東の森の迷宮探索 - ブラッドヴァイパー
大型の毒蛇であるブラッドヴァイパーは、噛みつき、締め付けなどの攻撃をしてくる。
牙に毒があるのだけど、毒を小さな球体にして飛ばしてくることもあったはずだ。
毒液を警戒して、3人で少し散開気味に立ち位置を決める。
「加速、氷剣」
強化魔法と弱点である氷属性の魔法剣を使い、剣を構えて隙を伺う。
「筋力強化付与、防御値強化付与、毒防護」
クレアが最後に毒の耐性を上げる強化魔法を唱えた。
……最近、色々な魔法をぽんぽん使っているが、クレアは基本的な魔法を全て覚えてしまったのだろうか。
賢者としての能力に目覚めつつあるなら、基本魔法の習得自体はさほど難しくはないだろう。
お姉ちゃんとして置いて行かれないように頑張ろう……。
しばらくにらみ合っていると、ブラッドヴァイパーの方から動いた。滑るようにこちらへと近寄ってくる。
真っ直ぐわたしに向かって、噛みつき攻撃を仕掛けてきた。
大きな頭を、剣を大きく使って受け流すように右へと避ける。
ブラッドヴァイパーの力は強く、攻撃を躱すのに必死で、攻撃するための隙を伺うことしかできない。
「氷刺突」
フリーになったリルファナが、ブラッドヴァイパーの側面を狙う。
氷をまとった短刀の一撃で、体表が裂け鱗がぶちまけられた。
痛みを感じないのか、ブラッドヴァイパーはリルファナの攻撃に目もくれず、眼前のわたしを執拗に狙い続けてくる。
攻撃が当たらないことに苛立ったのか、口から毒の球を飛ばしてきたが難なく躱す。
ブラッドヴァイパー相手に立ち回りで気を付ける必要があるのは、毒だけでなく締め付け攻撃を食らわないようにすることだ。
一度締め付けられるだけでも危険だし、脱出が難しくなってしまう。
多少、強引な動きになってもブラッドヴァイパーの長い身体に囲まれない方向へと、移動しながら回避に専念する。
毒の球を連続で吐き出すことはできないようで、1度使っただけだ。
ちらりと周囲を見るとブラッドヴァイパーの鱗は、リルファナの攻撃であちこちが裂けて血が流れている。
しかし、身体が大きいせいか致命傷にはなっていないようだ。
「氷針」
時々、魔法でダメージを与えてわたしに注意を引き付ける。
「雷粒」
クレアが動きを阻害する、弱体化魔法を唱えた。
ブラッドヴァイパーの周囲にパチパチと雷がまとわりつく。
リルファナの攻撃にすら反応しなかったブラッドヴァイパーが、ぶんぶんと身体を震わせた。
氷だけでなく雷も弱点なのかな?
「もう! しぶといですわ!」
リルファナはブラッドヴァイパーをはさんだ反対側にいるようだ。
リルファナの攻撃する音に混じって、ブラッドヴァイパーのタフさへのぼやきが聞こえた。
大型の魔物を相手にすることに慣れていないこともあり、なかなか一気に倒すことができない。
このまま地道にブラッドヴァイパーの体力を削っていくしかないかな。
「雷斬!」
蓄積したダメージに、リルファナの方も気になりだしたのか、ブラッドヴァイパーがどちらを攻撃しようかとふらふらしはじめた。
わたしも、その隙をついてスキルで攻撃する。
試しに雷属性で剥がれた鱗の辺りを攻撃すると、肉が焦げたような臭いがして、ブラッドヴァイパーの動きが一瞬止まった。
「雷剣」
氷よりも雷の方がよく効くかもと思い、魔法剣の属性を切り替える。
ブラッドヴァイパーの動きを阻害するために、周囲に漂っていた雷の粒が消えた。
「雷粒!」
弱体化魔法の消滅を確認したクレアがすぐに詠唱しなおす。
その瞬間、ブラッドヴァイパーがクレアを向いた。
雷属性に対する敵対値の上昇が高く、攻撃対象がクレアにうつったのだ。
「雷斬!」
「雷刺」
引き付け治すためにすぐにリルファナと攻撃を加えるが、ブラッドヴァイパーの攻撃対象が移らない。
1度もクレアの方を向くことがなかったので気にしていなかったが、ブラッドヴァイパーにとっては敵対値が相当たまっていたのか。
するすると音もなく、クレアの方へと這っていく。
「クレア!」
「クレア様!」
「うん!」
クレアが大きく迂回するように、こちらに走ってきた。
クレアが魔物の攻撃対象になったときは、わたしかリルファナの方へ近寄るように決めてある。
「雷斬!」
クレアがわたしの後方へと走り抜ける。
それを追ってくる大蛇。
すれ違いざまにブラッドヴァイパーの顔面目掛けて、魔法剣を横に薙ぐ。
片方の牙が断ち割れ、口内で刺さったのかブラッドヴァイパーはのたうつように暴れ出す。
動きはかなり鈍ったものの、クレアへの攻撃を止めようとはしなかった。
クレアに追いついたブラッドヴァイパーが、毒液を噴射した。
さきほどのような球体ではなく、霧状に。
あれでは避けられない!
「防護盾」
クレアが咄嗟に防御魔法を使うが、物理攻撃に強い防護盾だけでは霧状の毒液を完全に防ぐことはできなかった。
「きゃっ!」
クレアが衝撃に倒れる。
それが最後の抵抗になり、ブラッドヴァイパーは力尽きたように倒れて動かなくなった。
「このっ!」
「クレア様!」
念のために、わたしが完全にトドメをさす間に、リルファナが駆け寄っていく。
「うう」
「ええと……。そうですわ! 解毒」
毒の効果か気持ち悪そうな顔をしているクレアに、リルファナは魔法のコインを使って解毒の魔法をかける。
更に、癒し(グアリジョーネ)の魔法を重ねてかけた。
ブラッドヴァイパーが完全に動かなくなったことを確認し、近付くとクレアが飛び起きた。
「大丈夫ですの? クレア様」
「う、うん。びっくりしたけど。ほとんど痛くなかったよ」
「まあ、直撃したように見えましたが、防護盾の効果でしょうか……」
ダメージが大きかったのかと思ったが、初めて大きな攻撃を受けた驚きで倒れたようだ。
ダメージがほとんどないのは、神様の加護の効果か、レベルがかなり上がっているおかげかな?
わたしも前にダメージを受けたとき、見た目は酷かったようだけどほとんど傷みはなかった。
「引き付けられなくてごめんね。クレア」
「わたくしもあまりお役に立てませんでしたわ……」
「ううん。それにお姉ちゃんとリルファナちゃんがいても、ずっと攻撃を受けないまま冒険者を続けるなんて無理だよ」
クレアの状態を確認したところ、特に問題もなさそうだ。
少し休憩してから、ブラッドヴァイパーを解体することにした。
ブラッドヴァイパーの鱗はあちこちがズタズタに裂けている。
途中から雷属性に切り替えたからか、焼け焦げた場所も多数あった。
「お姉ちゃん、毒は大丈夫なの?」
「牙の根元に毒腺があるけど、厚手の手袋をしてれば大丈夫だと思う」
わたしの調理スキルによると、この毒蛇は胴体部分は食べられると認識した。
毒腺と牙、鱗、肉を回収。
鱗や肉は全て剥ぐのは無理なので、ある程度解体したところで止めた。
また、牙の片方は砕けてしまったので1本だけだ。
◇
解体を終えて、少し休んだら先へ進む。
2階と同じような構造なので、この先に近道がある可能性も高いと思う。
だが、森の探索に時間もかかったし、もう夕方頃だろう。
「次の階の入り口に、近道があるかだけ確認してから帰ろう」
「うん!」
「分かりましたわ」
毒霧を受けたクレアも全然問題なさそうだ。
ブラッドヴァイパーのいた広場を抜け、通路を進むと小部屋があった。
開け放たれた鉄の扉がある。もしかしたらブラッドヴァイパーを倒さないと開かなかったのかもしれない。
「宝箱だよ。リルファナちゃん」
「罠はないようですわ」
小部屋には、森で見たものよりも豪華な箱が1つあった。
「開けるよ」
クレアが箱を開ける。
「ガラスのコップ? 小さいのと細いのもあるけど……、飲みにくそうだね?」
「これは職人の道具ですわね」
中にはビーカーや試験管といった化学実験用の道具が色々と入っていた。
化学者はコーヒーを入れて飲むという話もあるので、コップでも間違いではないのかもしれない。
このような道具は純度の高い透明なガラスということもあり、この世界では道具としてだけでなく、お金持ちのインテリアとしても使われるらしい。
用途を知っているので、貴族や富豪の家の応接間に飾ってあったら笑ってしまいそうだ。
これは取っておけば、いずれリルファナの製薬や、クレアの錬金術スキルで使うかもしれないかな?
割らないように注意してマジックバッグにしまう。
実験用の道具を入れていくと、鉱石もいくつか見つかった。
鉱石は白色で、持ってみると軽い。
わたしのスキルでは詳細は分からないが、鍛冶用の鉱石ではない気がする。これもマジックバッグに放り込んだ。
宝箱のあった先の部屋は、洞窟に入ってきたときのように大木の中の螺旋階段になっていた。
「きっと、ここを上がったら5階ですわ」
「うわ、ちょっと疲れてきたよ……」
ブラッドヴァイパーの毒にも耐えたクレアが、行先の見えない螺旋階段を見上げ、ため息をついた。