王都にて - 冒険者ギルド
翌日は、4人で町の南側を中心に出歩くことにした。
観光客向けの施設や店は、主要な街道と接続されている火の区に多いそうだ。
ついでに、レダさんから頼まれた手紙を冒険者ギルドに届けないとね。
「前になかったものがありますわ!」
「新商品の棚だって、リルファナちゃん」
「他の棚にも知らないものがありますの。頻繁に新商品を出しているようですわね」
クレアとリルファナは前に寄ったファンシーショップで、ぬいぐるみを買っていた。
芝犬風のものを2つ、それと赤い甲羅の蟹。
蟹のぬいぐるみ。甲羅の色は赤と青の2種類あった。
そんなに買う人いるんだろうかと見ていると、クレアとリルファナが買うものを選んでいる間に、2つぐらい売れてた。売れるんだね、蟹。
「マオさん、あそこにもお店があるよ」
「意外と裏通りにも店が多いようですね」
マオさんは普段の生活では必要なところにしか行かないので、大きな通りから離れてしまうと何があるのか全然知らないようだ。
「あ、ここはソーニャに連れられて何度か来たことのある店です」
大通りに戻る途中、マオさんが立ち止まったのは服屋だった。
大きな店舗で、紳士服から婦人服まで置いてある。品質や値段は中の上といったところだろうか。
「少し見てみようか」
これから少しずつ暑くなる時期でもあるし、町で使う普段着も欲しい。
いくつか気に入ったものがあったので、何着か購入して店を出た。
そろそろ家に戻ろうかとなったので、その前に冒険者ギルドに手紙を届ける。
昼過ぎだというのに、掲示板を見ている冒険者も多い。朝ぐらいしか冒険者で混む時間のないガルディアのギルドとは全く違うね。
ついでに上位の鑑定のルーペを買いたかったのだけど、売り切れてしまっているそうだ。
間隔は空いてしまうが定期的に仕入れているようなので、帰りにも寄ってみよう。
――観光2日目。
午前中は1人で武器の柄を買いに行くことにした。
ちまちまと時間のあるときに、冒険者ギルドに卸す短剣を作っているので買い足しておかないといけない。
午後は4人で水の区を見て回った。
買物や観光よりも、途中で見つけた図書館での調べものが主になってしまったけど。
図書館はガルディアと同じで、入場のときにお金を預けるシステムだ。
「水の区の図書館は変わった本が多いそうですよ」
「他にもあるんだ?」
「ええ、火の区と土の区にもあるとドウランが言っていたと思います」
水の区は工房も多く、イメージとしては工業区といった感じだ。その分、専門書などの蔵書も多くなるのだろう。
しばらく滞在する予定なので、王都周辺の地理や魔物なども調べておく。
北側は霧の山脈に囲まれた地域なので、生態系も少し違うようだ。
転生者だと思われる英雄関係の本は少なかった。
司書さんに聞いてみると、小説などの読み物は住宅が多い土の区の方が置いてあるとのことだ。
「意外と小説も多いのですね」
「うん、しっかりとした印刷の技術があるみたい。本屋でもコーナーがあるぐらいだよ」
「ふむ、探してみることにします」
どうせなので、そのまま本屋にも寄ることにした。
そこで、マオさんがたくさん本を買っている。
「あれ、全部1巻?」
「とりあえず読んでみて面白かったら続きを買おうかと」
マオさんが持っているのは全部1巻だった。
ジャンルは様々で技術書も混じっている。乱読派って感じなのかな?
◇
――翌日。
今日から王都で依頼を受けてみることに決め、冒険者ギルドに向かう。
町が広く移動に時間がかかるので、早朝から家を出る。
「ふああぁ」
「お姉ちゃん、いつにも増して眠そうだね」
……眠い。
「そういえば、どちらの冒険者ギルドに行きますか?」
「んー?」
マオさんが聞いてきた。
王都の冒険者ギルドは、火の区にある本部と風の区の支部の2つがある。……ということぐらいしか知らないんだよね。
「どう違うの?」
「ええと、基本的には火の区の本部には、基本的な施設やサービスは全てあります。風の区の支部は依頼の受注のみです。近所の方の依頼や、近場でこなせる依頼が多い印象でした。私はあまり受けるものがなくて数回しか立ち寄ったことはありませんね」
「地域密着型みたいなイメージ?」
「そうですね。日帰り……は無理でも1泊ぐらいで帰りやすいかもしれません」
町が広いせいで日帰りの依頼というと、ほぼ町中の雑用になってしまうらしい。
雑用依頼は登録したばかりのE級や、メンバーの都合などで軽く済ませたいD級冒険者が受けるような依頼となる。
そういう依頼でも面白そうなら受けても良いのだけど、面白そうな依頼なんて滅多にあるものではない。
現実は引っ越し手伝いや、買物や犬の散歩をして欲しいという依頼がほとんどである。
「風の区のギルドは入ったことがないし、そっちに行ってみようかな」
――風の区。冒険者ギルド前。
西通り、西門の近くにある冒険者ギルドは2階建ての建物だ。
支部と名乗っているようだが、中はガルディアのギルドより広かった。
「あそこに依頼が貼られています。随分と空いてますね」
「これで空いてるんだ」
「この時間、本部では依頼の争奪戦がすごいですよ。依頼票が破れるんじゃないかと思うときもあります」
マオさんは空いているというが、たくさんの冒険者が依頼の貼られた掲示板を見ている。
後ろの方からでも見えなくもない程度ではあるけど。
なんとなく冒険者同士で譲り合っている感じもあるし、本部の争奪戦を嫌がった人たちが、こちらで依頼を受けている気もした。
依頼票を見比べた結果。
プレガーレ湖周辺の依頼を受けてみることにした。
プレガーレ湖は、王都の北西に位置する大きな湖だ。
霧の山脈から直接流れ込む水は冷たく、魚は数種類しか生息していない。また、周囲には危険な魔物も生息する。
「ええと、湖の北側まで行くようだと数日かかると思います」
マオさんが言うには、プレガーレ湖は王都と比較できるほどの広さをもつため、北部までまわると時間がかかるそうだ。
それでもぐるっと回って帰るだけなら、5日あれば王都まで帰って来られるみたいだけど。
「お姉ちゃん、どの依頼にする?」
「ガルディアでは見ないようなやつなら何でも良いかな」
「じゃあ、適当に依頼票を取ってきますわ」
依頼を探す冒険者で混雑している中を、リルファナはスルスルと抜けていく。
1番前まで辿り着くと、依頼票を何枚か選び、剥がして戻ってきた。
通り抜けられた人たちも、リルファナがいたことに気付いていないのか、気にした様子もない。
忍者のスキルだと思うのだけど、こういう場所でも便利に使えるようだ。
「討伐と採取を2つずつ持ってきましたわ。全て南側で終わると思いますの」
昨日、図書館で周囲のことも調べたので、リルファナはその情報を使って依頼を選んできていた。
「どれどれ」
オニヤンマの討伐、ロウ・ルサリィの討伐、風の麦穂の採取、土石の採取。
討伐の2つと土石の採取はC級、風の麦穂はD級となっている。
「オニヤンマとロウ・ルサリィか」
「ええ、採取品もさほど大変なものではないと思いますわ」
「お姉ちゃん、オニヤンマってどんなのだっけ?」
「ええと……」
オニヤンマ、日本では10センチぐらいのとんぼの名称だ。
日本とこちらの世界のオニヤンマ、形状は変わらない。
違いは大きさ。魔物のオニヤンマは1メートル以上あるのだ。積極的に人を襲うことはあまりないが、雑食なので村の家畜が襲われる被害が多い。
依頼は、羽根を何枚か取ってきて欲しいという内容だ。
「ふむふむ。ロウ・ルサリィは小さい精霊の一種だったよね」
「うん」
風の精霊は、人を襲う精霊。
風が集まった塊のように見えるが、人を見ると風の魔法で襲ってくる。倒すと透明な結晶を落とすのだけど、それが電池の材料になるそうだ。
風の麦穂と土石は、名称のまま麦と石である。こちらはそのまま、食料や日用品として使われる。
麦穂の依頼だけランクが低いのは、背が高く見つけやすいことと、群生するので集めやすいからだろう。
この4つの依頼を受注するために、窓口に依頼票を持っていく。
「あら、こんなにまとめて受けるんですか? 全て同じ地域ですし、失敗したときのリスクも大きいですよ」
王都でも依頼をまとめて受注する冒険者は少ないのだろう。
窓口のお姉さんが驚きながらも、忠告してきた。
「はい、大丈夫です」
「ああ、迷宮の探究者の方もいるなら大丈夫そうですね」
マオさんのギルドカードを見ると、お姉さんがほっとしたように呟いた。
多分、戦力的なことではなく、依頼に失敗してしまったときに違約金が払えないと困るからだろう。借金から奴隷になってしまうこともある世界だからね。
最終的には冒険者の自己責任とはいえ、冒険者がどんどん脱落していったらギルドとしても仕事をする人がいなくなるし、ギルドの評価は下がることになる。
チームに入るための試験を行うチームもあるようなので、そう思った可能性もあるかな?
依頼の受注処理をしてもらい、西門へ向かう。
西門は窓口も少なく、ちらほらとしか人がいない。
この門からは北西方面にしかアクセスできないので、冒険者ぐらいしか使わないようだ。
王都の外周をぐるっと回るように造られた街道を歩けば、南門や北門へも行けるけど距離がありすぎるか。
「湖までは道がつながっています。途中から、古い街道になるので魔物除けの石柱がなくなりますが」
「了解。行こうか」
「うん!」
マオさんは遺跡の探索のために、何度か湖まで行ったことがあるそうだ。
「感知スキルもありますし、わたくしが前を行きますわ」
「おお、やっぱ高レベルは違いますね……」
「リルファナちゃんはすごいんだよ!」
マオさんは高レベルと言ったが、わたしは感知する能力を持ってないんだけどね。
ここから先は人もあまり通らない地域だし、わたしたちも初めて立ち入る場所だ。
マオさんもいるとはいえ、いつもより気をつけないとね。