土の神の聖域
アグリコルトーレ様への要望は、昔の英雄の話を聞くことにした。
実際に会った人たちの話だけのようだけど、何かの役に立つ話や面白いことが聞けるかもしれない。
「相性の問題なんだろうが、やはり俺のところに来るのは盾役っていうヤツが多かったな」
神に呼ばれた人の職業、この世界では戦い方かな、や性格などによって出会いやすい神様がいるみたいだね。
土の神様は、ステータスで言えばVITや防御力といった強固さを表している。盾役職が招かれやすいということだろう。
「……そういえば、初めて来たヤツはいきなり斬りかかってきたぞ。ゲームでは巨人族はどういう扱いだったんだ?」
アグリコルトーレ様は、当時の転生者から尋ねられた質問の意味がよく分からなかったらしい。
そこで、その転生者から、セブクロの記憶を読ませてもらったことがあるため、どんなものか理解しているそうだ。
他の神様も似たようなことがあって、転生者と出会ったことのある神様は、ほとんど知っているみたいだけど。
「人の住まないような地にいるキャラクターでしたけど、極一部を除けば敵ではありませんでしたよ」
「最終的には仲良くなったんだが、初めて見たとか言ってたなあ」
「あー……、巨人族は僻地にいるし、あまり数が多くないので、都市部で活動している人では中級者レベルでも見たことがないってこともあるかも……」
初めて神様の聖域に来たら、ここはどこかと思うだろう。
そして、目の前に巨人族がいたら魔物だと思ってしまうのも分からなくはない。
わたしは聖域にも、もう慣れたものだからね。慌てることはないよ。ふふん。
「どうでもいいことを考えている顔だな」
なぜか呆れた顔でそう言われた。むむむ。
「でも、魔力とか感覚でなんとなく安全な場所って分かると思うけどなあ」
「そうなのか? そんなこと言われたこともないし、転生者に限らず、神像を見たことない人間には、俺の顔を見た途端に警戒されることもあるぐらいだが。攻撃までされることはあまりないけどよ」
わたしの何気ない呟きにアグリコルトーレ様が答える。
うーん、昔に来た人たちは気付かなかったのかな。
この辺りの感覚は転生者によって違うのかもしれない。
「まあいいか。その攻撃してきたヤツは、話してみるとなかなか面白いヤツで気に入ってな。戦う能力は持ってるってのに度胸がない。ここの畑を見て、こんな農業スキルが欲しいなんて言い出したからくれてやったな」
わたしたちの能力はゲームで使っていたキャラクターに合わせて機械的に受け取ったものだ。
そのキャラクターで、普通に生活することまで考えて育成することはない。戦闘ばかりやっていて、生産スキルは全然上げていないということも普通にあるだろう。
「どうせだからと、土に加護が加わる能力も与えてやったぜ」
「その人はどうなったんですか?」
「ああ、そのあとも何度か聖域に招いたりしたんだが……。たしか、しばらく冒険者を続けて資金を作ってから、有志と一緒にどこかに農村を作ったって言ってたな」
「へえ」
色々な人がいるもんだなあと、お茶を一口。
「名前は……フェルドって言ったな」
「ぶは」
土に加護を与える能力を持っているなんて、フェルド村を作った人じゃないだろうか。
「げほっ、げほっ」
「だ、大丈夫か?」
「は、はい。その村、わたしの出身地かもしれません……」
「ほう。土の加護がまだ残ってるのか、ちょっとサービスしすぎたかな? いや、アイツの才能もありそうだな」
アグリコルトーレ様にフェルド村の説明すると、少し難しい顔をしていた。
「死の間際にも、神の眷属にならないかとここに呼んだんだが……。『来世で嫁と待ち合わせしている』と断られてしまったな、それもアイツらしいが」
思い出したのか、アグリコルトーレ様は楽しそうに笑う。
六大神クラスの神様は何か問題があっても、他の影響を与えてしまうこともあり下界に簡単に降りることができない。
その際に、神の眷属と呼ばれる人や生物を下界に送って問題を解決することがある。神の遣いと言えば聞こえは良いが、要は神様の使いぱしりみたいなものだ。獣であれば神獣、人であれば神の使徒などと呼ばれることも多い。
セブクロでも高レベルのクエストでは、神の使徒や神獣の手伝いをさせられるものがあった。
……いや、結構多かった。
よく考えたら神の眷属って、あまり役に立たないのでは……?
「なんだか、不遜なことを考えられている気がするな」
「いえいえ」
なんで分かるんだろう?
「その人は、こっちの世界で一生を終えたんですね」
「ああ、『嫁もできたし、言伝は頼んだからこちらに残った』と言っていたぞ」
「えっ!」
やはり、日本へ戻る方法があったということか。少なくとも昔はだけど。
「あの、日本へ戻る方法については……?」
「詳しくは聞いていないが、古代の秘宝がどうとか言ってたかな?」
身を乗り出して尋ねると、重要だと思ったのかアグリコルトーレ様は数分かかって思い出してくれた。
「その辺りはテネレータが詳しいと思うが、アヤツは気楽に教えられる立場でもないな」
神様たちにも、それぞれの立場や守らなければならない誓約があるらしい。
「……神様の力で帰ることってできるんでしょうか?」
「うーむ……。転移が可能かどうかならば、できなくはないだろうという神もいるが……」
神様の力でも安全に転移させることは非常に難しいらしく、もし出会えてもそこまでしてくれないだろうということだそうだ。
転移するための負荷で死んでしまったり、飛んだ先で生き埋めになったりしては元も子もない。
そのあともアグリコルトーレ様は、他にも数人の転生者の話をしてくれた。
地球へ帰る手段を探す者、仲間を集めて国を作ろうとしていた者など様々だったらしい。
しかしフェルドさん以外の転生者には、何度も会っていないのでそのあとどうなったかは分からないそうだ。
神様によっては加護を与えた相手をしばらく追跡、加護を使うのに値しない人間だと判断した場合は消去することもある。しかし、アグリコルトーレ様はそこまで気にしていないとのことだ。
それと転生者と転移者の違いについては、神様たちも詳しくは知らないみたい。
普通であれば転移者となり、たまたま波長があった者がいると、その人の死の間際に転生するのではないかと考えている神様が多いみたいだけどね。
「あれ? そういえば、わたしはわざわざミーナという身体を用意されていたような感じでしたけど……?」
「俺たちも全ての情報を共有しているわけではないんで、そのことについては分からんな。だが、なるほどな。なんとなく思い当たることがある。……最初に言っていたヴィルティリアについて調べてみな」
「はあ……分かりました」
ヴィルティリア時代とわたしに何か関係があるということだろう。
クレアが古代文明について調べているが、ガルディアではあまり情報がないそうだし、のんびり探してみよう。
「情報だけというのもつまらんだろう。これもやろう」
知りたかったことが多かったので、情報だけでも十分だけど、くれるというなら貰うのがわたしだ。
アグリコルトーレ様が、手に持った茶色の魔力。それを散らすようにわたしにふりかけた。
魔力の光は、ふわっと輝くと消えていく。
「これは?」
「転生者には防御系のスキルと言えば分かるだろう?」
「ありがとうございます!」
盾の使い方が上手くなる盾スキル。
それと常に防御力が上がる受動スキルをいくつか加護としてくれたようだ。
戦闘中、両手で剣を構えることもあるが、基本的に左手は空いている。
せっかくなので今度、盾を使ってみようかな。
「さて、次はこちらが話を聞かせてもらう番だな」
神様がわたしたちの話を聞くのは娯楽だけでなく、人々の生の声を聞きたいようだね。
◇
しばらく話し込んだあと、いつも通り迷宮へと戻ってきた。
「いてて」
座っていてもアグリコルトーレ様は大きいので、上を向いて話していたため首が痛い……。
「今回は、ばらばらだったのかな? お姉ちゃん」
視界が下がって急に痛んだ首に手を当てていたので、別のところに行っていたとクレアが悟ったようだ。
「土の神、アグリコルトーレ様だったよ」
「わたくしは旅の神、ヴィアジョルソ様でしたわ。レダ様も会ったことがあると言っていた方ですわね」
「私はペシェツァ様だったよ!」
ペシェツァ様。……聞いたことあったかな?
「知識の神様ですわね」
「うん!」
リルファナは知っているようだ。
セブクロでは、賢者の固有クエストでよく出てくる神様らしい。
アグリコルトーレ様によると呼ばれる神様とは相性も関係するらしいし、クレアは賢者に向かって順調にステップアップしているということかもしれない。
ドーム状の建物。入ってきた方向と反対側にある出入口から外を覗くと、緩やかな下り道で、砂浜に建つ小さなドームが見えた。
予想通り、この階層は円形の小島になっていて、丁度このドームが島の中央になっているようだ。
「あそこに行ってみようか」
次のドーム状の建物に向かって3人で歩き出した。