東の森の迷宮探索 - ドラゴンスカル
こんな奥深くに人がいるとしたら、『迷宮の探究者』のチームメンバーである可能性が高い。
内容は聞こえなかったが、焦ったような声だった。何か異常事態が起きているのだろう。
迷宮や魔物の罠であることを警戒しつつも、男の人が怒鳴る声が聞こえた方へと走る。
辿り着いたのは、周囲に何もない大きな広場。
入口以外は、3メートルはある鉄柵で囲われている。
円形に近い広場だが、外縁側に等間隔で1つずつオーブが設置されていた。
両手で抱えるぐらいの大きさで、色は全て違う。奥に赤と青、手前に緑と茶色のようだ。
そして広場の中央には、わたしたちの背丈の3倍ぐらいありそうなドラゴンと戦っているパーティが見えた。
形状は一般的な四つ足のドラゴン。
しかしそのドラゴンは、身体には鱗も肉も付いていない。骨だけのドラゴンだった。
「ドラゴンスカルですわ!」
「ええ、急に強いのが……」
セブクロでの、ドラゴンスカルのレベルは60から90と幅広い。
この大きさでは、ドラゴンスカルとしては小さい方なので65ぐらいかな?
少なくとも手負いの女王蜘蛛と比較したら、ドラゴンスカルの方が強い。
「おい! 突っ立てないで逃げろ!」
戦っているパーティの1人がこちらに気付き、警告の声をあげた。
こちらに声をかけてきたのは軽装の男性で、ドラゴンスカルの前で短剣を両手に構えている。
広場の手前側には、重装の鎧を着こんだ、金髪の女の子が倒れていた。
地面には引きずられたような跡が残っている。前衛から後ろまで引きずられてきたのだろう。
倒れた女の子の横には、回復魔法をかけている魔術師さん。
こちらはフルフェイスの兜に重装備なので、性別は分からない。大きさ的には子供のようも見えた。
その装備から、神官戦士辺りだろうと推測できる。
両横にメイスと盾が置いてあり、回復魔法をかける魔術師さんの鎧も大きく歪んでいた。
その、すぐ近くに青いローブを来た魔術師さんがいる。青白い肌、首元が鱗のような質感なので、シーエルフと呼ばれる種族だろう。
攻撃魔法を放っているところを見ると、回復魔法を使えないようだ。魔力が切れそうなのか疲れた顔をしている。
広場の中央付近には、声をかけてきた短剣を二刀流にしている男性と、黒髪で道着のような服を着た獣人の女の子がドラゴンスカルと対峙していた。
この世界ではゲームと同じように、他のパーティが戦っている魔物を、横から攻撃するのは冒険者としてマナーの悪い行為とされている。
しかし、軽装の2人では持ちこたえられそうにない。
助けてではなく、逃げろと警告してきたのも、わたしたちが戦えると思っていないからだろうし。
「クレア、回復を! リルファナ行くよ!」
「うん!」
「はいですわ!」
もちろん、見かけた以上は見捨てるつもりはない。
ドラゴンスカルは爪や尻尾など強力な物理攻撃と、毒のブレスによる攻撃を仕掛けてくる。
高レベルの個体には、闇属性の魔法を使う個体もいたけど、このサイズならそれはなさそうだ。
一方、弱点は火、光属性で、翼を持っているものの骨だからか飛べないという特徴もある。
単純な攻撃ばかりだが、攻撃力が高いので一撃でも食らうと痛そうだ。
痛そうだと思うぐらいで済むのは、レベルやスキルが上がっているからかな?
「加勢しますわ!」
「3人増えたぐらいで、どうにかなる相手じゃない! 俺たちはいいから逃げろ!」
盗賊系だと思われる軽装の男性が、再び忠告してきた。
獣人の少女は、ドラゴンスカルから視線を外さず両手を胸の前で構えている。両手に金属製の爪を装備しているようだ。
「大丈夫です! 加速、筋力強化」
クレアは後ろで怪我人を診ているはずなので、自分で強化魔法をかける。
「聖剣」
自分たちが全滅する可能性が高いのに、逃げろと警告してくれたパーティに対して、魔法剣を隠しておく必要はないだろう。
「筋力強化、防御値強化」
リルファナも自分に強化魔法をかけている。
トリックスターの特性を持つリルファナは、強化魔法であっても相反する魔法をかける必要がある。
INTの高いクレアが使う魔法の方が効果が高いため、あまり自分で強化魔法をかけることがなく使っているのは珍しい。
ちなみに強化魔法の相反する魔法となるのは、先ほどのように別の強化魔法でも良いし、同じステータスの弱体魔法でも良いらしい。
弱体魔法の場合は、相手にかける感じだね。リルファナが言うには、ゲームと違って色々と融通が利くそうだ。
それとは別に、トリックスターには専用の強化魔法もあるけど、使い勝手が悪いのでクレアに任せた方が良いと言っていた。
「火球」
道着という、明らかに軽装である獣人の少女が攻撃対象になっているので、ドラゴンスカルに攻撃を加えて攻撃の矛先をこちらに向けさせよう。
放たれた火の球がドラゴンスカルの顔にぶつかり、燃えながら弾けた。
弱点属性とはいえ、さすがに高レベルの魔物。あまりダメージは与えられていない気がする。
「火球」
「氷針」
ドラゴンスカルを挟んだ反対側からリルファナが魔法を放った。
わたしの魔法と同じようにほとんどダメージを与えたようには見えない。
「こいつ、急に攻撃も魔法も通じにくくなったんだ」
忠告しても、わたしたちが逃げないことを悟ったようで盗賊の男性が情報を出した。
ゲームのドラゴンスカルは、ダメージを軽減する能力を持っていなかったと思う。
このドラゴンスカルは持っているという可能性もあるけど、このエリアに何かギミックがあるのかもしれない。
明らかに怪しいオーブもあるからね。
「リルファナ、ギミックかも!」
「では調べてきますわ」
盗賊系のスキルをもつリルファナが、周囲を注意深く調べれば何か分かるだろう。
リルファナが近くのオーブに向かって走り出した。
ドラゴンスカルはその動きにも反応せず、獣人の少女を執拗に狙っている。
少女は辛うじてドラゴンスカルの攻撃を躱し続けているが、すでに疲労困憊のようで息は荒く、近いうちにスタミナがなくなるのは目に見えていた。
どうにかしてこちらに注意を引かないといけない。
ドラゴンスカルの側面に回り込み、横っ腹を斬りつけた。
「聖斬!」
霊銀の剣が、脇腹の骨に入り込み、浅くだが切断された。
防御力が高いようだが、さすがに魔法剣に属性スキルを乗せると効くようだ。
ドラゴンが咆哮をあげ、わたしの方を向いた。
一撃与えて分かったが、なんだか不自然な硬さを感じる。
周囲をざっと見回してみてもオーブが怪しいのは分かるけど、ドラゴンスカルを引き付けながら調べるのも難しい。
ここは、リルファナに任せるしかないね。
「ブレスに気をつけろよ! マオ、下がれ!」
「うん」
横に並ぶ軽装の男性が叫ぶ。ここまで来たら、もう逃げろとは言わないようだ。
マオと呼ばれた獣人の少女が、後方へ下がった。
「癒し」
その後方でクレアが癒しの魔法をかけているのが聞こえた。
思っていたよりも時間がかかっているので、かなりの重症なのかもしれない。
ドラゴンスカルと対峙した。
うーん、大きさよりも骨であることが厄介だ。
普通の動物や人間が相手ならば、どこを狙っているかや何で攻撃してくるかということが、視線や筋肉の動きで多少は分かる。
しかし、骨では目は空洞だし、筋肉も存在しないのでそれらの情報を得にくくなる。
人型のスケルトンの場合は生前の癖なのか、生きている人間と似た動きなのでなんとなく分かるんだけどね。
爪と尻尾、ブレスを吐く口元の3点を注意しながら、ドラゴンスカルの攻撃を避ける。
躱しざまに、反撃し少しだけだがダメージを与えるのを忘れない。
他の人たちから遠ざけるために、移動しながら攻撃を避けていると、急にドラゴンスカルの攻撃が早くなった。
「旋回」
振られた爪の攻撃を、強引に身体をねじって回避する。
回転する速度を使って、爪を攻撃。
剣が爪に触れた瞬間、今までと感触が変わり、爪を深くえぐった。
「あれ? 柔らかくなった?」
「ミーナ様! こっちに誘導してくださいまし!」
リルファナが反対の奥側にあった、青いオーブの近くにいた。
「近くにあるオーブに対応したステータスが上がるようですわ!」
わたしたちがやってきたとき、ドラゴンスカルは茶色のオーブの近くにいた。
対応したステータスがVITであったのだろう。結果的に防御力が大幅に上がっていたようだ。
わたしが奥へ誘導したことで、今は赤いオーブが近くにある。
攻撃の鋭さが増したことからSTRが上がったに違いない。
「火球」
「すまん、任せた!」
今までの動きから、どうにかなると判断したのか、近くにいた軽装の男性も後ろへと下がっていった。
よく見ると袖の辺りから血が流れている。ほとんど攻撃しないと思っていたが、負傷していたようだ。それでも前にいたのは、弾除けになるつもりだったのだろうか。
ドラゴンスカルの頭に火の球を放つと、さきほどよりも大きな衝撃が加わりのけぞった。
その隙に、一気にリルファナの方へと走る。
あれだけ防御力が上がっていたということは、今は攻撃力が大幅に上がっている。そんな状態で攻撃を食らいたいとは思わないからね。
「解毒!」
広場の入口の方から、クレアが解毒の回復魔法を使っているのが聞こえた。
どしんどしんと地面が大きく揺れ、ドラゴンスカルが走って追いかけてくる。
わたしの攻撃力では、ドラゴンスカルを倒し切るには時間がかかる。
「リルファナ!」
「はいですわ!」
素早く倒すならば、アタッカーであるリルファナに任せた方が早い。
追いかけてきたドラゴンスカルに向き直り、攻撃の対象を取り続ける。
爪の攻撃を躱す。
霊銀の剣で反撃。
尻尾の攻撃は余裕を持って下がって回避。
火の球を飛ばして連続で攻撃を仕掛けてこないように牽制する。
そのタイミングで、ドラゴンスカルの後ろからリルファナがスキルを放った。
リルファナの手には黒い短刀と短剣。
右手の短刀は、アテルカリブスでわたしが打ったもの。
左手の短剣は死霊特攻の能力がついた短剣。トレンマ村の北の迷宮で見つけたものだ。
「裏・桜花五月雨斬」
ドラゴンスカルを構成している骨が、砕かれ、削り取られていく。
リルファナのスキルによる攻撃が止まり、武器を構えたまま、わたしの横に並ぶ。
数十の攻撃を食らい続けたドラゴンスカルは、それでも立っていた。
あちこちの骨をなくし、残った骨もひび割れている。
動こうとするたびに、パラパラと自重で骨が砕けていく。
構うものかという意志を感じるが、数歩動いたところで前足の骨が完全に破砕し、その場につんのめる様に倒れた。
しばらく待っても微動だにしない。
「ぎりぎり削りきれたようですわね」
リルファナが武器をしまい、ドラゴンスカルの様子を見るために近寄った。
「きゃっ」
完全に活動を停止したと思われたドラゴンスカルが、近寄ったリルファナにブレスを吐いた。
ドラゴンスカルの最期の抵抗。
リルファナも油断していたわけではない。
全く前兆が分からなかったブレスを咄嗟に避けたのだが、完全には避けきれず少しだけカスってしまったようだ。
「クレア!」
毒属性のブレスだ。
少し食らうだけでも毒ダメージがしばらく残る。
クレアを呼びながら、解毒を詰めてもらったコインを急いで取り出した。
「いえ、大丈夫ですわ」
リルファナは何もなかったかのように、ドラゴンスカルへと歩き出した。
「毒は大丈夫?」
「ええ、特に何ともないので無効化したようですわね」
今回はクレアの補助がなかったので、耐性は上がっていないはずなんだけど。
ああ、そういえば。
食人木の木の実から作った、耐性の上がるジャム。
ここ数日で、たくさん食べていたね……。