眠り病
「ソーニャさん。薬を探しているという話ですが」
「ええ、何か見つかりましたか?」
「まだ未鑑定ですが、10階でいくつかポーションを拾いました」
「では鑑定してみましょうか」
ギルドマスターの部屋の前から、冒険者ギルドにある食堂へと移動する。
ソーニャさんは、マジックバッグからルーペ型の鑑定道具を取り出した。
レンズに少し色味がかかっているが、わたしたちの使っている鑑定用のルーペと同じもののように見える。
「あれ? それで分かるんですか?」
「ああ、そういえばガルディアの冒険者ギルドでは見かけませんでしたね。これは上位の鑑定道具なのですよ」
ソーニャさんに教えてもらったところ、ソーニャさんのルーペは基本的な能力を鑑定できるアイテムらしい。
もちろん、町に出回っている鑑定道具と同じように、付属している補助効果が分かる効果も付いている。
「王都にいけば売っていますが希少品ですし、特定の道具を探しているというのでもなければ、価値には見合わないかもしれませんね」
アイテムの能力が分かるといっても、武器や防具ならば見ただけで使い方はすぐに分かる。
基本的には、今回のように迷宮で手に入れたポーションの鑑定ぐらいにしか使わないらしい。
ポーションだけなら、もっと安価な専用の鑑定道具もあるので、この鑑定道具を無理に買う必要もないという。
リルファナのように製薬スキルを持っている人ならどのような効果か、じっくり見るだけで分かったりもする。
これはわたしが鍛冶スキルで鉱石などの判別をなんとなくできることと一緒だと思う。
「試しに使ってみますか? 使い方は同じですので」
「やってみたいです」
「ではどうぞ」
「『鑑定』」
迷宮で発見したポーションを並べ、端にある1つを鑑定してみることにした。
ソーニャさんからルーペを受け取り、ルーペに魔力を流す。
『ストレングスポーション』
という名前が頭に浮かんだ。
「どうですか?」
「ストレングスポーションだそうです」
「一時的に筋力を強化するポーションですね」
……ん?
気になることもあったが、とりあえず迷宮で拾ってきたポーションを全て鑑定していく。
視力を一時的に上げるアキュラシーポーション、毒を治療するキュアポイズンポーションなどがあった。
病気の治療薬もあったけど、効果は弱いようでソーニャさんが望むものはなかったようだ。
そして確信する。
このルーペは基本的な能力を鑑定するのではなく、アイテム名が分かる鑑定道具だ。
アイテム名といっても能力が分かるような名前であることが多いので、そのように伝わっているのだろう。
「あの、この鑑定道具は何でも鑑定できるんですか?」
「ええ、大体何でも鑑定できますよ。でも時々ですが、『???』と頭に浮かぶこともありますね」
ソーニャさんの許可をもらい、周囲のものを鑑定してみる。
霊銀の剣、木製のテーブル(中)、メイド服(戦闘用)。
壁を調べると『ガルディアの冒険者ギルド』と出たのは驚いた。ちなみに個人の家の壁を調べても所有者の名前は出ないそうだ。
「ふふ、気に入りましたか?」
「思った以上に便利そうです」
さすがに壁まで調べると思わなかったのか、ソーニャさんが笑いながら返したルーペを受け取った。
このルーペは欲しいので、王都に行ったときに探してみよう。
「探している薬はなさそうでしたし、これでお暇いたしますね」
「あ、ソーニャさん」
ソーニャさんが席を立つ。
拾ってきたポーションはあくまでもおまけだ。本題はリルファナの製薬スキルである。
「ええと、症状などの詳細を教えていただければ、わたくしが薬を作ることができるかもしれませんわ」
「ふむ……、ミーナさんたちなら話しても問題ないでしょう」
ソーニャさんは少し考えてから答える。
冒険者ギルド内では周囲の目がある。
お昼のあと、ソーニャさんの泊まっている宿を訪ねる約束をして一度別れた。
◇
ガルディアの町、東通り。
ソーニャさんたち、迷宮の探究者のメンバーが宿泊している宿屋がある。
「前に泊まったところみたいだね、お姉ちゃん」
「うん、高そうな宿屋だね」
蜘蛛騒動の解決後、レダさんに泊めてもらった高級宿のすぐ近くだ。
品のある豪華な内装や、教育が行き届いたキビキビとした動きの従業員。宿に入っただけで、同じようなランクの宿屋だとすぐに分かる。
ソーニャさんが話を通しておいてくれたようで、すぐに受付で部屋まで案内してくれた。
案内された部屋は3階の廊下を進んだ、一番奥の部屋。
入った部屋はテーブルとソファーが並ぶリビング。
さらに隣室が2部屋あり、寝室と小さな客室になっているようだ。
「奥の部屋にどうぞ」
リビングではマオさんと、シーエルフのドウランさん、ハーフドワーフのククララさんがボードゲームで遊んでいた。
装備の修理中、町にいるだけというのも暇なのかマオさんがいくつか買ってきたようだ。
ソーニャさんから、わたしたちが話を聞きに来ることは伝えられているようで、マオさんたちは挨拶だけですぐにボードゲームへと戻る。
ちなみに、ソーニャさんの話はここのメンバーは全員知っているとのことだ。
ザッカリーさんはどうしたのかと思っていたら、ソーニャさんたちは男女で分けて2部屋取っているので、そちらの部屋で何かの作業中らしい。
「ふふふ、これが最善の一手です」
「じゃあ、ドウランはサイコロを2つ振ってね」
マオさんにサイコロを渡されたドウランさんがサイコロを振る。
「また1が2つです……」
「ドウランの作戦は良いんだろうけど、……サイコロに見放されてるね」
というククララさんの言葉を聞きながら、ソーニャさんに奥の部屋へと通された。
お茶を入れてテーブルに並べたあと、ソーニャさんは話し始める。
「私の探している薬ですが、……弟の病気を治療できる薬を探しているのです」
フォーレンの商家の生まれであるソーニャさんは、ソーニャさんの弟とソーニャさんの幼馴染の3人で冒険者となったらしい。
ソーニャさんの弟は、いずれは家に戻り稼業を継ぐつもりだったが、社会勉強の一環でもあったようだ。
それなりに上手くやっていた3人は、とある遺跡の調査依頼を引き受けた。
「その遺跡も、ほとんどリスクのない調査済みの遺跡でした。依頼主が気になることがあるようで、再調査を行ったのです」
遺跡の調査中、たまたま発見した隠し部屋。
そこで悲劇が起きた。
「部屋には悪魔の形をした像がありました。気付いたときには罠が発動してしまいました」
数回、像から光が瞬いた。
その後、気を失っていたソーニャさんが最初に覚醒し、像の近くに同じように倒れていたソーニャさんの弟と幼馴染の2人を起こして町へ帰還。
2人とも眠っているだけで、起こせばすぐに気付いたので、そのときはあまり気にしていなかったようだ。
「はっきりと気付いたのは数か月経ってから。弟の睡眠時間が明らかに増えていたのです」
徐々に増える睡眠時間。
1日鐘2つ分ほどだった睡眠時間が鐘3つ分になった頃、やっとソーニャさんたちは何かおかしいと気付いたようだ。
なぜ、そこまで気付かなかったのかというと、他の人に起こされれば、しっかりと起きることができていた。
しかし、睡眠時間が増えてきてからは、起こそうとしてもなかなか起きなかったり、寝不足でぼーっとしていることが増えたそうだ。
病気がゆっくりと進行し、現在では1日のうち半日ぐらい眠りっぱなしらしい。
「ソーニャさんと幼馴染の方は大丈夫でしたの?」
「いえ、省略してしまいましたが、すぐに分かる別の症状が出ていました。遺跡から戻り、町の教会ですぐに治療してもらいました」
「弟さんだけが治らなかったということですのね」
「はい。症状が酷くなってからだけでなく、そのときも念のためと教会で診てもらったのですが……」
ソーニャさんの弟と共に、幼馴染という人も冒険者をやめることにしたらしい。
ソーニャさんは1人でどうにかできる薬を探していたところ、迷宮の探究者のリーダーに声をかけられたそうだ。
「それから5年ほどでしょうか。いくつか眠りに関係する薬を試してみたものの全く効きませんでした」
うーん、睡眠時間が徐々に伸びていくか。
セブクロに似たようなクエストがあったような気がするけれど……。
「似たような症状だと、眠り病かな?」
「眠り病……ですか? 眠りに関する病気はほとんど調べたはずですが、聞いたことはありませんね」
クエスト特有の病気。というより呪いだ。
クエスト内容は、幼い兄弟が小さな遺跡を発見し、その中で弟が呪いにかかってしまうというもの。
解決するためには遺跡を調査し、原因になった像を破壊するというのが正規のルート。
うん、実はこのクエスト、正規のルート以外での攻略も可能だった。
高位の解呪の薬を用意することで解決することもできるのだ。
ソーニャさんには、クエストの内容を本で読んだ過去の話にして解決方法を掻い摘んで説明した。
「もちろん、同じ呪いとは限りませんが……」
「なるほど、しかしあの像を破壊するのは難しいと思いますが」
凄腕と呼ばれる冒険者でもレベル60程度しかなく、魔法も下位魔法しか使えないこの世界の住人では像を壊すのは難しいか。
「薬ではなく、解呪の魔法ではどうでしょう?」
「うーん、そこまでは分かりません。高位の神官というのなら可能かもしれませんが」
クエストでは眠り病の治療には、解呪の薬しか効果を受け付けなかった。
現実となった今なら魔法でも治療できる可能性はある。ただし、薬と同レベルの魔法を扱える必要はあるだろう。
上位となるとクレアでもまだまだ難しいレベルだ。それだけの能力を持つ魔術師を探すのは難しいと思う。
「解呪の薬ですの? ミーナ様、どの程度の薬なら大丈夫なのでしょう」
「うーん、高位の、としか知らないんだよね」
ゲームでは各町に世界中のプレイヤーが使うことができるバザー機能があったため、売ってる中で一番良いやつを適当に買えば良かった。
生産スキルのレベル上げに作る人も多く、値段も大して差がなかったし……。
クエストで具体的な薬の名前も指示されないし、NPCから見たらプレイヤーの作る中位レベルの薬でも高位の薬に入ってしまう気がする。
といった理由で、ほとんどのプレイヤーが気にせず最上位の薬を購入してクリアしていたので、必要なランクまで検証されていなかった。攻略サイトをしっかり読み込めば書いてあったかもしれないけどね。
リルファナはセブクロで製薬スキルを極めているので、こちらの世界でも相当な能力を持っている。
リルファナなら最上位の解呪の薬でも作ることはできるけれど、材料が揃えられるかという問題が残ってしまう。
「中位の薬ならすぐ作れますわ。上位以上となると材料が足りませんわね」
「何が足らない? 王都まで行けば買えるかな?」
「ええと……」
リルファナがいくつか素材をあげる。
少し探してみる必要はありそうだが、国内で手に入りそうかなというものが多かった。
「あの……、リルファナさんは上位の薬を作れるのですか?」
ソーニャさんが目を丸くしている。
あ、そうだ。
この世界では下位のポーションってだけでも、すごい貴重品なんだった。
「えっと……」
「周りには内緒で、お願いしますわ」
「ええ、分かりました」
どうしようか考えていたら、リルファナが口外しないようにソーニャさんに求めた。
それに対してソーニャさんも、ゆっくりと力強く頷いてくれた。
クレアはリルファナがすごい薬を作れることについては、あまり気にした素振りもない。
口をはさむこともないので、静かに出されたお茶を飲んでいる。
リルファナは、素人のクレアに錬金術や色々なスキルを教えたりしていることもある。
クレアにとっては、リルファナは知識人というのが普通になってしまっているのだろう。
もちろん、クレアにはわたしの魔法剣なども含めて、周りに言いふらさないようにとは言ってある。
面倒ごとに巻き込まれたくはないからね。
「それと、ミーナ様の言う眠り病だとしたら、前に探していると言っていた月光薬では効果が弱いので、効かないと思いますわ」
「そうですか……」
「眠り病というのも推測なので、試してみる価値はあると思いますよ」
眠り病だと確定したわけじゃない。月光薬の探索をやめる必要はないだろうことは伝える。
「ところで、弟さんは今どちらに?」
「フォーレンの実家で療養中です。起きている時間が短いとはいえ、少しずつ商売の勉強もしているので」
王都にいるなら、すぐに作れるという中位の薬を作って試してみようかと思ったのだけど、フォーレンまでの移動時間を考えるとダメだったときに手間になりそうだ。
材料を探してみて、揃いそうなら上位の薬を作ってしまうことに決めた。
「ガルディアで足らない素材を探してみますわ」
「お願いします。費用については私か迷宮の探究者宛てに請求してください。リーダーにも伝えておきますので」
弟さんの治療の糸口が掴めたためか、少しほっとしたようにソーニャさんが答えた。
「次です、次」
部屋を出ると、丁度ボードゲームが終わったところのようだ。
さっさと片付けているところを見ると、ドウランさんが負けたみたい。
「あ、ソーニャの話が終わったなら、ミーナさんたちも遊んでいきますか?」
「4人ならば、戦略も大きく変わるな」
「ドウランはサイコロ運をどうにかした方が良いんじゃないかい?」
マオさんに声をかけられた。
素材を探しに行こうと思っていたのだけど、ソーニャさんも「そんなに急いでいませんので構いませんよ」ということだ。
「ガルディア内ですし、わたくし1人でも大丈夫ですのよ」
「ちょっと買いたいものもあるから、わたしも行くよ。クレアは遊んでく?」
「うーん、そうしようかな」
クレアが残るようなら、アグリコルトーレ様から聞いた転生者絡みの話をリルファナに伝えておこう。
買い物が済んだらクレアを迎えにくるとマオさんたちに告げて、リルファナと宿屋を出た。
今回の投稿で200話となりました。
ブクマ、評価、誤字報告などありがとうございます。