宝物鑑定
夕方、宿屋にクレアを迎えに行った。
迷宮の探究者は装備の修理が完了するのに、まだ数日かかるそうだ。
そのあと、わたしたちの見逃しがないか迷宮の調査に行くが、何もなければ1週間もかからないとのこと。
ソーニャさんに、薬の材料で不足している分を王都に買いに行くことを伝える。
「すぐ出発ってわけじゃないんだろ? それなら、一緒に行くか?」
「そうですね。私たちの拠点の場所も直接教えておけますし。ミーナさんたちがそれで構わないなら、その方が良いかもしれません」
王都で薬を完成させても、ソーニャさんがいないと出来上がった薬を渡すこともできない。
ザッカリーさんの提案もあり、ソーニャさんたちが帰るときに一緒に王都まで行くことに決まった。
ククララさんは神官戦士のようなので、聖水が作れるか聞いてみたが、作ろうと思ったことすらないとのことだった。
どうやら、ゲームと違って聖職者なら誰でも作れるわけではないようだ。
教会でなら少額の寄付で分けてもらえるかもしれないと言われたので、帰りに教会へ寄っていくことにした。
「クレア様に作っていただくつもりだったのですが」
「え、なに? リルファナちゃん」
「錬金術をお願いしようと思っていたのですわ」
先ほどの考えがあるというのは、クレアに作ってもらうことだったのか。
自信満々だったし、クレアなら作れると確信しているようだ。
「そっか、でも買えるならそれで良いんじゃない? リルファナちゃん」
「まあ、そうですけれど……」
――南東区の教会。
夕方という時刻のせいか、ちらほらと人が見えた。
仕事着のままの人も多く、仕事帰りなどにお祈りしていく人たちなのだろう。
部屋の隅の席でお祈りを捧げてから、教会のシスターに聖水を貰えるか聞いてみた。
「では、小銅貨1枚で良いので御寄付をお願いできますか?」
「分かりました」
……と答えたものの、こういうときの相場が分からない。
一般市民でも貰うことがあるだろうから、小銀貨じゃ多すぎるだろう。
小銅貨は最低単位だし、大銅貨ぐらいでいいか。
「まあ、こんなに。ありがとうございます」
シスターがちょっとびっくりした顔をしていたので、これでも多かったようだ。
後からリルファナに聞いたところ、寄付と言われたときは小銅貨2枚か3枚という人が多いんじゃないかと言われた。
それなりに儲けている商人や冒険者なら大銅貨を出しても不自然ではないが、小銀貨はやりすぎとのことだ。出さなくて良かったよ。
シスターから、瓶に入れられた聖水を受け取り、帰宅した。
「おかえりさね」
「ただいまです。すぐに夕飯の準備をしますね」
家に着くと、珍しくレダさんが早めに帰ってきていた。迷宮の全体像が把握できたので余裕ができたのかな。
急いで夕飯の準備をしないとね。
◇
翌朝、レダさんがギルドへ出勤するのを見送ったあと。
「そういえば、お姉ちゃん。宝箱から出たものは鑑定しないの?」
「あ、そうだった」
薬の素材集めという新たな目的ができたこともあり、すっかり忘れていたよ。
とりあえず荷物整理をしてしまおうと、3人で台所の大きなテーブルに広げていく。
木製の弓、革製のベルト、しっかりした本、巻物が数本、ポーションがいくつか。
何かの素材であろう大きな葉っぱ、粉の入った小袋、竹、エルフェルムの金属板。
「お姉ちゃん、鎧は下に置いておくね」
金属鎧は、重量がかなりあるし擦るとテーブルが傷みそうなので床へ。
ジェルのようなものが詰まっている緩衝材もいっぱいあるが、これは出さなくて良いか。
「たくさんありますわね」
「うん、いっぱい拾えたねリルファナちゃん」
「前みたいに1つずつ好きなものを鑑定していこう」
わたしとしては弓が気になるところだ。
弓は、短弓とも呼ばれるゆるやかにM字に曲がった形。M字型の中心部には布を巻きつけた持ち手がある。
サイズは、子供でも扱えるんじゃないかと思うぐらい小さめだ。
小さいということは、弦の引ける長さも短くなるため射程が短いというデメリットもある。しかし、代わりに非力な者でも扱えるし、取り回しがしやすくなるというメリットもあるのだ。
わたしのメイン武器は剣だし、サブ武器として使うなら丁度良いだろう。
「えっと、じゃあ、お姉ちゃんからでいいよ」
「ふふ、あんなにジッと見ていたら選びたいのが明白ですわ」
「むむむ」
1番手を譲ってくれるならまあいいか。
2人の想像通り、わたしは弓を選んで鑑定する。
「耐久性上昇(小)、重量軽減(中)、氷の矢。……氷の矢っていうのはなんだろう?」
「射た矢が、属性を纏うのかもしれませんわね」
「今度、外で実験してみよう」
次はリルファナがクレアに順番を譲った。
「この本にしようかな? 外れかもしれないけど」
「まとめて2冊とも鑑定しちゃいなよ」
「うん!」
あまり時間をかけても仕方ない。
わたしの提案で、クレアが本を2冊とも取った。
上位の鑑定道具と違って、わたしたちの使っている鑑定道具で分かるのは、付与されている能力のみだ。
何も付与されていない普通の本なら、鑑定しても何も把握することはできないだろう。
「こっちの本は何もでなかったけど、こっちの本はスキル獲得って出たよ、お姉ちゃん、リルファナちゃん」
「それはすごいですわ!」
驚いてリルファナが椅子から立ち上がった。
セブクロと同じなら、読むだけでスキルが獲得できる本ということになる。
もちろん、誰かがスキルを獲得すると同時に消滅するので、何人でも使えるわけではない。
また職業でレベルアップで覚えるスキルの本も稀に存在するが、他の職業で使うことはできないという決まりがあった。
この世界でも同じシステムかは分からない。
そんな簡単にスキルを獲得できるなら、もっと上位のスキルを使う人がいても良いと思う。
本自体がかなり希少なのか、本があっても獲得方法が難しくなっているのだろうか。
「これも後で要検証だね」
「ねえ、お姉ちゃんがいつも書いてる古代語の字と似てるけど、これって読める?」
スキル獲得のついた本をクレアがこちらに寄越した。
本の見た目はゲームに出てくるものと全く同じで、表紙には日本語で「女神の気まぐれ」と書かれている。
「『女神の気まぐれ』だって。読むとこのスキルが覚えられるってことかな」
「ええと、どんな能力なんだろう?」
セブクロには職業のレベルアップだけでなく、クエストの報酬で貰える本で習得できるスキルも多かった。
わたしも全て覚えているわけではないが、女神と名前の付くものは魔法に関するものが多かったはずだ。
「魔力の消費がランダムで減ることがあるというスキルですの。効果がないことも多いですが、デメリットはありませんわね」
リルファナは知っているみたい。
ちなみに後で聞いたところ、セブクロで使っていたらしい。
「ただ、このようなスキルには習得数に上限があるかもしれませんので、よく考えてから習得した方が良いかもしれませんわ」
セブクロでは、追加スキルを制限なく使えるわけではなかった。
ゲームではスキルを覚えてしまえば、使うか使わないかは1度の使用上限数にあわせてステータス画面で切り替えるだけだったのだが、こちらの世界ではどうなっているか分からない。
リルファナは、そこを心配しているのだろう。
「そうなんだ」
「スキルの書かれた本が、どれぐらいの頻度で手に入るものか、確認してからの方が良いかもしれないね」
それに、わたしたちは、この本がどれぐらい貴重なものなのか判断できない。
もし、一生に1冊とか2冊しか手に入らないレベルのものだったら、すぐに覚えてしまっても困ることはないだろう。
本を開いたタイミングでアイテムとして使ってしまうかもしれないので、そのままクレアに本を返す。
また無闇に本を開かない方が良いかもしれないと伝えた。
「とりあえずクレアが持っておきなよ」
「うん!」
ランダムとはいえ、クレアの魔力消費が減るのは歓迎である。3人の中で覚えるならクレアだろう。
スキルの書かれた本を、クレアは大事そうにマジックバッグにしまいこんだ。
本についてはレダさんか、マオさんたちに知っているか聞いてみようかな。
もう1冊の普通の本は、どういうわけか共通語で書かれているので読むことができた。
魔法、特に属性について書かれた本のようだった。後で読んでおきたい。
「わたくしは、このベルトにしますわ!」
リルファナが手に取った革製のベルトは、濃い茶色で普通のベルトといった印象。
ファッションとしても使いやすそうな色だと思う。
「『鑑定』。……STR上昇(中)、VIT上昇(小)。なんだか普通のマジックアイテムでしたわ。ミーナ様向けですわね」
筋力と体力が上がるとベルトか。
セブクロでは、マイティベルトと呼ばれるアイテムがあったことを思い出したが、ゲーム中のアイコンとは全然違うからたまたま似た能力が付与されたのだろう。
巻物は、それぞれに下位の攻撃魔法や回復魔法が込められていた。
魔力消費なしで誰でも使えるのがメリットだが、1回限りの使い捨てだし、全員が魔法を使えるわたしたちではあまり使い道もない気がする。
一応調べたが、竹と金属板は特になにもなし。
葉っぱや粉の入った小袋も、わたしたちの鑑定道具では何だか分からなかった。
「お姉ちゃん、この金属鎧、すごいいっぱい能力が付いてるよ」
クレアに言われて確認すると防御力上昇(中)、抵抗力上昇(中)、重量軽減(中)、暑さ軽減(小)、寒さ軽減(小)と様々な能力が付与されていた。
「普通の能力だけど、5個も付いてるね」
「能力もかなり良いものがついていると思いますわ」
金属鎧に必要そうなものが、中ランクで付与されている。
付与数が5個というだけでも、セブクロではレアランク。セブクロではレアランクの装備も簡単に手に入ったけど、こちらでは本当に希少な防具だろう。
「お姉ちゃんも、リルファナちゃんも、重い鎧は使わないよね」
「うん、わたしは使えなくもないけどね」
「そうですわね。軽装備か衣服系なら良かったのですけれど」
金属製の鎧は、その防御力を活かして敵の攻撃を受け止めるものだ。躱して攻撃するという、わたしの戦い方には合わない。
良品だとは思うけれど、倉庫の肥やしになりそうだし、売ってしまうことも考えた方が良いだろう。
「こんなところかな」
「そうですわね。では、お昼までに薬の素材の下処理をしてきますわ」
テーブルに広げたものを片付けると、リルファナは前に集めた薬草と昨日買ってきた素材を並べ始めた。
ここでやるつもりのようだ。
「私は少し、この本で勉強してみようかな?」
クレアが、さきほど鑑定した属性について書かれた本とメモ用紙を広げる。
お昼の準備をするにはまだ早い。しかし、そこまで時間に余裕があるわけでもない。
盾の練習も兼ねて、少し庭で剣でも振ってくることにした。