東の森の迷宮探索 - 2日目
迷宮で見つけた7枚のコインは、マジックストアコインという魔道具の一種であるらしい。
魔道具の中では比較的見つけやすく、あまり高価なものではないとのこと。
「予めコインに魔法を込めておくことで、ある程度の魔力を消費すれば誰でもその魔法が1回だけ使える道具さね」
「それは便利そうですわ」
「うん!」
レダさんの説明を聞くと、なかなか便利そうな道具だ。
「ただし、色々な制限があって面倒だからあまり使われないって話だったと思うさね。あたしは使ったことがないから、どんなものかは分からないけどね」
さすがにどんな魔法でも使えるわけじゃないみたい。
「クレア、試しに1つ癒しの魔法を込めてみてくれる?」
「うん。……癒し!」
クレアがコインを1枚取り、回復魔法を唱える。
「はい、お姉ちゃん」
「ありがとう」
受け取ったコインを鑑定すると、空ではなく癒しと認識できるようになった。
「コインに魔力を流せば良いのかな?」
「使いたい相手も考えた方が良いかもしれないよ、お姉ちゃん」
個人にかける回復魔法だから対象が必要となるか。
とりあえずリルファナにかかるように意識して、魔力を流した。
「なんだか、ぽかぽかしますわ」
「癒しがかかったみたい?」
「うん。リルファナちゃんにかかってたよ! でも少し魔力の効率が悪かった気がするかな?」
クレアはコインの動作を魔力で確認していたようだ。
何度かあれこれ試してみたところ、わたしが使ったから魔力の効率が落ちるというわけではないみたい。リルファナやクレア自身が使っても効果が下がっていた。
これは単純に魔道具を経由するためだろう。
「ここでは攻撃魔法を試せないから、迷宮で少し実験してみようか」
「うん!」
「ええ、そうしましょう」
「それならちょっと、あたしにも試させておくれ」
レダさんは楽器を取ってくると、静かな曲を弾きながら呪歌を込める。セブクロでは呪歌も魔法扱いだったけど、上手くいくだろうか。
演奏後にコインを鑑定してみると行軍の歌と認識できた。
「行軍の歌を込めてみたさね。上手くいってるかは分からないけど、町から出たら使ってみると良いさね」
「ありがとうございます」
移動速度が上がる呪歌だ。上手く発動してくれれば移動が楽になるね。
「あ、レダさん。明日からの迷宮探索ですが、キマイラを確認できなかったら何泊か野営してくるかもしれません」
「奥に向かうさね?」
「そのつもりです。2泊するか、入口への魔法門があったところで引き返すつもりです」
「分かったさね。キマイラがいたとすると思っていたよりも危険な迷宮だ。3人とも気を付けるんだよ」
キマイラが再出現していたら、他の冒険者にも警告する必要があるので報告に戻ることを約束する。
◇
翌朝、保存食やお弁当を買い込んで少し遅い時間に出発した。
「レダさんに込めてもらったコインを使ってみようか」
コインに魔力を込めると、コインから昨日レダさんが弾いていた曲が流れてきた。
行軍の歌の効果で移動速度が上昇する。
「ちゃんと効果が出てるようですわ」
「うん!」
成功するのは良いことなんだけど、あまり早く着きすぎると遅く出た意味がないね。
「もう切れちゃったね、リルファナちゃん」
「ええ、思ったより早かったですわ」
「一応、呪歌も込められるって分かったのは収穫かな」
コインから使用した行軍の歌は、5分ほどで効果が切れてしまった。心配は不要だったようだ。
レダさんは、キリの良いところまで演奏していたはずだけど、音楽が途中で切れてしまっていたので、コインの能力では5分ぐらいまでしか使えないということだろうか。
――迷宮1階。
「ここで少しコインの実験をしていこうか」
「分かりましたわ」
「うん!」
入口から少し離れた場所まで移動。
クレアとリルファナに2枚ずつ渡し、好きな魔法を込めてもらう。
「うーん、攻撃魔法と強化魔法かな? お姉ちゃんとリルファナちゃんはどうするの?」
「魔法剣で試そうかな?」
「わたくしの魔法も込められるのでしょうか」
リルファナがどうにかできないかと考えている。
攻撃魔法は海に向かって放つことにした。
しばらく3人で試した結果。
下位の魔法である火球、氷針、石弾、風刃は普通に使えた。水鎌も可能。使い道がない魔法だけどね。
中位の爆発は使えないようだ。
鑑定すると爆発と認識できるが、撃とうとすると魔力が霧散してしまうだけの結果となる。
生活魔法や照明も使用できた。
生活魔法は元々消費が少ないし、コインの魔法を使うためにも多少の魔力を消費するので、あまり意味はなさそうかな。
強化魔法も1人に使用することができた。
でも、複数人にかけようとすると無理だった。消費魔力が増える関係かな?
わたしが試した魔法剣は、コインに込めて鑑定すると不可という認識になる。
この状態でコインを使用すると魔力が霧散して空に戻るだけだった。リルファナに渡して使えればと考えたんだけど、無理そうだ。残念。
「できましたわ!」
リルファナの攻撃魔法は、コイン1枚に入れることはできなかった。
ただし、コインを2つ持って別々に入れることはできたみたい。
「うーん……。思ったよりも使い道は少ないかな?」
「そうですわね。使用制限が大きい気がしますわ……」
とりあえずクレアに回復魔法をいくつか込めておいて貰い、わたしとリルファナで持っておくことにした。
クレアがいないときに怪我人と遭遇したときや、クレア自身が怪我をしたときに治せる手段は多い方が安心だからね。
「お姉ちゃん。これ、ちゃんと覚えておかないと、どのコインにどの魔法が込めてあるか分からなくなるね」
「たしかに……」
鑑定すれば内容が分かるが、咄嗟に使う必要があるときには使いにくい。
コインの形状が同じ上、込められた魔法が分からないのは欠陥品じゃないだろうか……。
「よし、試すのはこのぐらいにして先へ進んでみようか」
今から階段へ向かえば、レダさんに頼まれた通り、キマイラ討伐から24時間以上経つだろう。
昨日と同じように、階段の前でお昼を食べてから2階へと下りた。
◇
2階へ下りたあとは、キマイラがいるかもしれないので慎重に進んでいく。
しかし、何もないまま3階への階段までたどり着いてしまった
「いませんでしたわね」
「再出現までが遅いか、しないタイプなのかな?」
洞窟になっている2階は一本道な上、リルファナの感知能力もあるので見逃すことはないだろう。
3階への階段を上り、魔法門のある浜辺へと出る。
左側はヤシの木が並ぶ林がずっと続いてた。逆の右側は海で正面には浜辺が続いている。
「どっち行けば良いか分からないし、とりあえず地図を作りながら海岸沿いを進んでみようか」
「分かりましたわ」
「うん!」
昨日、ファングシールが襲ってきた場所を超えて更に真っ直ぐ進むことにした。
「蟹とファングシールばっかりだね、お姉ちゃん」
「うん、誰も探索してないからか数も多いね」
「キマイラが再出現しなければ、ここもD級に開放されそうですわね」
浜辺には蟹系の魔物が多く、たまに海からファングシールが襲ってくる。
何度か戦った結果、ファングシールは火属性の魔法を使うと逃げてしまうことが分かった。熱に弱いようだ。
足元に石が混じりはじめると、唐突に石の崖で遮られている場所へとたどり着いた。
ロッククライミングが得意な人なら登ることもできそうだけど、実際に登っていくとどこかで透明な壁に当たると思う。
「少し休憩したら壁沿いに進んでみようか」
海から離れ、左手方向である壁沿いを進むことにした。
野外なのでイメージしにくいけど、3階の外周を進んでいる形になる。
内陸側へと歩いていくと、ヤシの木が乱立していて見通しが悪い。
相変わらず出現する蟹を倒しながら進んでいると、砂浜が唐突になくなった。ちなみに、蟹の素材はあまり高くないので解体しないで放置している。
「あの辺りから草が生えてるよ、お姉ちゃん」
「木の種類も変わりましたわ」
地面が砂浜から草原へ変わり、植物も松のような木と様々な低木へと変化している。
「浜辺から急に森になった感じかな」
「不思議な景色ですわね」
迷宮特有の急激な景色の変化だ。
植物が生い茂っていて視界が通らない場所は、迷宮の壁だろう。
周囲を確認してみると、どこからでも森へ入れるわけではなく、道がいくつかあるようだった。
「小屋がありますわ」
完全に周囲が森へと変わった頃、先頭を歩くリルファナが少し開けた場所に小屋を見つけた。
森の魔物がいるかと思ったが、森に入ってからここまで魔物とは一切遭遇しなかった。
迷宮内は青空のまま変化しないようだけど、そろそろ夕方になる時間だ。
「確認してみてから、野営場所を決めよう」
ここは迷宮の中だ。小屋が安全なものだという保証はない。
罠があったりするかもしれないし、しっかり調べることにした。