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スキル本

 やはり左手に盾を持っていると、重心や足の運びといった変化があることを確認。

 そろそろお昼の準備をしようかと、庭から台所に戻ろうと家に入る。


「騙されましたわ!」

「まあまあ」


 なんだかリルファナが怒っていて、クレアがそれをなだめているようだ。

 まあ、本気で怒っている感じではないけど。


「どうしたの?」

「ミーナ様、これですわ!」


 リルファナが、グイっと瓶をわたしにさしだした。

 昨日、教会で買った聖水だ。


「聖水?」

「そうですわ! でも普通の水でしたの」


 うーん、ガルディアの正規の教会が詐欺をすることはないと思う。


「もしかして……」


 元々、教会で販売している聖水とは、神官が祈りを捧げた普通の水を、聖水として売っているのではないだろうか。

 清めの酒とか、塩と同じようなものだと思う。


 祭事などでは問題なく使えるが、素材としては使えない。


「仕方ありません。予定通り、お昼の後にクレア様に作っていただきましょう」

「えっ、私?」

「ええ、今のクレア様なら難しくないはずですわ」

「う、うん。がんばる」


 リルファナの勢いにのまれてクレアが頷いた。


「とりあえずお昼を作るよ」

「あら、もうそんな時間でしたの?」


 リルファナはテーブルに広げられている道具を、食事の邪魔にならない場所へ退かし始める。

 昨日買ってきた素材の下準備は終わったようで、窓際にはタリスマベリーの皮が干してあった。


 さて、お昼のメニューはどうしようか。


 昨日の青果店で買った野菜はまだたくさん残っている。

 耐性のジャムもたくさんあるし、サンドイッチを何種類か作ることにしよう。


「うーん、迷宮ダンジョンではあまり食べませんでしたしお肉も欲しいですの」

「ベーコンがあるからレタスと卵焼きと一緒に挟もうか」

「では、そうしましょう」


 リルファナがベーコンを焼くためのフライパンを出した。


「はい、リルファナちゃん」


 クレアが油の入った瓶をリルファナに渡す。そのあと、卵を割ってかき混ぜ始めた。


 最近は簡単な料理なら2人に何も指示しなくても、自然に料理ができるようになってきている。



 ――昼食後。


「ミーナ様、夕飯もお肉がいいですわ!」

「ん? まあいいけど」


 どうやらベーコンでは物足りなかったみたいだ。

 依頼で出かける関係上、傷みやすいものは最低限しか置いていないので買ってくることにしよう。


「それで、聖水を作るってどうやるの? リルファナちゃん」

「まず蒸留水を用意しますの。道具はわたくしが使っているものがありますわ」


 リルファナが薬を作るときに、時々使っている蒸留器。

 ガラスで作られた2つのフラスコを、管で繋いだ理科の実験道具みたいなやつのことだ。


 片方のフラスコに井戸水を入れて熱し蒸発させる。

 蒸発した水は繋いだ管を通ってもう1つあるフラスコへと入っていく。このフラスコに水をかけて冷やすことで純粋な水だけを取り出すことができるわけだ。


「そのあと、光属性を含む植物を適当に小さく切って水と混ぜ、魔力で融合。残った植物の欠片をしてできあがりですわ」

「融合っていうのは染料を作るときと同じでいいの?」

「ええ、錬金術と同じはずですの」


 聞いてみると、道具と素材さえあれば意外と簡単なのかな?


 ちなみに普通の井戸水でも薬の素材にはなる。

 しかし、完成品の品質を上げたいならば、蒸留水の方が良いということらしい。


 それならば、飲み水を作り出す生活魔法『水精製』を使えば良いんじゃないかと思ったが、空気中に漂っている水分を結露させて作っているため、蒸留水には劣る可能性があるらしい。

 健康に被害がない程度ではあるが、ガスやほこりといったものが混ざってしまうことがあるのだろう。


 植物の属性の方は、陽の光の下で育つ植物であれば、ほとんどの植物が土と光属性を含んでいるので、あまり気にする必要もない。

 水分の多いサボテンは水属性、火山に生える火炎草といった植物は火属性も含んでいたりもするらしいけど。


「わたしはマオさんのところに寄ってから、夕飯の買い物をしてくるよ」


 リルファナにも伝えた転生者プレイヤーの帰還の話と、スキル本について聞いてみようと思う。


「分かりましたわ」

「うん、いってらっしゃい、お姉ちゃん」


 遊びに行くと思ったのか、クレアがちょっとうらやましそうな顔をした。


「マオさんの予定が大丈夫そうならまた連れてくるよ」

「うん!」


 クレアがパッと笑顔になって返事をする。

 マオさん、クレアに随分と気に入られたな。クレアとマオさん、2人とも真面目な性格が似ているのでウマが合うのだろうか。



 宿屋の受付。


 今回は約束していたわけではないので、呼び出してもらう必要があるかと思っていたけど、すぐに通してくれた。ソーニャさんかマオさんから、訪ねてきたら通すように聞いているのかな?


「あら、ミーナさんどうかしましたか?」


 ソーニャさんと、マオさん、ククララさんでお茶を飲んでいたところだった。


「こんにちは。マオさんに相談、というか報告があったんですけど」

「ああ、ではお昼もまだなので、少し出ましょうか」


 マオさんが、わたしが言い淀んだことで転生者プレイヤー絡みの話だとすぐに気付いたようだ。


 個室のある食事処レストランに入ることにした。

 宿屋と同じ、東通りに面した高級店だ。

 

 マオさんがランチメニューを頼む。

 わたしはお昼を食べてきてしまったので、お茶とデザートにした。


 ランチメニューのデザートで小銀貨2枚という価格。

 たまには良いかと思いつつも、どうせならリルファナとクレアも連れてきたかった。


「ガルディアに来てから、仲間内で話しながらご飯にするときはここを使ってます」

「そうなんだ」

「ミーナさんは、あまり慣れていなそうですね」


 マオさんが小さく微笑んだ。

 どうにも高級店の雰囲気に慣れないせいか、使っている家具やインテリアが気になってキョロキョロしていたのがばれてしまった。


「うん、ここに比べたら庶民的な店の方がよく行くかも」

「ミーナさんたちはC級ですし、まだ金銭的にも大変そうですしね。ただどうしても、こちらのご飯だと物足りないことがあって」


 どうもこちらに来た頃の経験上、味付けが薄かったり、日本人には合っていなかったりしたそうだ。


「ガルディアだとあまり気にしたことないけれど」

「王都にある店は当たり外れが大きいと思います。店によって全く違うので……」

「そうなんだ。自炊も多いから気付かなかったよ」


 王都に行ったときはティネスさんの家か、アルフォスさんの家に泊まっていて外食はあまりしなかったからね。

 今度、遊びに行くときは気をつけよう。


「ミーナさんは料理できるんですね。羨ましいです。私も料理のスキルを取っておけば良かった」

「わたしは調理スキルを持っていたけど、持っていなかったリルファナも最近は料理の腕が上がってるから、普通に料理していればスキルの獲得もできると思うよ」

「ふむ」

「そうそう、今日はリルファナのリクエストで肉料理を作るけど、都合が良ければ来る? というより、クレアも遊びたそうにしてたから来てくれると助かるけど」

「おお、それなら是非」


 そんな話をしていると、店員さんがマオさんの頼んだ料理と、わたしの頼んだデザートセットを持ってきた。

 店員さんが下がるのを見届けて本題に入ることにしよう。


「ええと、転生者プレイヤー絡みで情報が手に入ったんだ」

「思っていたよりも早かったですね」

「うん、迷宮ダンジョンの探索中に土の神様の聖域に招かれたんだけど……」


 マオさんにアグリコルトーレ様から聞いた話を伝える。


「聖域ですか。私も獣人の神様とは1度会いましたが、突然だったのでそのような話はしませんでした。聞いてみれば良かったかもしれません」


 マオさんの耳がペタンと伏せた。

 他の種族よりも感情を隠すのが苦手なのは、獣人の種族で共通のようだ。


転生者プレイヤーの話はそれぐらいしかないんだけど……。迷宮ダンジョン探索のプロなら知ってるかなって聞きたいことがあったんだ」

「いえいえ、帰れる可能性が上がっただけでも十分です。プロですか……、私もチーム内ではまだまだ新米扱いですよ。分かることから教えられますけど」

「スキル本で分かるかな? 1冊見つけたんだけどレア度とか価値も分からないし、セブクロと同じものだと考えて良いのか分からなくて」


 マオさんは、セブクロを2ヶ月ちょっとしかプレイしていない。セブクロの用語も知らない可能性がある。


「スキル本ですか。私たちのチーム全体で考えて、2ヶ月に1冊見つかるぐらいの頻度ですかね。迷宮ダンジョンに入る頻度にもよるでしょうが、普通の冒険者として活動している方では、10年に1冊見つかるかどうかじゃないでしょうか……。それと、少なくとも王都内で探しても売買されていないと思います」


 かなり希少のようだけど、いらないスキルなら売買するものじゃないのかな?


「本を開いた人が権利を得るようなのですが、あれって古代語というか日本語で書かれているのでタイトルが読めないまま、中身を確認するつもりで開いてしまう人が多いんですよね」

「なるほど」


 クレアとの受け渡しで、本を閉じたままにしたのは正解だったようだ。


「それでもたくさん集めた人がいたという噂もありますよ。様々な能力を使いこなしたという話ですので、システムとしては全部覚えられるか、意識すれば入れ替えられるんじゃないでしょうか?」

「ふむふむ。どっちみちたくさん手に入るものでもないから、気にしなくてもよさそうってことかな」

「そうですね。デメリットのあるスキルだったら気を付けるぐらいで大丈夫かと」


 マオさんの耳がピクピクと何か考えているような動きだ。


「思い出しました。ゲームと違うのは同じスキルの本は重複もするようですよ。該当者がチームの別のパーティの人なんですが、効果が上がるようです。詳細までは聞いていませんが……」


 ただでさえ希少な本なのに、入手した本のスキルがかぶるなんて奇跡に近いんじゃないだろうか。


 効果が上がると言っても、スキル自体が強化されるのではなく、単にスキルレベルが1から2に上がるような効果の可能性もあるかな?


 うん、思った以上に色々教えてもらえた。

 マオさんに聞いてよかったよ。


 セブクロのプレイ歴はマオさんよりもわたしの方が長いけど、この世界(ヴィルトアーリ)ではマオさんの方が圧倒的に先輩だね。


「そういえば、マオさんっていつも防具なの?」


 マオさんは町にいるときも道着姿だった。武器である爪も腰の左右に吊っている。


「ええ、もともと頓着がないというのもありますが、大サイズのマジックバッグを手に入れたのが最近なので、あまり物を持ち歩かないようにする癖ができてしまいました。この道着、こちらへ来たときの特典みたいなものだからなのか、ほとんど汚れませんし」

「便利そうだね」

「王都にいるときは普段着もあるんですけどね。迷宮の探究者(ダンジョンシーカー)に入れて貰ってから、いつも道着姿だと、ソーニャに無理やり買いに連れていかれたことがあります」


 マオさんが、そのときのことを思い出したかのように笑う。


 食べ終わったあとも、しばらく雑談をしてから店を出た。


「さて、夕飯の買い物をしてから帰らないと。マオさんは何か食べたいものある? 唐揚げ、ハンバーグ、酢豚とか基本的なものなら作れるよ」

「おお、それは迷いますね……」


 マオさんのリクエストも聞きつつ、夕飯の買物をして帰ることにした。

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