リルファナと素材の買出し
最近は雨季も終わり、雲一つない青空が広がっていることが多い。
今日も変わらず晴天のようだ。
そんな中をリルファナと宿屋を出て、冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドでも、よく使われる薬草や素材は取り扱っているので、最初に確認するためだ。
冒険者ギルドは、品揃えが良いというわけではないが品切れも滅多にない。
近場で採取できるものなら、利用者である冒険者に依頼を出せば確保できることも強みである。
「ではちょっと探してきますわ。ミーナ様は買いたいものがあるのでしたわよね」
そういえばリルファナと転生者について話すチャンスかと、クレアにそう言って出てきたんだった。
「えっと、アグリコルトーレ様との話で、リルファナとだけ話したいことがあったんだよ」
「そうでしたの。でもなにか買っていかないと、クレア様に怪しまれるかもしれませんわよ?」
「そっか。リルファナが見ている間に、適当に探してみるよ」
このあとも素材が揃わなければ、別の店を回る予定だ。
必ずここで買う必要もないので、気になるものでも見ながら気楽に探してみよう。
念のため上位の鑑定道具の在庫がないか店員さんに聞いたりしつつ、しばらく商品を見ていると、リルファナが戻ってきた。
「やはり冒険者ギルドだと本当に基本的な素材しか置いていませんわね」
「ゲームとは違うよね」
「ええ、高レベルの生産スキル持ちがいないからなのでしょうね」
セブクロでは、生産用の素材を幅広く取り扱っているお店も多かった。
赤字にはなるが生産レベルの中盤ぐらいまでは、店売り品だけで上げられるほどだった覚えがある。
一方、こちらに来てからそのようなお店は、ほぼないと言っても良い。
まあ、王都ほど大きい町なら裏通りまで探せば見つかるかもしれないが。
その理由としては、店に素材を置いても使用する人がほとんどいないので、売れないのだろうだと推測できる。
「ミーナ様は何か見つかりましたの?」
「ううん、ソーニャさんに借りた鑑定道具が欲しかったぐらいかな。あれアイテム名が分かるみたいだったし」
「え、そうだったんですの? 何故か、ミーナ様がアイテム名ばかりあげると思ってましたが、なるほど……」
「王都に行ったら探してみよう」
「ええ、絶対便利ですわ」
リルファナは実際に使ったわけじゃないから、そこまで気付いていなかったようだね。
◇
西通りをざっと見ながら、門の手前で左折し、南西区の環状の道を歩く。
商業区になっているエリアで、町の人や冒険者に向けた様々なお店が並んでいる。
この辺りにはあまり来たことがない。
数軒ながら奴隷を扱うお店もあるので、リルファナが嫌がるかもしれないとしばらく避けていたこともある。
「トーマスさんのお店はここにあるようですわね」
店の前で、リルファナとの契約をしてくれた奴隷商さんの名前をあげた。
リルファナは、すでに気にしていないようだ。
そのままトーマスさんの店を通り過ぎると、薬瓶の看板がかかったお店があった。
「薬屋ですわ」
「寄ってみよう」
ドアを開けて中に入ると、薬草が混ざった独特な臭いが広がった。
漢方薬のような臭いの中に、もっとツンと鼻をつくような臭いが混ざっている。好んで嗅ぎたいというものではない。
「いらっしゃい。緊急かい?」
カウンターには中年の女性が座っている。
町の薬屋は、急病のときに患者の元へ駆け付ける医者のような役割も果たす。
もちろん本来の医者もそうだし、教会も同じような役割を担っている。何かあったときは、その中の1番近くにある場所へ駆け込むのが基本ということだ。
「いいえ、素材なども売っていれば、見せていただきたいのですが」
「ん、自己責任で構わないなら扱ってるが、安く作りたいと生半可な知識で調合するのは勧めないよ?」
「ええ、大丈夫ですわ。サクロルートとタリスマベリーを探してますの」
「サクロルートなんて随分と珍しいものを探してるね。ええと……、根はあるが、ベリーの方はないね」
「ではサクロルートだけお願いしますわ」
リルファナと店主さんが話している間に、棚に置いてある製品を見ていたが、ポーションは1つもなかった。
話に聞いた通り、貴族向けの北東区の店でもないと置いてないのだろう。
リルファナから聞いた話では、丸薬や粉末といった薬もポーションも材料は共通しているものも多いそうだ。
薬との違いは、ポーションの方は製薬スキルと魔物の素材がいくつか必要となることぐらいか。
「タリスマベリーは、この時期なら青果店の方に置いてあるんじゃないかね」
「ありがとうございます。行ってみますわ」
店主さんが、リルファナの指示した量のサクロルートを包んで渡すときに、ついでに教えてくれた。
包むところを見ていたところ、サクロルートは細くて白い根のようだ。
薬屋を出て、近くの青果店に向かう。
「青果店にあるっていうけど、タリスマベリーなんて調理に使ったかな?」
「そのままですと、酸味が強すぎて料理には使わないはずなのですけれど……」
青果店で店主さんに聞いてみるとすぐに理由が分かった。
「普段は酸っぱくて食えたもんじゃないが、長い雨の後は酸味が弱くなるんだよ。ここに並んでるのは、そこを狙って収穫したものだけさ」
「はじめて知りました。リモネとは違うのですか?」
「ほぼ同じさ。リモネの代わりに使えるし、この方が安いからな」
タリスマベリーは薄い黄色で、形はブルーベリーといった見た目だ。
雨期の後だけ食べられる果物。
リモネと『ほぼ同じ』ということはちょっとは違うのだろう。せっかくなので料理に使ってみようと、少し多めに購入した。
「ありがとな!」
夕飯の素材も一緒に買ったところ、満面の笑みを浮かべた店主さんに見送られ、青果店を後にした。
「これで材料は揃ったのかな?」
「ええと、町で買えそうなものはこれで揃いましたわ。残りはギルドになかったので、採りに行かないとかもしれませんわね」
「ベリーとか先に買っちゃって大丈夫なの?」
「皮を乾燥させてしまうので加工後は濡らさなければ長持ちしますわ。皮自体も料理の残りなどで良いですし」
タリスマベリーはそんな扱いでいいのね。
他に必要なものは、獣の骨と聖水。
それと前に王都で買物していたときに見かけた素材が必要らしい。
骨の方は冒険者ギルドで確認したところ、骨は装備加工の方へまわしてしまうので取り扱っていないそうだ。
また、ドラゴンの骨でも使えるけど、至急必要というわけではないなら、もったいなさすぎるとのこと。
「聖水はどうやって手に入れるの? クレアも作ったことないよね?」
聖水は錬金術で作ることができる他、クレリックや巫女といった神職系の初期スキルで作ることができた。
しかし、その辺りのヒーラーに頼んでも、ほぼ間違いなく作れないと思う。
「そこは考えがあるので大丈夫ですわ」
リルファナが自信満々に断言した。
変なことを考えているときの顔のような気もするけど、まあ手に入るならいいか。
◇
とりあえず素材はなんとかなりそうだし、休憩のためにカフェに入った。
そう、アグリコルトーレ様の話をするためでもある。
カフェの中は厚めの仕切りで区切られていて、半個室のようになっていた。
1番端の席で適当にお茶を頼み、お茶が運ばれてくるまでは雑談だ。
「そういえば少し気になったのですけれど」
「ん?」
「ソーニャ様はわたくしより背が少し低いですわよね」
「うん」
「呪いの影響という可能性はあるんですの?」
うーん、どうなんだろう。
「冒険者登録して、しばらく経ってからってことは、早くても成人ちょっと前とかだよね」
冒険者登録できるのは12歳が最低ラインだ。順調にランクが上がったとして成人前ぐらいだろうか。
ちゃんと話を聞いたわけじゃないから、ほとんど推測だけど。
「成人する年齢が若いので、その後も多少は背が伸びる方はいるそうですわよ? 特に背が低い方は、その後に伸びる方が多そうですわね」
「そうなんだ」
高校生になってから、急に背が伸びたといった感じだろうか。
ソーニャさんの身長は、呪いのせいで伸びなかったという可能性はあるのかもしれない。
「きっとわたくしも……」
リルファナが小さく呟いた。
どうやらリルファナは、もうちょっと背丈が欲しいようだ。
「ごゆっくりどうぞー」
お茶がテーブルに置かれたので、アグリコルトーレ様から聞いた話をする。
「日本へ戻る方法はありそうということですわね」
「うん、少なくとも昔はあったみたい」
「伝言を頼んだということは、こちらに戻ってくることはできないか、戻れるか分からなかったということですの」
「そうだね。もっと昔の英雄について情報を集めようかと思うんだ。戻って来れるなら、それらしい内容が載ってるかもしれないし」
「ガルディアではもう調べつくしましたわよね?」
「図書館の本はね。でももう一か所、調べられるかなってところがある」
「……?」
リルファナが、どこだろうという顔でお茶を飲んだ。
「北西区の貸し出ししてる本屋だよ。あそこ、大通りの本屋とも図書館とも違う本の取り扱いが多かったはず」
「ああ、ありましたわね」
前に、レダさんに教えてもらって行った商店街で見つけたレンタル本屋だ。
あのときはちらっと見ただけだから、もう1度ちゃんと確認しておきたい。
「では、そこに寄ったらクレア様のところに戻りましょうか」
「うん、日が暮れる前には宿屋に戻りたいからね」
北西区に寄っていると、丁度戻る頃合いになるだろう。
レンタル本屋で1人が1度に借りられる本は2冊までということで、わたしとリルファナで英雄に関わりそうな本を4冊借りて宿屋に急ぐのだった。