聖水
買い物を終えてマオさんと家に戻る。
「リルファナちゃん、これでいいの?」
「ええ、鑑定結果では……多分?」
なんだか2人が悩んでいた。
「どうしたの?」
「あ、おかえりなさいませ。ミーナ様」
「おかえり、お姉ちゃん、マオさん。リルファナちゃんの言う通りに聖水を作ったんだけど、こうなっちゃったんだよ」
通常、聖水の見た目は水と変わらない。
肉眼では判別できないが、鑑定のルーペを使うと光か聖属性が付与されていることで確認できるようだ。
しかし、クレアの前に置かれた瓶、その中の水はキラキラと輝いてた。
金色のラメ入りのようにも見える。
「お、良いのができたね」
「『きらめく聖水』ですね」
「ミーナ様とマオ様は知ってますの?」
リルファナが知らないというのも珍しい。
あまり使うものじゃないだろうし、聖水を仕入れるときに、NPCから買っていたなら知らない可能性もあるかな?
「簡単にいえば、たまにできる大成功品のはず」
「ええ、そうです。品質が良いだけなので聖水と同じように使えますよ」
「ミーナ様、マオ様……」
リルファナが気まずそうな顔をしている。
「お姉ちゃん、私が作ると全部これになっちゃうんだよ」
「えっ?」
2人は失敗したのかと思って、何度か同じ手順で聖水を作ったようだ。
クレアの後ろに隠れていた木製のバケツの中には、輝く水が大量に入っていた。
「これは、すごいですね」
バケツを見たマオさんが驚いている。
セブクロでの大成功が確率でしか発生しないのは、ゲームバランスを気にするシステムや運営側の都合である。
もしかすると作り方というか、コツが分かっていれば何度でも再現可能なのだろうか……。
聖水の作り方は魔力を混ぜるだけのようだったので、クレアは得意そうでもあるし。いや、神様の加護が暴走してるという可能性もあるだろうか。
「……まあ、使えるなら良いんじゃないかな」
「う、うん」
大成功品なら品質が想定より良いだけだ。
この聖水をどっかに売りに行くとか考えなければ問題ないだろう。
「たくさんできましたし、解呪のポーションも何本か作っておきますわ」
解呪のポーションを数十本作っても使う機会もあまりないだろう。
数本作って余った分は、聖水のまま薬用の瓶に詰めておくことにした。
「丁度使い切りそうなので、瓶も追加で購入してこないとですわね」
「ご、ごめんね、リルファナちゃん」
「いえ、クレア様が謝ることではありませんわ。むしろ今後、必要になったときにすぐ使えますの」
実は聖水が素材となる料理もあるんだけど……。
いや、このキラキラした聖水の煮込みとか食べたいと思わないので黙っておこう。
「マオさんも遊びに来てくれたから、今日はこのぐらいで良いんじゃない?」
「うん!」
「そうですわね」
短時間だけど、マオさんと庭で簡単な戦闘訓練なども行った。
リーチの短い武器を使い、近接戦闘に特化したマオさんだからこそ知っていることも多くためになる。
「そろそろ夕飯の準備かな?」
「私も手伝いますよ」
調理を覚えたいと、夕飯の準備をマオさんも手伝ってくれた。
「豪華ですわ」
「美味しそうです」
リルファナの声に、マオさんが頷く。
皿にたくさん盛られた唐揚げ。それと、豚肉のジャンジャ焼きを作った。
味噌汁と野菜のサラダも用意し、米も多めに炊くのは忘れない。
マオさんのリクエストは生姜焼きの方だったのだけど、タリスマベリーをレモン代わりに使ってみようと唐揚げも作った。
思ったよりも鶏肉が多かったようで、山盛りになってしまったが。
「今日は豪華さね」
レダさんが帰ってきたので夕飯となった。
「なんだか懐かしい味です」
「美味しいのは分かるけど泣くほどさね?」
マオさんの目が潤んでいた。
この間泊まりにきたときの夕飯は適当に済ませてしまったので、こちらに来てからちゃんとした和食を食べたのは初めてなのかもしれない。
「マオさん、王都の風の区に聖王国の料理屋があるけど、知らない?」
「聖王国の料理ですか?」
「ミーナちゃんが作る料理に似てるさね」
そもそも、マオさんは聖王国の文化が日本に近いっぽいことを知らないようだ。
帰る方法を探して迷宮の調査ばかりしていて、町の中すらほとんど回っていなかったのだろう。
「今度行ってみます!」
マオさんが力強く宣言した。
――翌日。
今日は休みにすることにし、買い物にでも行こうとマオさんを誘った。
「今日、修理中の装備を受け取れるそうです。確認だけですのでそこまで危険はないだろうと、明日、迷宮へ出発と決まりました。そのための会議もあるので、夕方には戻りますね」
チームメンバーに伝えてきますと、1度宿屋に戻ったマオさんが、帰ってくるとそう言った。
腕の良い鍛冶屋をレダさんが紹介してくれたおかげで、思ったより早く修理が終わったみたい。
「それとトラブルがなければ、王都へは15日頃に向かうとのことです。迷宮から戻ったら、また連絡しますね」
「1週間後ね。了解」
今月はフェルド村に戻らなくても良いし、スケジュール的には問題ない。
しばらくはガルディアの町の周辺で、できそうな依頼でも受けようかな。
ここ最近、掲示板の依頼を全く受けていない気がするから、丁度良いだろう。
「マオさん、マオさん、ここのお店が美味しいんだよ。お姉ちゃんも気に入ってたよ」
「ふむ」
「お昼はここにしようか」
マオさんに『がるでぃあ食堂』を教えたり。
「いらっしゃいませー。あら、ミーナさんお久しぶりです。そちらは?」
ラミィさんのお店で服を見たりして1日が過ぎていった。
◇
マオさんが帰った翌日。
依頼を受けようと、久しぶりに冒険者ギルドの依頼が貼られた掲示板を見る。
朝早い、混む時間を避けてきたのだけど、それを考えてもギルド内に人がいない。
「なんだかすごい量ですわね」
「はみ出して貼られてるのもあるよ、リルファナちゃん」
普段は、依頼が多いときでも掲示板に少しは空きがあるのだが、今日は隙間なくぴっちりと貼られていた。
それでもスペースが足らないようだ。
「報酬も普段より少し増えているものが多いですわ」
「ほんとだ」
1割ぐらいだが、報酬が良いものが多い。
普段なら急ぎで受けて欲しい人が、ちょっと上乗せして出すぐらいの額のはずだ。
「薬用に獣の骨が欲しいですわね。ペキュラや王都で依頼を受けても良いので急ぎではないですが……」
「日帰りでC級の依頼だと森の依頼が多いかな? リルファナちゃん」
「1つ下の依頼でも評価のポイントは入るし、D級の依頼でも良いよ」
これだけ依頼で溢れているのなら、D級の依頼をまとめて受けても良さそうだ。
「この依頼を受けるので、お願いします」
東の森に行くことにし、討伐や採取などまとめてできそうな依頼を窓口へもっていく。
「あ、ありがとうございます。迷宮ができてから通常の依頼を受けてくれる方が減ってしまって……」
それでも誰も依頼を受けないということはない。
しかし、依頼の消化が追い付かずに、徐々に依頼がたまっていって現在の状況らしい。
迷宮の方が魔物を探す手間も少ないし、この地域にいない魔物の珍しいドロップ品や、宝箱から魔法道具などが手に入ることもある。
更に、調査内容が発表されていれば、出現する魔物の対策もしやすい。冒険者の活動としては迷宮が優先されてしまうのだろう。
と言っても、低層の魔物の素材は値崩れがはじまっているので、目ぼしい宝箱が回収されたら、徐々に通常の依頼に戻る冒険者も増えるだろうとのことだ。
もちろん、宝箱も再出現するのだけど確率はかなり低いそうで、それを狙って探索するのは収支を考えると微妙らしい。
「では、お願いしますね」
受付のお姉さんも、これでやっと依頼が少し片付くと安心している。
いや、まだ受けただけなんだけどね。
「ミーナさんたちの依頼完遂確率は、いまだ100%です。そこは時間の問題ですよ」
とても良い笑顔で送り出された。
なんだか依頼に失敗したら、とてもがっかりされそうで失敗できないね……。