休息の日 - 6月末
夕飯後、父さんが話を切り出した。
「ミーナ。母さんと相談したが、冒険者として生活できているようだし、次の帰宅は再来月でも良いことにする」
「ただ、町にいるなら1日でも良いから帰ってきて欲しいわね」
母さんが補足した。
「ん、分かった」
依頼の状況次第でどうするか決めることにしよう。
「ああ、それと、もしフォーレンに行くようなら手紙を届けて欲しいんだが、予定はあるか?」
「いずれ行くつもりぐらいで、特にすぐ行く予定はないかな」
東の森の迷宮の探索もまだ終わってないからね。どのぐらい深い迷宮かは分からないけど、少なくとも区切りの良いところまでは探索してみたい。
それが終わってから時間があれば行ってみるのも良いかな?
とも思ったけど、王都に遊びに行く予定もあるから、しばらく先になるだろう。
――翌日。
ネーヴァと父さんの畑仕事を少し手伝った。
「ネーヴァもありがとうな。あとは1人で大丈夫だ」
「うむ! また手が必要になったら言うがいい」
お昼ご飯までに、ギルドに卸す装備でも作ろうかと、家の裏手で携帯炉を開く。
「おや、これは人の作ったものではないな」
「見ただけで、分かるんだ」
「組み込まれている魔術が人のものではないからな」
珍しそうに携帯炉を見ていたネーヴァは、一目で神様の作った道具だと見抜いた。
前回と同じ、短剣と片手剣を数本ずつ作る。
製造工程をしっかり意識するようになってから、魔力消費が少しずつだが減っていると思う。
「この道具ならその鉄でも、もっと良い武器を作れるのではないか?」
「うん。でもあまり良い品だと逆に売りにくくなっちゃうんだよ」
「ふむ、相変わらず人間の社会というのは面倒なようだな」
前にもそんなことがあったのだろうか。ネーヴァが難しい顔をしながら納得している。
ネーヴァは、しばらくわたしの作業を眺めていたが、邪魔になると思ったのか、飽きたのか途中でふらりといなくなってしまった。
「お姉ちゃん、鍛冶はまだかかる?」
短剣5本と片手剣3本を作ったところで、用事があるのかクレアがやってきた。
納品する数が決まっているわけじゃないし、今回はこれぐらいで良いだろう。
「んー、もう終わりにするけど、どうしたの?」
「ネーヴァちゃんと森に行こうと思うんだけど、お姉ちゃんも行こうよ」
「はいはい」
携帯炉を片付けて、家に戻るとネーヴァとリルファナが出かける準備をしていた。
採取用の道具も持っている。
散歩に行くだけかと思っていたけど、古くなった薬草があったので補充しにいくということだった。
北の森の秘密基地にやってきた。
ここに来るのも久しぶりだ。
「ここはお姉ちゃんが、お母さんから言われた仕事をさぼってよく昼寝してた場所なんだよ」
「そうなのか!」
クレアがネーヴァに説明している。
仕事を割り当てられそうになったら、ここに逃げてきていたのでさぼっていたことはあまりないよ。
「この周囲だけ珍しい薬草が生えているな」
「ネーヴァ様、これも使えますの?」
「うむ。少し教えてやるとしようか」
「ぜひ、お願いしますわ」
ネーヴァが引き抜いた草は、前に3人で集めたことがないものだった。
リルファナも知らなかったみたいで、熱心にネーヴァの話を聞いている。
「リルファナちゃん、これだけあれば良いかな?」
「ええ、十分ですわ。ネーヴァ様もありがとうございます」
「うむ!」
ネーヴァに教えてもらった薬草もいくつか集め、散歩してから帰った。
◇
6月いっぱい休むことにして、ほぼ1週間フェルド村に滞在。
ネーヴァと旬の山菜を採りに行ったり、村の自警団に現役の冒険者と訓練したいと模擬戦の申し込みをされたりと、いくつかのイベントはあったものののんびりと過ぎていった。
わたしはその間に、町で新しく買った小説を読み終えてしまった。
雨が降ったり止んだりしていることもあって、暇なんだよね。
「シスターにもう教えることはないって言われたよ」
クレアは2日目に教会に行ったものの、シスターの教えられる基本的な魔法をほぼ覚えてしまったようで卒業となったようだ。
「あ、でも杖での戦い方を教えてもらったよ」
武器の扱い方も教えられるシスターは、何者なんだろうか。
「ポーションは、ネーヴァ様に教えてもらったものを多めに作りましたわ」
「我も手伝ったぞ!」
リルファナがたくさんポーションを作ってくれたのだけど、魔力回復ポーション以外のポーションは今のところ使う機会がほとんどない。
魔力が含まれるからか、消費期限みたいなものもないようで、マジックバッグに在庫がまだたくさんある。
リルファナは疲労回復や栄養剤になるポーションなど新しいものを作っていた。
ポーションだと飲みすぎて効果がなくなる以外の副作用はないので、野営時や依頼から帰ったときに飲むと良さそうだ。
ネーヴァは、リルファナのポーション作成だけでなく、父さんや母さんの手伝いもよくしていた。
「それじゃあ、行ってくるね。7月は月末の予定次第だけど、8月には帰るよ」
「ああ、忘れないように。気を付けてな」
「いってらっしゃいな。ネーヴァちゃんもまたいらっしゃいな」
「うむ! また来るぞ」
見送りに来てくれた父さんと母さんと、村の入口で別れる。
ネーヴァだと1人で遊びに来ちゃうんじゃないかな? まあ別にいいか……。
時々見かける魔物除けの石柱を数えながら、ガルディアへの街道を進む。
丁字路のところでお昼を食べていると、南から馬車が走ってきた。
荷台には防水の皮がかかっていて、たくさんの荷物を運んでいるようだ。
普段はほとんど人を見かけない街道なので、珍しいなと思っていると馬車が止まった。
「すみません、冒険者のパーティですよね。ソルジュプランテの王都まではどれぐらいかかるか分かりますか?」
「このまま真っすぐ行くとガルディアの町で、馬車ならすぐ見えてくると思います。王都だとガルディアから3日かかりますよ」
道を聞くついでに少し休むようなので話をしていると、ソルジュプランテには初めて来るらしい。
頼まれた品を急ぎで王都へ運ぶ最中のようだ。
顧客情報だからと特に聞かなかったけど、他国から商品を取り寄せるぐらいだから、貴族や有名な冒険者の依頼なのだろう。
「ありがとう。ガルディアという町で休んでから出発することにします」
わたしたちはまだお昼を食べ終えていないうちに、少し休んだだけで商人さんは出発していった。
昼食後、それを追いかけるようにガルディアの南門をくぐる。
「我はラミィと会っていくぞ!」
「うん、わたしたちも顔だけ出していこうかな」
ラミィさんの店に入ると、来客を知らせる鈴の音が響く。
数人の客が、商品を見ていた。
「いらっしゃいませ。あ、ネーヴァちゃん」
出てきたのは店のエプロンをした小さな女の子。
ネーヴァのことを知っているみたい。
「ラミィに会いに来たぞ!」
「うん、店長さんを呼んでくるね」
女の子が店の奥に走っていくと、ラミィさんと一緒に出てきた。
「あ、ミーナさんたちじゃないですかー」
女の子は孤児院の子らしく、前にわたしの話を聞いた通り、忙しいときだけ試しに雇ってみることにしたそうだ。
ネーヴァとは、接客の練習に来たときに知り合っている。思ったよりもよく働いてくれていると、ラミィさんからは高評価だった。
夕飯には家に行くというネーヴァと別れ、冒険者ギルドへ向かう。
「お姉ちゃん、迷宮の探索は進んでるかな?」
「王都から来てるパーティもあるみたいだし、多少は進んでるんじゃないかな」
「すでに攻略されて消えているかもしれませんわね」
魔法門があるとはいえ、使うには1度は自力で歩いていく必要がある。
2階ごとにボスという同じような構造だったとしても、7階か8階の探索中ってところじゃないかなとわたしは予想している。
迷宮の探索は、現在のガルディアの冒険者ギルドで1番注目されている話題だ。
ギルドの広告欄に常に最新情報が貼り出されている。家の鍵を受け取ったついでに見てみることにした。
『10階は危険。情報が少ないですが、最低でもB級以上推奨だと思われます』