリルファナが口を開く。
「すぐに考えられる理由は3つぐらいですわ。放置していても現在の生活に問題がないからそのまま。ここを整備する費用を考えると利点よりも赤字といった欠点が大きい。何か整備することができない理由がある。ですわね」
「うーん。なんだろうね」
この手の問題は、貴族として政治の勉強もしているリルファナが一番詳しい。
まあ、理由が分かったところでわたしが何かするということはないだろう。
「あ、お姉ちゃん。あそこの岩の後ろに強い風の魔力があるよ」
「……たしかに言われてみると、何かいるような気もしますわ」
わたしよりもはるかに大きな岩がたくさん転がっている場所があった。
その近くに、リルファナの感知能力では微妙に掴み切れない相手がいるようだ。
慎重に岩の後ろへ回り込み、何がいるのか確認する。
「ロウ・ルサリィですの……?」
「あんなに大きい魔物だったっけ?」
球状に渦巻く風がいた。
周囲には軽い土や砂、草などの植物だけでなく、やや重量のある小石や木の枝すらもぐるぐるとまとわりつくように飛び回っている。
ロウ・ルサリィの特徴と一致しているが、大きさが違う。
調べたときにはバスケットボールぐらいかなという印象だった。
しかし、岩の影にいる風の精霊はわたしたちとあまり変わらない大きさだ。
「たまたま大きいサイズなのでしょうか」
「お姉ちゃんが前に言ってた固有種っていうやつ?」
「うーん、どうだろう」
ロウ・ルサリィに固有種がいたという覚えはない。表情を見るとリルファナも同じようだ。
もし固有種であるなら、強さは段違いとなるが、元のサイズのを見てないから何ともいえない。
「マオさんはああいう相手でも大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
精霊種は妖精と同じく魔力の塊だ。このような生物は、魔法生物や魔力体と言われ、単純な物理攻撃は相性が悪い。
しかし、特に問題ないとマオさんは腰につけたグローブ状のナックルを軽く叩いた。魔法生物に対する能力を持っている武器なのだろう。
動かない大きなロウ・ルサリィをよく観察する。
手に負えない相手には見えない。
固有種か別種の可能性も高いけど、戦力としては大丈夫そうだ。
戦ってみることにしよう。
「戦ってみようか」
「分かりました」
大きなロウ・ルサリィはわたしたちに気付いていないのか、見えていても気にもしていない。
戦いの準備をする時間は十分ありそうだ。