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覚醒とはじまり

 目が覚めると、そこは光の射し込む森の中だ。


 付近には崩れた丸い石柱が等間隔に円を描いて並んでいた。

 わたしのすぐ横には厚い大きな石板が埋まっている。どれも草や苔で覆われていて明らかにずっとここにある古い物だと分かった。


 この付近だけ木が途切れ、ぽっかりと広場になっている。


「んあ?」


 突然のことに間が抜けた声が出てしまった。


 ここはどこだ……? 思い出せ、わたし!


「試験が終わって明日から夏季休暇だったよね。うん」


 大学3年生の前期試験が終わったわたしは、久しぶりに『セブクロ』にログイン出来ると浮かれていた。


 『セブクロ』とは、正式名称『セブンス・クロニクル』というオンラインRPGで、わたしはサービス開始時の2年前からずっと遊んでいる。


 ……おっと、『セブクロ』の話はいくらでも語れるが今は置いておこう。


 東京の大学に進学し、一人暮らしになったわたしはスーパーまで徒歩3分、コンビニも近いという好立地のアパートに住んでいた。


 試験が終わったらお盆までには帰ると実家には連絡し、しばらく大学の図書館で勉強漬けだったストレス発散も兼ねて『セブクロ』で遊ぶ予定だったはずだ。


 わたしには3人の兄がいるが、昔から兄たちの様々な趣味に付き合わされた。

 兄たちの目論見通りそれらにハマることになり、ゲーム以外にもやりたいことは多かった。


「ここ最近買ったオフゲーもラノベも積んであるし、お菓子作りもしてないなあ……」


 こう考えるとインドア系ばっかりだなわたし!


 でも兄さんたちも、どっちかと言うとオタク系の趣味が多かったから仕方ないかもしれない。


 このまま放っておくと女の子らしい趣味が芽生えないのではないか、と焦った母さんがお菓子作りを教えてくれたのである。

 もちろんこれにも大ハマリしたことは言うまでもない。


 人の好きなことを楽しそうに教えてもらうと何だか自分もやりたくなっちゃうんだよね。

 必ずしも長続きするわけではないけど。


 家に帰って来て、どうしたんだっけ?



 わたしは――瑠璃川海凪るりかわみなぎは――ミーナは。


 家に帰ってきて早速ゲームをしようと思って――収穫の手伝いを頼まれたけど面倒で抜け出して。


 誰かに呼ばれた気がして――こっそりと森の中のお気に入りの場所で。


 夢を見た――お昼寝だ。



「ミーナ? 収穫? 昼寝?」


 記憶がおかしい。まだ寝ぼけてるのかもしれない。

 こういう時は身体を動かして無理やり頭を覚醒させるのが良い。


 手を開いたり閉じたりする。


 ……大丈夫そうだ。続けて腕を上げてみるが問題無し。そっと上半身を起こす。


 ここは石版や石柱で周りから隠れる場所だったようで、立ち上がると視界が開けた。


 キョロキョロと辺りを見回すと、すぐ近くで女の子が両手を腰に当てて唇を尖らせている。

 手を伸ばせば届きそうな距離だったが、寝転がった状態では見えなかったようだ。


「もう、さっきから聞いてるのお姉ちゃん?」


 わたしより少し背が低く、オレンジがかった赤い髪を後ろで縛っている。

 茶色の瞳でニコニコと笑顔でわたしを見ているが、目は笑っていない。


 この顔はとても怒っている時だとわたしは知っている。やばい。彼女を本気で怒らせたら酷い目にあう。


「き、聞いてるよクレア!」


 咄嗟に口から言葉が飛び出た。


 彼女の名前はクレア。

 わたしの一つ下の妹。13歳なのにかなりしっかり者で、村に時々やってくる商人さんには、わたしの方が妹に見られることがあるぐらい。


 ……いや、わたしは大学3年の二十歳はたちだよ? というか商人って何だよ?


 なんだかよく分からない情報が頭の中で渦巻いて、急に酷く痛みだした。


「え、お姉ちゃん?」


 頭痛が酷くなり、石柱に手をついて何とか自分の身体を支える。

 なんだか力も入りにくい。


「調子が悪かったなら言ってくれれば良かったのに」


 クレアは怒った顔から一転して、心配そうな顔になるとわたしの身体を支え、顔を覗き込んできた。


「とりあえず村に帰ろう。ね?」


 彼女は誰で村ってどこだろうという思考と、ここは従っておかなければならず調子が悪くなってラッキーという思考がぐるぐるとわたしの頭の中を巡っていた。


 どっちにしろここにいても仕方がない、少女クレアに頷いて村へと向かうことにする。


 目覚めた場所で見回したぐらいでは分からなかったが、クレアに支えられながら5分も歩けば森から出ることができた。


 そこにゲームでよく見かける農村のような光景が広がった。


 区切られた大きな畑が立ち並び、合間に木造の家が並んでいる。

 今は初夏の収穫の時期で、各畑には色とりどりの野菜が実っている。時々見たことも無い色の野菜があるのは気のせいだろうか。


 森から流れる川が村の中をはしっているようで、ところどころに木造の橋がかけられていた。遠くの方で牛の鳴き声が聞こえた。水車は無いみたい。


 ――どこだここー!?


 脳内は大混乱の真っ最中だが、さっきからの頭痛も全くよくならず、クレアに支えられないと立ってすらいられない。


 わたしは出来る限り落ち着いたフリをして自宅へ向かう。


 ……あれ、こんなところに自宅なんてあるの?


 森から出てきたわたしたちに気付いたようで、近くの畑から女性が近寄ってきた。

 クレアと同じような赤毛で三角に折った布を頭に巻いている。畑仕事のために革製のしっかりしたエプロンをしているようだ。裾には少し土汚れが見えた。


「クレア! ミーナを見つけたのね」

「うん、母さん。でも何だか調子悪そうで立っていられないみたいなの」


 クレアに母さんと呼ばれた女性は、眉を寄せてわたしをじっと眺めている。仮病だと思われてる気がする。


 よく考えたらクレアと姉妹ということは、わたしの母さんでもあるんだよね?


 頭痛が益々酷くなり割れるような痛さになる。


「嘘ではなさそうね。ミーナを寝かせたら、こっちを手伝ってちょうだい。父さんが呼ばれちゃったから手が足らないのよ」

「分かった」


 頭痛が酷く、熱も出てきたのか意識がぼーっとしてきた。周りの景色を見る余裕もない。


 クレアに支えられながら家に入り、ベッドに寝かせられるとクレアは母さんの手伝いのために部屋を出て行った。


 すぐに一度戻って来て木製の水差しとコップを置いていってくれた。よく気が利く子だ。


「熱まで出てるじゃない! ちゃんと寝てるんだからね!」

「……うん」


 熱のせいなんだろうけど、クレアの手が冷たくて気持ちいい。さすがにこれだけ体調が酷ければ寝るしかないよ。

 クレアが持って来てくれた水を少しだけ飲み込むとベッドに入る。


 そのまま、すぐにわたしは意識を手放した。


 ……変な夢だったな。流石に夢の中で寝ちゃえば起きるよね。

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