東の森の迷宮探索 - 10階
魔法門をくぐると、砂浜に出た。
辺りを見回してみると、浜から離れる方向へはゆるやかな斜面、浜の範囲はかなり小さく10歩ほど歩けば土の地面へと変わる。
斜面の先にはドーム状の建物があり、踏み固められた土で道ができていた。空には海鳥が飛んでいる。
反対側は見えないが、円形の島のようなになっているのではないかと思う。
「なんか今までと空気が違うね」
「ええ、何かに見られている感じですが、不快ではありませんわね。見守られているとでも言うような……」
「神殿の空気に似ているかな。お姉ちゃん、リルファナちゃん」
クレアが中央のドームを見て、不思議な顔をしている。
「あそこにすごい魔力があるような、ないような。何か変な感じ」
「行ってみよう」
ここは偶数の階層。何かいる可能性もあるので、警戒しながらドームへと歩く。
踏み固められただけの道はドームに向かうだけでなく、途中で左右に分かれていた。島の真ん中を通る円形の道があるようだ。
ドーム状の建物に足を踏み入れる。
「なんだろう、これ?」
「魔石かな……?」
「とても大きいですわ」
石造りのドーム。綺麗な八面体の水晶が建物の中央に浮いていた。
見上げるほどで、わたしたちよりもはるかに大きい。5メートルはあるだろうか。
水晶の中、ほのかに青白く光る液体が、下から3割ぐらいの高さまで入っている。
「この石に魔力が出たり入ったりしてるように見えるよ、お姉ちゃん」
変なものではなさそうだけど、なんだろう。
迷宮が消費する魔力が溜まっているのかと思ったが、広大な迷宮を維持するには明らかに少ないと思う。
「スケッチしておきますわ」
「うん。帰ったらソーニャさんたちに聞いてみよう」
このドームには入口がいくつかあった。
左右や後ろ側にも入口がある。
「……?」
何か聞こえたような気がして、きょろきょろするとクレアとリルファナも同じように周囲を気にしている。
「何か聞こえた?」
「うん」
「こっちですわ」
リルファナが入ってきた入口から見て、左側の入口を指さした。
「え、私は反対側だと思ったよ。リルファナちゃん」
「わたしはあっち」
クレアはリルファナとは反対の右側を指さした。
わたしが聞こえたのは入口の反対側だ。
なんとなく気になって、3人でそれぞれが聞こえた方の出口から外を覗き見た。
◇
畑が広がっていた。
よく手入れされた畑には、野菜がたくさんなっている。
ナスのような実のついた2メートル近い植物も生えているけど、何の野菜かは分からない。
目の前には畦道が続いていた。
少し先に和風の平屋が建っているのが見える。
「これは……、久しぶりに呼ばれたかな?」
クレアとリルファナが見当たらないが、別の方向から呼ばれたように感じたことを考えると、今回はばらばらのようだ。
平屋の方へと歩いていると、通り過ぎた畑の中から声をかけられた。
「おお、久しぶりの客か。悪いが家で待っててくれな」
声のした方へ振りかえると、男性がこちらを見ていた。見えているのは胸から上だけだが、2メートル近い植物よりも大きいのだ。
その男性は革製の服を着ていて、首には大きな手ぬぐいをかけている。筋肉質ではあるが、身長が高いせいか痩せぎすにも見えた。
あの見た目は、……巨人族だ。
セブクロではプレイヤーが選ぶことができない種族で、山脈や砂漠といった過酷な地に小さな集落を作って暮らしている。
狩りなどの原始的な生活をしているが、基本的に人間やエルフとも友好的なので安全なエリアとなっていた。
「分かりました!」
遠くにいるため大声で返事をして家へと向かった。
ガルディアで見た神像の中にそっくりの神様がいたけど、あんなに大きくなかった。
神像を見たときに種族が判断できなかったのは、中途半端な大きさだったからかな。
農作物の神様ということは、土の神様だろう。
最初は遠くて分からなかったが、家にたどり着いて気付いた。
家がとても大きいのだ。
巨人族にあわせたサイズになっているためだろう。考えてみれば当たり前である。
「お邪魔します」
そう言って、わたしの2倍以上ある引き戸を開ける。
不思議と重さは感じなかった。
中は古民家という造りで、家に入ったところは土間になっている。
客を迎え入れる場所でもあるようで、人間やドワーフでも座れるサイズの木製の椅子と、大きなテーブルが置いてあった。
「いやー、待たせたな」
木製の椅子に座って待っていると、さきほどの巨人が戻ってきた。
土間の奥にある水道で大きな手と足を洗うと、かまどにかけられたヤカンでお湯を沸かす。
……なんて名前の神様だったっけな?
「沸いた沸いた。よし、……アグリコルトーレの聖域へようこそ」
「ありがとうございます」
向かい側の大きな椅子にドシンと座り、和風の湯呑にお茶を入れながら名乗ってくれた。
お茶を一口。
いつも通り、わたしの周囲で明るい光と暗い光、暖かい赤い光、そして清らかな青い光が輝いた。
「おお、最近話題になってる嬢ちゃんか。ミーナとか言ったっけか」
光の数で様々な神様に出会っていることが分かったみたい。
そして神様たちの間で名前まで知れ渡っているようだ……。
「そこで採れた野菜と果物もあるから茶請けにでもしてくんな」
カーキュ、ピーノ、トマト、ナス、アランチャといった野菜や果物がたくさん出された。
こちらでの名前を知らない野菜や果物もたくさんだ。
「ああ、ここの野菜は生で食えるぞ」
生野菜だけどと思っていたら、アグリコルトーレ様が付け足した。
「いただきます」
生で食べるのに抵抗が少ないトマトを1つ手にとって齧りつく。
野菜のみずみずしさと、甘さが口に広がる。その甘みの中に、濃厚な野菜本来の味もしっかりと感じ取れた。
「美味しい」
「だろだろ。この土地でできた野菜はどれも美味いぞ」
アグリコルトーレ様が大きく頷く。
「そういや、記憶が混濁してるって聞いたなあ。どれ」
黙々と野菜の食べ比べをしているわたしを見ていたアグリコルトーレ様は、そう言って大きな手をわたしの頭に乗せる。
その瞬間、本来のミーナとの記憶がまた1つはっきりとした。
「――リルファナと仲良くね。あなたが無事に……へ辿り着けますように」
辿り着く……?
どこのことを言っているのだろう。
「どうだ?」
「はい、思い出せることが増えました。でもまだ抜けがあるような気がします」
「おや、完全には無理だったか。残りはフィメリリータに散らしてもらうと良い。あいつも会いたがってたからな、そのうち会えるだろうよ」
前にリルファナが会ったという風の女神様だっけ。
「そんな簡単に会えるものなのですか?」
「ああ、それぞれの神から提示される条件が整った状態で、いくつかの条件を満たした場所にいけば聖域に招かれるといったところかな。条件までは言えないけどな」
「なるほど、あれ?」
「どうかしたか?」
「テネレータ様からも似たようなことを言われたんですけど、かなりぼかしていたので……」
「ああ、テネレータとステラーティオは神としても別格だからな。下手に詳しいことを言えないんだろう」
神様業界も失言とか色々あるのだろうか。
聖域へつながる条件か。
今まで経験してきた中でいくつかの条件は、あやふやながらも推測できそうだ。
今後は積極的に探してみるのも良いかもしれない。
「さて、神としての褒美もやらんとな。何か望むものや質問はあるか? 俺は不器用だから、テネレータやカルファブロのようになんでもってわけにもいかんが」
「うーん……」
なにかあったかな?
本来のミーナの話にも出てくるヴィルティリアについて知っておきたい気もする。
「人の歴史やヴィルティリア時代について聞くことはできますか?」
「ああ、すまんがそれは無理だ。俺たちも神様なんて呼ばれているが、何でも知っているわけじゃないし、込み入った事情もあってな」
うむむ。何かあるようだ。
そういえば、今までなんとなく地球からやってきた転生者の話を、こちらの世界の神様に聞いてはいけない気がして避けていた。
良い機会だから聞いてみよう。
「では転生者や転移者、300年前の英雄についてもダメでしょうか? どんな人がいたとか、どんな能力を持っていたとか」
「あいつらの話か。俺が出会ったやつらや、そいつらから聞いた話が中心なら大丈夫だな」
話せないこともあるみたいだけど、聞くだけなら問題ないみたいだし、最初から神様に聞いてみれば良かったよ。
何か重要な話が聞けると良いなとメモを取り出した。