東の森の迷宮探索 - 7階の先へ
食人木の解体を終え、街道を進む。
分かれ道が何回かあったが、地図を見ると大通りの方が正しい道らしく、そちらの道を選んだ。
似たような道をずっと歩いていると、はるか遠くに生垣が見えてきた。
「なんだか大きくない……?」
近付いていくと、生垣の大きさがよく分かる。
見上げるほどの高さで、10メートルはありそうだ。見通しが悪く、向こう側は全く見えない。
「ここの階層では、この生垣が迷宮の壁になっているそうですわ」
リルファナが地図を見ながら確認している。
どうやら外周だけでなく、所々にこのような壁に囲まれたエリアがあるらしい。最初に見つけていたら宝箱もあったかもしれないね。
「ええと、この壁に囲まれている場所が安全地帯のようですの」
「あっちに入口があるよ、リルファナちゃん」
クレアの指さしたところは、ぽっかりと入口が空いていた。
休憩ポイントになっているようだ。今日はここで野営かな?
「今って7階のどの辺りだろう?」
「8階までは、もう少しですわね」
リルファナが開いた地図を見ると、あと2割ぐらいのところまで来ていた。
「クレア、夕飯まではどれぐらい?」
「少し過ぎたぐらいかな? お腹空いたよ」
わたしが思っていたよりも進めているようだ。
「よし、今日はこの中で野営にしよう」
「うん!」
「分かりましたわ」
入口から生垣に囲われたエリアに入ると、芝生が広がっていた。端の方だけは土がむき出しになっていて、石で組まれたかまどがいくつかある。
前のパーティが組んだものではなく、最初から迷宮に設置されていたような感じで、風景に溶け込んでいた。
反対側にも入口があったが、地図によると全く違う方向へ進む道らしい。
休んだあと、部屋を抜けて進んでしまうと、次の階層へはたどり着けない作りなのか。微妙に悪意を感じる構造だ。
「魔物が寄り付かない場所どころか、野営地まであるんだね」
「ええ、周囲の環境を取り込んだ結果なのでしょうか」
迷宮が作られるとき、自然の地形だけでなく、街道にある野営地や町の設備の情報を元にする可能性はありそうだ。
出鱈目な構造に見えて、意外と周囲の環境を継ぎ接ぎしているだけかもしれないのかな?
検証のしようもないし、細かいことは気にしないことにして夕飯を作ることにした。
保存食を出し、水と野菜を一緒に入れて火を通す。こうすると簡単にスープが出来上がるし、そのまま食べるより味もよくなるのだ。
「お姉ちゃん、それ使うの?」
「うん、煮てみようかと思って」
「酸味が欲しい料理とあわせれば美味しいのかなあ?」
わたしが持っているのは、食人木の黄色い実だ。
スープを作っている鍋とは、別の鍋に水を少しと、黄色い実を入れて潰し、焦げないように煮詰める。
「なんだかジャムみたいになりましたわ」
リルファナの言うように、見た目は黄色いジャムになった。
果物で作るジャムは下準備が必要だし、煮詰める時間ももっと必要だけど、食人木の実だと簡単に形になってしまった。
少しだけ舐めてみると、酸味が完全に消えて甘くなっていた。
味も少し柑橘風のジャムだ。
「大丈夫そうだよ、ほら」
「うーん……」
わたしが木のスプーンに乗せて、差し出すとクレアも少し口に含んだ。
酸っぱさを想像してか身構えていたが、すぐに甘いデザートでも食べているかのような顔に変化した。
「ええ、美味しい!」
「まあ! わたくしにもくださいまし」
言われた通り、リルファナにもスプーンに乗せて渡す。
「少し煮詰めるだけで、こんなに味が変わるなんて不思議ですわ」
「だね」
リルファナの言葉にクレアが頷いている。
まあ、調理スキルで煮ると食べやすくなるって分かったから、やってみただけなんだけどね。
予想以上に美味しかったので、パンにでも挟んで食べることにしよう。
ランタンを使って時間を計りながら交代で休み、野営地を出発した。
見張りを立てるのは、絶対にそこが安全とは限らないというだけでなく、他の冒険者が魔物を引き連れたまま逃げ込んでくる可能性もあるからだ。
「リルファナちゃん、あそこの木も魔物だよ」
「では、ジャムのために倒していきましょう」
「良いよね、お姉ちゃん?」
すでにリルファナが短刀を抜き、クレアが杖を構えている。
2人とも黄色いジャムが気に入ったようだ。
やる気に満ちた2人の顔を見ていると急ごうとも言えず、見かけた食人木を倒しながら次の階層へ向かうことになった。
黄色い実がたくさん集まったけど、全部ジャムにしていいのかな?
耐性が上がる効果があるのならポーションにも使えそうだけど、2人ともジャムの材料にしか見ていないよね。
「ここだけは小さな道が正解のようですわ」
街道の丁字路、基本的に大通りのようになっている道を進むだけで次の階層へたどり着くらしい。
しかし最後の丁字路だけは、狭い道が正解となっていた。
階層の壁である高い生垣。
街道はその中に吸い込まれるように消えている。
目を凝らしてよく見ると、生垣と生垣の間に挟い道があった。
ゆるやかな下り坂になっているようだ。
その坂を下りていくと、首筋にちくちくする感触が広がった。
「耳鳴りがする、お姉ちゃん」
クレアの場合、階層を下ると小さな耳鳴りがすると聞いている。
ちなみにリルファナは、全身がぞわっとするらしい。
ここから8階だ。
8階は生垣に囲われた迷路のようになっている。
それと、街道だった石畳がなくなって乾いた地面になった。歩きやすさは特に変わっていない。
生垣の高さを除けば、ヨーロッパの庭園のようにも思えた。
「迷路かな?」
「ええと、迷路のように見えますが、実際はほとんど一本道のようですわ」
「ゴーレムがいたんだっけ? お姉ちゃん」
「うん、種類までは教えてくれなかったけどね」
ボスのゴーレムなのだから、普通のゴーレムよりは強い種類がいたのだろう。
「魔物はいないようですわ」
「魔力でも分からないよ、リルファナちゃん」
「うーん、まだ再出現してないのかも」
「ボスの階層に沸き始めるのは、3日後ぐらいでしたわよね。途中で出現しはじめるかもしれませんので気をつけましょう」
「うん!」
魔物のいない道をどんどん進むと、大きな広場に出た。
戦闘の跡はなさそうだが、ゴーレムがいた部屋だろうか。
迷宮では魔物の死体だけでなく、大きな破壊の跡も自然に修復されてしまうので分からない。
その先の通路を進むと首筋がちくちくした。
どうやら魔物の再出現がはじまる前に8階を抜けられたようだ。
広場にゴーレムがいたのは、ほぼ間違いないだろう。
「またしばらく街道のようですわね」
「魔法門があそこにあるね」
リルファナが周囲を見回しながら言った。
この先はギルド『迷宮の探究者』が探索中のはずだ。未知のフロアなので地図もまだない。
とりあえず周囲の状況を見ると、しばらくは7階と同じように街道が続いているようだった。
街道の横には小屋と、黄色い魔法門が浮いている。
「とりあえず魔法門を1回くぐって、ここまで戻ってこられるようにしておこう。そのあと、小屋を調べたらお昼かな」
「うん!」
魔法門を使用できるようにし、小屋を調べる。
「見たことある構造だね、リルファナちゃん」
「3階で野営した小屋と同じ作りですわね」
休憩ポイントのようだが、罠の可能性もある。
中もしっかり安全確認すると、設置されている家具は3階の小屋と違った。
前の小屋にはテーブルとイスが2つしかなかったが、この小屋はテーブルや椅子も多いし、木の棚が据え付けられている。
安全そうだと分かったので、昼食にした。
昨日作って、余ったジャムをパンに挟んだサンドイッチも用意してある。
「甘くて美味しいですわ」
「うんうん」
リルファナとクレアが美味しそうにサンドイッチを齧っている。
自分の作った料理を喜んでくれるのは嬉しい。
さて、ここからは地図に頼らず、自力で探索する必要がある。
昼食後に少し話し合っておくことにした。
この迷宮のボスのいない階層は、前半と後半で迷宮の構造や雰囲気がガラッと変わっているようだ。
3階では浜辺から森へ、5階では森から岩場へといった感じだね。
次の階層へ進むには、雰囲気がガラッと変わるところを探すのが早いだろう。
「では、街道のなくなる場所を探してみましょうか」
「道を進めばたどり着けるかな? お姉ちゃん」
「7階もそうだったし、そうなってる可能性は高いと思う」
「分かれ道があったときに、当たりの道を引けるかですわね」
作戦というほどのものではないが、一応の指針を決めて小屋を出発した。
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